EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本記事では、「評価〈Assess〉」フェーズにおけるこれまでのベータ版からの改訂点や押さえたいポイントを中心にまとめ、今後TNFD実施に関心のある企業にとって、どのような意味を持つかについて考察します。
今回のv0.3版発表におけるLEAPアプローチの「評価〈Assess〉」フェーズに関する押さえておきたい主なポイントを4点挙げると、以下のようになります。
要点
最新のTNFDベータv0.3版の発表と同時に、自然関連のリスクと機会を評価する際に用いるLEAPアプローチの「評価」フェーズに関する新しいガイダンスが発表されました。LEAPアプローチに関するパイロットテスターおよび一般からのこれまでのフィードバックに基づいた改定を行い、今回は「Annex 3.1 LEAPアプローチの評価〈Assess〉フェーズにおけるガイダンス」、「Annex 3.2自然関連のリスクと機会のインディケーター例」、「自然関連のリスクと機会のレジスター」の3つの文書がリリースされました。 TNFDのLEAPアプローチの評価〈Assess〉フェーズ(LEAPアプローチに関してはEYの記事を参照)では、企業に対して、自然との接点の場所を特定し(発見〈Locate〉フェーズ)、自然への依存性と影響(診断〈Evaluate〉フェーズ)を検証した結果に基づき、自然関連のリスクと機会を評価するよう求めています。評価フェーズの調査結果に基づいて、企業はポートフォリオのリスク優先順位付け(マテリアリティの評価)を行い、ネイチャーポジティブの視点からビジネス運営に関わる機会を特定することが奨励されます。
評価フェーズに関するこの新しいガイダンスの主な改定点・追加は以下の通りです。
LEAP構成要素のA5〈機会の特定と評価〉にて独立して扱われていた「機会」をA1からA4までリスクについて語っていた構成要素に含め、5つの構成要素であった評価フェーズが4つにまとめられました。こうすることで「機会」を「リスク」と並列に扱い、リスクと機会はセットとみなすべきであると強調されています。評価フェーズの主な変更点は図1にて整理しました。
出所:TNFD「The TNFD Nature-related Risk and Opportunity Management and Disclosure Framework Beta v0.3 Annex 3.1 Guidance on the Assess Phase of LEAP」2022年11月、framework.tnfd.global/wp-content/uploads/2022/11/TNFD_Management_and_Disclosure_Framework_v0-3_B.pdf(2022年12月1日アクセス)を基に当社作成
評価フェーズのA2、A3およびA4は、既存のTCFDシナリオ分析ステップ2、3および4と整合しており、企業およびポートフォリオの既存リスク・機会管理プロセスに自然関連リスク・機会を組み込めるようTCFDと同様のステップを活用しています。TCFDと同様に、TNFDもリスク管理に機会があると考えており、リスク管理を通した機会がインセンティブとなり、企業としては事業活動の一環として自然に対して変革をもたらすことができると考えています。
A3〈追加のリスク軽減およびリスク・機会管理〉とA4 〈リスクと機会のマテリアリティ評価〉においては、社会的リスクとの相互関係への配慮も強調されています。特にA4においては、TNFDは、リスクの重大度やマテリアリティを評価する際に、(TCFD基準に加えて)これらの自然の影響から社会への影響の規模や重大度を考慮することも含めるよう勧告しています。
TNFDは、自然関連のリスクについて「組織と自然への影響への依存およびより広範な社会の依存に関連して組織にもたらされる潜在的な脅威」とし、自然関連の機会については「自然に良い影響を与えたり、自然への悪い影響を最小化することで、組織や自然に良い結果をもたらす活動」と定義しています。Annex 3.2は、以下の自然関連のリスクと機会のカテゴリーを評価するために用いることができる指標の例を示しています。
自然関連リスクのカテゴリー |
自然関連のビジネスパフォーマンス機会のカテゴリー |
自然関連の持続可能性パフォーマンス機会のカテゴリー |
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また、企業の事業やポートフォリオに最も関連する自然関連のリスクと機会のレジスター(登録簿)を作成するためのテンプレートも提供されました。
下記にて、評価フェーズにおける4つの構成要素の要点を紹介します。
自然への依存性と影響の診断(LEAPの診断フェーズ)に基づいて、企業は自然関連のリスクと機会を特定すべきであります。自然関連のリスクは、自然の状態や生態系サービスの変化、社会的影響の要因から発生し、自然への依存と影響の両方から生じる可能性があります。自然関連の機会は、企業が自然関連のリスクを回避、低減、緩和または管理し、自然の喪失を阻止または逆転させるために積極的に活動するビジネスモデル、製品、サービス、市場および投資の戦略的転換を行う場合に発生する可能性があります。TNFDは、自然への負の影響を減らすことは、自然の肯定的な結果に貢献することと同義ではなく、行動をとることによってリスク削減にとどまるだけでなく、理想的には自然喪失や劣化を推し進める脅威や圧力にあらがう影響を与えられるよう、ネイチャーポジティブな将来に貢献できるようにあるべきと述べています。ガイダンスでは、依存関係、影響、リスクと機会の関係性について以下の図2のとおり整理されています。
出所:TNFD「The TNFD Nature-related Risk and Opportunity Management and Disclosure Framework Beta v0.3 Annex 3.1 Guidance on the Assess Phase of LEAP」2022年11月、framework.tnfd.global/wp-content/uploads/2022/11/TNFD_Management_and_Disclosure_Framework_v0-3_B.pdf(2022年12月1日アクセス)を基に当社作成
自然関連のリスク・機会は、収益の流れ、コストベース、潜在的な資本コストの変容(例えば、信用リスクや保険料の再評価など)を通じて、企業の財務に影響を与え得ます。さらに、資産の評価を変え、資金調達条件に影響を与えることもできます。これらの変容の伝達経路は、信用リスク、オペレーショナル・リスク、市場リスク、流動性リスク、負債リスク、レピュテーション・リスクおよび戦略的リスクと機会にプラスまたはマイナスの影響を与える可能性があります。
企業は、事業やポートフォリオに最も関連する自然関連のリスクと機会のレジスター(登録簿)を作成することができます。リスクと機会のレジスターを準備するための指針は以下の通りです。
企業は、リスク緩和とリスク・機会の管理プロセスと要素を特定し、自然関連のリスクと機会をそれに統合するために何を調整する必要があるかを見極める必要があります。また、これらのプロセスと要素について責任を負う部署と部門をも特定すべきです (TCFDのステップ2と整合)。TNFDは、自然関連のリスクと機会を既存のリスクと機会管理の枠組みにあてはめるための、5つの原則を採用しており、それはTCFDの4つの原則〈相互連結、時間的方向性、比例性および一貫性〉と、さらに〈場所ベース〉という特有の原則を独自に追加して、自然への依存と影響が特定の場所に特有であることを強調しています。
企業は、自然関連のリスクと機会を、既存のリスクと機会の分類法とインベントリに組み込むべきです。これには、自然関連のリスクを既存のリスクカテゴリーとタイプにマッピングすることが含まれます。一般的に使用されるリスク・カテゴリーには、財務、業務、戦略が挙げられています。TNFDは、自然関連のリスクと機会のレジスターの参照を奨励しています。(TCFDのステップ3と連携)
企業は、LEAPの構成要素(発見および診断フェーズ)で得られた情報に基づいて、既存のリスク・機会管理プロセスと主要な要素を適応させる必要があり、そのためには測定と優先順位付けが基本となります。これらの機会に関する一連の指標は、サイト、プロジェクト、製品/サービスまたはロケーションレベルで、また可能な限り組織への財務上の影響に関する指標を特定する必要があります。その際、TNFDは①自然関連の依存性と影響に基づくエクスポージャー指標〈Exposure Metrics〉(LEAPの診断フェーズを参照)と②自然関連のリスクと機会の組織に対する財務上の影響を評価するマグニチュード指標〈Magnitude metrics〉の使用を推奨しています。
将来を見据えたシナリオを念頭に置きながら、組織は①特定されたリスクおよび機会に対する損害または利益の可能性、②計画的な対応、③対応の有効性について評価すべきです。
サマリー指標は、企業レベルやポートフォリオ・レベルにおいて、自然関連の全体的なリスクや潜在的な財務状況を理解するために役に立ちます。それらで得た情報は、企業や金融機関の意思決定に情報を提供し、外部の情報開示に反映させることができます。
自然関連のリスクと機会に関するTNFD優先順位付け基準は、一般的に用いられる〈規模〉と〈可能性〉に加え、TCFDの優先順位付けのための〈脆弱性〉と〈発生速度〉の基準を応用し、さらに〈自然への影響の規模と深刻さ〉と、〈自然への影響から社会への影響の規模と深刻さ〉に関連する独自の2つの追加基準の組み合わせで、計6つの基準を推奨しています(図3を参照)。
出所:TNFD「The TNFD Nature-related Risk and Opportunity Management and Disclosure Framework Beta v0.3 Annex 3.1 Guidance on the Assess Phase of LEAP」2022年11月、framework.tnfd.global/wp-content/uploads/2022/11/TNFD_Management_and_Disclosure_Framework_v0-3_B.pdf(2022年12月1日アクセス)を基に当社作成
今回のベータv0.3版では、LEAPアプローチの評価フェーズに関する詳細が明らかになりました。以前のバージョンと比較して重要な変更点としては、機会をリスクと同等、並列なものとして位置づけ、両方がセットとして扱われるべきであることが強調されている箇所です。企業としては、TNFDに沿った分析を実施することにより、評価フェーズにてリスクだけでなく、自社の技術やノウハウを活かせるような新しいビジネスの可能性を切り開くことができる「機会」につながるメリットがあることを強調しているようにも見えます。
また、TNFDは4つの構成要素に統合することによって評価フェーズを合理化しただけでなく、TCFDステップとの相互接続についても明確に示し、企業は既存のリスク管理に基づいてTNFDの評価フェーズを実施すべきであると強調しています。これらは、リスクと機会の評価に対するTNFDアプローチが、企業が現在行っていることと大きく異ならないことを示すためのものです。
今回の発表で自然関連のリスクと機会(およびマテリアリティ)を評価する原則がより明確になり、また指標に関する例示的なガイダンスや、リスクと機会レジスターなどの実践的なツールおよび参考資料が提供され、とても包括的でありながら、企業にも採用の柔軟性を与えている評価フェーズのガイダンス資料となっています。
【共同執筆者】
イヴォーン・ユー(Evonne Yiu)
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部(気候変動・サステナビリティ・サービス)
シニアコンサルタント
シンガポール出身。東京大学農学博士。15年以上の政府機関と国連機関の勤務を経て、2022年にEY新日本有限責任監査法人に入社し、生物多様性の保全、評価や情報開示などの業務を担当。
10年以上にわたり、SATOYAMAイニシアティブや世界農業遺産(GIAHS)などの国連の取り組みを通じ生物多様性、持続可能な農林水産業に関する業務に従事。生物多様性および生態系サービスに関する政府間科学―政策プラットフォーム(IPBES)のフェローとしても選出され、IPBES Values Assessment(価値評価)の国際研究書の共著にも参加。
※所属・役職は記事公開当時のものです。
今回のベータv0.3版では、LEAPアプローチの評価フェーズについて、自然関連のリスクと機会(およびマテリアリティ)を評価する原則がより明確になりました。また指標に関する例示的なガイダンスや、リスクと機会レジスターなどの実践的なツールおよび参考資料が提供され、とても包括的でありながら、企業にも採用の柔軟性を与えている評価フェーズのガイダンス資料となっています。
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TNFDベータv0.3版発行による開示提言とLEAPアプローチの一部変更に伴い、企業はリスクと機会だけでなく、影響と依存についても情報開示が必要
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自然関連財務情報開示タスクフォース(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures、以下「TNFD」)フレームワークのベータv0.2版が2022年6月28日に発表されました。これは、2022年3月に発表されたベータv0.1版に続くものです。 本記事では、ベータv0.2版の発表内容をポイントごとに簡単にまとめ、今後日本企業が取り組むべき方向性についてお伝えします。