EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
2025年9月9日から10日にかけて、韓国ソウルで開催されたGlobal Mobility Conference(GMC)2025は、モビリティ分野における政策・産業・研究・市民社会を横断する国際的な対話の場として実施されました。主催は韓国国土交通部(日本の国土交通省に該当)、韓国交通安全公団、OECD国際交通フォーラム(ITF)であり、共催にはEIT Urban Mobility、ITF Mobility Innovation Hub、Samsung Fire & Marine Insurance、韓国交通研究院などが名を連ねました。「Futures Together: Innovation for Unlocking Progress(共に創る未来、革新による新たな可能性)」をテーマに、技術革新と社会包摂を両立させるモビリティの方向性が議論されました。延べ約700名が参加し、国際機関・企業・大学など41機関による発表が行われました。初日の全体セッション「Mobility Innovation as a Catalyst for Inclusive Societies」では、Worcester Polytechnic Instituteのミミ・シェラー氏、EIT Urban Mobilityのベルナデット・ベルグスマ氏、そしてEYストラテジー・アンド・コンサルティングの金 載烈が登壇しました。それぞれがモビリティを社会的価値創出の視点から再定義し、包摂的な都市と地域づくりに向けた戦略を共有しました。
参考図1 GMC 全体セッション Plenary Session I(Mobility Innovation as a Catalyst for Inclusive Societies〈包摂的社会を支えるモビリティ・イノベーション〉) の様子
ミミ・シェラー氏は「Mobility Justice(モビリティ・ジャスティス)」という概念を提示し、モビリティを単なる交通手段ではなく、「人々が社会にアクセスし、生活を営むための基本的権利」として捉える必要があると指摘しました。AIや交通データの活用が進む現代において、技術や制度の設計が「誰のために、どのように」機能しているのかを問い直すことが求められています。
金 載烈は、従来の「Transportation(輸送)」から「Mobility(移動の能力)」への概念的拡張を示しました。前者が「AからBへヒトやモノを動かす行為」であるのに対し、後者は「移動の自由・安全・信頼性・持続可能性といった社会的価値を生み出す能力」であると説明しました。この拡張は、モビリティを“社会基盤”として再定義する必要性を明確に示しています。
「モビリティの再定義とは、技術革新ではなく“信頼を媒介する社会の再設計”である。モビリティが地域社会のつながりを回復し、持続可能な地域の生活圏を形成する鍵になる。」金の発言は、会議全体の核心テーマ「Mobility as a Catalyst for Inclusive Societies」を象徴するものでした。
参考図2 「Transportation(輸送)」から「Mobility(移動の能力)」への概念の拡張
EIT Urban Mobilityのベルナデット・ベルグスマ氏は、欧州のモビリティ政策を「市民共創型エコシステム」と位置づけました。EITは145都市・300プロジェクトを通じ、MaaS、自動運転、脱炭素を統合した都市交通モデルを推進しています。ベルグスマ氏は、「自動化とは単なる省人化ではなく、市民と共に信頼をデザインすることです」と強調しました。ベルギー・フランダース地域では、運転手不足とコスト上昇を背景にレベル4自動運転シャトルを導入し、ジュネーブでは既存のバスネットワークと統合して運行する実証を進めています。欧州が重視しているのは「技術導入の速度」ではなく、「社会的受容性と信頼の醸成」です。こうした取り組みは、技術主導型から共創型への転換を象徴しており、信頼を基盤とするモビリティ改革が新たな社会契約として位置づけられつつあります。
EYストラテジー・アンド・コンサルティングの金は、GMCで日本の地域モビリティ再構築の方向性を紹介しました。日本ではコロナ禍を契機にテレワークや多拠点居住が拡大し、生活圏の構造が変化しています。こうした中で、「需要・供給・データを考慮した地域交通の再設計」が重要であると指摘しました。この再設計の目的は、移動手段を単に効率化するのではなく、地域の生活・福祉・経済を包括的に支える仕組みへと発展させることです。移動の最適化を通じて地域の魅力や幸福度を高め、持続可能なまちづくりの一翼を担うことが期待されています。
参考図3 分科会 Parallel Thematic Session lV(Demand-responsive Mobility Services)の様子
こうした流れの中で注目されるのが、日本で提唱された需要・供給・データを統合的にマネジメントする地域モビリティ機能です。この機能は、地域内の需要、供給、そしてデータを連携し、モビリティを「地域の健康・福祉・経済・環境」を結びつける社会インフラへと進化させる仕組みです。
参考図4 三重県玉城町実践事例:需要・供給・データを考慮した地域交通の再設計
三重県玉城町の「元気バス」は、2009〜2014年のPhase➀で高齢者の健康増進とデマンド交通の利用促進を進め、地域交通が地域の生活支援機能として果たす役割を明確にした。2015年以降のPhase②では、医療費削減効果の可視化を通じて交通施策とまちづくり施策を連動し、「移動=地域への投資」としての新しい循環モデルを確立しています。
「元気バス」の取り組みは、交通を単なる移動手段ではなく、地域の持続可能性を“編集”し、複数の社会システムを調和させるオーケストレーターとして機能しています。それは、人口減少や高齢化が進む時代において、地方自治体や地域企業などが担うべき新しいガバナンス機能でもあります。
韓国では、国土交通部主導でK-MaaS(Korea Mobility as a Service)が進展しています。鉄道・バス・航空・パーソナルモビリティを横断的に統合した「Supermove」アプリを中核に、定額制運賃やサブスクリプション型決済を導入しています。公共交通と民間サービスの連携を促進し、利用者体験の向上を図っています。K-MaaSの挑戦は、日本の地域交通再設計と共通しています。いずれも、データを基盤とした交通運営と、地域社会の共創による持続可能性の実現を目的としています。韓国・日本の両国は、アジアにおけるモビリティ・ガバナンスの新たな標準を提示しつつあります。
GMC 2025の議論を総括すると、次世代モビリティ社会の実現に向け、以下の5つの行動原則が導かれます。
これらの取り組みは、「交通の最適化」ではなく「社会の最適化」を目指すものであり、データと共創を媒介に、モビリティが地域社会のレジリエンスを高める仕組みへと発展していくことを示唆している。
モビリティの再定義とは、移動を通じて人と地域の関係を再構築し、持続可能な社会を設計することです。欧州の「信頼と統合」、韓国の「参加と実装」、日本の「共創と地域主導」が交わり、新たな社会価値を生み出す動きが広がっています。
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