製造業における過剰在庫の常態化への対応と会計上の論点

情報センサー2026年7月 業種別シリーズ

製造業における過剰在庫の常態化への対応と会計上の論点


コロナ禍以降の供給制約や半導体不足への対応として積み増した在庫が、需要減速により過剰在庫として常態化するケースが見られます。足元の地政学リスクに伴う調達リスクを背景に同様の課題が再燃する中、過剰在庫の改善事例と会計上の論点を解説します。


本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 製造業セクター 公認会計士 横井 貴徳

品質管理本部会計監理部において、会計処理および開示に関する相談対応、研修・セミナー講師等に従事した経験を有する。現在は製造業を中心とする監査業務に従事している。

※所属・役職は記事公開時のものです



要点

  • 過剰在庫はなぜ常態化するのか――ポリシーの未整備、サプライチェーン・リスクへの対応、需要予測の困難性など、複数の要因が相互に関連することで生じる場合がある。
  • 過剰在庫は“現場任せ”では改善しない。経営KPI化と継続的モニタリングが改善への鍵となる。
  • 需要環境が変化した現在においても、従来の棚卸資産の評価ルールが収益性の低下を適切に反映しているか、検討が必要である。

Ⅰ はじめに

製造業における在庫は、単なる保有資産ではなく、「安定供給」「納期対応」「サプライチェーン維持」といった事業継続を支える重要な経営資源です。

近年は地政学リスク、原材料価格高騰、物流停滞、半導体不足等への対応として、多くの企業が戦略的に在庫を積み増ししてきました。その結果、従来は「安定供給のために必要な在庫」として保有されていたものが、需要減速局面では過剰在庫へ転化するケースが増加しています。

製造業においては、需要・生産・販売計画に照らして必要水準を超えて保有されている在庫を「過剰在庫」とし、一定期間、出庫・使用・販売の動きがない在庫を「停滞在庫」として管理するケースがあります。過剰在庫と停滞在庫は必ずしも明確に切り分けられるものではなく、過剰在庫が長期化し、消化見込みが低下する過程で、停滞在庫として把握される場合があります。このように過剰在庫や停滞在庫が増加すると、保管期間の長期化に伴う品質低下や、商品ライフサイクルの変化に伴う陳腐化のリスクが高まります。

本稿では、過剰在庫が常態化する背景や企業の取組み事例を通じて、過剰在庫の改善に向けた在庫管理上のポイントと、棚卸資産の評価に関する会計上の留意点について解説します。


Ⅱ 製造業における業界慣行・課題

製造業各社に共通する業界慣行・課題としては、<表1>のようなものがあります。特に、「過剰在庫の常態化」は、実務上、課題として捉えられることが多いテーマです。保管コストの増加や資金効率の低下に加え、需要減速局面では在庫の滞留にもつながり得るため、重要な経営課題の1つと言えます。

表1 主な業界慣行・課題
 

項目

内容

過剰在庫の常態化

  • コロナ禍以降の供給制約や半導体不足への対応として積み増した在庫が、需要減速により過剰在庫として常態化する場合がある。
  • 足元の地政学リスクに伴う調達リスクを背景に、安定供給を重視した在庫積み増しの課題が再燃している。

システム未整備

  • 表計算ソフトや紙面による手作業管理が残っている場合、月次集計や締め処理の業務負荷が高まることがある。
  • 部門・子会社ごとにシステムやマスターデータが分かれている場合、経営会議等への情報収集や報告に時間を要することがある。

特定の購入先からの供給リスク

  • 主要原材料や重要部品について、特定のサプライヤーや特定地域への依存度が高い場合、輸入規制の強化、供給停止、納期遅延等により、生産活動に影響することがある。
  • 為替変動により、特定国からの仕入れコストが上昇することがある。

過度な値引き慣行

  • 顧客から継続的な価格低減要請を受ける場合、原材料価格や製造コストの上昇を適時に販売価格に反映しにくいことがある。
  • 競合製品との価格競争やシェア維持を背景に、採算性が十分に確保されない価格条件で受注・販売せざるを得ない場合がある。

サプライチェーンの属人化・非効率

  • 各社・各部門で発注管理や在庫管理が分散する場合、グループ全体での在庫量を一元的に把握しにくいことがある。
  • 需要予測やフォーキャストの変更が生産・発注計画に適時に反映されない場合、過剰在庫の増加につながることがある。

その他

  • 原材料価格高騰への価格転嫁困難、中国系競合メーカーの台頭、温室効果ガス削減等のサステナビリティ関連対応、人材確保の困難性などが挙げられる。

Ⅲ 「過剰在庫の常態化」の背景

過剰在庫が常態化する背景としては、<表2>のような要因が考えられます。

過剰在庫は個別の要因によって発生することもありますが、その常態化は、「適正在庫水準のポリシー未整備」「サプライチェーン・リスクへの対応」「需要予測の困難性」などの要因が相互に関連することで生じる場合があります。

例えば、グループとしての適正在庫水準や在庫保有方針が明確でない状況で、サプライチェーン・リスクに備えて先行発注や大量発注を行うと、その後の需要減速やフォーキャスト変更に応じた在庫調整が難しくなります。その結果、当初は安定供給を目的として保有していた在庫が想定どおりに消化されず、過剰在庫として常態化することがあります。

表2 過剰在庫の常態化の主な背景
 

項目

内容

適正在庫水準のポリシー未整備

  • グローバルに製造・販売拠点を展開する企業において、各拠点の商流やリードタイムを踏まえた統一的な在庫保有方針が整備されていない場合がある。
  • その結果、同一品目の在庫が複数拠点で重複して保有され、グループ全体では過剰在庫につながる場合がある。

サプライチェーン・リスクへの対応

  • コロナ禍や半導体不足に伴う供給制約、納期長期化、輸送遅延等に備え、安定供給や納期対応を目的として先行発注・大量発注を行う場合がある。
  • その後に需要減速や顧客側の生産調整が生じると、想定どおりに在庫が消化されず、過剰在庫が常態化しやすくなる。

需要予測の困難性

  • フォーキャストが頻繁に変更される場合、生産・発注計画との整合が取りにくくなり、在庫が積み上がりやすい状況となる。
  • 需要予測が仕入担当者の経験や勘に依存している場合、需要変動への対応が遅れ、過剰在庫の発生を早期に把握することが難しくなる場合がある。

Ⅳ 過剰在庫改善に向けた取組み事例

本章では、上述した過剰在庫の常態化を踏まえ、在庫管理を「現場管理」から「経営課題」へ転換した企業の取組み事例について考察します。<図1>は、過剰在庫への対応として、在庫水準の適正化と在庫の質の改善に取り組んだ複数の事例を基に、その共通点を一般化して整理したものです。

図1 過剰在庫の改善に取り組む企業に見られる共通点

図1 過剰在庫の改善に取り組む企業に見られる共通点

ある企業では、コロナ禍における半導体不足やサプライチェーンの混乱への対応として部材確保を優先した結果、在庫が大幅に増加していました。その後、需要減速や生産調整により在庫の消化が進まず、過剰在庫が常態化し、在庫管理基準や用語が事業部門ごとに異なっていたため、経営者層が在庫残高や滞留状況を十分に把握・管理できていない状況でした。

このような課題に対応するため、基準在庫・戦略在庫等の用語を統一し、保有日数をKPIとして設定するとともに、役員会による定例レビューを通じて、経営層が継続的にモニタリングする仕組みを構築しました。また、BIツール等を活用したデータ可視化や製販会議を通じて在庫情報および生産計画を全社的に管理し、同時に滞留在庫に応じた評価損を事業部門の業績管理に反映することで、責任の所在と権限を明確化しました。

これはこうした取組みにより、在庫水準の適正化が進むとともに、顧客との滞留在庫引取り交渉の早期化や廃棄・評価減の促進を通じて、在庫の質の改善につながった事例です。過剰在庫の常態化に対応するためには、単に在庫削減を進めるだけではなく、適正在庫水準、管理指標、責任部署を明確にし、経営層が継続的にモニタリングできる体制を構築することが有用と考えられます。

過剰在庫への対応としては、このような管理体制の構築に加え、収益性の低下を棚卸資産の評価にどのように反映するかという会計上の検討も必要となります。次章では、在庫に関する会計上の考え方について確認します。


Ⅴ  会計上の論点

通常の販売目的で保有する棚卸資産の評価基準は<表3>のとおりです。

過剰在庫や停滞在庫が増加している場合には、当該在庫が今後の販売又は生産活動での使用を通じて回収可能かどうか、慎重に見極める必要があります。特に、当初は安定供給を目的として保有していた在庫であっても、その後の需要環境の変化により消化見込みが低下している場合には、現在の経済的実態を踏まえ、従来の棚卸資産の評価ルールが収益性の低下を適切に反映しているかを検討することが重要です。

表3 通常の販売目的で保有する棚卸資産の評価基準
 

 

会計処理

原則

  • 取得原価をもって貸借対照表価額とする。
  • 期末における正味売却価額が取得原価よりも下落している場合には、当該正味売却価額をもって貸借対照表価額とする。
    (企業会計基準第9号「棚卸資産の評価に関する会計基準」〈以下、棚卸資産の評価に関する会計基準〉第7項参照)

営業循環過程から外れた滞留又は処分見込等の棚卸資産

  • 営業循環過程から外れた滞留又は処分見込等の棚卸資産について、合理的に算定された価額によることが困難な場合には、正味売却価額まで切り下げる方法に代えて、その状況に応じ、次のような方法により収益性の低下の事実を適切に反映するよう処理する。

(1)帳簿価額を処分見込価額まで切り下げる方法
(2)一定の回転期間を超える場合、規則的に帳簿価額を切り下げる方法
(棚卸資産の評価に関する会計基準 第9項参照)


Ⅵ おわりに

過剰在庫の改善に当たっては、在庫を単に削減対象として捉えるのではなく、安定供給と資本効率のバランスをどのように取るかが問われます。そのためには、在庫管理を「現場任せ」にせず、在庫の保有目的や管理区分を明確化した上で、経営KPIやDXを活用し、全社的に在庫状況を把握・モニタリングする仕組みを構築することが求められます。

過剰在庫・停滞在庫への対応には一定期間を要するものの、在庫の適正化は資本効率や収益性改善にも直結します。需要変動やサプライチェーン環境の変化を踏まえ、在庫管理体制を継続的に見直していくことが有用です。

※表1~3および図1はEY作成


サマリー

過剰在庫の改善には、保有目的・管理区分・責任体制を明確にし、経営層が関与する在庫管理体制の構築が有効です。会計上は、需要環境の変化を踏まえ、従来の棚卸資産の評価ルールが収益性の低下を適切に反映しているかを検討することが重要です。



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