EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本レポートは、高付加価値旅行者の動向とその影響について分析するとともに、ツーリズム産業の新たな発展と地域経済への好循環を目指して考察しています。
要点
このページは2025年4月23日に公開したレポートを記事として掲載したものです。
PDFのダウンロードをご希望の場合は下記ページからお願いします。
高付加価値化とは、製品やサービスの価値を高めることを指し、特にツーリズムにおいては、単なる訪問者数の増加ではなく、旅行者一人当たり消費額や満足度を向上させることを意味します。これにより、地域経済における収益性が向上し、持続可能な観光の実現に寄与することが期待されます。高付加価値化は、質の高いサービスや他の地域にはない、独自の体験を提供することで、旅行者がその観光地を訪問する動機を与え、唯一無二の体験を通じた満足度の向上、再訪問を促し、地域経済循環を高める重要な戦略です。
2024 年は、ツーリズム産業にとって、歴史的に好況であったと言えるでしょう。インバウンド旅行者の訪日数は日本政府観光局(JNTO)によれば36,869,900人1となり、過去最高を記録しました。消費額も8兆1,395億円2ということで、同じく過去最高を記録しました。インバウンドだけでなく、日本人の国内旅行消費額も25兆1,175億円3となり、過去最高額を記録しました(国内の「のべ旅行者数」は依然コロナ禍前の水準には戻っていない)。
このようにコロナ禍を経て、文字通り回復から成長へと軌道に乗っていますが、一方で、急激な旅行需要の回復、特にインバウンド旅行者の回復、成長により、各地域では、オーバーツーリズムとして、ツーリズムの負の側面がクローズアップされ始めています4。
これまでも「量」から「質」への転換として、マス旅行者の誘致から、消費単価が高い旅行者、地域に何度も足を運んでくれるリピート旅行者等に対して、いかにアプローチしていくか、いわゆる「高付加価値旅行者」に対するアプローチの重要性が議論されてきましたが、人手不足や受け入れキャパシティの問題から「質」への転換が急務な地域が出てきているのも事実だと言えます。
本レポートでは、観光庁が定義する高付加価値旅行者の定義5を引用し、「高付加価値化」が地域経済にどのような好循環を生み出すのかについて考察していきたいと思います6。
高付加価値旅行者とは、「単に一旅行当たりの消費額が大きいのみならず、一般的に知的好奇心や探究心が強く、旅行による様々な体験を通じて地域の伝統・文化、自然等に触れることで、自身の知識を深め、インスピレーションを得られることを重視する傾向にある」旅行者とします。
高付加価値旅行者として一番先にイメージを抱くのが富裕層(ラグジュアリー)という言葉だと思います。富裕層と言ってもさまざまな定義がありますが、定期的に世界の富裕層の状況を捕捉しているレポートでは、個人資産額100万米ドル以上の人を富裕層として定義し、階層ごとに以下のように定義しています7。
この定義に従って、世界の富裕層の分布状況を見てみると、資産3,000万米ドル以上のUHNW(Ultra High Net Worth)の人口は、資産100万米ドル以上の富裕層全体の1.2% とごく一部ですが、その総資産は全体の32.4%を占めるほど巨額の富が集中しています8。
また、富裕層の地域分布を見てみると 、経済環境の変化より毎年状況は変化するものの、2023年の状況を見ても、北米 が最大の市場で、次いで欧州、アジアとなっています。2022年比では減少していますが、中東も近年増加傾向にあります。富裕層という観点では、欧米が主軸で、日本の最大の市場であるアジアも重要な市場であることが確認できます。
日本に訪問する高付加価値旅行者の状況9は、2019年のデータになりますが、訪日インバウンドの平均消費単価が60千円であるのに対し、訪日期間中に100万円以上消費した旅行者(Tier2)は1,519千円、300万円以上消費した旅行者(Tier1)は6,313千円となっています。現在は、当時に比べると円安の状況にあり、日本円換算の消費額はさらに高額になっているものと考えられます。
国籍別で見てみると、中国が圧倒的に多くなっており、中国を除いて見てみると、香港、シンガポール、タイが一般(訪日期間中の消費額100万円未満)の旅行者と比べ、Tie1、Tier2の旅行者の比率が高くなっていることが確認されます。また、米国も香港に次ぐ人数が訪れていることが分かります。
消費の内訳を見てみると、貴金属・時計や百貨店、衣服ブランドメーカーが上位を占めていますが、Tier1については、その他小売りも上位に確認されます。この中にはアート等の地域の製品も含まれているようです。
以上から分かる通り、高付加価値旅行者といっても、捉える角度によりその実態は大きく異なることから、どの層をターゲットに誘客を仕掛けていくか、きちんと地域で目線合わせをしないと、商品・サービス設計、価格設定等を見誤り、結果につなげることが困難となると考えられます。
先ほど見たように、訪日インバウンドのTier1、Tier2と定義している高付加価値旅行者の消費状況は、「モノ」が中心で、なおかつ、貴金属・時計や百貨店での消費が多く、地域の地場商品、地場企業での消費に結び付いていない可能性が否定できません。
確かに地域での消費を高める上で、富裕層のような高額消費者が重要ではあるものの、単に海外ブランド品を日本で購入、もしくは日本の高級品が売れるだけでは、最終的には地域が潤う機会は減ってしまう可能性が高いと言えます。地域がきちんと潤うためには、地域の「モノ」や「体験」が売れなければ意味がありません。
最近の高付加価値旅行者のトレンドとしては、これまでのように「モノ」の消費から、より一層「体験」に重きを置いた消費にシフトしつつあるようです10。
また、最近では、きらびやかなラグジュアリーと言うより、「Quiet Luxury(静かなラグジュアリー)」と言われるように、装飾で着飾って「いかにも」な容姿ではなく、より本質、本物志向の体験に重きを置くトレンドが出てきていると言われています11。
この変化は、確かにコロナ禍で自由な行動ができず、抑圧された時間が長期化したことから、旅への欲求、行動がリベンジトラベルと言われるように、爆発的な消費行動に移っていきましたが、特に富裕層に近い層になると、その欲求が一巡し、コロナ禍の経験を踏まえ、より本能的な行動にシフトし始めたということなのかもしれません。
体験の質の向上や本物への追及は、所得水準の高い旅行者ほど求めていますが、年齢別でみると、ミレニアル世代、Z世代のほうがコストよりも質を重視している傾向も出てきています。
上述した「Quiet Luxury(静かなるラグジュアリー)」にも表れるように、富裕層に限らず、「本物(Authenticity)志向」の人たちをいかにして捉え、価値を提供していくかが今後ますます重要になってきます。高付加価値化への取り組みは、単に値段が高い商品・コンテンツを提供するということだけでなく、商品・コンテンツにひもづく背景ストーリー等の追加のインプット情報により、コンテンツの本質を掘り下げることで、当該商品・コンテンツを唯一無二のものへの進化・深化させていくものだと言えます。
高付加価値を構成する要素としては、大きく「本物(Authenticity)」と「イマーシブ(Immersive)」であると考えられます。本物であることは、言うまでもなく、オリジナルであり、模倣されているものではないこと。イマーシブは没入と訳されることが多いように、よりローカルで、より異日常につながるものと言えます。日本では、特に文化、伝統産業、自然がこれらにひもづく重要なキーワードとなっていくはずです。そして、これらは、都会地よりも地方に多くその魅力が潜在的に存在しているため、観光客の誘致のみならず、地域の本質的な活性化につながる可能性を秘めていると言えます。
以下では、多くの富裕層をはじめ関心が高まっているウェルネス、そしてよりローカルなコンテンツをいかにして高付加価値化の文脈に載せていくかについて、伝統産業を例にとりながら、考察を深めていきます。
パンデミックを契機に人々の意識が高まっているのが、自身の肉体的な健康、精神的な健康、双方をケアする、ウェルネスの領域です。この現象は多くの人の中で意識が高まっていますが、特に富裕層をはじめとする高付加価値なものを好む層においてより高まっていると言われています12。例えば、ILTMの最近のレポートでもウェルネスを取り上げ、以下のように紹介をしており、多くの富裕層の関心でウェルネスが高まっていることを示唆しています13。
「10人のうち9人は今後のためにより良い健康状態にしていきたいと発言。
「健康は新たな富」は多くの富裕層が実践している取り組みとなってきている」
「74%は日常にウェルネスの真理を既に導入しており、61%はパンデミック以降、より健康を重要視している」
また、ウェルネスツーリズム市場は今後も急拡大が予測されており、2027年には1兆400億米ドル(約210兆円)とまで言われており、有望市場であり、かつ、より所得水準の高い層に好まれるコンテンツであるといわれています。
ウェルネスにはさまざまな定義がなされることが多いですが、大きくは、肉体的な健康の改善を目指すメディカル的な要素、より精神的な健康を目指すスピリチュアル・マインドフルネス的な要素、そして、その双方の中間に位置する要素の3つの概念から構成されているように思われます。
ウェルネスは、先ほど言及した通り、所得水準の高い人がより多く消費する傾向にありますが、さらに、ウェルネス消費は一般の旅行者の消費支出よりも高くなる傾向にあり、地方でのウェルネス需要の掘り起こしは地方の消費拡大に一層寄与する可能性を秘めています。
ウェルネスといった場合、日本は高度な医療技術を誇っており、より健康に過ごすために必要なコンテンツも充実している一方、世界に誇れる領域としては、「禅」に代表されるように、人間の本質的な精神性に訴えるウェルネス領域は、世界の経営者をはじめ、多くの人を惹きつけていると言えます。ウェルネスを専門にグローバル展開し、マレーシアに拠点を構える日本のスタートアップによると、「世界のウェルネスはメディカルの要素とスピリチュアルの要素が混在して議論されている。これは、日本やアジアのようにホリスティック・スピリチュアルのようなものが成熟してきた歴史がないためではないか。ようやく世界がスピリチュアル部分のウェルネス思想に気付き始めて、さまざまな精神性に訴えるウェルネスコンテンツが充実し始めている」と言われています。
そう考えると、日本のウェルネス市場は今後ますます高いポテンシャルを秘めていると言えます。そして、そのポテンシャルは地方部に多く秘めていると考えられます。
Netflixで公開されてから、さらに関心を高めている長寿の秘訣(ひけつ)に迫る沖縄のBlue Zone、神道に通じるコンテンツ、禅の精神性、侘び寂びの文化等の他、豊かな自然を活用したウェルネスコンテンツは、日本文化の神髄そのものであり、こうした視点から世界に類ないウェルネスコンテンツの提供により、高付加価値旅行者を魅了することが期待されます。
日本は、高度な医療技術を駆使した肉体に訴求するウェルネス、そして、世界でも類ない自分自身の本質を深ぼるマインドフルネスや豊かな自然空間の中でのヨガやスパ等が提供できることも高付加価値化の文脈で非常に大きな可能性を感じますし、多くの地域にとって価値提供の可能性を秘めています。
高付加価値化の文脈で、忘れてはならないのが、地域がこれまで培ってきた伝統産業や歴史・文化です。特に伝統産業は、時代の流れとともに、これまで通りの使い方を前提とした需要の減少、担い手の減少を経験し、その市場規模は急速に縮小しています。伝統産業の市場規模は、1990年からの30年間でおよそ1/5に、従業員の数は1/4までに減少しています。また、伝統的工芸品産業振興協会から認定されている伝統工芸士の数も2007年をピークに足元確認できる人数は1,000人減少する一方、女性が占める割合が高まっています。
伝統産業における大きな課題は、需要の減少と担い手不足という事業承継の問題となっています。需要の減少や担い手不足は、負のサイクルを引き起こし、やがては、中間の部品や修理を担う人材も最終製品の需要の減少に伴い減少し、サプライチェーン自体の崩壊を招き、やがては、再現不可能となり、伝統産業そのものが消滅してしまう危機にひんしていると言えます。
市場規模は、足元若干の回復は見られるものの、生活様式の変化に伴う新たな利用方法、価値の提供がなければ、今後ますます消滅の危機は高まると言えます。
新たな需要を創出するためには、これまでと同じやりかたではなく、「守るべきもの」と「変えていくもの」を整理し、新たな視点を持って取り組む必要があります。
これまでとは全く異なる視点、発想という観点からインバウンド需要は契機の一つになると考えられます。日本人がアンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み)に陥る傾向にある中、インバウンドは全く異なる発想で、伝統産業を捉える可能性があります。例えば、着物の帯をテーブルのセンタークロスとして利用したり、壁に掛けてその柄を楽しむ等、素晴らしいデザインや技術を全く違う視点で捉えるような事例も出てきています。
技術の本質は変えずに、その出口の利用価値を広げることで、より一層の伝統産業の価値が高まるのではないでしょうか。高付加価値化の文脈では、これまでの技術をベースにしながら、いかにして「本物(Authenticity)」を追求し、「イマーシブ」なデザイン設計、そして多様な価値の広がりを定義できるかが、重要なポイントとなると考えられます。
世界の富裕層を対象に旅のアレンジやエクスペリエンスの提供を手掛けるトラベルデザイナーによると、経営者層が多い富裕層の間で、金継ぎの人気が非常にあると言われています。金継ぎは、陶磁器の破損部分に漆を用いて修繕する技法で、日本古来から行われる伝統工芸です。この金継ぎから「壊れても良い、傷ついても良い、どのように直していくか、完璧である必要はない」といった精神性を学び、自らの今後の経営等に生かしているのだと言います。
こうした日本の伝統産業の価値を多くのインバウンドが体現することで、インバウンド自らが伝統産業の伝播者、あるいは担い手として関わるといった構図も期待できるかもしれません。そうなると、日本人も世界から注目を集める産業と再認識、誇りを取り戻すことにつながれば、再び、若い世代が担い手として流入するきっかけになる可能性につながると考えられます14。
高付加価値化に向けては、一つの近道はブランド化と考えられます。圧倒的なブランドに昇華できれば、必然的に価値は高まり、また、人々がそのブランドに憧れ、体験したいという声が増えるとさらにそのブランド価値は高まっていきます。
しかしながらブランドを構築し、人々にブランドとして認知されるには一定程度の時間がかかります。ブランド化を目指す過程で、どのように他の地域にはない「唯一無二性」を構築するかが重要なポイントとなってきます。唯一無二なコンテンツにするためには、希少性やコンテンツにひもづく背景情報を追加することで、地域のコンテンツは唯一無二のコンテンツへと進化・深化します。これまで歩んできた歴史は、どの地域でもオリジナルであり、何一つ同じものはないからです。
そして、人々は一度高品質な体験をすると、なかなかその体験を下回るものに手を出しづらくなる傾向にあります(ラグジュアリーにおけるラチェット効果)。そう考えると、いかにして、高品質なものを旅行者に提供するかが、最終的に上質な旅行者を地域で育て、何度も足を運んでもらう重要な要素となってきます。
高品質なコンテンツとはどういうものなのでしょうか。卓越したサービスや細かな部分まで配慮された体験や通常ではできないような体験が特別にできること、本格的な文化体験などが、旅行者が高付加価値な、ラグジュアリーな体験として連想しているようです。特別拝観やユニークベニューでのイベント、絶景から空を見下ろすような体験などがそれに該当するのでしょう。しかしながら、ウェルネスの文脈でも見たように、高品質な体験は、より自分自身の内面にインスピレーションを与えるような体験価値が重要です。人間国宝の方や作家、アーティスト等、「特別なヒト」と同じ時間を過ごし、生き方、考え方等を感じることも特別な体験と言えるでしょう。
他の地域にはない、唯一無二のコンテンツへと進化・深化させるためには、地域古来の歴史や文化の背景ストーリーを付加することが重要です。単に情報を整理し、コンテンツ紹介に情報を付加するだけでは、実は不十分です。思っているほど人々は自分から情報を取りに行くわけではないからです。二次元で展開されるこうした付加情報では、旅行者への訴求力は弱く、また、実際に体験しても理解力は深まりづらいといえます。
コンテンツにひもづく背景情報を、実際に現場で視覚的に見ながら、その場で耳から情報がインプットされると、理解は格段に高まり、当該コンテンツへと引き込まれていく可能性が高まります。実際に、先日体験した伊勢神宮のコンテンツでは、神楽の意味や自身で実際に神楽体験を皇學館で行ってから、翌日に伊勢神宮で神楽に参加したので、お供えやそれを持ち帰る直会について理解しており、一挙手一投足の意味を理解しながら参加したため、その世界観に圧倒されることとなりました。
こうした体験価値の向上に向けて、ガイドの役割が非常に高まっているものの、高付加価値化の文脈では、単にコンテンツにひもづく補足説明することに加えて、ガイド自身がさまざまな地域のコンテンツを束ねて、高付加価値旅行者の意に沿うようなアレンジを加えた体験価値の向上が求められていると考えられます。
これまで見てきたように、高付加価値化は、単に値段を上げたコンテンツ提供ではなく、コンテンツ固有の歴史や文化といった背景ストーリーを付加することで唯一無二性を定義し、それを訴求していくことと言えます。
そう考えていくと、これまでわれわれが日常の当たり前として捉えていたものも、新たな視点で捉え直すことで、全く別の魅力を輝き始める可能性が高まります。以前、弊社ではツーリズムの未来として、今後のメガトレンドの一つとして、「日常のツーリズム化」を挙げています15。これは、地域の日常が、旅行者にとっては「異日常」となり、全く新たな価値になるということを示唆していました。これまでツーリズムとは無縁と考えてきた地域でも、捉え方を変えることで、域外の人、旅行者にとっては有意義で貴重なものに変化する可能性があります。
高付加価値旅行者は、歴史や文化等を通じてインスピレーションを得ることに興味関心が高いと言われていることを踏まえると、特別な体験を提供することも重要ですが、実は、別のレイヤーとして、その体験を通じて、旅行者自身にとって何がプラスとなるのか、ただ楽しむだけでなく、その後の人生においてもプラスとなるような要素は何か、ここを考え、感じてもらえるような体験価値を提供していくことが、重要だと考えられます。ウェルネスに見られたように、自分自身の内面を深掘るような、そういった体験価値が求められていることもその証左と言えるでしょう。
このように、高付加価値化に取り組むということは、観光コンテンツの開発を超えて、地域の本質の深掘り、旅行者にとっての精神性の深掘りであり、全く新しい発想、思想を持った取り組みが求められています。これまで、作家やアーティスト、学芸員や研究者等の専門的な知識や取り組みを行っている人が、価値の提供に表に出てくることはそう多くはありませんでした。しかしながら、高付加価値化の文脈では、インスピレーション、気付きを与えることができるものは全て価値提供の対象となってきます。発想を大きく転換し、「どんな価値を提供できるか」を起点に考えていくことで、高付加価値なビジネスの創出が可能となり、あらゆるプレーヤーに参画するチャンスやビジネスチャンスがあると言えます。
高付加価値化に向けては、これまで整理したように、地域古来のもの等を付加し、唯一無二性を高めることで、高付加価値旅行者にとって魅力的なコンテンツ、価値につながります。ただし、ここで注意が必要なことは、単に「体験」してもらって終わりとしてしまっては、「消費」と同じで、次につながりません。重要なことは、いかにして次につながる「価値」創造のサイクルに転換できるかだと思われます。
伝統産業・文化で見たように、素晴らしい価値を体験した場合、その体験者は、自分にとって、その価値は何を意味するのか、この価値を再び体験、あるいは次の世代へ引き継ぐためには何ができるのか、こうした体験価値を「自分ごと化」し、自分にとって何ができるのかを考えてもらうことこそが、「高付加価値旅行」と言えるのではないでしょうか。
この「自分ごと化」してアクションを起こすプロセスをEYでは「リ・ジェネレーション(改新)」と定義しています16。世界的に、社会制度や環境の破壊のスピードがあまりにも速すぎるため、維持することを目指していては、元にすら戻すことができないとの危機感から、プラスの変化、ポジティブな影響を与えなければいけないという発想から「サステナブル」から「リ・ジェネレーション」へと取り組みはシフトしつつあります。
高付加価値旅行においては、より地域の深い部分、歴史や文化、自然・景観の再定義による新たな価値提供が主流となってきます。その提供価値を単に消費として終わらせず、「自分ごと」として捉えてもらうことで、失いかけている地域の伝統産業の再評価、新たな需要創出による変化を起こすきっかけを、あるいは、日本のDNAに宿る「禅」の精神を世界中に広めることで、日本、地域の価値、素晴らしさが世界に広まり、唯一無二の価値提供できるデスティネーションとして、さらに価値が高まります。高付加価値化に取り組むということは、価値創造のプロセスであり、日本が、地域がさらに成長していくきっかけとなる、新たな取り組みとして捉え直すことだと言えるのではないでしょうか。
2024年はツーリズム産業にとって歴史的な好況を迎えました。日本政府観光局(JNTO)のデータによれば、訪日旅行者数は過去最高の3,686万9,900人に達し、消費額も8兆1,395億円を記録しました。また、日本人の国内旅行消費額も過去最高の25兆1,175億円に達しました。しかし、急激な旅行需要の回復に伴い、地域によっては、オーバーツーリズムが問題として顕在化し始めており、「量」から「質」への転換が急務になっています。その一つの方向性として、「高付加価値化」が重要な取り組みとなっています。
EYの関連サービス
コロナ禍により、あらゆる地域において、地域の再定義が課題となっています。EYでは、「デ―タ」を軸として、ビジネスの戦略立案・エコシステム形成をミッションに掲げ、地方創生・観光を中心に、データ収集・データ利活用の仕組みを構築し、観光DXの推進や、政策提言、企業戦略の策定支援などを行っています。
続きを読む関連記事
ツーリズムにおける高付加価値化は何をもたらすのか? ~新産業創出の新しい発想へ
ツーリズム産業は急速な回復と成長を遂げる一方、オーバーツーリズム等の問題も浮上。本レポートでは、富裕層をはじめとした高付加価値インバウンド旅行者の動向とともに、高まるウェルネス領域への需要や、伝統産業や歴史・文化、自然の活用など、「高付加価値化」が地域経済にどのような好循環を生み出すのかについて考察しています。