AIを活用した顧客体験を「人間の体験」として再考すべき理由

AIを活用した顧客体験を「人間の体験」として再考すべき理由


テクノロジーは顧客体験を変えます。その中で競争優位性を得るには、本質的に人間的なものとのつながりを重視する必要があります。


要点

  • AIは、顧客インサイトを獲得する新たな方法を解き放つ。また今日すでに競争優位性をもたらしている、デジタルおよびフィジカルな顧客体験の提供を可能にする。
  • 近い将来、これらの顧客体験ツールは急速に普及し、パフォーマンスの基準(ベースライン)となるだろう。
  • 差別化された体験はパラドックスから生まれる。すなわち、テクノロジー主導によるシームレスさと、人間のやりとりに内在する不完全さや摩擦が併存することで生まれるものである。


EY Japanの視点

AI時代のCXに求められるのは「人間らしさ」

生成AI(GenAI)は今や顧客体験(CX)における前提条件であり、導入そのものはもはや差別化要因ではありません。これからのCXは「Customer」を起点とするのではなく、人間の生活全体を捉える「Human/ライフ起点」で再設計する必要があります。不確実性が高まる中、先進企業は顧客を単なる購買者ではなく、複数の役割を持つ生活者として理解し、顧客生涯価値(Life-Time-Value、LTV)を大きく高めています。一方、多くの日本企業は変化への適応スピード低下、組織・データのサイロ化、デジタル環境下での信頼低下といった課題に直面しています。こうした時代に重要なのは、効率化や自動化を目的化せず、感情・不完全さ・主体性といった人間らしさをCX設計に組み込み、CXと従業員体験(EX)を統合的に捉えることです。テクノロジーは目的ではなく、人間の成功を支える手段に過ぎません。これからのCX競争は、「誰が一番AIを使っているか」ではなく、「誰が一番“人間らしさ”を大切にしているか」で決まるといえます。

EY Japanの窓口

ビジネス環境における複雑性やディスラプション(創造的破壊)の脅威が増大している中で、ビジネスリーダーは、急速に変化する顧客環境に直面しています。リーダーは、新たな顧客チャネル、変化する消費者の期待、そして困難さを増すデータ要件を乗り越えなければなりません。

その重要性は非常に大きいです。優れた顧客体験を提供できる企業は、競争優位性を高めることができます。魅力的な体験を提供することで、企業は多くの情報があふれるチャネルや画一的なコンテンツの中で存在感を示し、顧客との関係を再定義・変革することができます。

生成AIの驚異的な開発・普及スピードは、顧客体験におけるコンテンツ制作やパーソナライゼーションを大規模に展開する、変革的な新しい機会を生み出しています。また、生成AIは他のAIや体験型テクノロジーのインサイトを得るための入口としても機能します。

しかし、その性質上、生成AIは民主化を促進するテクノロジーです。その機能は広く利用・活用されていくでしょう。このテクノロジーにより、複雑な顧客体験がより簡単かつ安価に実行できるようになるため、適切なユースケースを見つけることは最低限求められる条件(テーブルステークス)となり、他社との差別化はさらに難しくなっていきます。

テクノロジーと能力が絶えず変化する中で、差別化された顧客体験を実現するには、変わらないもの―人間の価値観、行動、感情―に軸足を置き、次の4つの重要領域に注力する必要があります。

  • 「不気味の谷」現象に陥らないこと
    人は、人間のようでありながら完成度が不十分な表現ややりとり、完璧すぎる振る舞い、あるいは自分のことを知りすぎているかのような挙動に対して、不安を覚えることがあります。

  • 関連性を保つために信頼を育むこと
    機械は膨大な顧客データを生成しますが、本当に価値のあるデータを顧客から引き出すのは、人と人との信頼関係です。

  • 体験における人間の主体性を維持すること
    テクノロジーがますます予測的かつ自律的になるにつれて、顧客自身と顧客体験チームの両方が、その成果を方向づけ、検証できなければなりません。

  • 人間の体験を最適化すること
    あらゆる成功した顧客体験の背後には、従業員体験があります。双方には共通する人間的な要請があり、それらを総合的に扱う必要があります。

最終的に、リーダーは人間の体験のパラドックスを受け入れなければなりません。顧客体験は、テクノロジーによってよりシームレスになると同時に、人間のやりとりにおいては、あえてシームレスでなくなる必要があります。テクノロジーは人間のタッチポイントを置き換えるものではなく、人間主導のより良い体験を実現するためのイネーブラーとして捉えるべきなのです。


AIを活用した顧客体験を「人間の体験」として再考すべき理由
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Section 1

テクノロジーは顧客体験の最低条件(テーブルステークス)

新しいテクノロジーが持つ民主化の特性により、それらを効果的に展開することは差別化要因ではなく、新たな基準(ベースライン)となっていきます。


顧客体験のリーダーは、顧客獲得から支持に至るまで、カスタマージャーニーのあらゆる段階で優位性を持っています。顧客の注目や信頼を獲得することがますます難しくなっている競争の激しいビジネス環境においては、心地よく、共感に満ちた体験がブランドを差別化し、ロイヤルティを構築します。

テクノロジーは、これらの体験を提供し、価値を創造するうえで中心的な役割を果たします。しかし同時に、新しいテクノロジーが持つ民主化の特性と、拡大を続けるエクスペリエンス・ソリューション・プロバイダーのエコシステムによって、テクノロジーは広く利用できるようになります。その結果、これらを効果的に展開することは新たな基準(ベースライン)となり、差別化要因ではなくなっていきます。
 

顧客体験は競争優位性を生み出す

卓越した体験を提供する組織が、顧客から報われることは今や周知の事実です。顧客は、失敗した体験の後よりも、成功した体験の後の方が、3.8倍も再購入する可能性が高いとされています。1顧客獲得コストが 60% 2上昇している中で、体験によって生まれるロイヤルティは、非常に大きな経済的優位性をもたらします。

体験への注力は、意外な形でも価値を生み出しています。EY Tech Horizonの調査によると、主要な指標において期待を上回る「非常に成功した変革」を実現している企業は、新しい製品や体験の創出により重点を置き、AIを活用して革新的なサービスを推進しています。こうした変革が、期待を上回った企業では、平均年間売上高成長率の予測が 42% 高くなっています。


EY Future Consumer Index(FCI)は、テクノロジーと体験が相互に関連していることが消費者にとってますます重要になっていることを示しています。消費者は双方の改善を期待しており、購買行動や支出をそれに応じて変えていきます。具体的には、消費者の54%は、今後3年間でテクノロジー体験が向上すると期待しており、49%の消費者は同時期にショッピング体験が向上すると期待しています。3

消費者の期待に応えるうえでテクノロジーの重要性が高まる中、多くのビジネスリーダーは、顧客体験のギャップを埋めるために生成AIの活用に可能性を見いだしています。IDCのGlobal GenAI ARCの調査によると、シニアエグゼクティブにおける生成AIの最優先注力領域は、「顧客体験とサービスの強化」(44%)です。
 

生成AIは顧客体験の均質化をもたらす

企業のリーダーは、体験の向上、スピード、競争上の差別化を目的に生成AIに期待を寄せています。しかし、性質上、生成AIは体験を均質化させます。生成AIは、パターン認識、機械学習、コグニティブ(認知)といった他のAIのインサイトへのアクセスを可能にします。また、構造化・非構造化データを誰でも活用できるようにし、その場でコンテンツを生成する能力を民主化します。

あらゆるマーケターが生成AIを活用して、パーソナライズされたコンテンツを大規模に展開できるようになります。これは、その多くが汎用的なコンテンツで顧客を圧倒させてしまうリスクをはらみ、ブランドが他社との差別化を図るうえでの課題となります。

その兆候は、コンテンツ生成と配信における混乱の先行指標であるニュースの分野ですでに表れています。800以上のウェブサイトが十分な人間の監督なしに、AIを使って「信頼性の低い」ニュースコンテンツを生成しています。5また、これらのサイトは検索やソーシャルメディアで、従来のニュースソースよりも高いランキングを獲得するために、AIを使ってコンテンツを拡散しています。6

さらに、顧客と企業の間に介在する消費者主導のAIエージェントの出現によって、差別化はさらに難しくなります。スタートアップのDoNotPayは、この方向性において重要な一歩を踏み出しました。DoNotPayのAIアシスタントは、賃貸契約条件の交渉、光熱費の削減、ホテルのアップグレードの獲得など、さまざまなことを消費者に代わって支援します。企業が顧客に話しかけるのではなく、企業のAIが顧客のAIとコミュニケーションをとる時代が間もなく到来するかもしれません。Gartnerの予測によると、2026年までに、インバウンドのカスタマーサービス対応の 20% は機械顧客によって処理されるようになります。7

さらに、AIであろうと他のテクノロジーであろうと、分析と自律性を可能にするテクノロジーが進化するにつれて、顧客のあらゆる要素が最適化されるようになり、効率性による競争優位性は低下していきます。かつて企業が顧客インサイトを得るにはアンケートや取引量に頼らざるを得ず、その抽出は容易ではありませんでした。しかし現在では、企業は膨大な顧客の声に関するデータを保有しています。コールセンターでのすべての通話を分析したり、音声のストレスパターンを監視したり、店舗での顧客行動を追跡したり、モノのインターネット(IoT)対応製品の使用状況を評価したりできます。以前は構造化されていなかったものでも、今では構造化され分析できるようになっています。
 

イノベーターエコシステムの拡大によるアクセシビリティの向上

十分な資金を背景に急速に成長する顧客体験分野のイノベーターエコシステムは、卓越した体験を誰もが利用できるものにします。2019年から2023年にかけて、カスタマー・エクスペリエンス・ソリューションを開発する100社以上に、総額1,000億米ドルを超えるベンチャーキャピタル(VC)およびプライベートエクイティ(PE)が投資されました(図2参照)。2023年のVCおよびPEによる体験分野への投資額は200億米ドルに達しました。これは、企業がデジタルトランスフォーメーションを加速させたパンデミック期の2021年(360億米ドル)を除けば、過去10年間で最も高い水準です。8

生成AIやその他の体験型テクノロジーが普及すると、それらを使いこなすことは顧客体験における最低条件(テーブルステークス)になります。すなわち、競争に必要な能力を構築するうえでは不可欠ですが、それ自体が勝因として差別化を生むものではなくなります。企業はテクノロジーだけにとどまらず、本当に共鳴する顧客体験を創出していく必要があります。



AIを活用した顧客体験を「人間の体験」として再考すべき理由
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Section 2

際立つ体験は、人間の価値観、行動、感情に根ざす

人間の不完全さは、予測的かつ自律的に提供されるシームレスな体験とは対照的です。不気味の谷を避け、信頼を築き、人間の体験を最適化することが不可欠となります。


機械知能の活用がますます進む世界では、顧客体験を差別化するのは、人間の価値観、行動、感情です。共感や不完全さといった特性は、予測的かつ自律的に提供されるシームレスな体験とは対照的です。顧客体験を機械に委ねるのではなく、人間の感性と主体性を生かして、シグネチャーモーメントを作る機会を見つけることが重要です。

EY Global Chief Customer Success OfficerのEdwina Fitzmauriceは、「体験は感情レベルで感じられるものです」と述べています。「これは、体験として感じられることよりも、何が実行されるかに焦点を当てがちなエンジニアリングチームが、必ずしも十分に考慮してこなかった視点です」

人による対応
54%
54%
の消費者が、あらゆる購買において人による対応やサポートを重視しています。

不気味の谷に陥らない

生成AI、感情を検知するアフェクティブAI、空間コンピューティングなどのテクノロジーが、顧客とのやりとりをますますリアルにしていく中で、リアルなデジタル体験を追求する試みは、ネガティブな反応を引き起こすリスク―不気味の谷効果―をはらんでいます。

テクノロジーによって実現される、真正で共鳴する体験を達成するには、画一的に感じられることを避けるためにも、感情や不完全さとのつながりをさらに重視する必要があります。

不気味の谷とは、ロボット工学の先駆者であるの森政弘氏によって提唱された概念で、人間に非常によく似ていながら完全ではないロボットやデジタルアバターに対して、人々が不安や嫌悪感を抱く現象を指しています。私たちは今日のテクノロジーによって、この領域に足を踏み入れています。たとえば、最近の調査によると、人間に極めて似たバーチャルインフルエンサーは不気味の谷効果を引き起こし、明らかに人間ではないインフルエンサーよりもフォローされにくいことが示されています。9

生成AIやその他のテクノロジーが進化するにつれて、第二の不気味の谷が生まれる可能性も見え始めています。それは、一見完璧だが没個性的なAIとのやりとりによって生じる不信感です。これらは体験を一貫的でシームレスにする一方で、無味乾燥で魂のないものにする恐れもあります。AI主導の体験に接する人間は、その不自然なまでの完璧さを、魅力的というよりも疎外的に感じるようになるかもしれません。

なぜなら、人間であることは、不完全であることだからです。この考えは、日本の「わびさび」の概念にも通じます。そこでは、不完全さ、真正性、簡素さの中に美が見いだされます。たとえば、ある大手小売業者はリサイクルされた陶器の破片を用いた、一つひとつ異なる器のシリーズを発売しました。その不完全さこそが、人の手仕事の表れとなっています。

ある米国のフィンテック企業が、退職者向けのサービスを設計した事例は、本物の感情とつながることの価値を示しています。退職した高齢者というと不安や懸念が少ないようなイメージを持つこともありますが、退職者へのインタビューからは、割引を必要とすることの羞恥心、給付金で毎月の支出を賄えるかの不安、詐欺への恐怖といった、複雑な感情が明らかになりました。同社は、こうした懸念に応えるサービスを構築し、「不完全な」画像や、実際の家族写真、退職後の人生の歩みを映した動画を活用することで、大きな成功を収めました。

EY Studio+ NordicsのBusiness Reinvention LeaderであるLisa Lindströmは、「テクノロジーによって実現される、真正で共鳴する体験を達成するには、画一的に感じられることを避けるためにも、感情や不完全さとのつながりをさらに重視する必要があります」と述べています。
 

関連性を保つために信頼感を育む

生成AIは非構造化データからインサイトを創出し、人間の行動をこれまでにないレベルで理解することを可能にします。しかし、このテクノロジーでは、顧客一人ひとりに合った体験を提供できるとは限りません。また、機械では完全には理解・予測できない顧客の側面があるかもしれません。顧客が何を望んでいるかは分かってても、なぜそれを望んでいるのかは分からない場合があります。

AIへの信頼
55%
55%
の消費者が、AIによる購買レコメンデーションを信頼していません。

「生成AIは何でも知っていますが、私のことを分かっているのでしょうか。顧客は、提供される体験の関連性を通じて、この問いに答えを下します」と、EY Global Consumer LeaderであるKristina Rogersは言います。「関連性を実現するかどうかは、データの量ではなく、その質にかかっています」

顧客データは潜在的なエネルギーを持っていますが、それを運動エネルギーに変えられるかどうかは、適切なアプローチ次第です。今日、より良い体験を提供するために必要なデータの取得は、信頼とロイヤルティにかかっています。人々は機械よりも人を信頼する傾向にあります。

個人情報
41%
41%
の消費者が個人情報を人に共有することを好んでおり、共有したくないとする割合(21%)を上回っています。

この動向を反映して、ある米国のスーパーマーケットチェーンは、即日配送の専門企業と提携してデジタルでの食料品配達のリーチを拡大しました。一方で、今もスタッフが顧客の自宅を訪問し、体験、品ぞろえ、サービスに対する期待といった「小さなデータ」を直接収集しています。

データがどのように共有されるにせよ、データセキュリティとプライバシーに関する顧客の懸念に応えることは信頼を得るために不可欠です。FCIによると、消費者はIDの盗難/詐欺(61%)、データセキュリティ/侵害(59%)、第三者への個人データの販売(58%)について「非常に懸念」しています。10

プライバシーへの懸念はデータの利用方法にも及びます。共有に同意していないにもかかわらず、AIが自分の生活を過度に把握していると感じた場合、そこに新たな不気味の谷が生まれる可能性があります。これは、AIが提供する体験に、透明性があり、適切で、文脈を踏まえたものになるよう、人間の介在が必要であることを示しています。

顧客からデータを引き出すだけでなく、そのデータが何を示しているのかを顧客自身に共有することで、「ブランドが私を理解してくれる」という関係から、「ブランドは私自身を理解する手助けをしてくれる」という関係にシフトし、信頼とロイヤルティを育むことができます。

顧客は、企業が共感し、自分たちの利益のために行動していると信じられることが重要です。CXは取引で完結するプロセスではありません。それは顧客との生涯にわたる関係を通じて循環するサイクルです。それが失敗すると、信頼もロイヤルティも失われてしまいます。
 

体験における人間の主体性の維持

顧客体験がより予測的かつ自律的になるにつれて、新たなリスクが生じます。キュレーションとディクテーションの微妙な境界線を越えると、人間の主体性を維持することで本来生まれるはずの価値を、顧客も企業も失ってしまいます。十分な人間の判断や検証を伴わない体験の設計・提供は、真正性や商業的成果という差別化要素を損なうリスクをはらみます。

主体性は、没入感のあるフィジカルおよびデジタル体験における重要な側面です。人々が、自らの意思で発見し、選んだ分だけ報われたとき、その体験は、参加者自身や、体験を提供する企業との関係を変革する可能性を秘めています。

こうした変革の可能性は、より没入感のある体験を求める顧客のニーズの高まりにも表れています。企業は、物語性、アート、テクノロジーを組み合わせたインタラクティブなフィジカルおよびデジタル環境を通じて、体験を共有することで、顧客を引きつけることができます。

同様に、顧客は製品や体験の共創に参加することで、主体性を発揮したいと考えるようになります。「体験は、企業が情報、購入条件、製品へのアクセスを一方的に管理・提供する一方通行のものではなくなります」とRogersは述べています。

彼女は、レガシーシステムや資産が、顧客の大規模な参加を前提として設計されていないため、既存企業にとってこれは大きな課題になると指摘します。約束した体験を提供できなかった場合のリスクは高く、特にZ世代は技術的な失敗に対して寛容ではありません。

また、顧客体験の創出と提供においても、人間の主体性を維持することが重要です。AIは顧客データを作成し、パーソナライズし、予測することができますが、意思決定者はあくまで人でなければなりません。体験の真正性と差別化を検証するには、人間の感性が不可欠です。「テクノロジーは意思決定を支援できますが、顧客からのインサイトを解釈し、伝えたいストーリーやつながりへと昇華させるのは、創造的な人材です」とLindstromは述べています。

十分な人間の判断と検証を欠いたまま体験を提供することは、リスクにもなります。「直感的に理解でき、意味を持つ体験かどうかを判断するのは人間です。AIは間違った答えを生成し、商業的・評判上の影響をもたらす可能性があります」と、EY Global Digital Strategy, Innovation and Experience LeaderのHelen Bentleyは言います。
 

人間の体験を最適化

感情、真正性、主体性といった人間的要素に向き合う必要性は、顧客体験に限られません。顧客体験を提供する人々―従業員やチャネルパートナー―のニーズやペインポイントにも配慮する必要があります。なぜなら、顧客体験と従業員体験は相互に依存しているからです。

「誰かのポジティブな顧客体験をたどると、そこにはその背後で点と点をつないでいる従業員体験のジャーニーが存在します」とErnst & Young U.S. LLPのFinancial Services Consulting Digital Strategy LeaderであるDavid Clarkeは言います。

多くの企業が顧客のペインポイントをマッピングし、それをシグネチャーモーメントに変えようとしていますが、顧客体験における従業員のペインポイントをマッピングして解決している企業はほとんどありません。最近の調査では、顧客により良いサービスを提供するために従業員体験の向上に投資していると答えたエグゼクティブはわずか37%でした。1

誰かのポジティブな顧客体験をたどると、そこにはその背後で点と点をつないでいる従業員体験のジャーニーが存在します。

ポジティブな従業員体験を生み出すには、エコシステム全体を捉える視点が必要です。従業員が生産性を発揮し、求められている成果を達成できる文化や環境を整える必要があります。インセンティブ、ポリシー、IT、職場環境といった目に見えない要素も重要な役割を果たします。EY Work Reimagined Surveyが示すように、リーダーは自社の従業員体験の水準を過大評価しており、その結果として従業員と雇用主の認識に大きなギャップが生じています。

「従業員体験のギャップを埋めるには、人とビジネス双方にとっての長期的な価値創出を最大化する、より有意義な従業員体験を生み出すために、組織はこれまでとは違ったアプローチを取る必要があります」とEY Global People Advisory Services Employee Experience LeaderのMaya Smallwoodは述べています。


従業員体験が顧客体験に与える重要性は、家電、家具、HVAC機器のように、製品が間接的に販売・設置される企業にも当てはまります。EY AmericasのAdvanced Manufacturing and Mobility Sector Consulting LeaderのSachin Lullaは、「こうした企業の多くは、エンドカスタマーと深いつながりを持ったことがなく、関係は販売時点で終わってきました」と指摘します。

しかし、これまで高度な機能を備えていなかった製品(給湯器など)を、スマートコネクティッド製品へと進化させることで、製品のライフサイクル全体にわたって顧客に価値を提供し、この関係性を変える機会があります。顧客は、あらゆる製品がデジタルデバイスと同等の体験を提供することを期待するようになっています。

とはいえ、製品ライフサイクルの主導権を握るための最初のシグネチャー体験は、人間によって提供されるもの―設置作業―であることが多いのです。「より良い顧客体験は、より良い従業員体験によって生まれます。従業員とチャネルパートナーの双方に対して、適切なタイミングで適切なインサイトを提供することが重要です」とLullaは言います。

直接雇用の従業員だけでなく、広範なエコシステムに関わる人々にとっても、トレーニング、スキルアップ、インセンティブ、リアルタイムインサイトへのアクセスは、満足度とパフォーマンスを高めるために不可欠です。特に、AIが雇用の脅威と受け止められがちな状況では、なおさらです。

ポジティブな顧客体験は、ほとんどの場合、体験の提供に関わるすべての人々のポジティブな体験に依存しています。これにより、好循環が生まれます。満足した従業員が満足した顧客を生み、満足した顧客が、さらに従業員の満足度を高めるのです。私たちは「顧客」と「従業員」を分けて考えるのをやめ、人間の体験そのものを最適化するべきなのです。


AIを活用した顧客体験を「人間の体験」として再考すべき理由
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Section 3

人間の経験におけるパラドックスの受容

私たちは、テクノロジーによって体験を効率的にスケールさせる一方で、人間の主体性ややりとりの中であえて摩擦を取り入れ、体験を真正かつ現実的で、記憶に残るものにする必要があります。


体験を人間の価値観を中心に据えると、一つのパラドックスが生まれます。成功する体験には、摩擦を取り除くことと、摩擦を加えることの両方が必要なのです。シームレスさは、粘着性(スティックネス)と併存しなければなりません。

一方で、体験を効率的に広く提供する必要があります。これがテクノロジーにおける最低条件(テーブルステークス)です。

他方では、人間の主体性ややりとりの中で摩擦を取り入れ、体験を真正かつ現実的で記憶に残るものにする必要があります。課題は、自社のブランドと体験ポートフォリオにとって、適切なバランスを見つけることです。

体験は感情的なレベルで感じられるものです。しかし、達成すべき行動に焦点を当てることの多いエンジニアリングチームでは、この点が十分に考慮されない場合があります。

テクノロジーは人間のタッチポイントに代わるものではなく、人間主導のより良い体験を実現するためのイネーブラーと見なすべきです。たとえば、多くのスーパーマーケットでは、人によるレジ対応を再導入し、自動セルフレジを廃止する動きが見られます。これは、人のレジ対応の方が単に速いだけでなく、セルフレジよりも魅力的であることも一因です。セルフレジでは、ささいな問題が起きた際に多くのペインポイントが生じがちです。同様に、AI主導の顧客体験も、適切なタイミングで人間的要素が加わることで、はるかに豊かになります。

顧客体験という考え方から、人間の体験全体を捉える視点へ移行するには、顧客、従業員、エコシステムパートナーに至るまで、すべての利害関係者に共通する人間的なニーズや考慮事項に焦点を当てる必要があります。

顧客体験から人間の体験に移行する際の主な考慮事項

  • 新しいテクノロジーによって急速に変化する顧客環境では、体験は人間の価値観という普遍の軸に根付いていなければなりません。

  • テクノロジーは問題を探すための解決策ではなく、人間の取り組みをより効果的に成功させるためのイネーブラーであるべきです。

  • テクノロジーが予測型、自律的、生成的になっていく中でも、顧客と、体験を提供する人の双方において、人間の主体性を一層重視する必要があります。

  • ペインポイントをシグネチャーモーメントへと転換するには、テクノロジー主導の効率性と最適な人間的関与のバランスをとるスペクトルとして、顧客体験を再考する必要があります。

  • 体験のスペクトラムにおける不確実性と流動性を受け入れましょう。顧客とクリエイターの境界線を曖昧にし、エコシステムを体験に統合できるかどうかが鍵となります。

  • 完全没入型体験やハイパーパーソナライゼーションに偏りすぎることが常に正解とは限りません。自社の能力と顧客の期待に合った、適切な場所を見つける必要があります。

  • 体験における人間的な側面を浮かび上がらせるために、非線形な思考の余地を作りましょう。体験をすべての人のために最適化する文化へとシフトさせるために、トップダウンの指針を確立する必要があります。

  • 生成AIのユースケース、体験デザイン、カスタマージャーニーのシナリオを含む、人間中心の体験を探求するために、さまざまな考え方や専門分野を持つ人材を結集してください。

本記事の作成にあたり、Michael WheelockとLisa LaMottaの多大な貢献に感謝します。

  1. How Success, Effort, and Emotion Affect Customer Loyalty, 2024, Qualtrics XM Institute, https://www.qualtrics.com/m/www.xminstitute.com/wp-content/uploads/2024/05/XMI_RR-DS_SEExLoyalty-24.pdf, accessed 7 June 2024.
  2. ‘Brands Losing a Record $29 for Each New Customer Acquired’, Business Wire, https://www.businesswire.com/news/home/20220719005425/en/Brands-Losing-a-Record-29-for-Each-New-Customer-Acquired, accessed 7 June 2024.
  3. EY Future Consumer Index, April 2024
  4. GenAI Awareness, Readiness, and Commitment: A First Look at IT Leaders' Expectations and Concerns for Generative AI, IDC, September 2023.
  5. https://www.newsguardtech.com/special-reports/ai-tracking-center/, accessed 6 June 2024
  6. ‘It Looked Like a Reliable News Site. It Was an A.I. Chop Shop,’ New York Times, https://www.nytimes.com/2024/06/06/technology/bnn-breaking-ai-generated-news.html, accessed 8 June 2024
  7. Gartner Says 20% of Inbound Customer Service Contact Volume Will Come From Machine Customers by 2026, accessed 2 June 2024.
  8. EYのピッチブックデータの分析(2024年5月15日アクセス)
  9. Gutuleac, R., Baima, G., Rizzo, C., & Bresciani, S. (2024). Will virtual influencers overcome the uncanny valley? The moderating role of social cues. Psychology & Marketing, 1–13. https://doi.org/10.1002/mar.21989
  10. EY Future Consumer Index, April 2024
  11. https://www.thoughtworks.com/content/dam/thoughtworks/documents/report/what-we-do/customer-experience-product-design/tw_report_cxpd_HBR_transforming_cx_en.pdf




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サマリー 

急速に変化している顧客環境において、競争優位性の鍵を握るのは人間中心の体験です。生成AIは、顧客インサイトやコンテンツ生成を民主化することで、顧客体験における最低条件(テーブルステークス)となっていきます。真の差別化は、人間の体験のパラドックスを受け入れることにあります。すなわち、成功するためには、テクノロジーによって摩擦を取り除く一方で、真正な人間的なつながりを通じてあえて摩擦を加えることです。信頼、直感性、感情的な共鳴を活用することで、他と一線を画す体験が生まれるのです。



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