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クロスボーダー 上場支援オフィス
大梛 太一
2024年度は、金利政策の転換などの好ましいサイクルとAI技術の進歩によって作られた新たな構造的変化が、いくつかの主要な株式市場を新たなピークへと押し上げられた年となりました。また、南北アメリカエリアとEMEIAエリア(ヨーロッパ、中東、アフリカ)では、上場件数と調達額で堅調な成⻑を記録し、世界のIPO市場の回復を牽引しました。アジア太平洋エリアでは、年を追うごとにペースを上げ、市場の安定化に貢献しました。2024年度の世界の上場件数は1,215件、それに伴う調達額は1,212億米ドル、対前年度比では10%減少、4%減少と2023年度の水準をわずかに下回りましたが、世界の第4四半期のIPO活動は、上場件数と調達額の両指標で当年度の過去3四半期を上回り、2024年度最高のパフォーマンスを記録しました。
南北アメリカエリアでは、ヘルスケア及びライフサイエンス分野とインダストリアル分野のIPO活動が活発化したことにより、力強い回復を遂げました。2024年度の上場件数は205件、それに伴う調達額は331億米ドルとなり、対前年度比では37%増加、45%増加となり、上場件数と調達額の両指標で2021年以来最高のIPO活動を記録しました。
2024年度のアジア太平洋エリアでは、上場件数は488件、それに伴う調達額は349億米ドルとなり、対前年度比では35%減少、51%減少となりました。2021年以来IPO活動の低迷が続いており、金融政策の緩和にもかかわらず、中国本土の規制強化により、2024年度のIPO活動は過去10年間で最低を記録しました。ASEANエリアにおいても、インドネシアの調達額は対前年度比4分の1まで落ち込みましたが、明るい点もあり、香港では過去数年間で最大のIPOが行われました。また、マレーシアでは、バリュエーションと流動性、外国直接投資を誘致する経済政策などの好ましい要因が重なり、IPO活動は19年ぶりの高水準を達成しました。
2024年度のEMEIAエリアのIPO活動は、各地域で様々な成長を遂げ、上場件数は522件、それに伴う調達額は532億ドルで、対前年度比では17%増加、64%増加となり、南北アメリカエリアとアジア太平洋エリアを抑えて世界最大のIPO活動を記録しました。
世界の2024年10月から12月のIPO市場は、当年度最大のIPO活動を記録しました。当年度第3四半期との比較では上場件数は10%増加、調達額は69%増加しました。なお、その結果、下期の上場件数は上期と比較して17%増加、調達額は30%増加しました。
2024年度第4四半期の上場件数は、対前年同期比で7%減少とわずかに下回りましたが、調達額は70%増加と大きく上回りました。
特に南北アメリカエリアでは、当年度第4四半期の上場件数は68件、それに伴う調達額は57億米ドルとなり、対前年同期比で113%増加、104%増加し、両指標で2倍以上の成長となりました。
アジア太平洋エリアでは、上場件数は157件、それに伴う調達額は143億米ドル、当年度第3四半期と比較して43%増加、42%増加となり、対前年度比では全体的に下回ったものの、当四半期で回復しました。
EMEIAエリアでは、ヨーロッパエリアの上場件数が第4四半期で落ち込んだことから、上場件数は118件で対前年同期比24%減少となりましたが、それに伴う調達額は230億米ドルで98%増加となりました。調達額は当年度第3四半期と比較して238%増加となり、上場件数は対前年同期比で減少したものの、多額の調達に成功した上場が目立ちました。
2024年度のクロスボーダーIPOは、中型株と大型株の堅調なリターンにより増加トレンドが継続しました。2023年度のクロスボーダー上場件数は83件であるのに対して、2024年度の世界のクロスボーダー上場件数は113件と増加しましたが、いくつかのメガIPOは行われたものの、2024年度の平均取引規模は48%縮小となりました。
米国は2024年度も引き続き世界のクロスボーダーIPOを牽引し、米国証券取引所へのクロスボーダー上場件数は101件と世界のクロスボーダー上場件数の89%を占め、対前年度比で51%増加しましたが、取引規模は42%減少し、59億米ドルとなりました。米国の証券取引所への外国発行体による上場件数は米国内上場件数の半分以上を占め、外国発行体による上場件数は過去最高を記録しましたが、米国証券取引で行われたIPO取引総額の18%に留まりました。この背景として、中国、香港、シンガポール、オーストラリアでのアジア太平洋エリアの現地規制当局による規制強化と現地市場環境の低迷に加えて、より大きな資本アクセスへの意欲の高まりから、外国発行体による米国証券取引所への上場が大幅に増加したことが考えられます。また、2024年度の米国証券取引所で行われたクロスボーダーIPOにおいては、消費者、テクノロジー・メディア・通信(以下、TMT)、インダストリアルセクターのIPOは、専門投資家の関心と優位的なバリュエーションを得たことから好調を記録しました。
また、クロスボーダーIPOにおいては、取引規模とリターンの間に正の相関関係があることが明らかになりました。上場後初日、初週、初月を経過してから現在の取引期間まで、大規模取引が小規模取引を上回りました。クロスボーダーIPOでは、主要なセクターの株式は概ね当初の公開価格を上回った取引が行われ、消費者セクターと金融セクターにおいては特に大きなリターンを得ることがわかりました。
歴史的に米国大統領選挙後のIPO活動は、どの政党が過半数を支配しているかに関係なく、米国大統領選挙後数年間は増加する傾向にあります。通常、選挙に至るまでには一定程度の不確実性が生じるものですが、選挙後は政策の方向性や経済政策が全般的に明確になることで、市場が安定化する傾向にあり、IPOにはより好ましい環境が形成されます。選挙後翌年に先行して成長する企業は、インダストリアル、TMT、金融セクターなどですが、2024年度においては、ほぼ全てのセクターで成長を遂げました。
第2次トランプ政権下では、減税・雇用法の条項延長の可能性、規制緩和、米国内生産の促進など、政策の明確化が進むことで、米国のIPO活動が活発化する可能性があります。エネルギー、インダストリアル、金融サービス、テクノロジー、暗号通貨、ヘルスケア、ライフサイエンスなどのセクターは、特に恩恵を受ける可能性があります。このような経済政策は、堅調な株式市場と相まって、クロスボーダー上場を検討しているヨーロッパ企業にとって、米国市場をより魅力的なものにする可能性もあります。
しかし、大幅な米国政府の再編と提案されている拡張的な財政措置案は、インフレ率の上昇、国債利回りの上昇、市場のボラティリティの増加につながる可能性があります。このような状況下では、投資家は資産を株式から債券に再配分する可能性があります。今後の金融政策の決定は不確実性をもたらし、市場の安定性に対する懸念を高め、投資家のリスク感度を高める可能性があります。
また、保護貿易主義と報復関税は、輸入依存企業のコストを増加させ、収益性を圧迫し、IPO活動を抑制する可能性があります。また、中国、ヨーロッパ、カナダ、その他の新興エリアを含む貿易黒字国の株式市場を圧迫する可能性があります。
移民政策の厳格化は、労働力不足を悪化と賃金コストの上昇を引き起こし、労働集約型産業の企業に財務的圧力が加わる可能性があります。また、規制緩和は、クリーンエネルギーとEV業界の企業に逆風をもたらす可能性があります。米中関係の方向性は、地政学的リスクを軽減するために、著名な中国企業が香港やヨーロッパの取引所などの代替市場でのIPOを指向するきっかけにもなるかもしれません。
上記の各マーケットキャピタルの閾値は、「Large-cap」を米国100億米ドル以上の時価総額企業、「Mid-cap」を米国100億米ドル未満で20億米ドル以上の時価総額企業、「Small-cap」を20億米ドル未満で2億5000万米ドル以上の時価総額企業、「Micro-cap」を米国2億5000万ドル未満のマーケットキャピタルとしています。IPOリターン情報は2024年12月9日時点における新規上場企業の一般株価の年初来変動を、上場時のオファー価格と比較して、マーケットキャピタルによって加重したものです。すべてのリターンは、上場完了したIPOのマーケットキャピタル別の、初日、初週、初月、および現在日(2024年12月9日)の取引終了時点での公募価格からの加重平均株価パフォーマンスを表しています。現在の公募価格以上は、2024年12月9日の取引終了時点での公募価格を上回る現在の株価を持つ追跡中のIPOの割合を示しています。
出典: EY analysis, Dealogic.
2024年度の南北アメリカエリアのIPO活動は対前年度比で上場件数は40%近く増加し、それに伴う調達額は45%増加しました。調達額が5億米ドルを超える上場件数は、前年度では7件にとどまったのに対して、2024年度は19件と増加しました。また、19件のうち7件は、10億米ドル以上を調達しました。2024年第4四半期のIPOの調達額は、対前年同期比で2倍となり、第4四半期のIPO調達額の29%を17億米ドルで取引されたIPOが占めました。
2024年度の米国の証券取引所で調達額50百万米ドル以上の新規上場企業の上場後のパフォーマンスは好調で、上場時の株価に比べて平均で約30%株価が上昇しました。2024年度の南北アメリカエリアの合計上場件数は205件、それに伴う調達額は331億米ドルで、対前年度比で37%増加、45%増加を記録し、世界の上場件数の17%(前年度11%)、世界のIPO調達額の27%(前年度18%)を占めました。ライフサイエンスとテクノロジーセクターは引き続き米国内のIPO活動をリードし、米国の証券取引所での上場件数の40%近くを占めました。特にAIを活用したストーリーは引き続き大きな注目を集めており、AI活用による成果を示した企業に対する投資家の需要は今後も拡大していくことが予想されます。
スポンサー支援によるIPOは、2023年度ではわずか17%であったのに対し、2024年度は米国の証券取引所におけるIPOの25%以上を占めました。過去数年間、プライベート・エクイティのエグジットが相対的に不足していたことを考えると、全体的なエグジット環境が改善するにつれて、スポンサーはIPO市場にますます注目するようになると見込まれます。
2025年度の米国の証券取引所におけるIPO市場を見据えると、堅調な株式バリュエーション、低ボラティリティ、金利の低下といった複数の要因から、IPO活動の回復が加速するとの楽観的な見方が強まり、IPOの有望株への注目が高まっています。また、米国大統領選後の政策変更は投資家の注目を集めており、関税、税率、規制が、経済全体、M&A、IPOの状況に大きな影響を与える可能性があります。IPOの可能性を検討している企業は、今後より投資家に受け入れやすい市場となることが予想され、この市場環境を活かすためにも、IPO準備計画の迅速化を検討する必要があります。
「選挙年」とは、2004年、2008年、2012年、2016年、2020年のアメリカ合衆国大統領選挙の年を指します。「選挙後翌年」とは、アメリカ合衆国大統領選挙の翌年にあたる年を指し、具体的には2005年、2009年、2013年、2017年、2021年のことです。
出典: EY analysis, Dealogic.
2024年度のアジア太平洋エリアのIPO活動は、経済、政治、地政学的な不確実性と、世界的な金融政策の引き締めが重なったことから、11年ぶりの低水準にまで落ち込みました。流動性の逼迫、バリュエーションの低迷、新規上場後のアンダーパフォーム、信頼感の低下により、多くの企業が特に2024年前半においては株式公開を延期または再考するようになりました。しかし、下半期においては底打ちの兆しが見え、2024年第4四半期の数字は2023年第4四半期の水準を下回ったものの、調達額は2桁成長し、取引件数と調達額は前四半期から増加しました。
アジア太平洋エリアにおける2024年度のクロスボーダーIPO件数は対前年度比53%増加し、アウトバウンドIPOは87件、インバウンドIPOは3件でした。グレーターチャイナとシンガポールは、引き続き米国のクロスボーダーIPOを独占しました。
現在の中国本土のIPO市場は、依然としてクロスボーダーIPOへの道は開かれていますが、中国本土のIPO市場は政策主導型であり、中国の規制当局が実施した政策手段により、国内のIPO活動のペースは大幅に減速し、資金調達額は歴史的な低水準にまで押し下げされています。香港における2024年度のIPO活動は、主にいくつかの大規模な上場に牽引され、年間で改善しました。特に、美的集団(MideaGroupCo.Ltd.'s)のIPOは、2024年度のIPOでは世界で2番目に大きく、香港でも直近過去3年間で最大のIPOを記録しました。この回復の背景は、中国経済の回復と米国の金融緩和サイクルに支えられ、市場の流動性と投資家心理が向上したことが考えられます。ASEANにおける2024年度のIPO市場は、インドネシアでの上場件数が対前年度比で48%減少した影響から、2023年度に比べて鈍化し、上場件数129件、調達額36億米ドル、対前年度比では21%減少、38%減少となりました。一方で、マレーシアでは、政府の支援政策、外国直接投資(FDI)の増加、経済活動の刺激により、上場件数は前年度比53%増加と急増しました。日本における2024年度のIPO市場では、東京メトロ株式会社の23億米ドルの公募額に牽引され、平均取引額が7年ぶりの高水準を記録し、2018年度以来最大のIPOが実施されました。韓国における2024年度のIPO市場は前年度とほぼ同水準で、IPOの件数は75件で、28億米ドルを調達しました。
2025年のアジア太平洋エリアのIPO市場は、景気回復、的を絞った政策支援、外国投資の増加に牽引され、進行中の金融緩和サイクルによる世界的な流動性の向上に支えられ、緩やかな回復が見込まれています。
*1億米ドル未満の調達額。
香港のIPOデータは、2024年1月1日から11月28日までに完了したIPOと、2024年12月31日までに予想されるIPO(2024年11月28日時点の予測)を含めています。
出典:Dealogic。
2024年度のEMEIAエリアにおけるIPO活動は、不透明感が漂う中で、利下げとエネルギーや公益事業の価格下落により、インフレ率がより安定した水準まで低下したことで景気回復の後押しとなり、ボラティリティが軟化したことで、株式市場の上昇に火がつきました。また、全体として楽観的な経済ファンダメンタルズが、2024年度のEMEIA全域のIPO活動にとって有益なことを証明しました。2024年度の上場件数は522件、それに伴う調達額は532億米ドルとなり、対前年度比で17%増加、64%増加し、両指標で世界のIPO市場の中で最大のエリアとなりました。世界で行われたIPOに伴う調達額上位10社のうち6社を占め、そのうち3社はPE及びVCの支援を受けていました。IPOは、収益性の高いエグジットを求めるPEファームにとって、より優先度の高いものになっているようです。PE及びVCが支援するIPOは、EMEIAエリアにおける年間の上場件数の6%と限定されるものの、調達額の37%を占めています。
ヨーロッパ中央銀行(ECB)は第4四半期に再び金利の引き下げを実施したことにより、ヨーロッパは主要指標全体で経済の安定化が続きました。ヨーロッパのIPO市場は各IPO取引あたりの調達額ではEMEIAエリアではトップに立ち、2024年度では125件のIPOで191億米ドルの調達額となり、平均取引規模は前年度比67%増加しました。インドのIPO市場では、堅調な国内経済成長、有利な地政学的ダイナミクス、多額の外国投資により、2024年の世界のIPO活動をリードしました。その結果、上場件数は330件、それに伴う調達額は19.9億米ドルとなり、対前年度比で36%増加、50%増加で、前年度に比べて大きな飛躍となりました。
地政学的には、米国の新政権は、ウクライナ戦争とイスラエル・ガザ戦争に対するアプローチの転換を示唆しており、エリアの安定とエネルギー価格に影響を与える可能性があります。IPOを計画している企業は、ボラティリティが高まる中、これらの動向を注意深く監視する必要があります。
2025年度に向けて世界のIPO市場は、財政・金融政策、地政学的な緊張、AIとデジタル変革、ESGへの新たな配慮、世界的な選挙サイクルの結果の影響から生じた不協和音に直面し、IPOの状況は一変しました。これらのダイナミクスは課題を生み出すかもしれませんが、新たな機会への扉を開くものでもあります。これらの進化するメガトレンドをナビゲートし、活用するためには、企業は変革を受け入れ、変化する市場の需要に合わせて戦略を適応させ、IPOを成長とイノベーションを推進するプラットフォームとして活用する必要があります。2025年の上場を目指すためのレジリエンスと準備が整った企業は、不確実性を乗り越え、IPOの機会を掴み飛躍するでしょう。
また、2024年9月に世界のCEOを対象に行われたEYCEOOutlookPulseSurveyでは、回答者の44%が、来年中にIPO、売却、スピンオフなどを検討していることが示されました。CEOの関心は前年同期比で横ばいとなり、合弁事業または戦略的提携(47%)を最優先とし、次いでIPO、売却、スピンオフ(44%)、M&A(37%)と続きました。
合弁事業や戦略的提携への意欲は前年同期比で安定している一方で、M&AとIPOへの関心はそれぞれ28%から37%、40%から44%に増加しました。3種類の取引(IPO、売却、スピンオフ)のうち、南北アメリカエリアCEOの回答者がIPOと売却またはスピンオフを最優先の財務戦略として強く選好している一方で、アジア太平洋エリアとEMEIAエリアのCEOの回答者は、合弁事業と戦略的提携を優先し、次いでIPOを選びました。
セクター別に見た世界的な今後の見込みとしては、TMTセクターが2025年の世界のIPOをリードし、IPOの件数ではインダストリアル、ヘルスケア・ライフサイエンスセクターがそれに続くと予想されています。しかし、南北アメリカエリアでは、TMTセクターが依然として最有力候補である一方で、ヘルスケア・ライフサイエンスおよび金融セクターは、IPO活動において他のセクターを上回ると予測されています。
上記は、世界の大企業のCEO1,200人の回答に基づき(回答企業のうち約60%が前会計年度に10億米ドル以上の年間調達額を報告)、2024年9月に公表されたEY CEOアウトルック・パルス調査の結果(EY CEO Outlook Pulse Survey)です。回答者は、上記に示された3種類の将来の取引オプションについて、複数の回答を選択。新しいEYセクター分類については定義スライドを参照してください。IPOパイプラインデータは2024年12月9日現在のものです。トップ3セクターは、各セクター内のIPOを目指す企業の数が、今後12ヶ月以内の各地域の総IPOパイプラインに占める割合に基づいています。
出典:EY analysis、Dealogic、Mergermarket、PitchBook。