EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
本記事は2025年12月18日開催の「改訂版ESRSの概要と日本企業の対応オプションとは」の概要をまとめたものです。本セミナーでは、日本企業の実務ご担当者さま向けにCSRDの最新動向とそれを踏まえた対応オプションについて解説し、理解を深める機会となりました。
セミナーはこちらから(要登録、2026年12月17日までオンデマンド配信)ご覧いただけます。
欧州におけるサステナビリティ開示制度の劇的な転換について、EYベルギー Japan Business Serviceの馬場翔太によって解説されました。
欧州ではこれまで規制強化の流れが続いていましたが、近年は競争力低下に対する強い危機感が示されています。その象徴が2025年1月29日に示された「Competitiveness compass(競争力コンパス)」であり、イノベーション・ギャップの解消や脱炭素化と競争力安全保障を目指す3つの柱が掲げられました。この中でより着目すべきは政策の土台には「より簡素に、より軽減し、より迅速に」という方針であり、行き過ぎた規制強化を簡素化し競争力を確保する流れが加速しています。
こうした政治的背景から生まれたのが、CSRD(欧州サステナビリティ報告指令)の大幅な簡素化を盛り込んだ「第1弾オムニバス法案」です。これにより、CSRDおよびCSDDD(欧州コーポレート・サステナビリティ・デューデリジェンス指令)の適用対象企業は、改訂前の約50,000社から5,000〜6,000社程度へと減少する見通しです。具体的な適用しきい値については、EU域内企業の場合、平均従業員数が1,000人超へ、売上高が4.5億ユーロ超へと大幅に引き上げられました。さらに、CSDDDにおいても域内企業の売上高しきい値が4.5億ユーロから15億ユーロへと引き上げられたことに加え、平均従業員数が5,000人超となるなど、広範囲な緩和が実施されています。
日本連結(EU域外企業)への影響についても、条件が大幅に緩和されています。新たに、EU域内での売上高が4.5億ユーロ超であることに加え、売上高2億ユーロ超のEU子会社または支店を有することが必須条件として追加されました。適用時期についても、日本のEU子会社(Wave 2)は2027年1月1日以降開始の事業年度(3月決算の場合、2028年3月期)から、日本連結(域外適用)については2028年1月1日以降開始の事業年度(3月決算の場合、2029年3月期)からと、実務的な準備期間が考慮されたスケジュールとなっています。
簡素化の帰結:CSRD/CSDDD適用対象企業の大幅減少
ESRSの初年度適用において、多くの企業が過度な負担を強いられ、結果として企業の競争力を削いでしまったという「失敗」がありました。この「失敗」の本質を理解することにより「経営に資する開示」への転換を図るというのが当セミナーの解説内容です。
第一の失敗は、「プロセス重視のダブル・マテリアリティ評価(DMA)」が引き起こした本質に基づかない対応です。これに対し改訂版ESRSでは、戦略やビジネスモデルの分析から重要性を導き出す「トップダウン・アプローチ」が正式に採用可能となり、経営陣が認識する重要課題と開示内容を合理的にひもづける「経営で使えるDMA」への転換を図ることが可能となります。
第二の失敗は、「細かすぎる開示要求」による冗長な報告です。今回の改訂では、必須データポイントの大幅削減や全ての任意規定の削除など、基準のスリム化が断行されました。特筆すべきは、ESRSはあくまで「開示要件」であり、特定の行動を義務付けるものではないという原則が再確認された点です。企業は自社のストーリーに基づき、管理上の優先事項を反映した経営アプローチで報告を構成できる「原則主義」へと舵を切りました。
第三の失敗は、「過大なデータ収集義務」が招いた経営リソースの散逸です。改訂版ESRSはより実務を反映し、「重要でない活動を指標の計算から除外できる軽減措置」が新設されました。重要でないデータの収集に追われるのではなく、浮いたリソースを重要課題のデータ精緻化や適時性の向上といった、意思決定に資するデータマネジメントへ配分するというサステナビリティ経営の本質に近づいたといえます。
ESRS簡素化のための6つの方策
欧州におけるサステナビリティ報告の義務化がもたらした最大の成果は、ESRSという共通の画一的な基準の導入により、投資家にとって「比較可能性の極めて高い世界」が実現したことです。これにより、企業は、自社の経営戦略がいかに持続可能な価値創造に結び付いているかを、一貫性を持って説明することが可能になりました。
例えば、メルセデス・ベンツは、量産車における再生素材の使用比率が17.4%に達していることを定量的に示していますが、この数値はフォルクスワーゲンやルノーといった他社との比較が可能となりました。
また、タイヤ業界や資源業界では、ミシュランやコンチネンタルは、2030年までにリサイクルおよび再生可能原材料の割合を40%以上にするという野心的な目標を掲げ、その進捗を透明性高く公開しています。特にコンチネンタルは、グループ全体の数値だけでなく、経営課題がより鮮明な「タイヤ部門」の数値を分解して開示することで、投資家に対して自社の注力領域を明確にアピールしています。同様に、ステンレススチールメーカーのアセリノックスは、金属スクラップの使用比率を約77%と別出しで開示する工夫により、製品特性を踏まえた自社のリサイクル効率の強みを市場に正しく認識させています。
このような欧州企業の取組みから日本企業が学ぶべき教訓は、情報開示を「コンプライアンスの義務」として捉えるのではなく、「価値創造ストーリーを世界に示すチャンス」と再定義することです。規制対応という「守り」の姿勢を超えて、自社のストーリーを戦略的に発信する「攻め」の姿勢こそが、将来的な競争優位の源泉となります。
成功からの教訓:価値創造を開示するための工夫
改訂指令では、2028年1月1日以降開始する事業年度(e.g 3月決算の場合は2029年3月期)から義務化される日本連結ベースでの開示義務が課されます。この時に、先行して議論してきた「改訂版ESRS」をそのまま適用するか、「N-ESRS(EU域外企業向けESRS)」を採用するかという主に2つの選択肢があります。
N-ESRSの特徴は、域内企業向けのESRSに比べて開示負担が大幅に軽減される点です。具体的には、企業の財務価値への影響を扱う「財務マテリアリティ」の開示が求められず、「インパクト・マテリアリティ(企業活動が社会・環境に与えるインパクト)」の開示に限定されます。さらに、EU域外からの域外性の懸念に対応し、実務上の簡便性を高める手法として「ミックス・アプローチ」というオプションが検討されています。これは、気候変動(E1)以外のトピックについて、開示範囲を「EU市場への製品販売やサービス提供に関連する活動」のみに限定できるという画期的な考え方です。ただし、N-ESRSは現在開発が一時停止の状態にあり、今後の採択時期や最終的な基準内容を慎重にモニタリングする必要があります。
一方、オムニバス法案によりCSRDの適用対象外となった日本企業やそのEU子会社にとっても、無策でいることはリスクを伴います。そこで注目されるのが、中小企業向けの任意基準である「VSME」の活用です。CSRDの義務がなくなったとしても、欧州でビジネスを継続する以上、取引先からのサステナビリティ情報の提供依頼は避けられません。欧州当局はこうした企業を保護するため、「バリューチェーン・キャップ」というインセンティブを用意しています。これは、企業がVSME基準に準拠した報告を行っている場合、その内容を超える詳細な情報の提供を取引先から求められても拒否できる権利を付与するものです。ただし、「バリューチェーン・キャップ」については、保護対象企業の定義が変更されるなど法案の修正が進んでおり、実際に機能するかどうかは留意が必要です。
ESRS/N-ESRS/VSMEの関係性
これらのオプションを検討する際は、「単なる実務上の簡便性を取るか、あるいは投資家や取引先との共通価値の創出を取るか」という視点で判断する必要があります。改訂版ESRSでの開示は負担こそ大きいものの、EU上場企業と同レベルの情報開示を行うことでステークホルダーからの信頼を高め、企業価値の向上に直結させる「攻め」の選択となります。対してN-ESRSは、コストを抑えつつ最低限のコンプライアンスや取引先対応を果たす「守り」の選択といえます。日本企業は、自社の欧州戦略における立ち位置を再確認し、将来的なSSBJ基準(日本版サステナビリティ開示基準)への対応も見据えながら、最適な対応オプションを早期に社内で議論することが求められます。
欧州の制度改正が続く不透明な状況下において、日本企業が取るべき具体的なアクションについて、EY新日本有限責任監査法人 気候変動・サステナビリティ・サービス(Climate Change and Sustainability Services(CCaSS))の山中紗織によって解説されました。
日本国内でもSSBJ基準の導入準備が本格化する中、CSRD域外対応が必要な企業はもちろん、域内・域外対応が不要な企業も、包括的な「サステナビリティ情報開示プロジェクト」として再設計することが求められます。
具体的に対応方針を決定するためのプロセスとして、ステップ1で自社が日本連結ベースでの「域外適用」の対象かを確認し、ステップ2でEU子会社が個別に「域内適用」の対象となるかを精査、そしてステップ3で、改訂版ESRS、開発中のN-ESRSといった複数の選択肢から、自社の企業価値向上やステークホルダーからの情報要求、対応コストを総合的に勘案して最適なオプションを選択するという流れです。
オムニバス法案を踏まえたCSRD対応の分かれ道
実務面で早急に着手すべきポイントとしては、「CSRD対応に向けた開示方針の早期検討」「簡素化されたDMAの文書化」「SSBJとCSRDを包括したプロジェクトへのアップデート」という3つが挙げられます。
CSRD域外対応が必要な企業(Case1)が押さえておきたい、実務ポイント
CSRD対応が不要な企業(Case2)が押さえておきたい、任意開示の判断ポイント
出所:“Commission Recommendation (EU) 2025/1710 of 30 July 2025 on a voluntary sustainability reporting standard for small and medium-sized undertakings”、EUR-Lex、EUR-Lex - 32025H1710 - EN - EUR-Lex(2025年12月8日アクセス)を基にEY作成(日本語はEYによる参考翻訳)
情報開示は単なる義務の履行ではなく、企業のレジリエンスを高め、投資家や顧客との信頼関係を深めるための戦略的ツールです。「正確で比較可能な情報開示」と「データドリブンな意思決定」を基盤に据え、規制対応を超えたサステナビリティ経営を実践することこそが、持続可能な社会と共に成長し、グローバル市場で日本企業が適正な評価を獲得するための重要な方策となります。
改訂版ESRSは、自社の持続的な強みを語るための戦略的ツールへと進化しました。「守り」の姿勢を超え、サステナビリティ経営の本質を透明性高く発信することは、日本企業がグローバル市場で適正な評価を獲得する点で重要です。早期から体制整備に着手し、ステークホルダーと建設的な対話を深めることが、将来の競争優位性の確立につながります。
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