EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
報道では今年のダボス会議はトランプ大統領一色でしたが、その裏ではAIに関する議論が例年以上に活発でした。各機関の2026年見通しを総じてみても「いよいよAIが投資回収フェーズに入る」という論調が増えています。2025年はユーザー不在のAI覇権争いの年で、企業はPoC(実証実験)を行うも効果ははっきりせず、それでも遅れまいと投資を続けた1年でした。しかし2026年はその中でもリターンの実感を伴う領域が見え始め、それにより投資も実利実益へシフトしていくとみられています。一方でAIが雇用を奪うのではという不安が世界的に強まり、導入の担い手であるAIエンジニア自身さえ情緒的疲弊、つまりウェルビーイング低下やバーンアウトに陥るケースが指摘されています。そこで今回はキャリアの健全性を意味するCareer Healthというキーワードから、AI時代のキャリアビジョンを考えてみましょう。
Career Healthとは直接的にはシンガポールの人材開発省と国家的職業能力開発イニシアチブ「SkillsFuture」が共同推進する施策で、国家最大資源である人について、急速な産業変化に取り残されないよう各人のキャリア状態を定期評価する取り組みを言います。健康診断のキャリア版とも言えるもので、個人のスキル状況を陳腐化リスクも含めて見える化し、逆に希望職種へのキャリアパスを「スキル軸」でデザインするサポートを国家レベルで提供します。冒頭に述べたようにキャリア不安が広がりつつある中では、仮に自身の保有スキルが陳腐化しつつあったとしても、それに近いスキルや獲得すれば市場価値の上がるスキル、職の機会が拡大するスキルなどが明らかになるならば、それだけでも心の安定には資するものでしょう。その点で、確かにCareer Healthとは言い得て妙なところがあります。
さて、シンガポールの取り組みの要諦は自分のキャリアが健全か(先行きに不安要素が無いか)を常々チェックできるようにしようということですが、どうすれば実現できるのでしょう。その解は基本的には①ポスト要件の見える化、②個人スキルの見える化、③両者を結び付けるタレントマーケットプレイス、の3点セットです。中でも重要なのはキャリアの「先が見通せるか」という視点で、テック系スキルの興亡が激しい中、どの程度安定した未来を見せられるかがカギになります。わかりやすく言えば人材難だから勉強してください、直近ならAIを使いこなすためぜひAI人材になってくださいとリスキル・アップスキルに誘導しようとしても、その先のエンジニアとしてのキャリアに安定性が無ければ従業員は迷わざるを得ない(そして配管工など当座の高収入に目が行く)ということです。逆にキャリアの先行きさえ見せられればAI人材へのアップスキル・リスキルに大きな動機付けとなりますし、AI以外の領域でもプラスの効果を期待することができます。
ここで少し視点を変え、なぜAIが思い通りに進まなかったのか振り返ってみましょう。登場初期、AIはITの管轄する電子ツールやアプリケーションの類いとして扱われ、利用も個人任せで組織浸透は限定的でした。次にAIは働き方を変えるという考えから人事主導のAI推進が提唱されます。例えばITと人事を組織融合させたModerna社以外にも、ServiceNow社はChief People OfficerとAI Enablement Officerが兼務ですし、他にも多くの企業でAI推進を「カルチャー変革、働き方変革」と捉えてAI推進に人事部門の関与を増やす戦略を取りつつあります。やや乱暴ですが明確なAI活用使途が無い状態からボトムアップでアイデアを発掘する体制と言ってもよいでしょう。しかしそれでもあまり多くの果実は得られていません。理由はさまざまあるものの、従業員目線のアイデアは原則その従業員が見る業務範囲にとどまりやすいこと、加えて業務の在り方そのものを見直すアイデアが仮に従業員主導で出てきたとしても、所管するITや人事に業務を抜本変革するだけの能力や権限が無いために立ち消えているケースも少なくないようです。
詳しくは弊社レポート(英語版のみ)もご覧いただければと思いますが、この壁を越える手段として、最近では財務やオペレーションなど他のCxOがAI推進に本格参画する体制が求められ始めています。それも単にレガシーに偏った(既存事業やプロセスに則した)ご意見番としてではなく、AIを本質的に理解したCxOたちが業務の在り方を変えるようなAI活用を議論すること、そういう環境や人材を用意していくことが、AIメリットの全社的刈り取りにつながるという考えです。さらに言えばわずかな時間投資で「AIの本質的な理解」に至るのは極めて困難なので、足元施策としてはOracle社のようにAIに精通した人物を従来のCEOと並列で据えてしまうショートカット施策も視野に入ることになります。確かにそのような体制であれば業務や組織を変える権限は十分ですので、何時間削減という取り留めのない話から早々に脱却し、真のAI企業への進化も見えてくるでしょう。加えて、ここで話が戻りますが、CxOがAI推進に本格参画する世界を「AIスキルがCxOの必須条件となる世界」と言い換えてみると、「AIエンジニアのキャリア」が経営トップ層にまで広がることになりますので、エンジニアのCareer Health向上にもつながることになるのです。
ですから次の一手は、AIスキル獲得まではデフォルト(前提条件)とした上で、経営層に必要な他のスキルセットをどこで得るのか、どんな経験を積めばよいかを具体的に示し、AIスキルを持つ人材のキャリアを後押しすることです。なんだ普通のことか、と思われるかもしれませんが、これまでは「必要としているAI人材」と「キャリアゴールとしての経営層」が完全に分断されていて、そのことが草の根AI推進の妨げとなるだけでなく、AIエンジニアにとっても先行き不安の材料になっていたのだと捉えれば、この構造をつなぎ直す意味は非常に大きいと言えるでしょう。
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