EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
地域内に点在する交通の需給を最適化し、医療・福祉・子育て・経済など他分野と連携させながら地方創生を目指すために、「交通商社」という新たな概念が生まれています。その構想と実装プロセス、先進事例をもとに、「交通商社」が地域の未来をどう変えるのかを解説します。
要点
高齢化と人口減少が進む中、地域交通の在り方は今、自治体の持続可能性に直結する重要な地域課題となっています。過度なマイカー依存により、地域の交通はライフステージの変化に応じて使いづらくなり、高齢者からは移動手段を奪い、子育て世代には送迎負担という形で重くのしかかっています。
私たちの生活には「毎日動線(通勤・通学)」、「週一動線(買い物)」、「月一動線(通院・レジャー)」という3つの動線が存在します。中でも、地域創生の主役となる子育て世代にとっては、毎日の通勤や子どもの通学といった「毎日動線」、生活必需品の購入などの「週一動線」が確保されているかどうかが、地域選びの大きな基準となります。これらの2つの動線が失われると、その地域は子育て世代に選ばれず、結果として地域の少子高齢化が加速していきます。
こうした構造的な課題を打破し、地域に人を呼び込み定着させるためには、従来の延長線上にない「地域交通から始まる地方創生のリフレーミング(再定義)」が必要です。
高度経済成長期の波に押され、2000年初頭まで国内の人口は増加していきました。そのため、放っておいても増えていく移動需要に対して、街は地域交通をとにかく強化するように交通事業者サイドを向いた「交通施策」を策定してきました。
そして、2008年をピークに国内の人口が減少期に転じた今、改めて地域交通の問題を分析してみると、「街づくり施策」と「交通施策」とが分断され、それぞれが独立して動いているという構造的な問題が見えてきます。日々発生する住民の日常的な移動ニーズに対して、供給サイドである地域内の交通サービスが乱立しているのが実情です。
こうした需給のミスマッチを解消するには、「街づくり施策」と「交通施策」の接点を再設計し、それらを橋渡しする新たな機能が求められます。さらには「日常的な移動ニーズ」に対して「街づくり施策」をにらみつつ「最適な配車」を行う新たな機能が求められます。それが”交通商社”という概念です。
出典:デジタル庁「『モビリティ・ロードマップ2025』の論点(案)及び策定に向けた進め方」(2025年5月9日アクセス)
前述した通り、従来、人口が増加していた時代においては、需要サイドの住民が自由に交通手段を選べる環境が整っていました。このような社会では、地方公共団体は需要サイドの住民のニーズを把握せずとも、供給サイドである交通事業者へのサポートに専念すれば成立していました。
しかし今は、特に過疎化が進む地方においては、交通事業者の安定的な経営を実現するに足りる人口ボリュームを失いつつあります。交通事業者は、分散する需要サイドの移動を束ね、需要と供給を無駄なくマッチングさせなければ安定的なサービス提供が難しくなってきています。結果として、地方公共団体には、地域交通の設計やマネジメントまで含めた能動的な関与が求められるようになっているのです。
地方における地域交通を確立するためには、「月に1回乗車していた利用者を月2回に増やす」程度では不十分です。むしろ、生活全般にわたる移動につながる潜在的なニーズを大きく掘り起こし、行動の変容につなげていく生活・移動のグラウンドデザインの見直しが求められています。加えて「地域交通の実車率を限りなく100%に近づける」ような需要と供給の最適化が求められています。そのためには、従来の延長ではない新たなアプローチが必要となります。
まず、人口減少により需要そのものが減ってきている現在においては、供給サイドである交通事業者を中心に据える従来の視点から転換し、需要サイドである住民のニーズや潜在的なニーズまで徹底的に掘り起こす必要があります。そして、交通施策のみを考えるのではなく、「街づくり施策」と「交通施策」を一体として設計する視点が鍵となります。
さらに、地域交通が果たしていた役割は、単なる住民の移動手段だけなのかということについても考える必要があります。医療介護、子育て、教育、通勤通学、買い物など、地域経済の活性化のために、さまざまな社会的価値を生み出すインフラとしての機能を持っているということは言うまでもありません。したがって、交通施策は医療介護、子育て、教育、地域経済といった他分野の街づくり施策と今まで以上に連携し、その貢献度を定量的に評価することで、運賃や運行助成金以外の新たな財源獲得の道を開くことができると考えています。
また、供給サイドの車両台数や乗務員数などの資源には限りがあります。需要の分散や集中を防いで交通サービスを安定して運用するために、需要サイドの住民自身に行動変容やさらにはライフスタイルの見直しなどを協力いただくことも必要になるでしょう。
その具体例として、三重県玉城町の「元気バス」の取り組みが挙げられます。1996年、町長のリーダーシップのもと、地元のバス会社が運行する路線バスの撤退を機に始まったこの区域運行型デマンド交通は、単なる自宅と病院やスーパーをつなぐ移動手段にとどまらず、高齢者福祉や介護予防の手段としても活用されています。運行管理は社会福祉協議会が担い、ゲートボールや温泉施設といった人が集まるコミュニティ間をつなぐことで、高齢者の外出を促す行動変容を実現しています。
この元気バスの利用実績データと後期高齢者の医療データ(2009〜13年)をもとに、玉城町、東京大学、私たちEYが共同分析を行ったところ、第1号被保険者(65歳以上)に占める要介護・要支援認定率が県や全国平均と比較して非常に低い状態が維持されていることが明らかになりました。このエビデンスに基づき、町は「高齢者が健康になり医療費抑制につながるならば」と、元気バスを無料で運行し続けています。
また、この玉城町の取り組みが成功した背景には、「家族でずっと暮らしたくなるまち」というビジョンのもとに医療介護を中心とした街づくりに沿った交通施策を実現するという、いわば経営的な決断が功を奏しています。
このように、今後は需要サイドである地域住民を中心に据え、「街づくり施策」と「交通施策」を一体化し、住民に行動変容を促すような生活そのものの設計を見直す視点が求められています。さらに、街づくりのビジョンを掲げることで、街づくり課題に優先順位をつけ、その最優先課題に対して交通施策を講じることで統合的な需給の最適化を担うのが「交通商社」の役割です。その発展形がローカルマネジメント法人とも言えます。この交通商社のコンセプトは、デジタル庁が事務局を務め、関係各府省も総理補佐官の下に集まってまとめた「モビリティサービス・ロードマップ2025」が提唱する次世代の地域交通モデルでもあり、私たちEYもこの交通商社の確立に向けて、全国の地方公共団体や関係ステークホルダーを支援していきたいと考えています。
「交通商社」の構想を現実のものとするには、段階的な進展と制度設計が必要です。
現在、多くの地域では供給サイドである交通事業者の都合によってさまざまなモビリティサービスが乱立しています。まずは、サービス導入当初と現在の運用状況とのギャップを整理し、需要を可視化し、地域に乱立するモビリティサービスの全体像と状況を明らかにする必要があります。
移動そのものだけでなく、医療、介護、教育、経済といった分野に波及する「間接的な需要」まで含めて、移動の潜在的な価値を測定します。モビリティサービスが間接的に支えてきた街づくり施策との関連性を整理し、移動がどのように地域社会を支えているのかを定量的に把握し、移動以外のマネタイズ領域の関連付けを模索します。
街づくり施策に対し、交通施策がどのように寄与し得るかを明確化し、適切な交通サービス設計を行います。「交通が街づくり施策を達成するための手段」として設計される状態が理想です。地域全体の需要のポテンシャルに対し、供給サイドに対して、新たなマネタイズ機会への参画を促すための制度の整備も必要になります。
ここでは、地域の中長期的な需要に応じた供給リソースの最適化を行います。必要以上に車両や路線が分散しないよう供給量に上限を設け、効率的な配置を実現します。
最終ステップでは、リアルタイムに変動する移動ニーズと供給状況を調停する機能を構築します。交通商社は、地域KPI施策と交通施策の”ハブ”として、リアルタイム配車最適化を担い、デジタル公共財として機能することを目指します。
需要サイドの分散抑制のキーとして、行動変容を促す「地域通貨・ポイントアプリ」が考えられます。地域ごと毎に地方公共団体、地域密着の企業、全国展開している企業の地域通貨やポイントが乱立する中、それらを一元管理・設計、連携していくことが必要で、街づくり施策に基づき住民の行動を特定の時間やサービスに誘導し、移動の集中・分散の平準化が期待できます。
一方、供給サイドの分散を抑制するためには、運行・配車アルゴリズムの「公共財化」が不可欠です。そのためには、発生する需要に対して、供給をマッチングさせていく発想ではなく、MaaSのような発想で「街づくり施策に応じて交通が動く」というアルゴリズムを実装する必要があるでしょう。どこで需要が発生するかといった移動のパラメーターだけではなく、介護・買い物・通学といったソーシャルなパラメーターも含んだルール設計が求められています。
そして、三重県玉城町のように要介護率低下のエビデンスにより運行を無料とする合意形成に持っていくためには、地域交通がもたらす地域への貢献度を可視化することが大切です。それをもとに運賃助成や制度設計を行えば、交通サービスを「運賃」だけでなく「価値を生む投資」として位置づけ直すことができるでしょう。
前述してきたように、交通商社を真に機能させるために、どうしても必要なことがあります。それは、「街づくり施策」と「交通施策」とを連携させるための「地域ビジョンの明確化と合意形成」です。子育て支援も、高齢者福祉も、街づくり施策のすべてが重要な領域であることは言うまでもありませんが、だからこそ地域としてのビジョンとそれに基づく課題の優先順位を持ち、施策の選択と集中を意識的に行う必要があります。
その地域のビジョンとは、単にアンケートで得られた要望を並べた”八方美人”のようなものではありません。むしろ、民間企業の経営と同様に、限られた資源で最大の効果を生むための戦略として構築されるべきです。地域を経営する”経営感覚”が求められます。
その実現には、経営力を備えたスキルのある人材や、地域商社や交通商社を統括するリーダー人材が必要です。さらに、こうした人材を見つけ、育成し、選任するための制度や環境づくりも重要な課題です。
そして、「交通商社」の仕組みを機能させる上で、もう1つ重要なのが、地域住民自身の行動変容を促す仕掛けです。特に公共交通の主な利用者である子どもや子育て世代、高齢者に対しては、地域ポイントや市民割といったインセンティブをうまく活用することで、「この時間帯に乗ればお得」「このルートならポイントがたまる」といった具体的な「動く理由」、動機付けを提供することができるのではないでしょうか。
こうした仕掛けによって、住民の移動パターンを地域全体として調整できるようになれば、交通サービスの集中・混雑・空車などの課題も緩和されます。結果的に、供給サイドに対しても自然な制約がかかるでしょう。私たちEYは、このように地域交通の構造そのものに変革を起こしたいと考えています。
地域交通は、医療・福祉・教育・経済など、多様な分野に波及効果を持っています。単なる移動手段ではなく、住民の生活行動そのものを支え、地域社会全体の持続可能性を左右する存在です。住民の潜在ニーズを起点に、街のビジョンと連動した設計へと進化させることが求められています。
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