EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
2026年7月14日、15日の2日間、熊本市でGNPS2026が開催されました。事業会社、金融機関、自治体、研究機関、市民社会など国内外の多様な主体が集い、2030年までに自然の損失を止め、回復軌道に乗せるという世界目標に向け、自然への依存・インパクトを、企業のビジネスや金融、地域経済の発展にどのように組み込むかが議論されました。メインホールでは企業の経営層を含む登壇者が自社の事業と結び付けて取り組みを語り、サイドイベントの一部では立ち見が出るほど参加者が集まるなど、自然関連の課題をビジネスの重要課題として捉える参加者の高い関心と熱気が感じられました。
サミットを通じて強調されたのは、自然関連課題が事業の存続、成長、レジリエンスに直結する経営課題であるという点です。企業活動は、自然にさまざまなインパクトを与えるとともに、原材料、水、土地、生態系サービス、文化的サービスなどの自然資本にも依存しています。そのため、企業が持続的な成長と長期的な価値創造を実現するには、自然資本の重要性を認識し、通常の企業活動に組み込んでいく必要があります。
もう一つのキーメッセージは、ネイチャーポジティブは単なる「スローガン」ではなく、「測定可能な指標」であるべきということです。自然の状態を共通の指標で把握し、データを標準化することは、異なる地域やバリューチェーン上の状況を比較し、優先順位を定めるための出発点となります。得られた情報を経営戦略、投資判断、リスク管理、調達や事業運営に反映し、具体的な行動と成果につなげることが求められます。「測定可能な指標」とするためには、特に原料生産地を含むサプライチェーン上流の可視化と、現地ステークホルダーとのエンゲージメントの重要性が強調されました。
加えて、ネイチャーポジティブは一社のみで実現できるものではありません。事業会社、金融機関、自治体、研究機関、市民社会が、それぞれ異なる役割や目的を持ちながらも、地域や流域といったランドスケープごとの単位で連携することが不可欠です。地下水を地域全体で育む熊本での開催は、自然への依存を認識する企業や地元の関係者が、その保全と回復にも関与するという地域レベルでの取り組みを具体的に考える機会となりました。今回のサミットは、自然資本に対する議論が理念から、経営への統合と現場での実装へ移りつつあることを印象づける場となりました。
サミット最終日に公表された「熊本宣言」は、昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)を支持しました。その上で、ネイチャーポジティブ経済への移行をコストではなく、投資、持続可能な成長、長期的な価値創造の機会として捉える考え方を提示しています。宣言では、自然への負の影響をまずは回避・最小化すること、標準的な評価指標と算定方法を確立すること、公正な移行を強く推進することを重要な要素として掲げています。
EYの日本およびグローバルの組織は、熊本宣言に賛同しています。GNPSの閉会式(2026年7月15日時点)に共有された賛同団体一覧を確認した範囲では、Big 4の中で賛同が確認されたのはEYのみでした。これは、ネイチャーポジティブを経営や金融の実務に組み込み、その実装を後押ししていくEYの姿勢を示しております。
サミットでは、ネイチャーポジティブへの対応を情報開示や分析にとどめず、経営や事業活動へ統合していく重要性が繰り返し議論されました。サミット全体を通じて共有されたのは、「自然への対応はコストではなく投資であり、企業価値向上や事業成長につながる」というメッセージです。
ネイチャーポジティブへの取り組みの出発点は、自社事業がどの自然資本に依存し、どのようなインパクトを与えているかを把握することです。サミットでは、地域の自然との接点を把握し、それを事業戦略へ反映するさまざまな取り組みが紹介されました。
一見すると自然との接点が少ないように見えるテクノロジー分野においても、水利用や土地利用に関する自然関連リスクが事業継続性に直結することが指摘されており、業種を問わず自然との関係性を理解する重要性が示されました。
サミット内では、グローバルで標準化された自然関連データの重要性が話されるとともに、整備が急速に進展していることが紹介されました。今後はサプライチェーンを含めた自然情報へアクセスしやすくなることが期待される一方で、こうしたデータはあくまで現状把握の出発点であり、多数の拠点を保有する事業会社の比較分析には有効であるものの、一次データの取得や拠点特徴に合わせた詳細評価は依然として重要であると考えられます。
自然関連課題は自社拠点のみで完結するものではなく、多くの場合、原材料調達地や流域などのランドスケープレベルで発生します。サミットでは、サプライチェーン上流や森林地域における評価・協働の重要性が繰り返し示されました。
さらに、熊本の地下水保全や地方銀行による地域事業会社の連携支援、次回開催国であるインドにおける自然農法の事例などからは、事業会社単独ではなく、行政や地域コミュニティとの共創がネイチャーポジティブ実現の鍵であることが示されました。
今回のサミットでは、「自然の状態(State of Nature)」をはじめ、自然を定量的に把握するための指標や測定手法に関する議論も活発に行われました。期待されていた「State of Nature Metrics(SoNM)」の正式公表は見送られたものの、今後の中核となる「2つの測定エリア」と「4つの指標」の考え方が紹介されました。
また、NPIが実施したSoNMのパイロット事業では、企業がこれまで蓄積してきた環境データや法令対応データを活用しながら自然の状態を評価するアプローチや、ドローン技術や学術機関との連携を通じて自然への効果を検証する事例が紹介されました。さらに、共通指標を用いることで、生産者や地域コミュニティとの対話が促進され、サプライチェーン上流も含めた協働につながる可能性が示されました。
こうした議論からは、事業会社が自然関連課題に取り組む上で、個社独自の評価にとどまらず、投資家や取引先、地域社会と共有できる共通言語を持つことの重要性がうかがえました。一方で、多くの登壇者が強調したのは、測定や開示はゴールではないという点です。得られた情報を調達方針や投資判断、事業戦略へ反映し、実際の行動変容につなげることが求められています。
サミットで紹介された先進企業の多くは、ネイチャーポジティブを社会貢献活動ではなく事業モデルに組み込んでいました。森林循環型ビジネス、水源涵養活動、都市緑化などを企業価値向上につなげる事例は、自然への取り組みが競争力や成長機会になり得ることを示しています。
サミットを通じて示されたのは、ネイチャーポジティブは環境・サステナビリティ部門だけのテーマではなく、企業の成長戦略そのものであるということです。今後の競争力を左右するのは、開示や分析そのものではなく、その先にある実装力であり、自社の事業を通じて自然と経済の好循環をいかに創出できるかが重要になると考えられます。
2日間の会期中に、メガバンクや政府系金融機関、生命保険会社・損害保険会社、地方銀行等、多くの日系金融機関が会場を訪れ、講演やパネルディスカッション、サイドイベントである展示会「NATURE TECH!」への出展を行っていました。日系金融機関は、これまでもTNFDガイダンスに沿った情報開示を積極的に行ってきましたが、改めて自然資本・生物多様性領域への関心の高さがうかがえました。
各社の講演内容を踏まえると、金融機関の足元の関心が「情報開示」にとどまらず、「現場への実装」へと移りつつあることが感じられました。これまでは、ENCORE等のツールを用いて、取引先(投融資先や保険引受先)における自然資本への依存・インパクトを把握し、そこからリスク・機会について分析を行うというアプローチが主流でした。一方、こうしたツールによる分析だけでは、取引先の事業特性や地域ごとの自然の状態を十分に捉えることが難しく、分析結果をどのように取引先との対話や自社の意思決定につなげればよいかといった悩みが多く聞かれました。このような課題に対して、GNPS2026の講演の中では以下のような取り組みが紹介されました。
金融機関においては、自社の事業活動によるネイチャーへの直接的な依存・インパクトに加え、投融資や保険引受のエクスポージャーを通じた間接的な依存・インパクトが特に重要となります。そのため、自社だけが納得してネイチャーポジティブに向けた取り組みを推し進めるだけでは不十分と考えられます。取引先を含めた幅広いステークホルダーに納得感をもって取り組みに参加してもらうために、ステークホルダーと取り組みの成果を共有するための指標の開発への関心が高まっています。
GNPS2026では、大学等のアカデミアやメーカー等の事業会社と連携して指標の開発に取り組む金融機関の講演がありました。指標については、開示のための指標ではなく、現場での取り組みを促進するための指標であることが不可欠です。一例として、グリーンインフラの設置による地下水の涵養量の定量化に取り組む事例など印象的でした。
金融機関にとっては、取引先とのエンゲージメントもネイチャーポジティブの実現に向けた重要な取り組みとなります。従来、自然資本に関するエンゲージメントにおいては、自然関連の「リスク」に着目されるケースが多くありましたが、複数の金融機関より取引先には自然関連の機会に関する取り組みについて対話を行いたいといった発言がありました。自然資本に関する取り組みが、単に自然にポジティブな影響を与える、もしくはリスクを低減する、というだけでなく、いかにしてキャッシュ・フローを生み出すのか、ひいては企業価値の向上につながるのかを重視する姿勢を強めていると感じられました。
金融機関の自社ビジネスにとって、ネイチャーポジティブに取り組む意義を明確化した上で、現場への実装を加速させようとする事例も見受けられました。特に、生命保険会社や損害保険会社にとっては、自然資本の毀損(きそん)とそれに伴う自然災害の発生・激甚化は、自社の保険金支払いに多大な影響を及ぼします。海外では、自然災害リスクの増大に伴い、保険料の上昇や、一部地域において保険へのアクセスが難しくなる状況が紹介されました。日本の保険会社では、グリーンインフラの普及を通じて、洪水等による被害の軽減や地域のレジリエンス向上を図る取り組み事例が紹介されました。
現地に参加して多様な事業会社・金融機関の発表を聞く中で印象的だったことは、先行企業も完成された答えを持っているわけではなく、個別の事業や地域から検証を重ねているという点です。自然資本に関連する取り組みでは、画一的な解決策を求めるより、科学的な共通基盤を持ちながら、現地でまずは取り組みを行い、その成果と課題を公開し、他社を巻き込みながら高度化していく、といったサイクルが重要です。GNPS2026においても、各社が成功事例や自社の成果だけをアピールするのではなく、取り組みを行った上で気づいた課題について発信が行われたことは、今後ネイチャーポジティブを経営に実装していく上での一助になると考えます。
2026年後半に、Nature Positive Initiative(NPI)が「自然の状態指標フレームワーク」を公表することが予定されています。この公表は、各社の現場での試行錯誤を比較可能な共通言語へと近づける契機となるものと考えられます。ただし、フレームワークの公表自体がゴールではありません。問われるのは、その指標を用いて、経営の意思決定をどこまで変えられるかです。GNPS2026の全日程に参加し、事業会社・金融機関の取り組みが、情報開示から経営の意思決定と現場での実装へ進みつつあることを実感しました。EYとしても、自然への依存・インパクトの評価にとどまらず、戦略、移行計画、投融資判断、事業機会の具体化まで一貫して支援することが重要だと考えます。
メールで受け取る
メールマガジンで最新情報をご覧ください。
GNPS2026では、ネイチャーポジティブの実現に向けた取り組みのステージが「開示」から「現場への実装」へ移りつつあり、それに合わせ、取り組みを定量化することの重要性が増していることが確認されました。
関連記事
グローバル・ネイチャーポジティブ・サミット2026参加レポート:EY主催イベント編 企業の取り組みを基礎分析から戦略実行へ
本イベントを通じて、ネイチャーポジティブの実現には分析や開示だけでなく、その成果を戦略と実行につなげることが重要であることが改めて示されました。企業には、自然と経済の好循環を創出する経営への転換が求められています。