EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
デジタル経済社会への移行が加速する中、ペイメントについてもキャッシュレス決済が浸透しつつあります。日本政府も「キャッシュレスビジョン1」(2018年4月公表)にて、2025年までに国内のキャッシュレス比率を40%、将来的には世界水準のキャッシュレス比率80%を目指すことを掲げています。2025年までにキャッシュレス比率40%の目標については1年前倒しで達成(42.3%)することができ、国内でもキャッシュレス環境が整備されつつあります。一方で、将来的に世界水準のキャッシュレス比率80%については、道半ばであり、現状でも同じアジアである韓国、中国、シンガポールから大きく後れを取っている状況です。
今後キャッシュレス環境を整備していくにあたり、国内においてはクレジットカード決済や国内の決済事業者によるペイメントサービスの普及が挙げられますが、現在日本では、多くのインバウンドが訪れています。こうした点を踏まえると、国内のキャッシュレス環境整備は、インバウンドも念頭に置いたキャッシュレス環境を整備していくことが今後より一層重要になってくると考えられます。特に旅行時には、現金を持ち歩かずに旅を楽しみたいという想いは多くの人にあるからです。
新型コロナウイルス(Covid-19)を挟んだ後、日本のインバウンド市場はさらに加速化しています。2024年にはコロナ禍前を超え、3,687万人のインバウンドが日本を訪れています。特に、ショートホールである韓国、中国、台湾、香港をはじめ、タイ、フィリピン、シンガポール、インドネシア、マレーシアといったアジア諸国の割合が太宗を占めています。
インバウンド旅行者の推移(2019年、2024年)
また、こうしたアジア諸国は近年、急速にキャッシュレス化、特にこれまでのクレジットカード決済のみならず、テクノロジーの進展からモバイルペイメント(モバイルウォレット)が急速に拡大している点も注目されます。つまり、日本が今後キャッシュレス環境を整備していく観点からは、単に日本国内のペイメントを意識するのみならず、加速化するインバウンド旅行者の利便性、満足度を高め、さらなる消費拡大を企図する観点からも、キャッシュレス環境の整備は重要となってくると言えます。
地域別キャッシュレス環境の推移
インバウンド市場の活況のみならず、ツーリズム産業全体が成長を遂げる中、日々のペイメントソリューションを海外でも利用できること(ペイメントローミング)は、旅における決済のストレスを解消するだけでなく、消費額の拡大にも寄与することが期待されます2。実際に、旅行時に訪問先の通貨を両替し、持参している金額だけで旅をしようとすると、どうしても制約がかかってしまいます。一方で、クレジットカードをはじめとするキャッシュレス決済のソリューションが利用できれば、所持している現金の上限を超えて、旅を楽しむことが可能となります。
日本では、2020年東京オリンピック開催に向けてキャッシュレス環境の整備を進めていた際に、中国のモバイルウォレット決済であるWeChatやAlipayの決済環境整備が進んだこともあり、中国人旅行者はかなりの割合で、モバイルウォレットによる決済が進んでいます。一方で、その他多くのアジア諸国からの旅行者はクレジットカードによる決済も増加傾向にあるものの、それ以外の決済手段としては、現金が太宗を占めています。
今後、こうしたアジア諸国の旅行需要が高まり、日本を訪問する、特に若年世代のキャッシュレス環境を考えると、クレジットカードに加えて、彼らの現地での決済手段であるモバイルウォレットによるキャッシュレス決済環境を整備していくことでさらなる消費拡大につながることが期待できるといえます3 。
日本国内でのインバウンド支払い手段の状況
モバイルウォレットによる決済は、特にアジアでは二次元バーコード(QRコード)による決済が太宗を占めています。こうした中、アジア、特にASEAN諸国ではQRコード決済の統一規格化の動きが進んでいます4。国内でQRコードを使ったペイメント事業者が複数存在すると、加盟店(アクワイアラ)側の対応も複雑になってくることも予想され、こうしたQRコードの規格を統一し、そのうえで、QRコード決済事業者(イシュア)に承認を飛ばす仕組みがあれば、キャッシュレス環境も推進しやすくなるからです。
さらに、こうした統一規格化を受けて、今度は国を跨いだQRコード決済の環境整備が動き始めています。2022年11月に、インドネシアが主導してインドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイの各国中央銀行は、QRコード決済や即時決済などでの接続を想定した「地域決済接続(Regional Payment Connectivity/RPC)に関する覚書」に署名し5、翌2023年8月にはベトナムが追加で署名を実施し6、二国間での相互運用が開始されています。
この仕組みに日本も2025年をめどに参加する方向で調整がされており、キャッシュレス推進協議会が運用する日本のQRコード決済の統一規格である「JPQR」とASEAN各国の統一規格との相互連携によるモバイルウォレットによる決済環境が整備されていくこととなると考えられます7。その第1弾として、2025年大阪・関西万博の会場にてカンボジアのQRコード決済の統一規格である「KHQR」と連携を開始しています8。ただし、課題もあり、日本国内で「JPQR」の普及がそこまで進んでいないことから、環境の整備と実際の運用という観点からは、課題が残っています。
各国国内での決済手段利用状況
二国間でQRコードの統一規格決済が進むとした場合、ユーザーが支払う手数料や為替の問題が普及に向けては一つのカギとなりそうです。
例えば、現在でもクレジットカードを海外で利用した際に決済端末上で、現地通貨払いか自国通貨払いかを選択する案内が出る「他通貨決済サービス(Dynamic Currency Conversion:DCC)」があります。この決済サービスは、自国通貨払いを選択すれば、即時に自国通貨で金額が確定するというわかりやすさがある一方で、銀行為替レートにマークアップが加わり、手数料が高く設定されるという課題があります。
最近では、FX取引と組み合わせて、為替リスクを仲介事業者がヘッジしつつ、低手数料で決済可能なサービスを提供する事業者も出てきており、今後、ペイメントローミングが普及していくことになれば、こうした為替リスクを勘案し、かつ、手数料を低く抑えるようなサービス設計も求められてくることとなると考えられます。
日本国内でのキャッシュレスの普及の遅れの一つとしては、加盟店が支払う加盟店手数料にあると言われていますが、国際間での決済においては、通常、利用者がこのマークアップ等の手数料を負担しており、キャッシュレスにより割高になるようでは、利用者も安心して利用することが困難になるため、FX取引等複数の金融サービスを組み合わせたペイメントの仕組構築が今後のカギとなるといえます。
「JPQR Global」として、まずはカンボジアとの間でスタートを切ったQRコード決済のグローバル化ですが、より市場としての活性化を踏まえると、日本人が多く訪問する国と海外から日本へ多く訪問する国を踏まえて、サービスを導入・促進していくことが望ましいと考えられます。
日本人のアウトバウンドはコロナ禍以降減少を続けていますが、ASEAN地域へは、タイ、ベトナム、シンガポール、フィリピン、インドネシア、マレーシアが上位6か国に入ってきます。このうち、現地国でQRコード決済が普及していて、かつ、インバウンド旅行者が多い国としては、ベトナム、インドネシア、マレーシア9であり、こうした双方向での利用の可能性を踏まえて、戦略的に展開していくことも重要といえます。
特に日本のQRコード決済事業者は、厳しい競争環境下にあり、国内だけの利用から、JPQRの規格を採用し、海外旅行や赴任先でも利用できる環境を整備していくことは、一つのビジネスチャンスとなる可能性もあると考えられます。
日本のキャッシュレス環境は、ようやく40%を超えるところまで来ました。今後も引き続き、クレジットカードを中心としたキャッシュレス環境の整備は重要といえる一方で、インバウンドへのサービス向上の観点やビジネスチャンスの拡大の観点から、海外のモバイルウォレット決済、とりわけASEANを中心に広がるQRコード決済の統一規格を踏まえ、ペイメントローミングという観点からのキャッシュレス環境整備により、より一層の消費拡大に寄与し、キャッシュレス決済を通じた地域活性化、経済成長を目指して、市場を構築していく必要があるのではないでしょうか。
日本人のアウトバウンド先の状況
※この記事は
International Fintech Review 2025/26(Beaumont Capital Markets, 2025年12月)
https://beaumont-capitalmarkets.co.uk/featured_item/international-fintech-review-2025-26/
に寄稿した
記事「What is the role of payment roaming in developing a chashless landscape?」
https://beaumont-capitalmarkets.co.uk/featured_item/japan-fintech-cashless-payments-qr-interoperability/
の日本語版です。International Fintech Review は、グローバルなフィンテック業界や各国市場の主要な課題や動向に焦点を当て、金融ビジネス機会への知見を提供します。
関連コンテンツのご紹介
【寄稿記事】2024年1月 Beaumont Capital Markets “International FINTECH Review 2024/25”(執筆者:EYストラテジー・アンド・コンサルティング パートナー 平林 知高)
EYの関連サービス
コロナ禍により、あらゆる地域において、地域の再定義が課題となっています。EYでは、「デ―タ」を軸として、ビジネスの戦略立案・エコシステム形成をミッションに掲げ、地方創生・観光を中心に、データ収集・データ利活用の仕組みを構築し、観光DXの推進や、政策提言、企業戦略の策定支援などを行っています。
続きを読む