EYの事例

アジャイルモデルを「開発手法」から組織の「共通言語」へ ―― ソニー・ミュージックエンタテインメントが挑む基幹系IT組織の変革

エンターテインメントビジネスの変化が加速する中、IT部門にはシステムの安定運用にとどまらず、事業の変化に素早く応える役割が求められています。ソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)では、テクノロジー領域を担うデジタルイノベーショングループの中で社内の業務システムや基幹インフラを担う部門を対象に、アジャイル研修を実施しました。基幹系を担う組織が、なぜ今アジャイルを学ぶ必要があったのか。その狙いと現場に生まれた変化を、SMEのキーパーソンの言葉からひもときます。
 

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The better the question

なぜ今、「経験」と「意志」を起点にアジャイルに取り組む判断をしたのか

原点は前職での研修経験。半信半疑で受けた研修で、アジャイルを実践する代表的なフレームワークであるスクラムの効果を実感したソニー・ミュージックエンタテインメントの永田 英彦氏は、業務の基盤を支える部門にアジャイルモデルを取り入れることを決断します。なぜ今、同チームにアジャイルが必要だったのか。そしてなぜ、研修パートナーにEYを選んだのか。その背景を伺います。

――(EY西村<以下、西村>):最初に「アジャイル」と「スクラム」の関係について私から説明させてください。アジャイルは、変化を前提に短いサイクルで改善を重ねる考え方であり、スクラムはそれを実践するための代表的なフレームワークです。今回、EYが支援した研修は、スクラムの実践を通じて、アジャイルの考え方を組織や業務に取り入れる取り組みでした。永田様に伺います。アジャイルに関心を持たれたきっかけを教えてください。 

SME 永田 英彦氏(以下、永田氏):アジャイルに取り組もうと決めたのは、以前在籍していたソニー・ピクチャーズ エンタテインメント(SPE)での経験が原点です。当時、SPEでは組織をより筋肉質で変化に強いものへと変革する取り組みが進められており、その一環としてCFO(最高財務責任者)傘下の組織全体にスクラムが導入されたのです。

その時、私を含む管理職全員が研修を受け、世界的ベストセラーである『スクラム 仕事が4倍速くなる“世界標準”のチーム戦術』※1を読むよう求められました。

※1 ジェフ・サザーランド(石垣賀子訳)『スクラム 仕事が4倍速くなる“世界標準”のチーム戦術』(早川書房、2015年)
短いサイクルで優先順位を見直しながらチームで成果を積み上げていくスクラムの考え方を説いたベストセラー。

当初は「また新しい研修か」と半信半疑でしたが、実際に運用してみると想像以上の効果がありました。2~4週間単位でスプリントを組み、スタンドアップやバックログ管理、ベロシティといった考え方を、事業側とシステム側が共通言語として使う。そうすることで、何が本当に重要なのかを短いサイクルで確認し、優先順位を明確にしながら進められるようになりました。

実際、毎朝10分のスタンドアップも、単なる進捗(しんちょく)報告ではなく、進行を妨げている課題を共有し、チームで解決策を考える場に変わりました。その結果、組織全体のスピードが上がり、成果を早く体感できるようになったのです。私が担当していた映画事業の事業ドライバーに基づく財務モデル作りでも、その成果を強く実感しました。

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――(西村):アジャイルはシステム開発の手法として語られがちですが、永田様はそのご経験から、仕事の進め方や組織運営のフレームワークとして位置づけられたのですね。

永田氏:はい。アジャイルの本質は、価値の高いことに集中し、変化に適応しながら成果を出すことです。特定の開発現場だけのものではありません。SPEではこの考え方をシステム開発にとどめず、企画や管理業務にも広げ、組織の行動様式そのものを変革していきました。ですから、今回の取り組みの根底にも「業務プロセスを支える思想」としてのアジャイルがあり、それを具現化する手段としてのスクラムがあります。

――(西村):今回は、社内の業務システムや基幹インフラを担う部門がアジャイルモデルの研修を受講されました。なぜ今、この考え方を取り入れる必要があったのでしょうか。

永田氏:ソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)は、クリエイティブの現場が新しいことに挑戦し続けるエンターテインメント企業です。その事業を支えるコーポレート部門も、事業の魅力を最大限に引き出せる「最高のコーポレート集団」でなければなりません。

2025年度、SMEは多くのヒット作に恵まれ、海外展開も進んだ良い一年でした。ただ、成果が出ている今だからこそ、次の成長に向けて仕事のやり方をさらに進化させる必要があると考えたのです。現在は生成AIの普及をはじめ、事業環境の変化はさらに速くなっています。従来のウォーターフォール型の進め方だけでは、変化のスピードに十分対応できない場面が増えていくと感じています。

もう一つ大きいのは、生産性の捉え方です。「生産性を高める」とは、同じ時間でより多くの仕事をこなすことではありません。何に取り組み、何を後回しにし、何をやらないかを判断し、限られたリソースを本当に重要なテーマに集中させること。それが今、求められています。

――(西村):その中で、なぜ基幹系を担う部門を対象に選ばれたのでしょうか。

永田氏:今は業務システムであっても、技術やビジネスの急激な変化への対応が求められます。時間をかけて要件を固める従来の進め方だけでは、完成した時には現場の期待とずれてしまうことがあるのです。

事業の変化にスピード感を持って応えるには、アジャイルの考え方が欠かせません。アジャイルを軸に事業部門とIT部門が同じ目線で、何が事業にとって価値があり、何を優先すべきなのかを議論できる体制を作る。今回の取り組みも、手法の導入そのものではなく、そうした組織へ変革することが目的でした。

――(西村):アジャイルモデルに取り組むにあたり、EYの研修プログラムを選ばれた理由を教えてください。

永田氏:SPEでの経験から、幹部層やチーム全体が同じ内容を学び、同じ土台を持つことが実践につながる重要なポイントだと知っていました。全員の認識をそろえるには、実務への適用方法や注意点まで深く理解できる専門家の視点が必要です。

EYを選んだ理由は、単にアジャイルの手法を教えるのではなく、「実務で使えるようにするには何が必要か」「研修後にどう実践へつなげるか」という、私たちが目指したい方向性をよく理解し、踏み込んだ提案をしてくれたからです。過去の支援実績に基づいた説明にも納得感があり、アジャイルに対する熱量も強く感じました。

何より大きかったのは、既存の研修パッケージをそのまま提供するのではなく、当社の目的や受講者の状況、課題に合わせて内容を柔軟に設計し、組み替えていただいたことです。その伴走姿勢が、決め手になりました。


株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント 取締役 CFO&CSO 永田 英彦 氏
株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント
取締役 CFO&CSO 永田 英彦 氏
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The better the answer

「学んで終わり」にしない研修設計――実務に根づく共通言語をつくる

ITシステムの内製化を見据え、チーム全員が同じ土台に立つことを目指した今回の研修。研修そのものをアジャイルに進め、まず成功体験を積み、実務に引き寄せる。そんな設計を通じて、共通言語をどう根づかせていったのか。プログラムを作り上げたEY担当者の声とともに紹介します。

――(西村):次に現場での受け止め方について伺います。佐々木様は今回の研修をどのように位置づけていましたか。

SME 佐々木 大洋氏(以下、佐々木氏):当社では、今期からのデジタルイノベーショングループの中期戦略を策定し、「内製化」に取り組んでいます。SMEのビジネスが拡大・加速する中で、限られたリソースを重要な案件へ機動的に配分できる組織にするためには、内製化は喫緊の課題でした。

これまでは外部のパートナー企業と協働しながら、ウォーターフォール型を中心に開発を進めてきました。一方、事業環境の変化が加速する中、ユーザーが求めるものをタイムリーに提供するためには、部門全体で内製化を進めていく必要があると感じ、全員がアジャイルの共通の土台を持つことが重要でした。

私たちが目指す内製化は「すべてのコーディングを自分たちで実行すること」ではありません。重要なのは、自分たちのシステムを「自分たちのプロダクト」として捉え、「ユーザーが何を求めているのか」「グループ全体として何を優先すべきか」を、社員自身が判断・実行することです。

そのためには、システムに関する知識や判断軸を社内に蓄積し、多くの要望の中から本当に価値の高いものを見極め、リソースを機動的に振り向けられる組織体制が必要だと考えています。それが、私たちの考える内製化の方向性です。

――(西村):EYによるアジャイル研修に対する現場の反応はいかがでしたか。

佐々木氏:大きな抵抗感はなかったと思います。中期戦略の中で変化に対応していく必要性は共有していました。また、メンバーも「これは単なる技術研修ではなく、自分たちが変わっていくための一歩」だと前向きに受け止めていました。


株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント デジタルイノベーショングループ ゼネラルマネージャー   兼 プラットフォーム戦略部 部長 佐々木 大洋 氏
株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント
デジタルイノベーショングループ ゼネラルマネージャー
兼 プラットフォーム戦略部 部長 佐々木 大洋 氏

――(西村):ここからはアジャイルモデル研修を担当したEYの松島さんに聞きます。今回の研修プログラムを作成するにあたり、どのような点に留意しましたか。

EY 松島 理紗(以下、松島):意識したのは、研修を「学んで終わり」にしないことです。工夫した点は大きく三つあります。

一つ目は「研修コンテンツを作るプロセス自体をアジャイルに進めた」ことです。事前に永田様、佐々木様と受講の目的をすり合わせた上で、一貫したテーマの下で座学パートとグループワークパートで構成し、研修後は受講者の反応やアンケートを毎回確認し、次回研修までに反映できるものは優先順位をつけて取り込みました。

二つ目は「グループワークを最初の成功体験にする」ことです。インセプションデッキやユーザーストーリーマップの作り方、MVP(Minimum Viable Product:実用最小限の製品・サービス)の考え方、スクラムイベントの進め方などを通じて、アジャイルの基本的な考え方と実践を一通り体験できる構成にし、受講者に「自分たちにも実務で使えそうだ」と感じてもらうことを重視しました。

三つ目は、「実務に引き寄せた」ことです。これまでウォーターフォール型が中心だった現場に理想論を押し付けても機能しません。具体的な行動に落とし込めるよう、「明日からどんな仕事やシステム案件に適用できるのか」「どのようにアジャイルモデルを適用するのか」をSMEに合わせてEYの知見を反映した内容になっています。

――(西村):アジャイルモデルに取り組むことで、組織にはどのような変化が生まれると考えますか。

松島:最も大きく変わるのは「意識の向き」です。これまでは「目の前の作業を確実に終わらせる(要件通りに作る)」という自分に向きがちだった姿勢が、「この仕事は誰のためで、どのような価値を生むのか。どうすればより早く役に立てるか」という相手への問いへと向かうようになります。実際、グループワークで最初は戸惑っていた受講者が、次第に「ユーザーに意識を向けることが大事だね」と自発的に議論を進めていらっしゃいました。これまで関わってきたアジャイルに取り組む人は皆明るく前向きで、そのモチベーションが品質(相手の満足度)にも直結しやすいと考えます。

アジャイルは組織全体に根づくことで真の力を発揮します。今回の研修はあくまでそのきっかけですが、経営者である永田様が強く牽引(けんいん)してアジャイルモデルの考え方を組織へ浸透させようとされたことに大きな意義を感じています。現場の皆様がこの考え方を自分たちの仕事に引き寄せ、対話と改善を続けていけるよう、EYとしても引き続き伴走していきたいと考えています。


EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 リスク・コンサルティング マネージャー  松島 理紗
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
リスク・コンサルティング マネージャー 松島 理紗

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The better the world works

事業とともに価値を創るIT部門へ――アジャイルが広げる可能性

研修をきっかけに、アジャイルを実務に生かす動きが生まれ始めています。エンターテインメント事業を支えるIT部門は、今後どのような役割を担うのか――。その将来像を展望します。


――(西村):佐々木様に伺います。研修後、どのような変化が生まれていますか。

佐々木氏:大きいのはアジャイルが「なんとなく知っている言葉」から、「現場で使える共通言語」になり始めたことです。研修後は「グループワークで具体的なイメージを持てた」という声が多く聞かれました。ただ、一方で「理解はできても、今のやり方にそのまま当てはめるのは難しい」という戸惑いもありました。

こうした不安を解消するため、EYが作成した実践ガイドやQ&Aを手元に置き、進め方を参照しながら試せる環境を整えました。そうした取り組みが功を奏し、その後は「この案件をアジャイルで進めたらどうなるか」といった声が、想定より早く現場から出始めました。研修を通じて、ユーザーと一緒に「なぜそれをやるのか」「何を目指すのか」を考えながら進める視点も、少しずつ身についてきたと感じています。

――(西村):実践に向けた具体的な動きも出ているのでしょうか。

佐々木氏:はい。アジャイル・スクラム開発に取り組みたいメンバーにはScrum Alliance認定資格であるCertified ScrumMaster(CSM)の取得を勧めており、研修後すぐに2名が取得しました。さらにもう1名が取得する予定です。資格を取ったメンバーが中心となり、プロジェクトを立ち上げる動きも出てきました。

もっとも現段階では大きな成果物が次々に出ているとは言えませんが、「試しながら改善していく」という考え方が浸透し始めています。これは今後大きな意味があると感じています。

――(西村):永田様に伺います。変化の速いエンターテインメント事業において、IT組織にはどのようなことを期待しますか。

永田氏:日本のエンターテインメントは今、世界へ広がり始めています。SMEも世界に届く作品づくりに挑戦しており、それを支えるIT組織の役割は重要です。単なるシステム部門ではなく、事業とともに価値を創り出す組織にしていきたい。今回のアジャイル研修は、その第一歩です。

デジタルイノベーショングループでは、アプリケーションの内製開発にも関わっています。新しいビジネスに伴走し、必要なシステムを整えるだけでなく、事業の成長を後押しする存在になると期待しています。


EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 リスク・コンサルティング ディレクター 西村 健一
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
リスク・コンサルティング ディレクター 西村 健一

――(西村):最後に、事業会社のIT部門で働く面白さについて伺います。ビジネスが大きく変化する中で、IT部門の役割はどのように広がっているのでしょうか。

永田氏:一口に「事業会社」と言ってもさまざまですが、とりわけエンターテインメント業界のIT部門は、その役割が大きく変化しています。コンテンツの制作方法も、お客様へ届ける手段も、お客様の楽しみ方も、技術の進化とともに変わり続けています。その変化にIT部門もテクノロジーの側から関わることができる。これはSMEならではの面白さだと思います。

佐々木氏:私もそこがSMEのIT部門の醍醐味(だいごみ)だと考えています。私が入社した頃は、CDやDVDといった“物理商品”が中心でした。それがデジタル配信やストリーミングへ急速に移り、アニメ事業もゲーム化、映画化、ライセンス展開へと広がっています。

こうした変化を会社全体で見渡しながら、事業部門に伴走できることが、IT部門の面白さです。新しいビジネスをゼロから作る部門だけでなく、既存の事業が変化していく中でITとして何ができるかを考える。そこに、この仕事のやりがいがあります。

永田氏:「企業のITを支える」と聞くと、基幹システムや社内システムを守る仕事という印象があるかもしれません。もちろん、それは重要な役割です。ただ実際には、アプリケーション開発やeコマース関連のシステムなど、ビジネスに近い領域も数多くあります。

これからはAIが急速に普及し、クリエイティブの在り方も、働き方も、業務の進め方も大きく変わっていくでしょう。新しい技術と事業の現場、その両方に近いところにいるのがIT部門です。だからこそ、技術の潮流をいち早く捉え、自社のビジネスにどう生かし、ユーザーにどのような価値を提供できるか。そこに、これからのIT部門が大きく貢献できると考えています。

EY 川勝 健司:変化の激しい時代には、計画通りに進めるだけでなく、方向性を確認しながらチームで改善を重ねていくことが重要です。今回の取り組みは、皆さんが事業部門とより近い距離で協働していくための起点になるのではないかと思います。

EYとしても、アジャイルモデルの考え方を開発領域に閉じず、組織全体の変革に役立てられるよう、引き続き支援していきたいと考えています。本日はありがとうございました。


EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 リスク・コンサルティング パートナー 川勝 健司
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
リスク・コンサルティング パートナー 川勝 健司

アジャイルモデルを「開発手法」から組織の「共通言語」へ ―― ソニー・ミュージックエンタテインメントが挑む基幹系IT組織の変革

※所属・役職は2026年6月取材時の情報です
※本記事のソニー・ミュージックエンタテインメントは、株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント/Sony Music Entertainment (Japan) Inc.を指します



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