EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
このうち日本企業は80社に達し、世界の4分1を占め、国別で最多の結果を得ました。なぜ日本企業はトップに躍り出たのか。そして、TNFDの留意点や今後の日本企業における課題について解説します。
要点
TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)は2024年1月、「TNFD Early Adopter(以下、アーリーアダプター)」のリストを発表しました。これは2024会計年度(またはそれ以前)、あるいは2025会計年度までに、企業報告においてTNFD勧告に沿った情報開示を開始する予定の46カ国、320の企業や団体のリストであり、このうち日本企業は80社に達し、世界の4分1を占め、国別で見ても最多となりました。
TNFDの発表*によれば、320の企業や団体のうち、企業が56%(178社)、金融機関が33%(106社)でした。地域別では、欧州が43%(137社)、アジア太平洋が42%(134社)、北米が6%(21社)と意外にも北米の少なさが目立ちます。日本では80社のうち、企業は55社、金融機関が24社、サービスプロバイダーが1社となり、2024年度までの開示を表明したのが57社、2025年度の開示を表明したのが23社となりました。
これまで日本企業はサステナビリティの潮流に出遅れることが多かったのですが、今回の結果は驚きをもって受け止められています。同じく今回、アーリーアダプターとして表明したEYは、日本企業の状況を次のように見ています。
「最近、さまざまなクライアントの相談を受ける中で、よく聞かれたのが『TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)では出遅れたので、TNFDでは何とか巻き返したい』という言葉でした。各社ともにTCFDで後れを取ったと感じていらっしゃる分、TNFDでは決して乗り遅れてはならないというドライブが社内にかかっているケースが多かったため、こうした結果になったのではないでしょうか。今もそのドライブは強く、今後さらに企業数は拡大していくと見ています」
*出典: “320 companies and financial institutions to start TNFD nature-related corporate reporting,”TNFD website, tnfd.global/320-companies-and-financial-institutions-to-start-tnfd-nature-related-corporate-reporting/ (2024年3月14日アクセス)
TNFDとは、気候変動に関連した財務情報の開示を企業に求めるTCFDと同様、自然資本に関するリスクと機会を企業が把握し行動していくための情報開示のフレームワークです。自然資本とは文字通り、水や土地、海洋などそのフローを通して人間が恩恵にあずかる自然に関するものを示し、生物多様性がその健全性を支える基礎となります。TNFDでは企業が自然へ与える大気、水質、土壌汚染や生態系の破壊などのネガティブな影響の開示を求めると同時に、企業がビジネスを進める上で、依存している生態系サービスの開示を要求し、自然関連の財務リスクと機会の開示が求められます。
その真の目的は、企業が環境にどれだけ負荷を与えているかということだけではないことに注意する必要があります。
「TNFDはあくまでも財務情報開示であり、環境影響リスク報告書ではないということです。もし環境影響リスク報告書のようなものを作ってしまうと、TNFDレポートではなく、CSRレポートとして扱われてしまうでしょう。ここで大事な視点とは、企業は自然資本にネガティブな影響を与えるだけでなく、“依存”しているということなのです。もし、自然資本が劣化の危機にあるとすれば、企業としてその劣化している自然資本から受ける影響がどの程度あるのかについて投資家は興味を寄せており、そのリスクの財務評価が焦点になるということを忘れてはなりません」
あくまで投資家が見ているのは、自然資本や生物多様性が劣化していく中で、企業はその劣化に本当に気づいているのかどうか。そのリスクについて回避できるようになっているのかどうか。もし財務インパクトが大きい場合には、その事態をどのように回避するのかも投資家目線からは重要な部分となっていると言えるでしょう。
では、TNFDの取り組みについて、日本企業が積極的に進めることができた理由はどこにあるのでしょうか。EYはこう指摘しています。
「もともと日本企業はTCFDへ賛同する企業も多く、TCFDと同じ枠組み(4つの柱と11の項目)の開示提言に合わせたTNFDへの理解が、すでに各企業にあったことが大きいと言えます」
実際、TNFDは、全体としてTCFDのフレームワークに沿うように作られており、4つの柱において企業に情報開示を要求しています。特に自然との関連が明らかな企業セクターでは対応の必要性を敏感に感じとり、日本企業でも、食品、飲料、エネルギー、自動車、金融といったセクターが積極的に動き出しています。
「この中で、金融については役割が異なっており、TNFDでも金融向けのガイドラインを作成しています。その意図は、経済の流れをネイチャーポジティブに持っていきたいというところにあります。金融は投融資を担い、自然資本には直接的に関わっていませんが、投融資した企業は自然資本に関係しています。そこに影響や依存のリスクがあれば、金融にもリスクが及んでくる。今後はネイチャーポジティブである企業にこそ、資金が投じられていくと見たほうがいいでしょう」
こうしたTNFDの取り組みについては、任意の開示であるものの、自然資本と関連のある事業を行う日本企業では積極的に進められてきました。なぜTNFDでは海外との取り組みの差がそれほど生まれなかったのでしょうか。EYではこう分析しています。
「国内においては、70年~80年代にかけて公害と闘ってきた歴史があり、日本企業はそれらを乗り越えて公害防止に取り組む姿勢を現在も続けていることが挙げられるでしょう。公害防止の観点から、自然に対する影響を最小化することには抵抗感がないと言えるのかもしれません」
企業が自然に与えるネガティブな影響は、その場限りにおいては即時の財務影響は発生しません。しかし、そのままにしておけば、評判低下や不買運動、行政による規制強化という移行リスクとして跳ね返ってくることになり、これが財務リスクとなります。こうした影響から生じるリスク分析についてもTNFDでは求めています。
前述したように国内企業はこうしたリスクについては以前から把握しており、これまで公害防止として取り組みを進め、対策を採ってきました。一方で、今までビジネスとして自然に依存してきた部分をしっかりと見据えてリスク評価している企業はあまり見られず、そのため、しっかりと依存からのリスクを抽出していく必要があります。
TNFDでは自然に対する依存についての分析をするよう求めているため、企業としてまず考えなければいけないのは、「どの部分が自然資本に依存しているのか」ということです。
「例えば、水が枯れた、または生物由来の資源が取れなくなった場合、ビジネスが立ち行かなくなる可能性まで想定しなければならないということです。もし自然資本が劣化してしまった時に、代替できるものはあるのか。もしくは異なるビジネスを想定しているのか。あるいは、回避する方法を考えているのか。そのリスクはどれほどあるのか。そこが財務情報開示として重要になってくるのです」
こうした中、企業が留意すべきこととは何でしょうか。企業側にとっては、リスクばかりを見ていると、さらに環境関連の課題が増えて、負荷が増していくように思われますが、「機会」をもっと探っていくと、逆にビジネスチャンスを見つけることもできるのです。
そのためにも、単に情報開示をコストと見なすのではなく、企業の姿勢として自然との関わり合いをしっかりと捉え、経営戦略にフィードバックしていく。つまり、TNFDの取り組みをいかにビジネスチャンスに変えていくのか。そこから企業の収益や価値に昇華させていくことが今問われているのです。EYでも次のように説明しています。
「日本には”もったいない”という言葉があるように、物を無駄にしないという意識が根底にあり、自然からの恵みを大事にすべしという共通の意識を持っています。自然に対する依存・影響を評価し、リスク・機会を導き出すTNFDのコンセプトは公害防止や自然の恵みを大事にする意識とアラインしており、受け入れやすく、社内でのコンセンサスも取りやすいと考えています
多くの企業にとっては、TNFDの取り組みを始めようとしているものの、そもそも進め方がわからない、あるいは、どんなツールがあり、どう事業に落とし込んでいけばいいかわからないといった声も多いかと思われます。そんな時はぜひEYまでお問い合わせいただければと考えております。」
TNFDの勧告に沿った情報開示を進める企業320社の中で、日本企業は80社と最多でした。TNFDは、企業が自然環境への影響だけでなく、ビジネス運営で自然環境に依存している部分も把握し、リスクと機会の開示を求めるものです。企業の姿勢として自然との関わり合いを捉え、いかにビジネスチャンスに変えていくのかが問われています。
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