EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
明治初期から急激に増加してきた日本の人口は、2008年の約1.2億人をピークとして減少に転じています。現在の出生率が続けば、ジェットコースターのように2100年には約5,000万人へ減少すると予測されています¹。また、自動車運転業務の労働時間規制が強化される「2024年問題」が発生し、全国で路線バスの大幅な減便・廃止が相次いでいる中、生活の豊かさを低下させずに地域にモビリティサービスを提供するために「需要」・「供給」・「データ」・「政策」の再構築が必要になります。
2024年問題に直面する前は、顕在化された移動の「需要」に対応した「データ」を「供給」側が蓄積・活用し、1~5年周期で公共交通関連計画の策定・見直し等を実施することで「政策」と連動していました。現在発生している2024年問題に地域が対応していくためには、顕在化している移動の需要だけではなく潜在需要も可視化し、データ化した需要全体に対して地域の政策で決定した供給が対応できるように地域交通資源を総動員することが重要だと考えています。
三重県玉城町は1955年に田丸町、東外城田村、 有田村(湯田・妻ヶ広を除く)が合併、翌年、下外城田村を編入して誕生した町です。玉城町は三重県中部に位置した面積約41km²・人口約1万5,000人の町であり、東を伊勢市に、西を多気町に、北を明和町に接しています。玉城町では1996年地元バス会社が運営する路線バスの撤退に伴い、町がこれに代わる路線バスを「福祉バス」として運行しました。福祉バスは社会福祉協議会(以下、社協)に運行管理を委託し、町内のほぼ全域で無料で町民が利用できる路線バスでした。
その後、運行の効率性や利便性を高めるため、2009年11月から東京大学と路線を持たない区域運行型デマンド交通「元気バス」の実証実験を開始しました。年齢制限の撤廃(高齢者のみ→町民全体)、乗降場所(以下、待合所)の追加(53カ所→約200カ所)、予約手段の多様化(Web アプリケーションを追加)等を実施したのち、2011年1月から全車両をダウンサイジングしたデマンド交通3台体制で本格運行に移行しました。当初から有償化も視野に入れていた元気バスは「誰もが安心して元気に暮らせる玉城町を創りたい」町長のリーダーシップのもとに高齢者の社会参加や見守りの促進を図りながら、町民の地域交通として15年間無料の移動サービスを提供しています。
「需要」・「供給」・「データ」・「政策」の観点で玉城町の取り組みを見ていきましょう。
初めに取り組む必要がある「政策」の観点です。玉城町の元気バスは社協が運行主体であることを生かし、社協の介護予防事業とも連携を図っています。具体的には、社協は元気バスを通院や買い物だけでなく、保健福祉会館で町が開催する介護予防事業へ参加する手段としても活用しています。また、「元気バス」の利用実績データは高齢者の見守りなどの高齢者福祉事業にも活用されています。例えば、同じく「元気づくりシステム」という介護予防事業の仕組み( 2015年の介護保険法改正により創設され、2017年4月から全国の市町村で実施されている「一般介護予防事業」の柱と位置付けられているもの)においても「元気バス」の利用実績データ等を活用し、高齢者の社会参加促進や孤独死防止等の福祉政策のアップデートに貢献しています。このような移動支援を通じて高齢者が健康になり、医療費の増加を抑制できるならば、財源を確保する価値は十分あると考え、玉城町は運行開始以来無償で元気バスを走らせています。
安心して元気に暮らせる町を目指す、 これはこの20 年変わっていません。人との交流があることによって、健康に大きな影響があることが結果として出てきています
次に、「需要」の観点です。元気バスが町の介護予防事業に参加する高齢者の移動ニーズを捉えた結果、保健福祉会館等で実施される通所型介護予防事業の延べ参加人数は 元気バスの導入初期から元気バスの利用件数と共に大きく増加しました。元気バスは、町民が行きたい時に行きたいところへ行ける移動手段としての利便性向上だけではなく、介護予防事業等のイベント情報とも連携し、地域コミュニティの活性化や高齢者の健康促進に資する施策として町民にも評価されています。
元気バス利用者の多くは75歳以上の後期高齢者です。特に介護予防事業に参加する高齢者や声を掛け合い共に出かける高齢者も多く、利用料が無料であることから、高齢者同士のコミュニティが形成され町に変化をもたらしています。例えば、元気バス利用者からは「元気バスのおかげで、これまで行かなかったゲートボールに参加するようになった」、「元気バスがあるから温泉施設に出かけたり、行き帰りの車中で仲間の輪が広がった」のような意見が多く、外出や地域住民との交流促進にもつながっています。
新型コロナ後のコミュニティ形成は非常に難しい、われわれがどのような仕掛けをつくっていくかが非常に大事になってくると思います
政策で生まれた需要を「データ」の観点で見ると、玉城町は2009年から実施している元気バスの運行管理システムを研究開発した東京大学大学院新領域創成科学研究科人間環境学専攻稗方和夫研究室と共同研究を実施しています。その中で、元気バスの利用実績データによって買い物、通院、温泉利用、いつも参加する地域活動など、日々の ルーティーンが途切れたタイミングを検知することで高齢者の見守りにつなげる実証実験を行いました。また、元気バスの利用実績データと利用者のアンケート調査も交え、元気バスによる交友関係の広がりという効果を検証した論文も発表しています。
2014年には元気バスの利用実績データと後期高齢者のレセプトデータ(2009~13年度)を用いて分析を実施した結果、元気バスの「利用者群」、「非利用者群」の間に1人当たり平均21,000円/年の外来医療費の差が見られました²。玉城町は、10年が経過している現在でも元気バスによる外出支援、住民主体の「通いの場」等の事業を総合的に推進し、第1号被保険者(65歳以上)に占める要介護・要支援認定率が全国/三重の平均と比較し低い状態が維持されています。今後、玉城町は産学官連携で後期高齢者の医療費抑制効果の再検証に加え、元気バスの利用実績データだけでは把握が難しくなっている介護予防事業の分散化・コロナ禍等による社会参加の変化に関する調査を検討しています。
どのような移動手段・行政サービス・イベントがあれば、住民が集まり、直接コミュニケーションを取るのか。モビリティの蓄積データを活用しながら明らかにしていけると、より町をよくしていけると思います
最後に「供給」の観点です。現在の地域公共交通関連政策は人口減少による需要と供給のアンバランスを考慮せず、利用者の利便性向上に注力している地域が散見されています。人口減少時代に生活の豊かさを低下させずに地域にモビリティサービスを提供するためには、移動の質や選択肢等の観点でシビルミニマム(生活していくのに最低限必要な生活基準)の再定義やサービス設計が必要になります。元気バスにおいても再定義が必要と考えています。介護保険法改正により、介護予防事業は保健福祉会館に集まって実施する集中型から各地域の集会所で実施する分散型に変わっています。その影響で移動減少に伴い元気バスの利用件数が減少しても、当初の元気バスの導入目的である医療費の抑制を第一に考え、単純な利用促進より移動ニーズの変化に合わせサービスを再設計することが重要と考えています。
玉城町は移動手段の提供だけではなく、住民主体の「通いの場」などコミュニティ形成の取り組みとも連携して健康意識を高めています。例えば、週2回運動ができる元気づくり会は町内の半分以上の地区で開催されています。その結果運動習慣のある人が増え、玉城町は医療費適正化に向けた取り組み等に対する支援を行う「国民健康保険の保険者努力支援制度」で2019年に続き、2024年にも三重県内市町村の中で1位となっています。また、介護予防事業が集中型から分散型に変化したことで、自宅から徒歩で元気づくり会に参加する高齢者が増えました。その結果、高齢者だけでなく非高齢者も元気バスを利用できるようになり、地域交通としての役割を果たしています。
供給側に負荷をかけずに移動の質や地域幸福度を高めるためには、移動を前提としない生活サービスの提供や、供給力確保に向けて地域交通資源を最大限活用することが重要になります
三重県玉城町は、高齢者が車を運転する「喜び」から「元気バス」に乗って出かける「楽しみ」へ変えていくために15年間にわたり移動の目的地での各種サービスとの連携を図っています。特に長期間介護保険事業と連携している元気バスは、高齢者福祉・介護領域での利用実績データやアンケート調査結果等を活用し、地域コミュニティの活性化、後期高齢者の医療費抑制などの効果を定量・定性的に検証し、一定の成果を挙げています。
EY Japanは人口減少時代に豊かさを低下させずに地域幸福度(Well-Being)を高めるモビリティを提供するため、産学官で連携し移動の効率性だけではなく移動の質の観点に注目しながら玉城町の生活・移動のグランドデザインのご支援を推進してまいります。また今後、地域モビリティと連携した「通いの場」の拡充や子どもの居場所づくりなどの施策による「心理的(Mental)Well-Being」の可視化に向けた調査も実施したいと考えています。
脚注
三重県玉城町は地域の移動課題を解決するために元気バスという移動手段の提供だけなく、移動の質の観点で長期間にわたり住民主体の「通いの場」などのコミュニティ形成の取り組みとも連携しています。
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