EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
EY新日本有限責任監査法人 クライアントサービス本部 サステナビリティ開示推進室 公認会計士 清野 恭平
企業のサステナビリティ情報開示の取組みを支援。2022年から25年まで金融庁企画市場局企業開示課に在籍し、非財務情報開示の行政にも従事。
※所属・役職は記事公開時のものです
要点
サステナビリティ開示基準(以下、SSBJ基準)に基づく制度開示への対応が具体化する中、「何を重要なリスク及び機会として識別するのか」「既存のマテリアリティとどう整理するのか」といった実務上の悩みが顕在化しています。本稿では、不動産・建設業等セクターに属する企業向けに実施したEY新日本有限責任監査法人主催のラウンドテーブルで扱った内容をベースに、実務上の対応方法を考察します。
※2026年3月25日に実施した「不動産・建設業等セクターの企業向けSSBJ開示対応に向けた少人数ラウンドテーブル」の内容を基に記事化しました。
SSBJ基準の1つである、サステナビリティ開示ユニバーサル基準「サステナビリティ開示基準の適用」(以下、適用基準)では、サステナビリティ関連財務開示を行う際に、企業は①企業の見通しに影響を与えると合理的に見込み得るサステナビリティ関連のリスク及び機会の識別、②バリューチェーンの範囲の決定、③識別した当該リスク及び機会に関する重要性がある情報の識別をしなければならないとされています(適用基準第35項)。
このうち上記①は、従来マテリアリティ評価として実施されてきたプロセスと重なる部分があり、マテリアリティ(重要課題)については既に多くの企業が統合報告書やウェブサイトなどで任意開示としてサステナビリティ情報の開示を行ってきました。
一方で、SSBJ基準において求められる「重要なリスク及び機会」は、必ずしも従来のマテリアリティ項目に限定されず、企業の見通しに影響を与えると合理的に見込み得る場合には、「重要なリスク及び機会」が新たに識別される可能性があります。今後は有価証券報告書におけるSSBJ基準対応が本格化する中で、どの項目をSSBJ基準における「重要なリスク及び機会」と識別し、有価証券報告書の中でどのように開示するかを具体的に検討する段階に入っています。
従来のマテリアリティと、SSBJ基準において財務報告書の主要な利用者向けに開示すべき「重要なリスク及び機会」は同じではないと考えられます。金融庁が公表している「記述情報の開示の好事例集2025」においても、「GRIなどの2軸モデル(社会影響×企業影響)に基づく従来のマテリアリティ開示は、そのままでは投資家の求める企業価値に影響のある重要な情報とはならない可能性がある」「SSBJ基準に準拠した開示をする企業においては、基準に沿ってサステナビリティに関する重要性のあるテーマを過不足なく開示することが必要である」ことが示されています。既存のマテリアリティを全面的に作り替える必要があるとは限らないものの、有価証券報告書で投資家に対して何を示すのかという観点では、別の整理が必要になる可能性があります。従来のマテリアリティとSSBJ基準上の開示対象を対立的に捉えるのではなく、それぞれの開示目的の違いを踏まえた整理が求められます。
適用基準では、サステナビリティ関連のリスク及び機会の識別にあたり、参照するガイダンスの種類を「ガイダンスの情報源」として定めています。「ガイダンスの情報源」は「適用しなければならない」情報源、「参照し、その適用可能性を考慮しなければならない」情報源、「参照し、その適用可能性を考慮することができる」情報源に分類されており、企業はこの「ガイダンスの情報源」の定めに従ってサステナビリティ関連のリスク及び機会を識別することになります(適用基準第37項)。
上記のうち、「適用しなければならない」情報源としてはSSBJ基準が定められており(適用基準第40項)、これについては基準の定めに従って開示していくことになります。一方で、「参照し、その適用可能性を考慮しなければならない」情報源として定められているIFRS財団が公表する「SASBスタンダード」(2025年12月最終改訂)における開示トピックの検討においては、どの業種のSASBスタンダードを参照するか、該当するSASBスタンダードのどの開示トピックを適用することにするかを含め、企業による判断が必要となります。
サステナビリティ関連の「重要なリスク及び機会」の識別にあたり、どのようにSASBスタンダードにおける開示トピックを検討していくことが考えられるか、実務上の具体的なステップを示すと以下の通りです。
Step1: 77業種のSASBスタンダード中から、自社に該当すると考えられるスタンダードを洗い出す。
Step2: 「参照し、その適用可能性を考慮」すべきと考えられるSASBスタンダードの業種を選定する。
Step3: 該当する業種のSASBスタンダードに記載された「開示トピック」を参照し、サステナビリティ関連の「重要なリスク及び機会」の識別にあたり、適用可能性を考慮する。
Step1では、産業別の各SASBスタンダードに記載されている「産業の説明」を確認し、自社に該当する可能性があるスタンダードをスクリーニングします。
Step2では、Step1でスクリーニングした業種の中から、SSBJ基準対応において「参照し、その適用可能性を考慮」すべきと考えられる業種に関するSASBスタンダードを選定していくことになります(1つの場合もあれば複数の場合もあり)。選定の方法を定めた明確なガイダンスはないため、状況及び企業の実態に応じた判断が必要となりますが、例えば、売上・利益・人員数等の定量的な情報に加え、各事業の経営戦略上の位置付けなど、質的な情報も考慮した上で、総合的に検討します。
その後Step3として、選定した業種のSASBスタンダードに記載された「開示トピック」を参照し、自社のサステナビリティ関連の「重要なリスク及び機会」の識別にあたり、適用可能性を考慮することになります。その際には、「機会」と「リスク」を分けて考えることや、定量評価をした場合の最大インパクトと発生可能性の二軸で整理することなどが考えられ、「適用可能性を考慮」した結果、適用すると結論付ける場合もあれば、合理的な理由に基づき適用しないと結論付ける場合もあります。
例えば、不動産・建設業等セクターにおいて参照対象となり得るSASBスタンダードとして、「エンジニアリング及び工事サービス」「住宅建築業」「不動産」「不動産サービス」のスタンダードに記載されている開示トピックは以下の通りです(各トピックの詳細説明はSASBスタンダード原文に記載がありますので必要に応じてご参照ください)。
表1 SASBスタンダード「エンジニアリング及び工事サービス」「住宅建築業」「不動産」「不動産サービス」に記載されている開示トピック一覧とマッピング
特に不動産セクターにおいては、SASBスタンダード上、「エネルギー管理」「水資源管理」「気候変動への適応」「テナントのサステナビリティへの影響の管理」などが開示トピックとして整理されており、建物運営やテナント対応に関わる論点が、相対的に重要と考えられます。また、不動産・建設業等セクター全体として見ると、現行の有価証券報告書における開示は気候変動と人的資本に比較的集中している一方で、SSBJ基準適用時にはSASBスタンダードを軸に開示トピックが広がることが想定されるため、SASBスタンダードを参照し、どのトピックが自社にとって重要かを検討することが考えられます。また、人的資本についても、不動産・建設業は人への依存度が高く、注目度の高いテーマです。2026年2月に公布・施行された企業内容等の開示に関する内閣府令では、人的資本開示の拡充として、「人材戦略に関する基本方針等」の項目が新設され、連結ベースの企業戦略と関連付けた人材戦略や、従業員給与等の決定方針についての開示が新たに求められています。こうした制度改正も踏まえ、SSBJ基準における「重要なリスク及び機会」の識別と、人的資本に関する開示内容を、有価証券報告書の中でどのように整理し、関連性を明確に示すかが論点となり得ます。人的資本を単なる経営基盤に係る一般的項目としてではなく、経営戦略と結び付いた「機会」の側面をより具体的に識別・説明できるかどうかが、今後の実務上におけるポイントの一つとなると考えられます。
SSBJ基準の趣旨は、「サステナビリティ関連の重要なリスク及び機会による企業への財務的影響を利用者に示す」という点にあります。サステナビリティ開示を行うためには、まずサステナビリティ関連の「重要なリスク及び機会」の識別が出発点となりますが、それにとどまらず、企業の見通しや財務情報との関係性を踏まえて、有価証券報告書でどのように開示するかも重要な検討事項になります。
こうした開示にあたっては、サステナビリティ部門のみならず、財務経理部門やIR部門など、多くの部門の協力が不可欠です。そのため担当部門だけではなく、経営者や関係部門においてもSSBJ基準の趣旨を理解することが重要となります。また、初年度開示までに基準の要求事項に対し完全な対応が実務上困難な部分については、①その旨、②その理由、③今後の対応計画について、透明性をもって開示し、その後、投資家との対話や他社事例、保証人との対応等を通じて、継続的に開示を改善していくアプローチを検討することも有用と考えられます。
SSBJ基準対応では、サステナビリティ課題を企業価値への影響という視点で再整理することが重要となります。不動産・建設業を例に、「重要なリスク及び機会」の識別から有価証券報告書での示し方まで、実務上の考え方を解説します。
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サステナビリティ情報開示とは、企業が環境、社会、経済の3つの観点から、持続可能な社会の実現に向けて行っている取り組みを報告することです。2023年3月期に内閣府令が改正され、有価証券報告書等でサステナビリティ情報の開示が求められるようになりました。
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