完全親子会社形態における子会社不祥事に対する親会社監査役の役割

完全親子会社形態における子会社不祥事に対する親会社監査役の役割


情報センサー2025年7月 特別寄稿


獨協大学 法学部教授 高橋 均

一橋大学博士(経営法)。獨協大学法科大学院教授を経て現職。複数の大学(院)客員教授や社外独立役員を兼任。専門は、商法・会社法、金商法、企業法務。法理論と実務面の双方からアプローチをしている。近著として『監査役監査の実務と対応(第8版)』同文舘出版(2023年)、『グループ会社リスク管理の法務(第4版)』中央経済社(2022年)、『監査役・監査(等)委員監査の論点解説』同文舘出版(2022年)、『実務の視点から考える会社法(第2版)』中央経済社(2020年)。


Ⅰ 論点の背景

事業を分社して子会社化するケース、新設合併により持株会社を設立して従来の会社をその傘下に置くケース、M&Aを目的としてTOBを実施するケースでは、持株比率を100%とする完全子会社とすることが多い実態があります。

完全子会社の株主は親会社のみであることから、親会社による完全子会社への支配力は、少数株主が存在する子会社と比較して強くなります。少数株主が存在する場合は、株主総会の出席をはじめとして、株主としての共益権を行使して子会社取締役への一定の監視・監督機能を働かせることが可能であるのに対して、完全子会社の場合は、親会社以外に株主権を行使する株主が存在しないために、親会社としての監視・監督機能の重要性が増すことになります。親会社が完全子会社に対して自らの経営方針を強要して利益誘導を図ることにとどまらず、不正を働きかけたり、不祥事の対処に不作為であることに対して、対処が遅れたりするリスクが存在します。完全子会社における重大な不祥事が発生すると、近時マスコミに大きく報道されたテレビ局の事例に見られるように、完全親子会社の結びつきが強いだけに、完全親会社取締役の責任問題の論点になり得ます。

それでは、完全子会社の取締役の善管注意義務の問題に対して、親会社監査役としてどのような対応が考えられるでしょうか。


Ⅱ 親会社監査役と子会社との関係

親会社と子会社は法人格が別であり、親会社監査役は子会社との間で委任関係がないことから、親会社取締役と同様に、子会社に対して直接の善管注意義務を負うことはありません。監査役は取締役の職務執行を監査する職責がありますが(会社法381条1項)、ここでの取締役には子会社取締役は含みません。言い換えれば、子会社取締役の法令・定款違反による子会社に生じた損害に対して、親会社の取締役や監査役が子会社に対して損害賠償責任を負うこと(会社法423条1項)はありません。監査役で言えば、子会社取締役を監査する善管注意義務を負っているのは、あくまで子会社の監査役となります。

一方、親会社監査役として、子会社に対する権限として、子会社に対する業務報告請求権及び業務・財産調査権があります(会社法381条3項)。この立法趣旨は、親会社取締役が子会社を利用して不正を行っている疑いがあった際に、子会社からヒアリングを受けたり、資料を入手したりするなどの調査を行うことを通じて、結果として親会社監査役が対峙している親会社取締役の善管注意義務違反の有無を判断するためです。すなわち、本規定はあくまで自社における監査業務の一環であり、子会社取締役の職務執行を監査する目的ではないとの理解が大切です。子会社は、正当な理由があるときは、親会社監査役による業務報告請求権や調査権を拒むことができる(会社法381条4項)との規定が存在していることからも、親会社監査役が子会社取締役を直接の監査対象としていないことは明らかです。


Ⅲ 完全子会社におけるリスク管理体制の是非に対する親会社監査役の対応

完全子会社を管掌している親会社の部門が適切な監視・監督義務を果たし、また親会社内部監査部門が財務報告に係る内部統制システムの観点からモニタリングを適正に実施し、問題や課題を発見した際に適時適切に対処すれば、子会社における重大な不祥事を未然に防止することは可能です。親会社監査役としては、各事業部門やコーポレート部門への業務監査を通じて実態把握に努め、問題や課題を認識したらその事実を指摘した上で、管掌している事業部門を通じて、是正措置を依頼することが基本となります。

親会社の各部門が完全子会社に対する特別の支配力を有効に活用し、適切な監視・監督を実施した上で、問題があれば都度是正していれば問題ないのですが、自部門や親会社自身の対応に追われて、完全子会社のガバナンスの問題まで意識が及ばないことも大いにあり得ることです。そこで、親会社監査役としては、完全子会社が重大な不祥事を発生させ、結果として親会社やグループ全体の社会的信用が失墜する事態を避けるために、本来は直接的に善管注意義務を負わない完全子会社に対して、グループガバナンスの観点から具体的な手段を検討する必要があります。


Ⅳ 親会社使用人による完全子会社監査役の兼務の問題

事業部門の部長や課長等がその事業部門を代表する形で子会社の非常勤監査役を兼務することが一般的に行われていますが、部長等は自ら所属している事業部門に最大の関心がありますから、完全子会社の取締役会に出席する程度で監査を行った形にしているケースが多いように見受けられます。そもそも、監査役監査についての法制度や実務についての知見が全くない使用人を兼務させている実態もあります。

完全子会社が監査役会非設置会社ですと、法的には社外監査役の就任も必要ないことから、少数株主の監視が存在しないことと相まって外部の視点が存在せず、ガバナンスについては、親会社に依存した関係となります。すると、親子会社間において、いわゆる慣れ合いが生じて、ガバナンスが機能しないリスクもあります。また、子会社監査役の立場で子会社の不祥事を把握したとしても、そのことが親会社や自分の評価にマイナスと判断すると、親会社の事業部門から派遣された非常勤兼務監査役は、その情報を適切に親会社に報告・伝達することを怠る可能性があり得ます。監査役監査の独立性とは、自身が所属している会社の執行部門のみならず、親会社や重要な取引先等の影響を受けずに、監査の職務を遂行することですから、親会社や自身への負の影響を意識して、子会社の監査役としての職務を全うしないことになれば、監査役としては不適格ということになります。


Ⅴ 親会社監査役が子会社監査役を兼務する場合の留意点

一方で、親会社の常勤監査役を、完全子会社の非常勤監査役として兼務することが考えられます。

親会社監査役は、監査役に就任して監査役の職務について前任者から引継ぎを受けたり、引継ぎがなくても外部の研修会やセミナーでの学修等を通じて監査役としての知見を高めていたりします。したがって、執行部門の兼務使用人と比較して、親会社監査役による完全子会社の非常勤監査役兼務の方が遥かに監査の実効性は上がると思われます。また、親会社監査役が完全子会社の監査役を兼務する場合には、親会社取締役が定める企業集団の内部統制システムに対して、適切にリスク管理が行われているか監査することができます。すなわち、子会社の監査役の立場としては、あくまで、企業集団の内部統制システムの大枠の中で、子会社自身のリスク管理が適切になされているかその運用状況を監査することになります。例えば、グループ内部通報制度等、親会社が定めた子会社から親会社への報告体制(会社法施行規則100条5号イ)が適切に運用されているか判断するために親会社監査役が子会社監査役を兼務していた方が、親会社執行部門への監査と併せて子会社に対して直接確認できることになります。親会社の監査役であれば、企業集団の内部統制システムの整備状況の重要性や監査のポイントについて理解していますので、内部統制システムが単に構築されているだけではなく、子会社で適切に運用されているか判断するためには、執行部門の兼務使用人よりも遥かに適任と言えます。

もっとも、完全子会社の数が多いと、兼務可能な会社数が限られてくることになりますので、規模や業種から判断して親会社にとって重要な完全子会社に絞り込む工夫は必要かもしれません。

親会社監査役が子会社の監査役を兼務することになると、特別支配関係にある完全子会社の不祥事防止に対して重要な役割を担う一方で、非常勤とはいえ、完全子会社に対しては、監査における善管注意義務を直接負うことになるため、それ相当の自覚は必要となります。このためにも、完全子会社の非常勤監査役に対して、同じグループ内であるから無報酬は当然であるということではなく、完全子会社から一定の報酬の支払いがあるようにすることは、本人の職責への自覚の観点も含めて、理にかなっていると思います。


Ⅵ おわりに

完全親子会社形態は、法人格が別という利点を生かしてスピーディな経営を推進することができる一方で、親子間で表裏一体の経営とされ、親子間の利益相反取引についても、例外的に会社法の規定が及ばないという裁判規範(最判昭和45年8月20日・最高裁判所民事判例集24巻9号1305頁)が実務でも定着しています。

完全親子会社形態の利点はありつつも、完全子会社側が、法人格が別で独立の経営を行うことができるということを過信してガバナンスを無視した経営を行うリスクは、少数株主が存在する子会社と比較して高いと認識すべきです。とりわけ、持株会社形態を採用している会社においては、オペレーションを実施している完全子会社である事業会社の方が、規模が大きく、持株会社によるコントロールが十分に及ばないリスクもあることを認識すべきと考えます。

このような状況下で、親会社監査役は、企業集団の内部統制システムへの適切な評価のみならず、完全子会社のリスク管理体制についても、自ら兼務となったり、兼務数が多くなるときは、監査役スタッフに兼務させたり、監査役監査の知見があるリタイアした元監査役に複数の完全子会社監査役を兼務してもらうことも検討に値します。

グループガバナンスの重要性が高まっている中で、親会社のコーポレート部門のみに頼るのではなく、監査役もコーポレートガバナンスの一翼を担うという自覚のもとで活動することが大切です。具体的には、親会社出身の監査役が完全子会社の監査役に非常勤として兼務することにより、完全子会社の不祥事や法令違反等の兆候に対して、迅速な対応につなげることが期待できます。仮に、親会社監査役の兼務発令の手段を採用しないならば、執行部門の使用人に子会社監査役の兼務発令をするに当たって、監査役の法的役割と実務について、十分に理解するための研修機会を設けて送り出す必要があることを親会社の代表取締役以下経営陣は認識すべきです。



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