EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
2022年12月に開催された生物多様性条約第15回締約国会議(CBD-COP15)において、「昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF: Global Biodiversity Framework)」が採択され、生物多様性の損失を止め、回復に向かわせるための国際的な指針が示されました。
また、2024年10月から開催されたCBD-COP16と2025年2月開催の継続協議により、GBFの遂行レビューに欠かせない、計画、モニタリング、レポーティングとレビューのメカニズムの深度化が協議されました。その結果、GBFの達成状況を把握・評価するために、「GBFモニタリング枠組(Monitoring Framework for the Kunming-Montreal GBF)」が具体化され、この枠組みでは、各ターゲットの進捗状況を測定するための4種のインジケータ―(指標)が定められました。
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指標の種類 |
概要 |
必須/任意 |
|---|---|---|
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ヘッドライン指標 |
定量的な進捗を測定するために用いられる指標。たとえば、「2030年までに劣化した生態系の30%を回復する」といった目標の進捗測定に活用される。 |
必須 |
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バイナリー指標 |
「はい/いいえ」で回答する形式の質的指標。たとえば、「女性や若者の参加が確保されているか」など、実施の有無に焦点を当てた評価を行う。 |
必須 |
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コンポーネント指標 |
GBFの目標の特定の構成要素についての進捗を測定するために使用される。 |
任意 |
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補完的指標 |
GBFの中で明示されていないものの、関連する目標達成の進捗を把握するための指標。 |
任意 |
GBFの目標と指標は国レベルで求められているものですが、達成状況を示すために必要な情報・データを民間の取り組みより吸い上げ、集計されることが考えられます。GBFの国際的なモニタリング枠組の整備は、企業に対しても、生物多様性や自然資本に関する明確な目標設定とパフォーマンス評価を求める流れを加速させていくと考えられます。また、こうした取り組みは、リスクの管理にとどまらず、新たなビジネス機会の創出やレジリエンスの強化にもつながります。
したがって、企業が自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)やScience Based Targets Network(SBTN)といった枠組みに基づき、自社の自然関連の依存、影響(インパクト)、リスク、機会に対して定量的な指標に基づいた目標を設定、開示、モニタリングすることは、将来の事業の持続可能性と成長の鍵を握る要素であるといえます。
投資家をはじめとするステークホルダーは、企業が設定した目標への進捗状況や、企業が自然関連の依存、影響(インパクト)、リスク、機会をどのように測定・監視しているかなど、自然関連課題に関する企業のパフォーマンスに関心があります。目標の設定と開示は、ステークホルダーが、業界内の組織を比較するためにも役立ちます。また、企業は目標設定を行うことではじめて、自然の損失を食い止め、逆転させ、それがもたらす機会を活用するために、自社の取り組みが十分であることを確信することができます。
また、SBTs for Natureのように、自然にとって望ましい状態を維持するための科学的な目標を多くの企業が定め、取り組むことで、自然環境の劣化を効果的に抑制することが可能になります。
TNFDは、「開示提言C:測定指標と目標」において、企業が特定した自然関連の依存、影響(インパクト)、リスク、機会を適切に管理するための目標を設定し、その達成度を測定・開示することを推奨しています。
TNFDが示す開示指標は、大きく中核開示指標と追加開示指標の2種類に分類されます。
さらにTNFDは、企業が自然に関する目標を設定し、成果を測定する際には、SBTNが提唱する科学的アプローチに基づいた目標設定フレームワークの活用を推奨しています。
図1 開示のための測定指標
Science Based Targets Network(SBTN)は、企業が科学的根拠に基づく自然目標(Science Based Targets for Nature: SBTs for Nature)を策定するためのガイドラインを提供しています。SBTs for Natureの概要については、以下の記事も参照ください。
SBTs for Natureは現在、5つのステップのうち、ステップ1(分析・評価)、ステップ2(理解・優先順位付け)、ステップ3(計測・設定・開示)の技術ガイダンスを発行しています。このうち、ステップ3は、ステップ2までの実施結果を利用して目標を設定し、開示するプロセスです。SBTNはステップ3の技術ガイダンスをセクターごとに発行しており、現在、淡水(V1.1)、陸(V1.0)、海洋(V1)について、技術ガイダンスを発行しています。
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セクター |
淡水 |
土地 |
海洋 |
|---|---|---|---|
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バージョン |
V1.1 |
V1.0 |
V1 |
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目標の種類 |
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企業が自然関連の目標を設定するにあたっては、段階的なアプローチを採用することが重要です。
TNFDの枠組みでは、企業がまず早期に開示に向けた取り組みを開始し、その後、長期的に、対応範囲の拡大など、継続的に改善をしていくことが期待されています。こうした考え方に基づき、TNFDは、企業の準備状況に応じて柔軟に分析・開示を進められる枠組みとなっており、既存の環境関連情報が活用できる「グローバル中核開示指標」(すべてのセクター共通)の設定などを含め、最初の一歩として取り組むことに適しています。
次に、分析や開示の高度化の段階では、TNFDの追加的なガイダンスも活用しながら、セクター別・追加指標等へ対応することで、より高度で網羅的な目標設定へと進化させていくことができます。
さらに、自然関連の取り組みを本格化させるためには、SBTs for Natureに準拠した目標設定が必要となります。これは科学的根拠に基づく厳格な目標であり、認証を得るためには、要件を満たす必要があります。求められるデータや分析の水準も高いため、取り組みの難易度は上がりますが、目標に対する信頼性は大きく向上します。
TNFDのLEAPアプローチなどに基づく自然関連情報開示をまだ実施していない企業は、まず自社の自然関連の依存・影響(インパクト)・リスク・機会を特定し、TNFDの中核開示指標に沿った優先的な開示項目に着手することから取り組むことをお勧めします。これにより、基礎的な分析に基づいた目標の設定が可能になります。
一度TNFDに準拠した開示を実施済みの企業は、次の段階として以下の取り組みが推奨されます。
このプロセスを通じて、自然との関係性を定量的に把握し、より具体的な目標設定と、モニタリングが可能となります。
より高度な自然目標の導入を目指す企業は、SBTs for Natureの設定を試行し、SBTNが示す技術ガイダンスに沿った、ステップ1〜3に基づいた目標設定プロセスの導入に取り組むことが推奨されます。これにより、企業は科学的根拠に基づいた自然目標の策定と達成に向けた取り組みを推進することが可能となります。
現在、TNFDの中核開示指標は全社ベースでの目標設定が想定されていますが、社内での運用や施策の進捗管理においては、「事業ベース」あるいは「取り組みベース」で目標や指標を設定することも重要です。開示に適した全社ベースの情報に加えて、現場に即した指標を設けることで、より効果的なマネジメントや実行性の高い取り組みが可能になります。
また、より精度の高く有意義な指標・目標を設定するために、社内での協議と合意形成の時間を十分に確保することが不可欠です。関係部署を巻き込んだプロセスとして、組織全体での納得感と実効性を持たせることが重要です。まずは既存の情報や取得可能なデータを基に、指標・目標の設定に着手し、段階的により高度なものへと発展させていくことが望ましいです。
さらに、目標は短期・中期・長期の時間軸で設定することが望ましく、これらの期間は気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)など、企業が既に取り組んでいる開示方針や経営戦略と整合性を持たせることで、統一感のあるサステナビリティ開示とその適用につながります。
EYでは自然関連の目標と指標の設定に関連してサポートが必要な場合には支援・サービスを提供させていただきますので、お気軽にご相談いただければと存じます。
【共同執筆者】
古川 真理子
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部(気候変動・サステナビリティ・サービス)
シニアコンサルタント
筑波大学生命環境科学研究科環境科学専攻博士前期課程修了後、国際協力機構(JICA)にて、東南アジアやアフリカ諸国における気候変動対策、廃棄物管理、水環境のプロジェクト等に従事。2023年にEY新日本有限責任監査法人へ入社し、環境デューデリジェンス、LEAPアプローチを含むTNFD開示支援、大規模イベントにおける資源循環分野における業務支援など、幅広く環境・サステナビリティ分野の業務に従事。
イヴォーン・ユー(Evonne Yiu)
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部(気候変動・サステナビリティ・サービス)
マネージャー
シンガポール出身。東京大学農学博士。15年以上の政府機関と国連機関の勤務を経て、2022年にEY新日本有限責任監査法人に入社し、生物多様性の保全、評価や情報開示などの業務を担当。
生物多様性および生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム(IPBES)のフェローとしても選出され、IPBES Values Assessment(価値評価)(2018~22年)、「ビジネスと生物多様性に関する評価報告書(2023~25年) 」のLead Authorとして国際研究書の共著にも参加。
10年以上にわたり、SATOYAMAイニシアティブや世界農業遺産(GIAHS)などの国連の取り組みを通じ生物多様性、持続可能な農林水産業に関する業務に従事。
CBD-COP16の継続協議の結果、GBFモニタリング枠組における4種の指標が採択され、国際的に自然関連目標の手法の整備が進展しました。企業は、TNFDやSBTNのガイドラインを活用し、段階的に指標・目標設定を進めていくことが求められています。