英国、14年ぶりの労働党政権誕生で予想される影響


  • 2024年7月4日に投開票された英国の総選挙は労働党が圧勝し、政権を奪還した。
  • 新政権の予算案は今後数カ月以内、おそらく9月半ばから10月半ば頃に発表される見通し。
  • レイチェル・リーブス新財務相は総選挙後初の主要演説で、国民保険料、所得税の基礎税率、高税率、追加税率、およびVATの引上げを行わないとの政権公約を改めて強調した。
  • 労働党のマニフェストでは、議会任期を通じて法人税を現行の水準である25%以下に抑えること、および総選挙から6カ月以内に「企業課税ロードマップ(business tax roadmap)」を示すことが公約されており、その内容に関するコンサルテーションの実施が見込まれる。
     

2024年英国総選挙の結果

2024年7月4日に実施された英国の総選挙は労働党が圧勝し、14年ぶりの政権交代を果たしました。新首相に就任したキア・スターマー党首率いる労働党は、議会下院(定数650)において野党各党の合計議席数を174議席上回る圧倒的過半数を握りました。これは前与党・保守党が有していた議席数差の2倍超に上ります。

本稿では、労働党のマニフェストおよび総選挙中に発表された諸政策に基づいて、新政権下で予想される重要な事項の概要をお伝えします。現時点でまだ詳細が明らかになっていない点は多数あるものの、現在または将来英国に進出する日系企業グループは、来る予算案の編成の動向、特に英国への投資に影響を及ぼす動向を注視する必要があります。
 

新政権下で予想される事項

新政権は発足後最初の100日以内に成果を出すことのできるアクションに注力すると予想されます。労働党が優先事項に挙げる可能性があるのは、新規住宅建設の促進や企業の投資および事業拡大の推進を狙いとする計画制度の変更(第1次立法が不要)です。これはスターマー首相とリーブス財務相が成長を解き放つために最も重要な要素の1つです。また労働党は今回の総選挙で、英国を「クリーンエネルギー大国」にすることを公約に掲げています。
 

労働党の選挙戦における税制提案

今回の総選挙で労働党は以下の公約を掲げました。

  • 石油およびガス会社の「超過利潤税」に相当するエネルギー利得税(EPL)における「抜け穴」を封じる。またEPLのサンセット条項を次回の総選挙まで延長し、EPL税率を3%ポイント引き上げ、投資控除を廃止する。
  • 現行の「非永住者(non-domicile)」税制を「現代的な制度」に置き換え、前政権の提案における「抜け穴」に対処する。
  • 相続税の回避を目的としたオフショア信託の利用を阻止する。
  • 「キャリードインタレスト」をめぐる税務上の取扱いの変更に関するコンサルテーションを実施する。
  • 私立学校を対象とする付加価値税(VAT)の免除およびビジネスレート(事業用資産税)の減免を廃止する。
  • 「ハイストリート(店舗)と大手オンライン業者の間の公平な競争環境を実現し、投資をさらに奨励し、空室問題に取り組み、企業家精神を後押しする」べく、現行のビジネスレート(事業用資産税)制度を新制度に置き換える。

これらの具体的な税制提案に加え、労働党は以下も公約しました。

  • 企業課税に関するロードマップを最初の6カ月以内に公表する。
  • 英国炭素国境調整メカニズム(CBAM)の導入を推進する。
  • 英国の規制対象金融機関、およびFTSE100指数構成銘柄企業に対し、パリ協定に沿った計画の導入を義務付ける。
  • 職業実習賦課金(apprenticeship levy)制度を改革し、成長技能賦課金(Growth and Skills Levy)を創設する。
  • ポイントに基づく入国管理制度を改革し、入国管理と技能政策を関連付けるとともに、移民諮問委員会(Migration Advisory Committee)を強化する。
  • 最低賃金の決定方法を改革する。
  • 税務コンプライアンスを向上させるとともに、歳入関税庁(HMRC)を現代化する。これには登録および報告要件の拡充、HMRCの権限の強化、新たなテクノロジーへの投資、HMRC内部の能力構築、大企業や富裕層による租税回避の防止への新たな注力などが含まれる。

また労働党は特定の分野において政策を変更しないことを公約していますが、これには以下が含まれます。

  • 法人税率、所得税率、国民保険料率、VAT税率の引上げは計画していない。
  • 経済協力開発機構(OECD)のグローバル・ミニマム課税の導入を引き続き推進する。
  • 全額損金算入ルールおよび年間投資控除(Annual Investment Allowance)を維持する(ただし、<控除について適格とされる投資に関するさらなる明確性>を企業に与えたいとしている)。
  • 年金生涯非課税限度額超過ペナルティ(Pensions Lifetime Allowance Charge)を復活させない。

加えて、リーブス財務相はこれまでに次のように発言しています。「何百もの異なる減税措置が存在している。中には重要なものもあるが、最高の助言に対してコストを払える人々に、単に抜け穴を提供するだけのものが多過ぎる。よってわれわれは1つ1つの優遇措置を検証し、納税者や経済に成果をもたらさないものは廃止する」これによると、特定の問題(年金拠出金の高税率救済措置など)がこの議会にて提起される可能性があります。
 

国王演説で発表されたその他の措置

2024年7月17日の議会開会式の国王演説で読み上げられた施政方針では、新政権の政策上の優先事項および今会期の法案が示されました。これには上記の事項に加えて以下が含まれます。

  • クリーン・エネルギー・プロジェクトに投資するグレート・ブリティッシュ・エナジー(Great British Energy)の創設に83億ポンドを投じる。また新政権の産業戦略およびクリーンエネルギー政策に沿った73億ポンドのナショナル・ウェルス・ファンド(National Wealth Fund)を設置する。
  • 鉄道サービスの国有化を進める。
  • 監査およびコーポレートガバナンスを強化する。社会的に影響度の高い事業体(Public Interest Entity)に影響を及ぼすルールの変更を実施し、企業の取締役の説明責任を強化し、監査品質を向上させる。
  • 雇用関連および賃金関連の資格や権利を拡充するための一連の措置を実施する。
     

今後の見通し

新政権による最初の予算案の日程は、議会が夏季休暇入りする7月30日までに確定すると見込まれます。予算案の日程は政府の裁量で決定されますが、労働党は予算案が独立した予算責任局(OBR)の予測に沿うことを公約しており、これには少なくとも10週間を要します。予算案は伝統的に水曜日に発表されること、および労働党は政権発足後最初の100日以内のアクションに繰り返し言及していることを踏まえると、予算案の発表は早ければ9月18日、遅くとも10月9日までに実施されると思われます。

予算案をめぐる発表がない場合でも、労働党は7月末までに政策変更を発表するか、場合によっては政策変更に対する回避行為の防止措置を設ける緊急法案の提出を行ったうえで、かかる変更の詳細を今後の予算案に盛り込むことを行う可能性があります。

これとは別にリーブス財務相は、待望される海外から英国への投資呼び込みを狙い、2021年と2023年に開催されたグローバル投資サミットを新政権の最初の100日以内に再び開催する方針です。このサミットの内容や構成の詳細は現時点でまだほとんど明らかになっていませんが、時間的な制約を踏まえると、近日中に具体的な情報の公表が予想されます。英国への投資に関心を持つ企業グループは、このサミットの最新情報に注目すべきです。

日本に拠点を置く英国税務デスクチームは、これらの事項を含む英国税務のさまざまな動向が自社ビジネスに及ぼす影響を企業グループの皆さまが把握できるよう支援いたします。
 

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