化学産業におけるカーボンニュートラルに向けた取組み動向

情報センサー2025年11月 業種別シリーズ

化学産業におけるカーボンニュートラルに向けた取組み動向

SSBJ基準の適用により、日本でもScope3を含むGHG排出量の開示が段階的に義務付けられます。カーボンニュートラル実現に向けた化学産業の役割を解説します。

本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 化学セクター 公認会計士 武田 望美

当法人の化学セクターに所属し、主に総合化学メーカーの監査業務に従事。サステナビリティ開示推進室のメンバーとしてサステナビリティ開示の支援を行っている。

要点

  • 多くの化学メーカーでGHG排出量削減施策を実行に移している。
  • 化学製品のグリーン化は化学メーカーにとってのビジネスチャンスである。
  • 官民一体でグリーン市場の整備が進められている。

Ⅰ はじめに

2025年3月5日、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)からサステナビリティ開示に関する3つの基準(SSBJ基準)が公表されました。SSBJ基準に準拠した開示の法制度化に関しては、金融庁金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」において議論されており、2025年7月17日に中間論点整理が公表され、プライム市場上場企業を対象に、時価総額の大きな企業から順次、SSBJ基準に準拠して有価証券報告書を作成することを義務付ける方向性が明確に示されました。

適用対象企業は、規模に応じて適用時期が異なるものの、今後はScope3を含めた温室効果ガス(GHG)排出量の開示が求められます。これにより多くの企業で、サプライチェーン全体のGHG排出量に目を向けることとなります。

化学産業は、ものづくりの上流に位置する産業のため、サプライチェーン全体のGHG排出量削減に重要な役割を担っており、気候変動対応は多くの化学メーカーで経営戦略の柱となっています。今回、日本の主要化学メーカーのウェブサイトや開示媒体から、各社の施策や業界動向を収集し、昨今の政府の取組みを踏まえ、カーボンニュートラル実現に向けた化学産業の役割について解説します。

なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。

Ⅱ 化学産業のGHG排出量削減の取組み

化学産業は製造業の中でもGHG排出量が非常に大きい産業で、日本の産業別CO₂排出量は、鉄鋼業に次ぐ2番目の規模になります。これは、化学品の製造過程において、石油や液化天然ガス(LNG)を燃料として直接燃焼するためScope1排出量が多いこと、加えて原料そのものに炭素を含んでいるため原料由来のプロセス排出が生じることが大きな要因です。自らのGHG排出量を削減することは、化学メーカーが直面している課題となります。

一方で、化学産業はあらゆる産業に素材を提供しており、下流の産業が幅広いという特徴があります。ものづくりの現場や私たちの身の回りのものに対する環境負荷削減に貢献する化学製品、いわゆるグリーン製品に対する需要は徐々に高まっており、将来的には大きなマーケットになると想定されます。化学産業にとっては、カーボンニュートラルの取組みは大きなビジネスチャンスでもあります。

下表は、化学メーカーで検討・実行されている主要な施策を、最も関連するGHGのScope別に分類したものです。Scope1とScope3については、研究開発段階の施策も多く見られますが、既に実証段階に進んでいる施策もあります。

表 GHG Scope別の施策例

GHG

施策

Scope1

プラント集約・設備更新

石油化学コンビナートの再編

燃料転換

燃料を化石燃料由来から水素・アンモニア等に切り替える

CCU(CO₂の回収・有効利用)

製造過程で排出されたCO₂を、他の化学製品へ利用する

Scope2

再エネ電力購入

再生可能エネルギー由来電力の購入(PPA契約等)

Scope3

バイオマス由来原料利用

化学品の原料である石油由来のナフサを植物由来のバイオナフサに切り替える

ケミカルリサイクル

廃プラスチックを油化し、ナフサ代替として再利用する

出所:各種化学メーカーのウェブサイトを基に筆者作成

特徴的な施策については、以下のとおり説明を加えます。
 

1. プラント集約・設備更新

2025年8月現在、日本には12機のエチレンプラントが存在していますが、内需低迷を背景にしたプラントの集約・石油化学コンビナートの再編が、業界全体で加速的に進んでいます。この業界全体の動きは、カーボンニュートラルの観点からも、GHGのScope1の削減に直接的に寄与すると考えられます。

まず、一般的には複数の小規模かつ古い設備を動かすより、大規模で高効率のプラントに集約した方が、同じ生産物(エチレン等)を製造するのに必要な燃料が減るため、燃料燃焼に伴うCO₂削減につながります。

次に、稼働率の低い設備を停止することで、燃料消費・CO₂排出がなくなります。

最後に、統合によって設備更新が進むことで、製造プロセスが効率化されるとともに、CCU設備の設置など最新技術の導入が可能となることが考えられます。

実際にグリーン化を前提として議論している再編もあり、次世代型のコンビナートが形成されることで、日本のGHG排出量削減に大きく貢献することが期待できるでしょう。
 

2. グリーン原料への転換

化学品の主原料は石油から精製されるナフサです。こうした石油由来の原料から、バイオマス由来の原料や、自社のケミカルリサイクル技術により生成されたリサイクル原料への切り替え等により、Scope3の削減が可能となるため、化学メーカー各社で取組みを進めています。

一方で、バイオマス原料をはじめとするグリーン原料由来の製品は、従来製品よりも高価になるという課題があります。グリーン製品の市場が成熟していない現状においては、顧客によって需要に差があるため、需要のある顧客に対して価値を訴求する仕組みとして、マスバランス方式の採用が進んでいます。

マスバランス方式とは、環境省のウェブサイトの中で「ある特性を持った原料(例:バイオマス由来原料)がそうでない原料(例:化石資源由来原料)と混合される場合、原料の投入量に応じて、製品の一部に対してその特性の割当てを行う手法のこと」と説明されています。

簡単な事例で説明します。例えば、バイオナフサ30トンと石油由来のナフサ70トンを原料として混合した場合、生成された化学製品100トンはバイオナフサ30%・石油由来ナフサ70%の含有率となります。これにマスバランス方式を適応させた場合、バイオナフサ100%の製品が30トン、石油由来ナフサ100%の製品が70トンとみなすことができます。

このようにマスバランス方式は、グリーン原料への全面的な転換が難しい環境下においても、製品の付加価値を生み出せるため、近年化学業界で採用が進んでいます。
 

3. 製品・サービスを通した排出削減貢献

上表には含まれていない施策として、化学製品のライフサイクル全体でのGHG削減貢献があります。化学製品の高機能化(軽量化・長寿命化等)により、下流の企業や消費者において排出量を削減するという形での貢献も大きく、これも化学産業に求められる重要な役割と言えるでしょう。このようなケースでは、化学メーカーのScope3の算定には反映されないのが一般的であるため、ライフサイクル全体のGHG排出量の評価・可視化するための仕組みが、化学メーカーにとっては必要となります。

Ⅲ グリーン製品の市場整備

前章の施策はいずれも技術開発・市場投入・生産拡大において多額の追加的なコストが発生するため、化学メーカーの持続的な成長のためには、企業努力による排出削減の成果を製品・サービスの付加価値として訴求していく仕組みが求められます。この市場整備を、経済産業省・環境省がリードしています。

2024年3月に経済産業省が公表した「GX市場創出に向けた官民における取組について(中間整理)」では、製品・サービスの脱炭素に由来する価値を訴求するための具体的な指標として、以下の2指標を提唱しており、GXリーグやCDP質問書における開示を推奨しています。これらの指標を用いて、需要家側に対する具体的なインセンティブにつなげることで、グリーン製品市場の拡大を目指す方向性です。

削減実績量

製品の製造段階における排出削減の実績を定量化したもの

削減貢献量

製品の使用段階等における排出削減による社会全体への貢献を定量化したもの

また、2025年9月に環境省が公表した「グリーン製品の需要創出等によるバリューチェーン全体の脱炭素化に向けた検討会(中間とりまとめ)」では、「グリーン製品・サービスへの最終需要の喚起」が最優先課題として挙げられており、グリーン製品の評価の考え方や表示の在り方について整理する方向性が示されました。

Ⅳ おわりに

化学産業は、カーボンニュートラルに向けた取組みを背景に、ビジネスを転換する過渡期にあります。日本の化学産業を支えるべく、官民一体となり、グリーン製品の価値を訴求するための体制が構築されつつあります。一方で、投資家などのステークホルダーに向けては、説得力と信頼性のあるサステナビリティストーリーを形成し、企業価値向上に結び付けて説明することが期待されています。

サマリー

SSBJ基準の適用により、日本でもScope3を含むGHG排出量の開示が段階的に義務付けられます。カーボンニュートラル実現に向けた化学産業の役割を解説します。


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