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EY新日本有限責任監査法人
企業成長サポートセンター
渡辺 圭
2025年第3四半期、世界の株式市場は力強い回復を遂げ、各地域の主要指数は関税問題、金利変動などによる数カ月にわたる圧力から脱し、最高値を更新しました。グローバルIPO市場は前年同期比で取引件数が19%、調達額が89%増加しました。その中でもインド、米国、中華圏は特に注目すべき市場と言え、これら3地域で全体のIPO件数の75%、調達額の約80%を占める結果となりました。この回復は、金融環境の緩和、市場のボラティリティの低下、上場プロセスの緩和の環境が改善されたことによるものである一方で、長く継続する地政学リスクの高まりについては常態化しつつあり、もはや市場における不確定要素とはみなされなくなってきています。それを表すように、投資家は財務的健全性やガバナンスを重視する傾向が高まってきています。対する新規上場企業も、収益性の高い企業がIPOを成功させ、上場後のパフォーマンスが好調であるケースが多く、現在のIPO市場は質への回帰が顕著であると言えます。このように2025年のグローバルIPO市場の状況は国際経済環境の変化、規制面の進化、投資家の優先順位の変化等により形成されており、各プレイヤーは状況に即した戦略の再構築を常に求められています。
世界の各証券取引所は競争力の向上、質の高い上場の促進、革新的な企業の誘致を目指し、枠組みの改革を加速させています。上場要件の簡素化や手続きの緩和、伝統的なIPO以外の選択肢の提供、上場維持基準の見直しなどがそれにあたり、持続可能な資本市場の形成を促進しています。香港取引所では、バイオテクノロジー分野等の特定の企業が上場審査の完了まで一部書類を非公開とすることができるテクノロジー・エンタープライゼズ・チャネル(TECH)という制度が導入され、高成長企業に対する支援を整えました。このように、取引所が上場制度を調整し、より多くの上場企業を確保しようと動く一方で、規制当局も市場の健全性を維持するために規制面を強化してきました。特に米国や中国では市場監視を強化し、ガバナンスを強めるような措置を導入しました。例えば、非伝統的IPOにあたるSPAC(特別買収目的会社)が一つの例であり、SPACは2021年に過熱した後、セーフハーバーの規制が見直され、現在も市場において重要な役割を果たしています。この市場関係者全体で最適を図るような調整からは、グローバル化する市場において投資家の信頼を維持することの重要性が高まっていることが窺えます。
(以下PE)支援によるIPO
PE投資において出口戦略は極めて重要ですが、従来はM&A等に大きく依存してきました。しかし、2025年、PE支援によるIPOが世界的に増加し、前年比で件数で159%、調達額で68%増となりました。特に米国と北欧ではPE支援によるIPOが上場総額の3分の2以上を占め、韓国では約半分を占める結果となりました。セクター別では、PEの支援を受けるIPOの大半はテクノロジーと工業機械分野が占めており、米国ではAIやクラウドプラットフォーム、中国ではEVバッテリーや半導体が市場を賑わせています。これらの動向は主要経済圏における金融緩和政策や株式市場の回復が後押しをしており、より長期的に価値を最大化する手段としてIPOという選択肢が再評価されています。PEはより成熟した収益性のある企業を市場に投入し、その結果、PEの支援を受けて上場を果たした企業は上場後堅調な勢いを示しており、複数の地域で顕著な株価の上昇を記録しています。IPO準備は、ビジネスや財務、ガバナンスの各側面において質の高い準備が求められますが、十分に準備が整っている企業はIPOだけでなく、M&A等の代替的手段を含め戦略的かつ柔軟に行き先を選択することができます。その為にも上場を目指す企業はPEに対して説得力のあるエクイティストーリーを描くことが必要になりますし、PEは投資先が上場後も継続して成長できるよう、積極的な経営関与や企業価値向上に寄与する意思決定への関与、段階的な出口戦略の実行等を包括的に計画する必要があります。
ASEANにおけるIPO市場は2024年から逆風に直面してきましたが、2025年は累計で75件、39億米ドルの実績となり、安定を取り戻してきています。特にシンガポールでは第3四半期に7件、計15億米ドルを調達し、ASEANを牽引する結果を残しました。これはシンガポール政府の規制改革が市場の流動性の向上をもたらし、また、地政学的なリスクが高まる中で安定かつ成熟した市場としての魅力が投資家を惹きつけたものと考えられ、今後この勢いは加速するものと予想されます。ASEAN全体においても、多種多様な業界からのIPOが期待されますが、各企業においてはIPOだけでなく、あらゆる選択肢を取れるよう早期に準備を整えることが肝要となります。
第2四半期には米国の貿易関税等によるボラティリティの高まりの影響を受け、急速に低迷した欧州IPO市場ですが、第3四半期には回復の兆しを見せました。前年同期比で件数は減少したものの、総調達額は6倍程度に急増し、投資家の関心が回復していることが窺えます。セクター別では、不動産・ホスピタリティ・建設が件数の多くを占めていますが、金融やテクノロジーもその調達額に勢いを持っており、欧州では多様なセクターに跨ってIPO市場が成長しています。また、欧州でのクロスボーダー案件は総調達額ベースで大幅に減少しており、2024年には大型案件が3件ありましたが、2025年は目立った案件が少なく、唯一注目されたのは関税問題の影響でIPOを遅らせていたKlarna社のみとなりました。
2025年第3四半期、中華圏のIPO市場は堅調な勢いを維持し、安定した成長フェーズに移行しました。第2四半期に続き、香港市場が特に好調であり、香港証券取引所の株価動向を示すハンセン指数は年初来32.3%上昇しており、傑出した結果を残しました。また、中国本土のA株市場では、政策に沿った構造的なIPO環境が成長を続け、IPO初日の平均リターンが100%を超えるなど、投資家の旺盛な需要が垣間見える結果となりました。今後も継続的に、発行体、投資家、政策のバランスを取りながら持続的に成長していくことが期待されます。
インド経済は内需の底堅さと物品・サービス税の引き下げを背景に安定的な状態にあり、IPO市場を下支えしています。第3四半期のIPO市場は活発な動きを見せ、146件のIPOが行われ、72億米ドルを調達しました。また、年初からの累計では、254件のIPOにおける総調達額は約118億米ドルに達しています。セクター別ではテクノロジー、フィンテック分野でのIPOが目立ちますが、中小企業のIPOも急増しており、IPO件数を押し上げています。規制面においても、様々な緩和措置が取られており、経済的基盤が安定しているインドにおいては、2026年にはさらに市場が成長していくことが予想されます。
第3四半期の日本のIPO市場は依然として低調で、10件のIPOにおいて、総調達額は約5億米ドルという結果となり、上半期に見られていた減少傾向が続きました。一方で、市場の変化の兆しとも言える重要なIPOが行われたことも注目をすべきです。例えば、オリオンビールがPEの支援を受けて上場を果たしましたが、高い成長性を有する地方企業が上場を目指す一例となったと言えます。加えて、ソニーフィナンシャルグループによるパーシャル・スピンオフは日本市場における革新的な試みとなりました。規制面においては、9月26日に東京証券取引所が上場維持基準の見直しを行うことを発表し、制度要綱を公表しました。この基準の見直しは、企業の成長を促進し投資家を惹きつけること、M&Aの活用促進等の狙いがありますが、今後IPOを目指す企業はより強固で明確な成長戦略を描くことが求められます。
中東地域のIPO市場は第3四半期には17件のIPOが実施され、計11億米ドルを調達しました。前年同期比では、件数は39%、調達額にして19%の増加となり、堅調な動きを見せています。その内、9件はサウジアラビアでのIPOとなり、調達額も6億米ドル超とサウジアラビアが中東地域を牽引する結果となりました。
原油価格が下落局面にある中、IPOにおいても非原油セクターが注目されており、第2四半期はヘルスケアやモビリティ、第3四半期は不動産や建設、小売、ホスピタリティが焦点となり、経済の多様化が進んでいると言えます。
2025年第3四半期のオセアニアのIPO市場は第2四半期と比較して件数・調達額ともに減少したものの、年初からの総調達額は17億米ドルと前年比にして338%増の大幅に上回る結果となりました。第3四半期の最大のIPOは、GemLife社の4億8,800万米ドルの案件で、不動産・ホスピタリティ・建設セクターに対する投資家の関心が見られました。また、オーストラリア証券投資委員会(ASIC)はIPOスケジュールの短縮など、より円滑なIPOプロセスの構築を目指しており、将来的なIPO活動の活性化が期待されます。
2025年第3四半期、韓国のIPO市場においては、18件のIPOで10億米ドルを調達しました。年間累計では56件のIPOで25億米ドルとなり、堅調なパフォーマンスを示しています。注目すべき韓国IPO市場の現況としては、スタートアップが海外上場を目指す動きとコングロマリット企業の海外子会社が韓国国内市場への上場を目指す動きという2つの傾向が見られる点にあり、これらに加え、今後、上場を目指す企業はM&Aなど多様かつ柔軟な選択肢を持ち続ける必要があります。
米国のIPO市場は件数が前年同期比73%増、調達額は85%増と活況を呈しました。9月だけで約80億ドルを調達し、2021年以来最も活発な四半期であったと言えます。セクター別ではTMTセクターが市場を主導し、AIや暗号資産関連のテーマに注目が集まっています。一方、カナダのIPO市場は第3四半期も低迷しました。5億米ドル規模のREIT によるIPOが行われるなど、一定程度の調達は行われているものの、市場全体は引き続き慎重な姿勢を見せています。ラテンアメリカにおいては、ブラジルはカナダ同様閉塞感のあるIPO市況となりましたが、メキシコでは4億3000万米ドル規模のREITの IPOや米国でのクロスボーダー上場が注目を浴び、好調な市況となっています。しかし、ラテンアメリカにおける市場のボラティリティ、金利変動、為替・規制リスクの不確実性は、IPOを検討する企業体にとって引き続き課題となっていると言えます。