EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
獨協大学 法学部教授 高橋 均
一橋大学博士(経営法)。獨協大学法科大学院教授を経て現職。複数の大学(院)客員教授や社外独立役員を兼任。専門は、商法・会社法、金商法、企業法務。法理論と実務面の双方からアプローチをしている。近著として『監査役監査の実務と対応(第8版)』同文舘出版(2023年)、『グループ会社リスク管理の法務(第4版)』中央経済社(2022年)、『監査役・監査(等)委員監査の論点解説』同文舘出版(2022年)、『実務の視点から考える会社法(第2版)』中央経済社(2020年)。
監査役は、株主総会において取締役とは別議題・議案によって選任され、株主の負託に応える形で、取締役の職務執行を監査する職責を担っています(会社法381条1項)。取締役の職務執行の監査とは、取締役が法令・定款を遵守し、会社に対して善管注意義務や忠実義務を果たしているか否かについて、取締役に対する監査役の業務報告請求権や業務・財産調査権等の法的権限を適正に活用して監査し(会社法381条2項)、最終的にその結果を期末の監査役(会)監査報告に記載することを通じて、株主に開示することになります。
取締役は、監査役には規定されていない忠実義務(会社法355条)の内容として、会社の利益を犠牲にして自己または第三者の利益を図ってはならないと解されていますから、会社と取締役の利益が衝突する局面においては、会社の利益を優先させることになります。現実問題として、取締役の業務執行の際に、会社と取締役との間で利益相反が生じる場面が存在します。利益相反取引に該当する事案では、利益相反取引を行う取締役は、あらかじめ取締役会での決議・承認を受ける必要があり(会社法356条1項・365条2項)、事後的に取締役会に報告する義務があります(会社法365条2項)。さらに、利益相反行為を行う取締役は、特別利害関係人として取締役会の議決に加わることができないという厳格な定めもあります(会社法369条2項)。
業務執行の場面では、個々の取締役による利益相反行為に対して、取締役会としての監督機能(会社法362条2項)の一環として、利益相反行為者の取締役以外の取締役は、当該利益相反取引の妥当性につき、審議・決議し、承認の可否を判断することになります。一方で、取締役全員が会社と利益相反に該当する事案、例えば、取締役による経営権の維持を目的とした買収防衛策の導入・発動や、株式価値を希薄化させる第三者割当増資の実施、さらには現在の経営陣が自社株式を購入し非公開化を図るMBO(Management Buyout:マネジメント・バイアウト)の際の株式の買い取りは会社と取締役全員の間との利益相反が構造的に生じることになります。
このような場面において、監査役は取締役の行為が忠実義務違反となっていないか、株主共同の利益を意識して、執行部門からは独立した立場でその妥当性について冷静に判断することが求められます。
望ましくない会社・団体等から買収を仕掛けられたときの防衛策として、事前準備型と事後対応型があります。事前準備型としては、買収が起きる前から、あらかじめ防衛策を準備しておくものです。近時一般的に行われている方策は、具体的には、①買収者に対して、大規模買付の実行に先立って、取締役会に対して意向表明書の提出および取締役が買収の是非を判断するための情報提供の要請、②取締役会(場合によっては、第三者特別委員会での検討・答申も含む)による対抗措置発動の有無の検討、③株主意思の確認、となっています。
買収防衛策の基本方針を定めている場合は、会社は事業報告に基本方針の内容の概要に加えて基本方針の実現に向けた取組みや不適切な者によって支配されることを防止するための取組みを記載した上で(会社法施行規則118条3号)、監査役は監査(会)報告において、買収防衛策についての意見を記載する必要があります(同規則129条1項6号・130条2項2号)。監査役は、買収防衛策についての意見を求められている訳ですから、そもそも買収防衛策が必要であるのか、また必要であると判断した場合にその基本方針が妥当であるかを判断する必要があります。
会社にとって望ましくない買収者が出現した際に、株主さらには会社の利害関係者(ステークホルダー)の共通の利益が毀損(きそん)される懸念への対抗手段として、買収防衛策をあらかじめ講じることになります。買収者にとっても、対象会社の企業価値が高く、かつ、それに見合った株価であれば、買収する際の金銭的なハードルが高くなり、そもそも買収対象となりにくいという現実があります。また、買収者が株主等にとって常に望ましくないとは限りません。むしろ、買収者と対象会社との相乗効果が発揮されたり、経営不振の場合や同業他社に見劣りする対象会社の経営を刷新して収益向上につながったりするケースもあります。したがって、監査役としては、買収防衛策が株主の共同の利益と乖離(かいり)して、取締役をはじめとした経営陣の地位維持を目的としたものとなっていないか、あるいは買収防衛策の基本方針を執行側が定めることが過剰な防衛策となっていないかという観点から買収防衛策の必要性を判断し、仮に買収防衛策が必要であったとして、買収防衛策の具体的内容が取締役会等の内部で一方的に決めたものではなく、株主の意見が適切に反映されるプロセスとなっているか、慎重に見極める必要があります。
また、事前の買収防衛策として、➀同意なき買収者が一定以上の株式を市場で取得した場合に、既存株主に新株または新株予約権を取得できる権利を付与する方法(ポイズンピル)、②特定の株主に対して、特別の拒否権を持つ1株を付与する方法(黄金株)、③取締役や従業員に対して高額な退職金や割増退職金を支払うことを約束しておき、結果的に買収コストを上げる方法(ゴールデンパラシュート)等の個別の施策を採用することがあります。これらの個別の買収防衛策を導入するときも、取締役会で決議した上で、株主総会においても承認・決議することが一般的です。また、取締役会が株式公開買付(TOB)による買収に応じる方針を取締役会が推奨した際に、十分なプレミアムを上乗せしたTOB価格となっているか、独立した特別委員会の設置による公正性担保措置が図られているかなどについても、監査役としては十分に検討して意見表明することになります。
なお、企業価値の向上と株主利益の双方に資する望ましい買収のために買収を巡る当事者の在り方についての指針を示した「企業買収における行動指針」(経済産業省、2023年8月31日公表)※1は、監査役としても一読する価値があります。
買収対象となった会社に対して、同意なき買収が仕掛けられたときの事後の対抗策として、伝統的には第三者割当増資があります。第三者割当増資とは、買収者が市場において対象会社の株式を買い増している状況に対抗する形で取引先等の関係が深い会社や個人に対して自社の募集株式の発行を引き受けてもらうことです。この場合の第三者は、一般的には現経営陣を支持する第三者ですが、現経営陣自らが引き受けることもあり得ます。結果として買収者の持株比率を希釈化させることにより買収を阻止するものです。
同意なき買収であっても、対象会社の企業価値を高める買収もあり得ます。買収した会社の資産売却や徹底的なリストラを実行することによって、短期間で収益を上げ、株価が上がり切ったところで売却する「会社の焦土化」とも言われる一部の海外ファンドのような買収ではなく、中長期的な企業価値を高めることを目的とする買収であれば、株主共同利益にも貢献する有益な企業買収ということになります。一方で、買収されることによって、取締役の地位を失うことなどを危惧して、経営陣の経営支配権の維持・確保を目的とした第三者割当増資であると、資金調達という本来の募集株式発行(新株発行)の趣旨と乖離したものになります。このため、法的には既存株主に不利益を及ぼすおそれがあり、株式の発行が著しく不公正な方法により行われる募集株式の発行に対して、株主は差止請求の訴えを提起できるとの規定があり(会社法210条)、裁判例としても、原則的に不公正発行に当たるとするものがあります(東京地決平成元年7月25日判例時報1317号28頁)。経営支配権の維持・確保が目的であるとすると、第三者への有利発行を取締役会で決議を行うことは問題であることから、特に有利な発行の場合は株主総会の決議が必要(会社法199条3項)との規定があります。
第三者割当増資は、取締役と会社との利益相反の構図があると言えます。そこで、監査役は、第三者割当増資に対して、株式の割当を受ける者への募集株式の有利発行に係る適法性について意見表明を行うことになっています(有価証券上場規程施行規則402条の2第2項2号b)。取締役と株主との間で利害の対立が懸念される事項について、株主総会で選任され、かつ執行部門から法的に独立している監査役は、取締役の経営判断のプロセスの適正性を監視・検証し、その結果等を株主や投資家に開示する役割が期待されています。具体的には、第三者割当先と現経営陣である取締役との関係、特に有利発行となっているか否かについての調査、経営判断のプロセスとあわせて、その募集価格と募集株式数について監査役としてその適否を判断することになります。
会社の取締役等の経営陣が、自社を買収するMBOの場合も、会社との間で構造的な利益相反が生じる取引となります。
MBOとは、経営陣が自社(一部の事業部門の場合もあります)を買収し、経営権を取得する手法を指します。自社を非公開化することによって経営の独立性を高めることを目的として、近年、MBOの件数は増加傾向にあります。取締役は、一般的には金融機関や投資ファンドからの資金調達を通じて買収資金を賄います。
MBOのメリットとしては、外部からの買収者と異なり、経営陣が既に事業内容を熟知しており円滑な事業運営が期待できる点、および長期的視点での成長戦略を追求できる点が挙げられます。また、近時は、上場会社では、金融商品取引法の開示項目の増加をはじめ、上場維持のためのコスト(社内の事務作業対応も含む)も無視できないレベルになっていることから、株式市場から資金調達をしなくても、間接金融による資金調達の目途が立っており会社経営として支障がないと考える場合には、MBOも経営戦略の選択肢となり得ることになります。
一方で、課題としては、買収資金の多くを借入れに頼る場合には、財務リスクが高まる点が挙げられます。加えて、構造的に会社ひいては株主と経営陣との間で利益相反に該当するために、MBOを実施する目的の妥当性をはじめ、MBOを実施するときの価格の適切性、さらには企業価値の公正な評価や透明性の確保が求められます。買収価格や取引条件の公正性を判断するためには、社外役員や有識者からなる特別委員会を設置して、買収価格を含めた取引条件を精査したり、第三者からのフェアネスオピニオンを取得したり、経営陣よりも良い条件の買収者がいないかを調査することが一般的です。
監査役としては、MBOは事業の独立や承継に有効な手段である一方、慎重な計画とガバナンス体制の整備が不可欠である点を理解した上で、執行から独立している立場から、特別委員会設置の必要性の有無を含めて、公正性担保措置が取られているか、取締役会等で意見具申を行うことになります。
なお、MBO および支配株主による従属会社の買収を中心に、主として手続き面から、日本の企業社会における公正なM&A の在り方を提示した「公正なM&Aの在り方に関する指針―企業価値の向上と株主利益の確保に向けて―」(経済産業省、2019年6月28日公表)※2が参考になります。また、東京証券取引所が定めたMBO等による非公開会社化する際の見直し(「MBOや支配株主による完全子会社化等に関する上場制度の見直しについて」〈東京証券取引所上場部、2025年4月14日公表〉)※3では、少数株主にとって不利益でないことに対する特別委員会からの意見の入手をMBOについても義務付けるなどの新ルールが適用になっている点も監査役にとって留意すべき点です。
※1 経済産業省「企業買収における行動指針」www.meti.go.jp/press/2023/08/20230831003/20230831003-a.pdf(2025年9月30日アクセス)
※2 経済産業省「公正なM&Aの在り方に関する指針―企業価値の向上と株主利益の確保に向けて―」www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/keizaihousei/pdf/fairmaguidelines.pdf(2025年9月30日アクセス)
※3 株式会社東京証券取引所「MBOや支配株主による完全子会社化等に関する上場制度の見直しについて」
www.jpx.co.jp/rules-participants/public-comment/detail/d1/um3qrc0000015ff9-att/um3qrc0000015fhm.pdf(2025年9月30日アクセス)
近時、買収者からの買収提案や会社を非公開化する企業数が増えています。これらは確かに非日常的な事象ではありますが、一度、これらの事象が生じますと、監査役は経営陣とステークホルダーとの構造的な利益相反を踏まえて、双方から独立した立場からの客観的な意見表明が求められます。換言すれば、監査役は、経営執行者と株主との利害が対立し得る事項について、適時適切に取締役に意見表明を行うとともに、株主に対して説明責任を果たすことを通じて、健全かつ持続的な企業統治の維持・発展の一翼を担う役割も担っていると言えます。
株主から負託された監査役が、経営執行部門から法的に独立した立場でその職責を十分に果たすことは、会社全体にとって自律的な企業統治の観点からも極めて重要です。企業は単に利益を追求するのではなく、株主・投資家などステークホルダーの利益も意識しつつ行動することで社会的責任を果たすこととなり、結果として、それが企業価値向上にもつながります。監査役としては、買収防衛策・第三者割当・MBOなどは、非日常的な事項である一方で、日常的に経営執行者との連携を密接に保ちながら、まずは企業としての持続的な発展を通じて企業価値向上を着実に実行すること、例えば将来への具体的な成長戦略の実行、資本効率の向上などが基本であると意識することが大切です。その上で、仮に自社にとって望ましくない買収提案等が実行されようとした際には、対抗手段の妥当性・正当性の観点から取締役に対して意見具申をすることが大切です。
取締役ら経営陣と株主の利害が対立する局面において、特に取締役らが明らかに会社を利用した保身を目的とする業務執行を強行しようとし、それが株主共同の利益に著しく影響を及ぼす恐れが大きいときに、監査役が実効ある調整機能を果たすことは、コーポレートガバナンスの一翼を担う立場からもその職責と考えます。
EYのプロフェッショナルが、国内外の会計、税務、アドバイザリーなど企業の経営や実務に役立つトピックを解説します。