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では実際に、地域交通を活用した地域づくり、地域活性化に取り組む地域ではどのような観点で取り組んでいるのでしょうか。持続可能な地域交通の将来像を描くセミナーの後半をレポートします。
要点
Section 4
地域公共交通計画のアップデートに欠かせない視点や、地域交通を起点とした地域づくりの考え方などについて論じたディスカッションの前半に続き、後半では、それらを実践する広島県庄原市やJR芸備線沿線地域での事例を話題として取り上げました。
初めに庄原商工会議所専務理事の本平正宏氏から、持続可能な地域交通としての「先進過疎地型MaaS」の取り組みが紹介されました。
広島県の北端に位置する庄原市は、大阪府の約3分の2の広大な面積に3万776人(2024年4月末)が暮らし、毎年人口を減らしながら高齢化が進む典型的な過疎地域です。この地で「庄原の人口問題をとことん考える民間会議」が立ち上がったのが2018年1月。その会議のまとめとして同年10月、108項目からなる提案書を市に提出しました。
「すべてはそこ(庄原の人口問題をとことん考える民間会議)から始まったのですが、当初はあまり深く考えず、結果的にモビリティだけに焦点を当てた取り組みとなっていました」(本平氏)
出発点は国土交通省助成事業として2019年に始まった「先進過疎地型MaaS実証プロジェクト」。商工会議所のほか、庄原市や備北交通、県バス協会や銀行など約40団体からなる庄原MaaS検討協議会が発足し、緩やかな連携のもとで「走りながら考える」体制が始動しました。
初年度は市内と観光地を結ぶデマンドバスを導入し、交通検索や決裁に対応するMaaSアプリを使用した取り組みを実施。住民の利用頻度は上がったものの、アプリの使いこなしが不十分で、結果的に電話によるアナログ対応に。2年目には大学生の協力も得て完全アプリ利用のみを対象とした事業でしたが、電話+アプリのハイブリッド運用がベストとの結果となりました。続く3年目で広島県MaaS推進事業の後押しを受け、交通事業者、地域住民、商業施設などが連携しながら、交通と生活サービスを統合する構想へ次第に変化していきます。
「そして4年目を迎えた頃、関係者の意識に変化が芽生えます。モビリティに限らず、観光や飲食や宿泊、消費など、市内のあらゆる情報を集約して見える化し、新たな需要の掘り起こしとニーズに沿った提案につなげようという機運。つまり、『まちづくり』を考えるようになり、MaaSステーション事業が始まりました。」(本平氏)
その考えのもと、路線バスで農作物を出荷する貨客混載や、前年に引き続き、域外来訪者に乗り継ぎ情報や飲食店情報を提供するMaaSステーションなど、あらゆる分野との「共創」展開を志向したのが5年目。次いで6年目は、タクシーを含む公共交通の空白時間帯を補完する「夜型オンデマンド交通」の仕組みをつくり、実験に終わらせない実装への取り組みを進めます。これは7年目を迎えた今年2025年、空白地・空白時間帯実証運行「ナイトタイムデマンドプロジェクト」へと進展し、既存のバス・タクシーに公共ライドシェアも加えて一元的に管理する体制の構築へ。同時に、同様の課題を抱える他地域への展開も視野に入れ、過疎地の交通を総合的にマネジメントする組織の立ち上げが計画されています。
本平氏はこれら一連の経験をもとに、過疎地型MaaSの課題と展開について次の5つのポイントを挙げました。
①圧倒的に移動手段が少ない
→業者間共創、新しいモビリティの展開など、前提を置かない試みを
②移動手段だけを考えがち
→移動には必ず目的があることを考え、多様な関係者と共創する
③移動情報・地域情報の見える化
→情報の一元管理を可能にするアプリやMaaSステーションが必要
④ラストワンマイル/ファーストワンマイル問題
→サブスクタクシーや公共ライドシェアの導入を検討
⑤行政・民間事業者・住民の意識
→徹底した話し合いにより、全体ビジョンの共有を
「過疎地の交通問題を考える時、モビリティだけで解決しようとすれば、鉄道に代えてバスを、バスからタクシーへ、というように『乗り物の置き換え』だけに終わってしまい、乗客減少の現実から逃れることはできません。交通が担う役割は、生活、観光、医療、カーボンニュートラルなど、幅広いことを忘れずに、『交通を軸としたまちづくり』の発想で、さまざまな需要を見いだしていくことが大切だと思っています」(本平氏)
Section 5
次いで登壇したのは備北交通代表取締役会長の山根英徳氏。備北交通は庄原市をはじめ、三次市、安芸高田市、広島市と島根県の一部を対象とするバス事業者です。創業101年の長きにわたり地域交通に携わる立場から、先進過疎地における取り組みの紹介がありました。以下、主だったものを列記します。
なお、ライドシェアの導入について山根氏は、「地域住民と観光客など関係人口の移動の選択肢を増やす必要がある」として、民間事業者であっても「地域の交通局」としての自覚を持ち、移動に関するさまざまな企画提案をすることの重要性を指摘しました。
「課題としては、公共ライドシェアを担う運転者を企業や団体が公認する体制をつくること。運転登録者を増やさないと、過疎地の交通は立ち行きません。市民の側にも、自分たちの移動に関することは自分たちも検討に加わり、交通プレイヤーとして参加するという意識が必要です。また、将来的には、タクシー会社が運行する日本版ライドシェアと自治体による公共ライドシェアを融合し、通勤・通学・通院のための足から列車・バスを補完する二次交通まで、あらゆるモードの輸送を担えるよう、地域全体で知恵を出していくべきだと考えます」(山根氏)
Section 6
これら庄原市・芸備線沿線地域での実践を踏まえ、ファシリテーターの竹内稔(EYストラテジー・アンド・コンサルティング)は次のように総括した上で、本平氏、山根氏に意見を求めました。
「地域交通の在り方をめぐっては、鉄道・バス対自動車といった二項対立ではない、共創による地域づくりの観点からの議論が求められるわけですね。また、交通事業者としては、『地域づくりのためのビジネス』として交通を活用する取り組みが、需要と供給の歩み寄りにつながることが分かりました。これを踏まえて、民間プレイヤーが地域の将来像まで見据えて地域交通の活用に取り組むための留意点、とりわけ過疎地や郊外部でそれを実践するに当たってのポイントについてご意見をお聞かせください」(竹内)
「庄原地域では7年間、商工会議所が中心となり、ある意味、民間主導で事業を進めてきましたが、地域全体の取り組みとするためには『官民の意識合わせ』が欠かせないと感じています。民間だからこその気付きを行政に投げかけ、互いの立場を超えて丁寧に、徹底的に話し合うことが大切です。また、多様な関係者を束ねるには、喫緊の課題と移動を結び付ける意識を高く持ち、地域の情報に通じた組織、例えば地域の金融機関などを巻き込むことも重要だと思います」(本平氏)
「過疎地には過疎地ならではの需要があるはずです。私たちは地域に根付く事業者として、本業から一歩踏み出して、その需要を捉えて売り上げにつなげていこうと考えました。過疎地からの脱却ではなく、まちづくりへの挑戦です。また、先ほども申し上げたように、過疎地では一人でも多くの住民に、地域の輸送を担うプレイヤーとしての精神を持ってほしいと願っています。交通空白を生まないための努力と工夫を、われわれ自身が実行していく必要があるのです」(山根氏)
セミナーはこの後、視聴者からの質疑応答へ。以下の問い掛けに、ディスカッションに登壇した神田佑亮氏(呉工業高等専門学校教授)と、吉野大介氏(復建調査設計(株)主任エンジニア)が答えました。
──地域公共交通計画は、現在の交通状況をもとにどう変えるかの発想にとどまり、地域づくりの観点は不足しがちです。どうすれば交通だけに閉じない計画をつくり、実践できるのか。特に地方の中核都市ではどのような点に留意すれば効果的な対応ができるのでしょうか。
「地域交通を維持する視点に閉じていると、『利用者をつなぎとめるには』『廃止か転換か』といったネガティブな議論に終始しがちです。また、行政の計画づくりは縦割り型となる傾向が強く、互いの部門の実情を知らないことも多いでしょう。そこで、まず地域づくりに向けた行政の体制づくりから始めることに加え、以下3つのことに留意してはいかがでしょうか」(神田氏)
「チームづくりの重要性は私も強く感じます。宇都宮市での実践例(前編参照)では、初動期から意識的に外部の方々にヒアリングする機会を持つようにしました。それは現場の課題を把握するだけでなく、多様な分野と交通との接点を探す意味でも重要でした。例えば、環境保全や施設集客にも関わる道路の渋滞問題など、話を聞けば聞くほど交通にまつわる困りごとなどの意見が各所から出てきます。われわれの考えも伝えて会話を重ねながら、チームづくりを進めていきました」(吉野氏)
「地域づくりと一体に地域交通を捉えて戦略・ビジョンをつくり、あらゆる分野と共創する姿勢でともにやってみる。また、官民の意識を合わせ、移動のメリットを見える化しながらビジネスとして回していく。持続可能な地域交通の将来像を描く上で、そんな要諦が見えてきました」。竹内がそう語り、セミナーは幕を閉じました。
交通の選択肢が減り、移動が減れば、地域経済は縮小します。地域交通の維持ではなく、移動総量の維持・増加を目標に据え、地域づくり・地域活性化の取り組みの中で、いかにして地域交通を活用していくかという視点で取り組むことが重要です。そのために多様な関係者が共有するマップが求められる地域公共交通計画と言えます。
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