EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
10年前に発表された「AIに代替される職業リスト」が全く外れている(奪われるとされた職業こそが人間の職業として残り、残るとされた職業のAI置換が進んでいる)と話題です。先の見通しを書くレポートの難しさが露呈しただけと言えばそれまでなのですが、私もいくらか先の見解を述べる機会がある者として身の引き締まる思いではあります。さて、AIに代替される職業、というところから今回はCost Avoidanceという話をしましょう。
Cost Avoidance(コスト回避)は人事領域ではなくAI領域のバズワードです。意味としてはCost Reduction(コスト削減)と近いところではありますが、(放っておけば)将来発生するコストを発生させないことで得られる間接的なコスト削減効果のことを指します。逆にCost Reductionは既に発生しているコストを減らす取り組みを指すので、AIの文脈で言えば自動化・効率化による人件費の削減(例えば残業時間の減少)がCost Reduction、労働力最適化による将来の人件費増やガバナンスリスクの自動監査による罰則コストの未然回避などがCost Avoidanceに該当することになります。
もう少し具体的な書き方をしてみましょう。例えばGoogle(アルファベット社)が最近リリースしているコードの4分の1以上は生成AIが作ったものです。このような生成AIの導入によってエンジニアが職を失ったのであればCost Reduction、新規の採用を控えたのであればCost Avoidance、となります。確かにBT社やモルガン・スタンレー社のように人員削減に踏み切る例もあるにはありますが、AI導入により新たな業務が増えるという事情や、AIの直接的な効果にはいまだ不透明性や不安定性が残るという課題もあり、大々的な人員削減よりも新規採用の縮小や凍結によってその効果を示そうとする企業が多いのでしょう。そういった動きがCost Avoidanceとして各所で見られ始めているようです(例えば最適配置によるトレーニングコストの縮小などもCost Avoidanceには含まれるのですが、本稿では採用抑制に照準を合わせて考えています)。
さて、ここで考えたいのは、AIは人間の仕事を奪っているのか、いないのか、です。冒頭でAI置換が進んでいる、とされた職業でも、多くの場合まず仕事の効率アップからその導入効果は始まります。例えば米国で調査した結果、ここ2年の間に一日の平均労働時間は42分短くなり、そして生産性は2%向上していたそうです(AIだけの影響ではありませんが)。ですから今はまだそこまでAIに仕事を奪われた、と表立って騒がれることはありません。しかしその真の効果が実はCost Avoidanceだったとすれば、それはAIがなければ将来採用されるはずだった人が雇用機会を失ったということであり、直接見えないにしてもAIが職を奪ったのと結果的には同等です。実際、セールスフォース社はAIに代替されるだろうとのことでエンジニアの新規採用を凍結していますし、IBM社はエンジニアに限らず広くAIの業務効率改善効果を見るとして人事などの一部の職種に関して新規採用を一時的に中止しています。もちろん、そうやって未然に削減されたコストが現従業員の処遇改善に回る例もありますので、単純にAIが職を奪っていると批判したいわけではありません。
将来の採用削減というステルス人員削減は、目に見える人員削減であるリストラを前倒しで実施することと(採用前にリストラする、というトリッキーな話ではありますが)意味合いとしては同じです。むしろその最悪なシナリオに至らずに済んだ、と評価されるべき打ち手とさえ言えるのかもしれません。ただ、リストラと似たような効果があるが故に、リストラと同じような論点を考えておく必要があることを忘れてはならないのです。リーマンショックやコロナショックで大規模なリストラを選択した企業には景気回復と同時に人材難に陥ってしまったところも少なくありませんでしたが、中でも多かった典型的な課題は中間層の不足でした。つまりリストラによる等級構成の崩壊が、数年たってボディブローのように効くことになったのです。
日本ではまだ全面的な採用控えと呼ぶまでの状況には至っていないものの、テクノロジーの進化や海外の状況を見る限り、いずれ似たような決断をする企業も出てくることでしょう。フラット化のような施策とセットにすることで人員減のインパクトを減らそうとするもくろみもありそうですが、指揮命令という見た目の機能だけでなくキャリア展望やカルチャー醸成という重要な機能を中間層が担っているという指摘もあります。採用抑制を検討する際には目先の利益だけを見るのでなく、5年後10年後のデモグラフィックを見ながら、必要な採用まで凍結してしまわないようご注意いただければと思います。
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