AI時代の企業変革―次代への挑戦を語る―vol.4 共創が拓くAI時代の勝ち筋 ― 旭化成に学ぶ、人とAIが創る未来成長戦略

AI時代の企業変革 -次代への挑戦を語る- vol.4

共創が拓くAI時代の勝ち筋 ― 旭化成に学ぶ、人とAIが創る未来成長戦略


「AI時代の企業変革」をテーマに、最先端でAI活用を進める企業のエグゼクティブと、AIとの向き合い方や組織変革の実践について語り合う対談シリーズ。

第4弾は旭化成株式会社 取締役 副社長執行役員 研究開発・DX・知的財産統括 久世氏をお迎えし、同社が進めてきたデジタル戦略と共創への取り組みに込められた思いを、トップの視点から伺います。


要点

  • DXの延長線上でAIを「当たり前の道具」として自然に活用し、研究開発や製造、営業を高度化。素材開発のスピードを数十倍に引き上げ、競争力を強化。
  • 社内外でのデータ連携やAI活用により、業務のスピードと精度を大幅に向上。さらに、技術伝承の仕組みにもデジタルを活用し、知見の継承を加速。
  • AIと人間ならではの価値を融合し、企業間連携を深化させることで、共創による新たな価値を創出。

はじめに

本シリーズは、「AI時代の企業変革」をテーマに、最先端でAI活用を進める企業のエグゼクティブと、AIとの向き合い方や組織変革の実践について語り合います。

第4弾の今回は、2025年12月8日に、旭化成株式会社 取締役 副社長執行役員 研究開発・DX・知的財産統括 久世 和資氏とEY新日本有限責任監査法人 常務理事 クライアントサービス本部副本部長 マーケッツ担当パートナー 矢部 直哉、第2事業部 シニアマネージャー 工代 哲大による対談を実施しました。

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Session 1

デジタルノーマル期の到来

~ DXの延長で自然に根付く生成AI

矢部:まずは、御社におけるAI活用の全体像について教えていただけますでしょうか。

久世氏(以下、敬称略):旭化成の場合、AI活用というよりは、まずDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進から始めました。特にXの部分であるトランスフォーメーション、すなわち事業・組織・業務の変革をどう進めるかが中心で、AIやデジタル技術は、変革の手段やきっかけという位置付けです。

旭化成は「マテリアル」「住宅」「ヘルスケア」の3事業を展開していますが、特に「マテリアル」の素材分野では新しい素材やよりグレードの高い素材をいかに早く市場に出せるかが競争力の鍵です。従来のように実験を繰り返す開発手法ではなく、データとAIを活用することで、研究開発のスピードを10倍、20倍と格段に高めることが可能です。いわゆるマテリアルズ・インフォマティクスは非常に重要であり、事業構造そのものを変え得るインパクトを持つため、当社では早くから取り組んできました。

矢部:デジタル変革のロードマップを策定し、DXを推進されてきたと伺っています。その中でAIはどのように位置付けてこられたのか、詳しく教えていただけますでしょうか。

久世:2016年からDXを4つのフェーズで進めてきました。

  1. 導入期(2016年):製造現場にデジタルを導入し、現場密着で変革を推進
  2. 展開期(2020年):現場で成功した事例を横展開し全社的に推進
  3. 創業期(2022年):アジャイルやデザイン思考を取り入れ、事業と経営の高度化を推進
  4. デジタルノーマル期(2024年~):誰もがデジタルを当たり前の道具として活用

この流れの中で、生成AIも自然に取り入れられました。生成AIの登場を予測していたわけではありませんが、DXの延長線上で「使うのが当たり前」という感覚になっています。

上田 晃穂 氏
旭化成株式会社 取締役 副社長執行役員 研究開発・DX・知的財産統括 久世 和資 氏
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Session 2

現場を変える生成AI

~ 危険予知や技術伝承 生成AIが広げる現場改革

矢部:現在は「デジタルノーマル」の段階にあるとのことですが、こうした進化の中で、具体的なAI活用の取り組みや、現場でのユニークな事例があればぜひ教えていただけますか。

久世:研究開発ではマテリアルズ・インフォマティクスで素材開発を加速し、製造分野ではスマートファクトリーで歩留まり改善、品質向上、検査自動化を推進、営業・マーケティング分野では顧客データや過去の販売データを分析し、提案精度を高めてきました。

現場での具体的な取り組みとして、ある部門では世界中から年間約150件の品質関連問い合わせに対応しています。従来は1件あたり平均25時間を要していましたが、生成AIを活用し、翻訳や回答案作成など7プロセス中5つを自動化することで、対応時間を半分以下に短縮しました。

また、製造現場の「危険予知(KY)シート」作成にも生成AIを導入しました。「危険予知(KY)シート」は、製造現場に限らず、ものづくりに関わるさまざまな作業で危険を事前に予測し対策を図るためのものです。特に初めての作業ではリスク洗い出しが重要で、従業員一人ひとりがシートを作成し、長年にわたり膨大なノウハウが蓄積されてきました。中には1人で100枚以上作成するケースもあります。

しかし、従来はその情報を十分に活用できず、作成にも多くの手間がかかっていました。現在は生成AIが関連情報を提示し、記載内容の質を高めるだけでなく、過去データを活用することで危険予知の精度を向上させています。こうした取り組みにより、技術伝承の仕組みをデジタルで実現しつつあります。

工代:「危険予知(KY)シート」は情報の一元化や共有の取り組みも進んでいるのでしょうか?

久世:はい、現在取り組んでいるところです。膨大な情報をプラットフォーム化し、全社で検索・参照できるようにすることで、過去の事例や危険パターンを迅速に把握できるようになります。これまで人海戦術で一部しか活用できなかった情報が、全体で共有されることで大きな価値を生みます。

矢部 直哉
EY新日本有限責任監査法人
常務理事 クライアントサービス本部 副本部長 マーケッツ担当
パートナー 矢部 直哉(写真左)

第2事業部 シニアマネージャー 工代 哲大(写真右)
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Session 3

組織の壁を越えて ― 情報共有が生む価値

~ 競争力強化と技術伝承を支える業界横断のデータ連携

工代:日本企業は、組織のノウハウを「口伝」で伝えてきた文化がありますが、それをデータ化し、共有できるようになるのは非常に意義深いですね。

監査法人も同様に膨大な情報を持っています。すべてを共有するのは難しいですが、一定の情報を集約し、業界全体で活用できれば、日本国内、さらには世界規模で大きな価値を生み出せると思います。

久世:おっしゃるとおりです。社内でも組織間の壁を越えて情報を共有することが重要ですし、業界全体でデータをまとめることで、スピード感や効率性が飛躍的に高まると考えています。

業界全体で、という点ではマテリアルズ・インフォマティクスでも取り組んでいます。

材料開発では、例えば合成ゴムの場合、タイヤメーカーが顧客になりますが、タイヤ性能を高めるためには、外側のゴムだけでなく、コードワイヤーなど他の素材情報も重要です。こうした情報を共有できれば、開発精度はさらに高まります。

他社との情報連携においては、秘密計算の仕組みを使い、各社のオリジナルデータを外部に出さず、暗号化した状態でAIモデルを活用しています。元データに触れることなく、共通のモデルを使って精度の高い開発が可能になります。

現在、蓄エネルギー領域では、他社と秘密計算を通じて共同開発を進めています。

結果として、1社単独よりも2社で取り組む方がスピードも精度も格段に向上しました。こうしたデータ共有は、日本のものづくりの強みをさらに引き出す仕組みになると考えています。

工代:素晴らしい仕組みですね。そのような取り組みは、監査業界でも学ぶべき点だと感じました。

矢部:われわれも生成AIを積極的に使っていこうとしていますが、「情報を入れてはいけない」という意識が強すぎる傾向があるように感じています。御社のように、許容される範囲と禁止事項を法人全体で共通理解を持つことが不可欠だと感じます。

久世:おっしゃるとおりです。日本企業は保守的な文化があり、リスクがあると見える情報はすべて抱え込む傾向があります。しかし、その姿勢では世界の競争に後れを取ります。情報を適切に整理・分析し、共通利用できる部分を明確に見極めることが重要です。

矢部:今のお話を伺い、われわれも監査業務で得たノウハウや事例を、守秘義務を前提にしながら有効活用できる仕組みを構築する必要があると改めて感じました。

こうした「情報の共有と活用」という観点は、人材育成にも通じる部分があると思います。御社ではデジタル人材育成に関しても、企業の垣根を越えて他社と「未来のデジタル人材の会」を立ち上げて取り組んでいらっしゃると伺いました。その取り組みについても教えていただけますか。

久世:当社では自社でカリキュラムを作り、人材育成を進めています。自社に適したプログラムという点では良いのですが、すべてを自前で行い続けるのは負担が大きい側面もあります。そこで、同じ課題感を持つ9社で情報共有やワークショップを行っています。参加企業は、双日株式会社、横河電機株式会社、損害保険ジャパン株式会社、ロジスティード株式会社、キリンホールディングス株式会社、株式会社リコー、トヨタ自動車株式会社、ロート製薬株式会社といった各業種を代表する企業です。

矢部:業界を超えて知見を共有し、未来の人材を育成する姿勢は、まさに日本企業が競争力を維持するために必要なアプローチだと感じます。われわれもこうした動きから学び、よりオープンな発想で取り組んでいきたいと思います。

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Session 4

AIだけではできないこと

~デジタルの先に、人が描く可能性

矢部:ここまで、御社のDXやAI活用、さらに企業間連携での取り組みについて伺ってきましたが、デジタル化やAIの進展に伴い、御社の事業における「人ならではの価値」はどのように考えていらっしゃいますでしょうか?特に、AIでは補えない領域や、人が果たすべき役割についてお聞かせください。

久世:われわれは住宅事業も展開しており、感情分析は非常に重要です。

例えば、バーチャルショールームでどこを長く見ているか、視線の動きなどを分析し、関心度を測定します。案内する人によって効果が変わることもあります。AIは正しい答えを出すだけでなく、感情や期待値をどう扱うかが重要になってきます。

工代:確かに、お客さまの感情や期待値の設定はサービス業全般に共通する課題ですね。どこに期待値を置くかで、満足度は大きく変わります。

久世:AIは感情を持ちませんが、人間は同じ言葉でも、天気や場所によって反応が変わることもあります。人間的な「おもてなし」とAIを組み合わせることが、日本の強みになると思います。

先ほどのマテリアルズ・インフォマティクスの事例でも、AI導入によって開発スピードは10倍、20倍に向上しましたが、完全自動ではありません。人の知見や経験値は不可欠です。AIに渡すデータの選定やモデルの調整には、人間の工夫が必要であり、AIが提示する候補を現実に落とし込むのは、最終的には人の判断です。AIに頼りきるのではなく、人間も共に賢くなっていく必要があります。

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Session 5

共創が、AI時代の扉を開く

~企業間の壁を越え、共に未来を創る

矢部:最後に、AI時代における企業のあり方、そして監査業界やプロフェッショナル業界全体へのメッセージをお願いします。

久世:現在、企業には財務指標だけでなく非財務情報の開示も求められています。しかし、サステナビリティ関連のデータ整備やプロセス構築には時間とコストがかかります。そこで重要となるのが、AIエージェントを活用し、グローバルで情報をつなぐ仕組みを構築することです。従来型のIT基盤ではスピードが追いつきません。新しいアプローチを模索し、企業間の壁を越えた情報連携を進めることが、日本の強みを生かす鍵になるのではないでしょうか。

ゲストスピーカー(写真中央)

久世 和資 氏

旭化成株式会社 取締役 副社長執行役員 研究開発・DX・知的財産統括

サマリー

今回の対談を通じ、AI時代における鍵は「共創」であると強く感じました。企業間で情報をつなぎ、人とAIの力を融合することで、新たな競争力が生まれる未来が見えてきます。本シリーズでは、多様な議論を通じて企業成長に資する知見を引き続きお届けしてまいります。(EY新日本有限責任監査法人 デジタル戦略部:工代・横山)

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