世界の新規上場動向 - 2025年1月~3月

EY新日本有限責任監査法人
企業成長サポートセンター
クロスボーダー上場支援オフィス
マネージャー 公認会計士 田中 康俊


1. IPO市場の概況

第1四半期における世界のIPO市場は、上場数291件、調達額293億米ドルとなりました。対前年同四半期比では、件数3%増加、調達額20%増加となりました。世界のIPO市場は、過去数年間で劇的な変化を遂げてきました。2020年第3四半期から2021年第4四半期にかけて著しい活況を呈した後、2022年から2024年までの3年間は低迷しました。2025年第1四半期のIPO市場は好調なスタートを切ったように見えましたが、米国の関税政策による影響を受けて失速しました。エリア別では、南北アメリカ(以下、Americas)は上場数が51%増加、アジア太平洋(以下、APAC)は調達額87%増加となった一方で、欧州・中東・インド・アフリカ(以下、EMEIA)は上場数、調達額共に減少しました。取引所別のIPO件数はインドが63件で首位となり、米国(NASDAQ)が48件で続いています。3位以降は、韓国、東京、香港でAPACエリアの市場が続く結果となりました。調達額は米国(NASDAQ)が51億米ドルで首位となり、米国(NYSE)が38億米ドルで続いています。世界最大の米国市場に資金が集まる結果となりました。なお、個別企業では東証プライム市場に上場したJX金属株式会社が首位となり29.7億米ドルを調達しました。

表1 主要エリア別IPO実績(第1四半期)

表1 主要エリア別IPO実績(第1四半期)

※ 単位:1億米ドル (出典: EY analysis, Dealogic.)

図 IPO実績(2020年Q1~2025年Q1)

表2 上位5証券取引所のIPO件数(第1四半期)

順位

市場

IPO 件数

1

インドナショナル(National and Bombay)

63

2

米国(NASDAQ)

48

3

韓国(KRX and KOSDAQ)

20

4

東京(Prime, Growth, Standard, REIT, Pro Market)

15

4

香港(Main Board and GEM)

15

(出典:Dealogic.)

表3 上位5証券取引所の調達額(第1四半期)

順位

市場

調達額

1

米国(NASDAQ)

51

2

米国(NYSE)

37

3

東京(Prime, Growth, Standard, REIT, Pro Market)

32

4

インドナショナル(National and Bombay)

28

5

香港(Main Board and GEM)

23

※ 単位:1億米ドル (出典: Dealogic.)


2. 上場時の業績と株価

上場時、ASEANと日本を除くほとんどの市場で黒字でのIPO割合が対前年同四半期比で増加しました。特に中国本土では厳格な規制を実施しており、100%となっています。また、米国、インドでは上場時に黒字を計上している企業の割合が特に増加しています。前年同四半期は大半の市場において、上場初日の株価がプラスとなる企業の割合が黒字でのIPO企業の割合を上回っていました。一方で、今四半期は中国本土等一部の市場を除き、上場初日の株価がプラスとなる企業の割合が黒字でのIPO企業の割合を下回る結果となりました。これは、投資家が将来の利益のみならず、上場時における利益についても注目していることの現れであると考えられます。市場の不確実性が高まる中で、多くのIPO企業が強固な財務体質を示すことで資金調達を実施する必要性に迫られている可能性があります。なお、対前年同四半期比で上場初日の株価上昇率3~5%、現時点での株価上昇率約10%を達成(いずれも中央値)したのは、米国と中国本土のみでした。

図 上場時黒字企業の割合/上場時初日終値が公開価格を上回った割合

3. 航空宇宙および防衛セクター

米国の政策変更が世界の防衛支出を増加させ、航空宇宙および防衛セクターのIPOの勢いを加速させています。政策の不確実性は成長の抑止要因と見なされることが一般的ですが、現在では国家安全保障にとって重要とされる特定のセクターにおける加速的な成長につながっています。多くの国が地政学的脅威の高まりに応じて防衛予算を増加させました。例えば、米国は武器庫の近代化と技術的優位性の強化のために力強い予算要求を維持しています。ヨーロッパ諸国は、悪化する安全保障環境と新たな米国政府からの圧力を受けて、野心的な防衛支出計画を発表しました。一方、中国、インド、主要な中東諸国も軍事予算の大幅な増加を発表しています。この傾向は、激化する世界的な軍備競争と世界的な緊張の高まりの中での安全保障への懸念を反映しています。防衛支出への再注目は、このセクターに明確に利益をもたらし、投資環境を好転させています。過去数ヶ月間、防衛株には楽観的な受注状況と企業の戦略的再配置に支えられて、力強い反発がもたらされました。この回復は、不確実な時期における安全資産としての防衛株の市場全体の再評価を反映しています。投資家はこれらの株を防御的な投資としてだけでなく、軍事支出が引き続き増加すると予想される環境における成長機会としても見ています。航空宇宙および防衛企業は、未上場での成長を続けており、資本基盤を広げるために公募市場を視野に入れています。現在、3,400社以上の未上場である防衛セクター企業が存在し、そのほとんどはベンチャーキャピタル(VC)に支援されています。このセクターでは約90社がIPO準備を進めていると見られており、半数以上が米国でのIPOを目指していると考えられます。企業の所在地はヨーロッパが多く、クロスボーダーIPOになると見られています。

航空宇宙および防衛セクターへの投資額と回収件数

4. Americasエリア

第1四半期におけるAmericasエリアのIPO市場は、上場数62件、調達額89億米ドルとなりました。対前年同四半期比では、件数51%増加、調達額2%増加となりました。上場件数は大幅に増加したものの、約75%の案件が5,000万米ドル未満の調達額であっため、調達総額が伸び悩みました。セクター別では、TMT(テクノロジー・メディア・通信)およびヘルスケア・ライフサイエンスセクターが今四半期もIPO活動を牽引し、上場件数のほぼ半分を占めました。なお、今四半期に5億米ドル以上を調達した5案件の取引では、4つの異なるセクターが名を連ねました。取引所別では、米国以外の上場件数はカナダの3件のみであり、米国の1極集中状態が継続しています。米国の上場件数を引き上げる要因の1つになっているのはクロスボーダーIPOであり、58%を占めました。中国本土、香港、シンガポール、マレーシア等のAPACエリアに所在する企業による上場が目立つ結果になりました。また、PEファンドが関与する案件での調達額が30%を占め、存在感を示す結果となりました。今後の展望は関税政策による影響次第であり、景気後退への懸念にも留意が必要です。

表4 Americasエリア 調達額上位5社(第1四半期)

順位

会社名

セクター名

調達額

1

Venture Global Inc

エネルギー

17.5

2

CoreWeave Inc

テクノロジー

15.0

3

SailPoint Inc

テクノロジー

13.8

4

Karman Holdings Inc

製造業

5.8

5

Smithfield Foods Inc

消費財

5.7

※ 単位:1億米ドル (出典: EY analysis, Dealogic.)


5. APACエリア

第1四半期におけるAPACエリアのIPO市場は、上場数116件、調達額109億米ドルとなりました。対前年同四半期比では、件数2%減少、調達額87%増加となりました。IPO件数および調達額の両方で首位のエリアになりました。上場件数は韓国が23件、マレーシアが14件となり、それぞれ対前年同四半期比では64%、56%の増加となりました。調達額は日本が32億米ドル、香港が23億米ドルとなり、それぞれ対前年同四半期比では461%、274%の増加となりました。調達額上位5社のうち3社は鉱業・金属セクターとなりました。

表5 APACエリア 調達額上位5社(第1四半期)

順位

会社名

セクター名

調達額

1

JX 金属株式会社

鉱業・金属

29.7

2

LG CNS Co Ltd

テクノロジー

8.2

3

MIXUE Group

小売

5.1

4

Chifeng Jilong Gold Mining Co Ltd

鉱業・金属

3.6

5

Nanshan Aluminium International Holdings Ltd

鉱業・金属

3.0

※ 単位:1億米ドル (出典: EY analysis, Dealogic.)

(1) 中国本土

中国本土のIPO市場は、上場数32件、調達額33億米ドルとなりました。対前年同四半期比では、件数7%増加、調達額3%減少となりました。中国政府が注力している半導体およびAIセクターに属する企業が2025年後半にかけて上場することが予想されています。

(2) 香港

香港のIPO市場は、上場数15件、調達額23億米ドルとなりました。対前年同四半期比では、件数25%増加、調達額274%増加となりました。3月下旬から4月上旬にかけて市場価格が急落しましたが、投資家の香港市場への回帰の動きがみられ、調達額は大幅増加となりました。魅力的なバリュエーション、IPO準備会社数の増加、緩和されたバイオテクノロジーおよび新しいESG上場要件等が市場の追い風となっていると考えられます。

(3) ASEAN

ASEAN加盟国のIPO市場は、上場数27件、調達額7億米ドルとなりました。対前年同四半期比では、件数27%減少、調達額19%減少となりました。インドネシアやタイなどの主要市場でIPO活動が減少する一方、マレーシアでは取引規模は控えめながらも、14件の上場があり、18年ぶりの高水準となりました。同国の経済成長がIPO活動の主な推進力となっています。マレーシア証券委員会(SC)とブルサ・マレーシアが、規制改革と上場奨励策に積極的に取り組んでおり、規制環境も追い風となっています。シンガポールでは同国の企業が米国での上場を選択する事例が発生しており、今四半期は上場数0件となりました。シンガポール金融管理局(MAS)は、株式市場を活性化するための措置を実施しており、ASEAN加盟国の企業がシンガポールでの上場を検討する動きが見られます。

(4) その他

韓国のIPO市場は、上場数23件、調達額14億米ドルとなりました。対前年同四半期比では、件数64%増加、調達額269%増加となりました。上場数は20年ぶりの高水準となりました。韓国の金融規制当局はIPOにおける短期取引を抑制し、上場廃止プロセスを合理化するための改革を発表しました。資本市場の効率性向上を目指していることが市場関係者の期待を高めている可能性があります。


6. EMEIAエリア

第1四半期におけるEMEIAエリアのIPO市場は、上場数113件、調達額95億米ドルとなりました。対前年同四半期比では、件数9%減少、調達額4%減少となりました。米国政権がウクライナでの戦争に対する姿勢を転換したため、NATO加盟国において、防衛予算を急速に拡大する動きが見られます。また、欧州中央銀行(ECB)とイングランド銀行(BOE)は金利をさらに引き下げるサイクルに入っていると見られることから、株式市場全体についても追い風になることが期待されます。

表6 EMEIAエリア 調達額上位5社(第1四半期)

順位

会社名

セクター名

調達額

1

Hexaware Technologies Ltd

テクノロジー

10.0

2

Asker Healthcare Group AB

ヘルスケア

8.8

3

HBX Group

テクノロジー

7.7

4

Roko AB

アセットマネジメント

5.2

5

Roadstar Infra Investment Trust

モビリティ

5.2

※ 単位:1億米ドル (出典: EY analysis, Dealogic.)

(1) 欧州

第1四半期における欧州のIPO市場は、上場数29件、調達額41億米ドルとなりました。対前年同四半期比では、件数3%減少、調達額33%減少となりました。

(2) その他

インドのIPO市場は、上場数63件、調達額28億米ドルとなりました。対前年同四半期比では、件数23%減少、調達額12%増加になりました。上場数はインドが63件で全エリアの中で首位となりました。中東およびアフリカのIPO市場は、上場数20件、調達額26億米ドルとなりました。対前年同四半期比では、件数67%増加、調達額116%増加になりました。



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