EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
既存事業の延長線上に成長を描くことが困難な今、企業にとってAIは、意思決定や価値提案を刷新する強力なエンジンとなります。しかし、その活用にはモデルの信頼性や社会受容性といった、事業成長と表裏一体のリスクへの対応が欠かせません。今求められているのは、AI活用を前提として事業を再定義し、戦略の構想段階から「攻め」と「守り」を融合させる視点です。EYのプロフェッショナル2人が、AIを戦略に組み込みながら事業創出とリスク管理を統合するための実践的なアプローチを解説します。
要点
山本:日本は人口減少や労働力不足、生産性の停滞といった構造的な課題を抱えています。こうした状況の中、既存事業の延長線上だけで成長を続けることは難しく、国際競争力も相対的に低下しています。実際、IMD(国際経営開発研究所)の世界競争力ランキングでも日本は長期的に順位を落としており、このままでは厳しい状況が続くと考えています。
ただし、日本企業には強みもあります。現場力や品質、顧客理解といった点では依然として高い競争力を持っています。一方で、それらの強みをスケール可能な事業として展開し、新たな価値創出につなげることが十分にできていません。このギャップが現在の日本企業における課題であり、その解決手段としてAI活用が期待されています。
山本:AIの本質は単なる自動化ツールではなく、「物事を読み解く力」と「掛け合わせる力」にあります。前者は、自社の技術やデータ、顧客基盤といったアセットを分解し、その価値や適用範囲を捉え直す力です。後者は、それらのアセットを社会課題やメガトレンド、異業界のニーズと結び付け、新たな用途や事業機会として組み立て直す力を指します。自社の強みを内と外の双方の文脈に接続する。そうすることで、これまで見えていなかった事業機会が浮かび上がってくるのです。
その際に留意すべきは「AIを議事録作成や検索といった効率化用途にとどめないこと」です。これまでのデジタルトランスフォーメーション(DX)は、既存業務の効率化や高度化が主な目的でした。一方、AIは企業の思考そのものに作用し、意思決定の質やスピードを変える力を持っています。つまりAIは、価値提案やビジネスモデルの再設計を主導する“戦略エンジン”なのです。新規事業の創出を考えるのであれば、AIを中核に据える必要があります。
山本:新規事業開発はコンセプト設計やアイデア創出に始まり、仮説構築、実証・検証、そしてスケール展開へと段階的に進めるのが基本です。とりわけ事業を大きく成長させるためには、初期段階で核となるコンセプトやビジョンを明確に定めることが不可欠です。AIの持つ「読み解く力」と「掛け合わせる力」は人間の思考を拡張させます。そのようなAIをアイデア創出から事業性評価に至る一連のプロセスに組み込むのです。
しかし、多くの企業ではAIを「入力すれば答えが返ってくるチャットツール」として捉えてしまっているのが現状です。この使い方では価値創造にはつながりません。重要なのは「AIで何ができるか」ではなく「AIで何を変えたいのか」という視点から、意思決定や業務の在り方を設計することです。ここを誤ると単なるツール導入にとどまり、AI本来の価値を引き出すことはできません。
この違いを説明する際、私たちは「AIを『ボルトオン』するのではなく、『ビルトイン』することが重要です」とお伝えしています。ボルトオンの発想はRPA(Robotic Process Automation)が分かりやすいでしょう。RPAは既存のやり方をより効率よく回すことに長けていますが、業務の本質は変わりません。
一方、ビルトインはAIを前提に業務そのものを設計し直す発想です。意思決定や業務プロセスの中核にAIを組み込み、業務の流れ自体を再構成する使い方です。特に生成AIは企業活動を構成する「思考」と「業務プロセス」のうち、上流の「思考」に直接作用する点が決定的に異なります。つまり従来と同じ仕事を速くこなすのではなく、「何をどう判断し、どのような戦略で事業を進めるか」をデザインするのです。
川勝:実務の現場では、AX(AIトランスフォーメーション)という言葉も出てきています。その定義はさまざまですが、実感としては「AIを使わないDX」はもはや成立しないという認識が広がっています。AIを前提に、いかに事業変革や組織変革を進めるかが、各社共通のテーマになっています。
山本:ビルトインへの転換は必ずしも一気に行うものではなく、段階的に深めていくのが一般的と考えます。まずは個人の業務支援から始まります。議事録作成や情報整理など、日常業務の効率化ですね。次に、業務プロセスへの組み込みです。例えば営業報告書を自動生成するなど、プロセスの中にAIを埋め込んでいく。そして最終的には、事業全体の最適化、つまりビルトインの完成形へと至ります。AIエージェントが複数連携し、人と協働しながら価値創出を行う状態です。
ただ、多くの企業がPoC(概念実証)止まりになってしまっているのが実情です。その原因は、初期段階でスケールを前提に全体設計していないからです。PoCはゼロからイチを生む活動ですが、その先のイチを百にする構想がなければ、実運用にはつながりません。前述したところですが、確固たるコンセプト、ビジョン策定がここで効いてくるのです。
重要なのは、単発のユースケースで終わらせず、全社展開や事業化まで見据えたグランドデザインを初期段階から描くことです。さらに、大規模な価値創出は自社だけで完結するものではありません。外部パートナーやテクノロジーをどう組み合わせるかという、エコシステムとしての設計も不可欠です。
川勝:まず押さえるべきは、AIのリスクは単なる技術課題ではなく、事業品質そのものを規定する要素だという点です。AIモデルの精度や公平性、説明可能性といった特性は、そのままサービス品質や顧客体験に直結し、ひいては企業の信頼や収益にまで影響します。特に顧客接点でAIを活用する場合、出力の1つ1つがブランドへの信頼に影響するため、品質管理の重要性は従来以上に高まります。また、個人情報や著作権といった法的リスクも無視できません。
ただし、より留意すべきはこうした技術的・法的リスクの先にある「事業全体のリスク」です。AIに関する議論はハルシネーションや情報漏えいといった個別リスクに寄りがちですが、本来見るべきは事業全体への影響です。例えば、自社の技術を別の業界に展開するとしましょう。その場合には、業界特有の規制や商習慣、さらにはサプライチェーンの構造まで含めて適合しているかを確認する必要があります。ここを見誤ると、技術的には成立していても、事業として成立しないということが起こり得ます。
山本:具体的な例を挙げます。特定業界(例えば半導体等)に対して事業展開している素材メーカーが異なる業界に事業進出する場合には、REACH規則(欧州化学物質規制)やTSCA(Toxic Substances Control Act:有害物質規制法)など、まったく異なるルール体系に対応しなければなりません。しかし、これは非常に難しい。既存事業の規制対応でさえ、法規・認証の担当者が人海戦術でこなしているのが現状です。だからこそ、AIを活用して進出先の業界に潜むリスクを構造的に把握する仕組みが求められるのです。
川勝:経営に求められるのは、「攻めと守りのバランスを取ること」です。AI活用推進のスピードを優先するあまりリスク対応が後手に回るケースもあれば、逆にリスク評価が厳格すぎて事業開発が進まないケースもあります。このバランスを担うのは経営の役割です。そのためには、AI推進組織とリスク管理組織が分断されるのではなく、両者が連携して意思決定を行う体制を、経営が主導して構築する必要があります。
もう1つ経営が担うべきなのは、「ガードレール」の設計です。全てを事前に規制するのではなく、越えてはいけないラインを明確にした上で、現場が一定の裁量を持って動けるようにする。その上で、「Go or No Go」の判断基準をあらかじめ定義し、タイムリーに意思決定できる仕組みを整備することです。こうした枠組みを経営が明確に示せば、現場はスピードを持って動けるようになります。
山本:AIを活用した新規事業の構想は、大きく分けて2つの類型があります。1つは自社の技術やデータといったアセットを別の業界に展開する「ボトムアップ型」、もう1つは社会課題や顧客課題を起点に事業を構想する「トップダウン型」です。
まずボトムアップ型は、自社のコア技術を起点に他業界へ展開していくアプローチです。具体的には写真フィルムで培った素材・化学技術をもとに、化粧品や医療分野へと事業領域を広げていくようなケースが挙げられます。重要なのは単なる横展開ではなく、自社技術の価値を再定義し、別の市場の価値と結び付けている点です。
| AI活用方法 | 活用方法の概要 | リスク | 対応策(例) |
|---|---|---|---|
| 既存事業の意味や価値を再定義 | 既存の技術・データ・アルゴリズムの持つ別側面の価値を把握、異なるドメインに価値を紐づけ | 自社アセットの過大評価・誤った一般化 |
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| ピボット仮説を大量生成・探索 | 識別した新価値を起点に、用途の転換・顧客セグメントの変更・ビジネスモデルの転換などピボット仮説をAIで大量生成し、探索範囲を拡張 | 意思決定の麻痺・PoC止まり |
|
| シミュレーションからの隠れた未充足ニーズを抽出 | 問い合わせ・購買履歴・行動ログ等をAIで分析の他、AI Agentによるシミュレーション等を活用し、顧客が言語化していないニーズを抽出 | ノイズの市場ニーズとの誤解、倫理的な反発 |
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このアプローチの強みは、コアとなる技術やアセットがすでに存在しているため、比較的短期間で事業化に進めることです。一方で先ほど触れた通り、進出先の業界特有の規制や商習慣への適応が必要になります。したがって、自社単独で進めるのではなく、当該業界のプレイヤーとの連携を前提とした事業設計が重要になります。
一方のトップダウン型は、社会課題やメガトレンドを起点に事業を構想するアプローチです。例えば「高齢化」という大きなテーマを分解していくと、「医療費の高騰」「介護者不足による在宅支援の限界」「孤独死による行政対応の負荷増大」といった具体的な課題が見えてきます。その中から自社の画像解析技術を生かして独居高齢者の見守りサービスを立ち上げる、あるいはセンサー技術で認知症の早期発見を支援するなど、具体的な事業像を組み立てていく。これがトップダウン型の発想です。
| AI活用方法 | 活用方法の概要 | リスク | 対応策 |
|---|---|---|---|
| 社会課題を要素分解し、論点を可視化、自社の価値に紐づける | データから社会課題を分解し、「何が原因で、どこが改善に寄与するか」等を可視化 | データ偏在等を考慮しない分析による誤った構造の導出 |
|
| 事業アイデアの前提・制約を明確化・検証 | 人が立てた仮説(施策)をモデル化し、成立の蓋然性を検証 | AIによる論理的でもっともらしい事業ストーリーの誤信、制約の固有条件としての取扱い |
|
| 将来の当事者の視点を疑似的に生成 | AIで多数の仮想当事者を生成し、施策に対する反応をシミュレート | 生成した当事者に偏り |
|
ただし、課題起点で事業の方向性を定めるというアプローチはゴールが明確である反面、それを自社の強みと結び付け、ビジネスとして成立させる難易度は高く、不確実性も大きい。そうした不確実性に対応するには、仮説検証を高速に回すアジャイル型開発を前提とする必要があります。
ボトムアップ、トップダウンの流れにおいても、領域をまたいだ情報の掛け合わせが必須ですが、昨今では人の限界を超えた掛け合わせが求められます。AIの読み解く力と掛け合わせる力は大きな推進力となるポイントでしょう。
川勝:ボトムアップ型では、例えば自社アセットの意味を再定義して他業界に展開する際、限定的な領域で成果を示した技術を過大評価してしまうリスクがあります。実際に起こった事例を紹介しましょう。ある病院ではがん治療の支援にAIを導入し、一定の実績を上げました。しかし、このAIを他の病院に展開しようとしたところ、不適切な提案を繰り返してしまったのです。その原因はこのAIが特定の医師の判断のみを学習データとしていたことにあります。また、AIが仮説を大量に生成すると、かえって意思決定ができなくなるといったリスクも指摘されています。
一方、トップダウン型では、社会課題を構造的に分解する過程で、データの偏りに気づかず誤った構造を導き出すリスクがあります。海外で試みられた予測型警察がそれに当たります。過去の巡回データや職務質問データを学習させた結果、特定の人種や属性に対するバイアスを助長してしまうケースもありました。さらに、入力データだけでなくAIのアウトプットにも注意が必要です。AIが導き出した事業アイデアは、一見すると論理的で"キレイ"に見えるため、前提条件などを十分に精査せずに受け入れてしまうリスクもあります。
こうしたリスクを回避するには、事業設計とリスク設計を切り離すのではなく、同時に行うことです。進出先の領域に精通したドメインエキスパートによる検証や、運用後のモニタリング体制を組み込むことが欠かせません。加えて、AIによる社会課題解決は、効率や正解を追求するだけでは消費者や社会には受け入れられません。多くの人が納得し、倫理的にも社会的にも受容されるかという視点を、事業設計に組み込む必要があります。
山本:経営者がAI技術の詳細を理解する必要はありません。しかしAIの本質の理解は必須であり、自社として何を目指すのかを明確に描き、戦略からオペレーションまでを一貫させたグランドデザインを示すことが求められます。この“旗振り役”は経営層の役割です。現場に活用を委ねるだけでは、断片的な取り組みにとどまり、事業変革にはつながりません。
あわせて欠かせないのが、「顧客や社会にどのような価値を提供するのか」という視点です。AIは技術革新のスピードが速く、できることは日々広がっていきます。その変化に振り回され、いわゆる「AIのためのAI(AI for AI)」に陥ってしまえば、事業としての意味は失われます。目的を問い続けることは、経営者にしかできない仕事です。
川勝:AIのリスク環境は、技術動向、規制動向、社会受容性など複数の要素が絡み合っています。これらを自社だけで網羅的に把握するのは現実的ではありません。特にグローバルに事業を展開する企業にとっては、国ごとに異なる商習慣への対応や、頻繁に改定されるデータ関連規制への対応が大きな負担になります。EYはこうした課題に対応する体制を整えており、グローバルネットワークを生かし、第三者の立場からリスクを可視化し、適切に評価する支援を行っています。
山本:攻めの側では、コンセプトの構想段階からお客様に伴走します。AI技術を提供するITベンダーの多くは要件定義から入りますが、それでは個別最適にとどまり、全体としての変革にはつながりません。私たちは「そもそもその業務は必要か」という前提から見直し、次の打ち手につなげることができます。
川勝:AIによるイノベーションの成否を最終的に左右するのは、経営者のリーダーシップに基づくガバナンスです。単なるルール整備にとどまらず、攻めと守りを一体で捉えた実践的なAIガバナンスを構築していくことが求められます。EYは、経営の意思決定を支えるパートナーとして、その実現を支援していきます。
AI活用の本質は、既存業務の単なる効率化ではなく、事業の前提そのものを問い直すことにあります。起点となるのは「何を実現したいのか」という目的の明確化です。その上で、「守る」だけでなく「攻め」にも有効なガバナンスを構築し、現場を継続的に磨き込んでいく。この一連の循環を回せるかどうかが、成果を分けるポイントとなります。
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