EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
今回は、起業の原点から直面した課題、将来のビジョン、そして20年後に描く未来像まで、余すところなく語っていただきました。
要点
経歴:
京都大学大学院にてMEMS(微小電子機械システム)分野の修士・博士号を取得。卒業後は、東京エレクトロンおよびロームにて研究・開発業務を担当し、技術の社会実装に注力。その後コンサルティング会社やMonozukuri Ventures(VC)で戦略・新規事業・スタートアップ投資に携わり、2022年にスタートアップスタジオ「W^3」を共同設立。同年、PITTANを設立し代表取締役CEOに就任。技術とビジネスを統合し、ディープテック×ヘルスケア分野でのイノベーションをけん引。
事業概要:
汗をはじめとする微量体液から非侵襲的に健康状態、肌、筋肉の傾向を分析する装置の開発、販売。エステサロンやフィットネスジム、ビューティー事業者との協業により、生活習慣の変容を促すソリューションを提供する。慢性疾患の増加が懸念される中、人々が日常生活で無理なく習慣を変えられるよう、ビジネスパートナーと連携したモデルを構築。第一弾のデバイス「Pitagoras(ピタゴラス)」は、その場で10分間の分析結果が得られる18cm立方体の小型体液分析マシンで、スキンケアやフィットネスなど「変容が起きやすい現場」での導入が進んでいる。
EOY 2025関西地区
Challenging Spirit部門 特別賞
株式会社PITTAN
代表取締役CEO 辻本 和也 氏
――EOY関西大会を振り返った感想をお聞かせください
まず、選出いただいたこと自体が大きな励みでした。他のファイナリストは事業フェーズも資金調達も進んでいる一方で、私たちは創業の時期が他社に比べて浅い段階です。このような状況下で選出いただいたことはとても光栄に感じています。また同時に、「賞を授与いただいた期待に応えるため、数年で他の受賞された企業を追い抜きたい」という強いモチベーションにもつながりました。
また、 EOY関西大会当日のセレモニーで、集まった皆様と交流できたのも有益でした。大会後の交流では、アルムナイの皆様とお話しする機会があり、PITTANが取り組む計測機器の普及を後押ししたいという励ましの声もいただきました。明確なレギュレーションがない業界で、社会に受け入れられるような事業の拡大方法について、私たちの現場主義に対して温かい励ましと具体的助言をいただきました。
――起業のきっかけを教えてください。
近しい人を病気で亡くした経験から、私は強い問題意識を抱くようになりました。すでに人の命を救う技術が存在しているにもかかわらず、価格の高さなど経済的な理由によって、その恩恵を受けられない命がある――その現実にどうしても納得することができなかったのです。
もともと私は「テクノロジーが社会を変える」と考えており、とりわけヘルスケア分野にテクノロジーを活用できる仕事に携わりたいという思いを持っていました。しかし、当時私が従事していたベンチャーキャピタルでの仕事では、テクノロジーとヘルスケア分野を融合させた企業になかなか出会えませんでした。
そのような状況の中、2022年のある出来事が転機となります。ベンチャーキャピタルのリミテッドパートナーとして出資してくださっていた企業の担当者から、次のように叱責されたのです。
「あなたは博士号を持ち、コンサルティングも経験し、技術とビジネスの両方を理解している人間でしょう。それならば、自ら大学の研究室のドアをたたいて、埋もれている面白い技術を見つけ、あなた自身が代表者になってスタートアップを立ち上げるべきだ。それこそが、ベンチャーキャピタルのビジネスモデルだ」
この言葉によって、自身が本当にやるべきことが明確になりました。「埋もれた技術を掘り起こし、自分が社長になる」。そう決意した後、真っ先に声をかけたのが、現在PITTANで取締役CTOを務めている児山です。
――児山氏との出会いについて教えてください。
私がベンチャーキャピタルで働いていた頃、同社が運営していたイベントで児山と出会いました。彼は当時からさまざまなアイデアと技術的な構想を持っていましたが、大手メーカーに勤務していたこともあり、社内稟議(りんぎ)がなかなか通らず、技術を社会に届けられないことに強い課題意識を抱えていました。
リミテッドパートナーの担当者から叱責を受け、私が社長となる決意を固めた直後、即座に児山に電話しました。そして、彼の持つアイデア・技術をどのように社会で活用できるのか、携帯電話のバッテリーが切れるまで議論を重ねました。
大学での研究は価値が高い一方で、社会実装までの道のりが長い。だからこそ、現場で即座に検証できるスタートアップの形で挑むべきだとの結論に至りました。
――児山氏との出会いと、その後のリミテッドパートナー担当者からの言葉、それを受けた辻本氏の決意が組み合わさって、PITTANが誕生したのですね。
はい。ただし、創業に至るまでは一定の準備期間が必要でした。
創業準備は地元の神戸を拠点に進め、支援制度の活用や、EIR(Entrepreneur In Residence:起業家が企業や組織内で新規事業を準備・推進する仕組み)の枠組みづくりから着手しました。他のスタートアップの立ち上げを支援しながら、自らもスタートアップを立ち上げる準備を整えました。
――立ち上げにあたって直面した課題を教えてください。
私自身は、これまでスタートアップに関わる仕事を数多く経験してきたこともあり、周囲の人たちも、私の好きなようにさせてくれました。一方で、児山は大手メーカーで長くキャリアを築いてきたこともあり、スタートアップという未知の環境に飛び込むことについて、ご家族を含め周囲の理解を得ることにハードルがありました。
そこで私たちは、彼のご家族に対し、PITTANの事業の意義や将来性について丁寧に説明を重ねました。その結果、前向きな理解を得ることができたのです。この経験を通じて、アントレプレナーシップを持っていても、周囲からの理解が得られないことでスタートアップへの参加が難しくなる人が少なくない、という現実を実感しました。
しかし、家庭状況やライフステージにかかわらず、誰もが起業やスタートアップに挑戦できる社会こそ健全だと考えています。私たち自身が成功事例になることで、起業する人、スタートアップに参加する人の裾野を広げていきたい。そのためにも、EOYの受賞やメディア露出は、周囲の理解や賛同を得る上で重要な役割を果たすと感じています。
アーリーステージの企業により多くの優秀な人材が流れ込む環境をつくらなければ、強いスタートアップは生まれないと強く実感しています。
――株式会社PITTANの強みを、社会的な意義とともにご説明ください。
私たちはディープテック・スタートアップと名乗ることもできますが、あえてそうしていません。その理由は、「ディープテック」と聞くと、ベンチャーキャピタルは核融合など極めて先端的な分野を想起されることが多いからです。一方、私たちが最初の入り口として選んだのは、より身近な「美容」という分野でした。
一方で、美容を入り口にすると、今度は「それはディープテックではない」と指摘されることもありました。以前はそのたびに説明をしていましたが、当社の目指す姿を改めて整理した結果、現在はビューティーテック企業としての立ち位置を前面に押し出しています。
PITTANの最終的な目標は、体液から得られる健康状態の計測結果を基に生活習慣を改善し、健康な人を増やすこと、つまり予防医療を普及させることです。しかし、生活習慣の改善をはじめとする予防医療の効果は即効性が乏しく、短期では目に見える成果がすぐに得られないことから、十分に普及していないのが現実です。
一方で、「もっときれいになりたい」、「より良い自分でありたい」といった前向きな動機があれば、人々はより積極的に生活習慣の改善に取り組みます。事実、美容医療市場は近年安定的に成長しており、20代男性の美容医療利用率が同年代女性を上回るなど、決して女性のみをターゲットとした狭い市場ではありません。だからこそ、入り口を「美容」に設定することで裾野を広げ、結果として予防医療の普及につなげることが重要であり、有効なのです。
私たちは、利用者の生活に自然に溶け込む計測体験を設計し、汗などの微量分析から得られるデータを、分かりやすいフィードバックにして提供します。美容を入り口に、日々の食事・睡眠・運動の「ほんの少しの改善」を促すことが目的です。その少しの変化が、数十年後には大きな健康差となり、さまざまな疾病の予防につながると考えています。
この目的を達成するため、技術の自前主義にこだわらず、必要であれば社外の優れた技術も積極的に取り込み、製品を開発します。私たちにとって技術開発は目的ではなく、私たちが求める製品を実現するための手段と捉えています。
スタートアップは大企業と比べて意思決定への関与者が少なく、試作・検証・改善を迅速に回せる身軽さ、機動力があります。当社ではハードウェアであってもソフトウェア開発と同様のアジャイル型開発を採用しています。現場から改善の要望があれば、その週のうちに試作し、2週間後には製品に反映させる。このスピード感こそが、私たちの強みです。
こうした機動力と現場起点の改善の積み重ねが、予防医療を社会に根付かせるために不可欠だと考えています。PITTANの製品は「美容」を掲げていますが、結果として病気の前段階で生活習慣を整え、予防医療につなげることにより、社会保障費の抑制や健康寿命の延伸に貢献できると考えています。
――10年後・20年後の目標、そして次世代への関わり方を教えてください。
10年後には、PITTANを売上1,000億円の企業へ成長させることが目標です。その実現に向けてIPOの準備も進めています。関西発の大企業として、地域から日本、そして世界へ価値を届けたいと考えています。
そして20年後には、私が経営の最前線にいなくても、自律的にさらなる成長を遂げられる組織にPITTANを育てたい。その上で、私自身は後進のスタートアップを応援する立場になりたいと思っています。
ベンチャーキャピタルでの経験を踏まえ、投資家へのアピール方法や事業運営で直面した課題の解決方法といったノウハウの共有、資金面の援助などを通じて、スタートアップ企業の起業が連鎖的に生まれる環境づくりに貢献することが、私の目標です。
PITTANは、汗などの微量体液を非侵襲で分析し、健康状態を可視化する技術を開発するスタートアップです。美容を入り口に生活習慣の改善を促し、行動変容を通じて予防医療の普及を目指しています。現場起点の迅速な開発と社会実装を強みに、健康寿命の延伸に貢献しようとしています。
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