EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
EY新日本有限責任監査法人 品質管理本部 監査監理部 公認会計士 皆川 裕史
主に日本基準及び米国基準に関する監査及びアドバイザリー業務のほか、品質管理本部 監査監理部においてはデータ分析ツールを含む監査ツールの導入業務に従事。米国駐在時にEYがグローバルに進めるEY Canvas開発プロジェクトに参画。当法人 パートナー。
EY新日本有限責任監査法人 品質管理本部 監査監理部及び金融事業部 公認会計士 伊藤 孝裕
グローバル金融機関に対する監査業務に従事。2020年からアシュアランステクノロジー部を兼務、世界共通のオンライン監査プラットフォームであるEY Canvasに関するEY新日本の取組み全般を企画・推進するチームリーダーを担当。
要点
EY新日本有限責任監査法人(以下、EY新日本)では、高品質なグローバル監査を提供するため、世界共通のオンライン監査プラットフォームであるEY Canvasを早くから導入しています。これは2022年から始まり、現在進められている次世代のアシュアランス・テクノロジー・プラットフォームの変革の取組みの一環で、EY Canvasはデータ分析プラットフォームであるEY Helixとともに変革の中心的な要素と位置付けられています。前編となる本稿ではEY Canvasにフォーカスし、今後どのような機能が新たに導入されていくのか、さらに、こうした取組みを通じて顧客である監査クライアントにどのような価値を創出するのかについて紹介します。
まず、EY Canvasの概要について説明します。EY Canvasは、監査の計画から結論に至るまで各監査フェーズにおける監査調書の作成や査閲、プロジェクトマネジメントなど、監査業務の一元的な管理が可能なEY共通のオンラインプラットフォームです。監査マニュアル「EY Global Audit Methodology:GAM」、データ分析プラットフォーム「EY Helix」、会計・監査基準を含むナレッジデータベース「EY Atlas」及び各種オートメーションツールと連携されており、高品質な監査の源泉となっています。
また、EY Canvasの持つオンラインプラットフォームの特性を生かし、会計及び監査基準の改定に関する要求事項の変化は、監査人が属人的に監査手続に反映させる必要はなく、自動的に織り込まれています。例えば、改正監査基準報告書600「グループ監査における特別な考慮事項」に対応し、リスクに基づくアプローチを実現するために、親会社の監査チームが実施したリスク評価手続の結果が、海外のEYの監査チームにもEY Canvasを通じて適時に共有され、依頼された作業を実施する上で必要な情報が確認できるように機能を強化しました。これにより、緊密かつ双方向のコミュニケーションを効率的かつ効果的に実現し、グローバルベースでの高い監査品質を支えています(<画像1>参照)。
画像1 EY Canvasの操作画面
出所:EY新日本「監査品質に関する報告書2024」24ページ
一方、効率的な監査プロセスをサポートするため、EY Canvasは被監査会社との資料授受をオンラインで可能とするEY Canvas Client Portalと連携しています。これにより、安全かつシームレスな資料授受が可能になるとともに、資料の提出期限や提出状況も共有できるため、双方の生産性向上が期待できます。このように、EY Canvas及びClient Portalは監査チームと被監査会社双方が、監査期間全体を通じ相互にコミュニケーションを行うためのオンラインプラットフォームとして機能します。そのため、監査のさらなる効率化に加え、クライアントの声を反映してユーザーにとっての使いやすいデザイン性という点も変革アジェンダに織り込むことで、一体的な変革が進められています。
次に、現在EYにおいてグローバルレベルで進められている次世代アシュアランス・テクノロジー・プラットフォームの構築に関する動向及びEY Canvasとの関連性について説明します。
EYでは2022年6月、監査プロセスの変革を加速させることを目的に、次世代のアシュアランス・テクノロジー・プラットフォームの構築に10億米ドル強の投資を行うことを公表。以降、継続的な投資と開発を進めています。
2025年4月には、このテクノロジー投資3年目の取組みとして、このプラットフォームに最先端AIを全面導入したことを公表しました。生成AIを活用したテクノロジーを含む、30以上の新たなアシュアランステクノロジーの機能を導入しています。これらの新たな機能のうち、EY Canvasに組み込まれた主なものをいくつか紹介しましょう。
生成AIを活用しEYのナレッジデータベースと連携した会計監査トピックの検索・要約を支援します。EY Canvasに組み込まれることで、監査業務の過程や、被監査会社の監査エンゲージメントの特性を踏まえた関連性の高いナレッジを監査人が効率的に活用でき、生産性の向上に寄与します(<画像2>参照)。
画像2
膨大な情報を含む財務諸表の開示検証に当たり、従来マニュアルで実施していた開示検討項目のチェックについて生成AIを活用することで、財務諸表のドラフトから検討すべきチェック項目に関する推奨回答を一次提案し、監査人をサポートしていきます(<画像3>参照)。
画像3
生成AIを活用し被監査会社の財務諸表の開示チェックを支援するもう1つの機能です。財務諸表(注記を含む)内の数値の照合、計算の検証、差異の検出を自動化し財務諸表の正確性と整合性の検証を支援します。今回新たに、財務諸表ドラフトのバージョン変更管理を支援する機能が強化されています(<画像4>参照)。
画像4
この変革に向けた取組みの下、前述に加え、監査業務におけるデータ分析の深化及びクライアントコラボレーションの変革を図るべく、EY Canvasとの統合及びデータ分析ツールの機能強化を進めています。データ分析プラットフォームであるEY Helixについては、次回の情報センサー2025年8月・9月掲載「グローバル監査に対応したテクノロジープラットフォームの変革(後編)」で詳細に解説する予定です。
第III章で述べた次世代のアシュアランス・テクノロジー・プラットフォーム変革は、クライアントの声を反映した「共創」を重視した取組みです。これにより、変革の中心的な要素であるEY Canvasは、AI及びオートメーションを組み合わせることで、より効率的で透明性の高い監査プロセスを提供し、以下の価値を創出することが期待されます。
監査チームによるテクノロジーの活用によって、リスクにフォーカスした高品質な監査を実施することで、被監査会社及びステークホルダーの信頼を高めます。主なポイントは以下のとおりです。
監査チームと被監査会社の双方にとって監査プロセスがより効率的で使いやすくなります。主なポイントは以下のとおりです。
監査チームはEYのテクノロジープラットフォームを通じて、被監査会社の意思決定に有用なインサイト(ベンチマークと業界の専門ナレッジを含む)を提供します。主なポイントは以下のとおりです。
次に、アシュアランス・テクノロジー・プログラムの今後の取組みについて説明します。EYでは、次世代のアシュアランス・テクノロジー・プラットフォームの将来の方向性として、既に完成度の高いグローバルベースの一貫性のあるアプローチを維持しつつ、データ及びAIの統合を通じてさらに洗練されたテクノロジーを追求しています。現在、EY CanvasについてAI及びオートメーションを組み合わせた将来のテクノロジープログラムの方向性は以下のとおりです。
※ AIエージェントとは、特定のタスクを自動で理解・計画・実行するAIシステムのこと。これらのシステムは、複数の小さなAIエージェントが協働して動作する。例えば、通知を送る、仕事の引き継ぎを行う、情報を検索・要約する、サンプルを抽出する、提案を行う、データの異常を検出する等の対応が可能になる。これにより、人間の手を借りずに多くの業務を効率的にこなすことができる。
EY新日本では、EY Canvasを中心とした次世代アシュアランス・テクノロジー・プラットフォームの変革を進めています。これにより、監査プロセスの効率化と透明性の向上が期待され、クライアントに対して高品質な監査と信頼性を提供します。さらに、AIテクノロジーの統合により、監査プロセスの改善やインサイトフルな情報の提供が可能となり、クライアントの意思決定を支援します。
EY新日本は、高品質な監査を通じて監査クライアントの企業価値向上を支援し、グローバルな経済社会の円滑な発展に貢献する監査法人として、継続的にテクノロジー投資と変革の取組みを進めていきます。
コラム クライアントとの共創による新たな価値の実現
クライアントの現状と今後起こり得る変化を⾒据え、このコラムでは、EY新日本の付加価値提供の取組みやクライアントとの共創の事例をシリーズでご紹介します。
「監査の価値に関する認識」には、日本と欧米で依然として差が見られます。欧米では、監査は経営の透明性と信頼性を高める「価値ある投資」として広く受け入れられていますが、日本では「法的義務」や「コスト」としての認識が根強く残っていることが多いのではないでしょうか。
もっとも日本でも、一部の先進的な企業においては、特に企業の経営執行メンバーが、監査人との連携を通じてリスク感度を高めるなどして、意思決定の質を向上させる取組みが進んでおり、認識の転換と監査の価値に関する捉え方が変わりつつあります。
EYでは、監査を企業の信頼性やガバナンスの向上に資する重要なプロセスと捉え、「クライアントとの共創」を重視した取組みを推進しています。
その1つが、テクノロジーへの継続的な投資です。タイムリーな情報共有や対応の透明化により、監査対応は“業務負荷”ではなく“気づきの機会”として捉えられるようになりつつあり、「コミュニケーション及び監査体験の質」が変化しています。
さらに、私たちは監査で利活用するプロダクトの開発プロセスにもクライアントの声を反映して「共創」を進めています。現行の監査体験を分析し、ユーザーリサーチからパイロットテストに至る各工程で問題及び改善点を特定。実際に監査を受ける企業のエンドユーザーにインタビュー等を実施してフィードバックを受けながら、効果を検証した上でリリースに至る仕組みを確立しています。なお、このフィードバックには日本企業も複数参加いただいており、マーケットの声を直接伝える機会として活用されています。
こうしたプロセスを通じて、「受ける監査」から「共に築く監査」への意識転換が進んでいます。テクノロジーを基盤にしながら、その根幹にあるのはクライアントと監査人の対話と相互理解、そして共に、より良い体験と価値創出を目指す姿勢です。EY新日本は今後も制度対応にとどまらず、信頼性と経営の質を高めるトラステッド・パートナーとして、「共創」を推進してまいります。
井上 越子
EY新日本有限責任監査法人 クライアントサービス本部 デジタル戦略部 デジタルテクノロジーストラテジスト
企業活動のグローバル化に対応した監査対応の必要性がますます高まる中、高品質なグローバル監査を支えるテクノロジープラットフォームの変革が進められています。2回に分けて解説する前編では、世界共通のオンライン監査プラットフォームであるEY Canvasに関する変革の取組みについて紹介します。
関連コンテンツのご紹介
グローバル監査に対応したテクノロジープラットフォームの変革(後編)
企業活動のグローバル化に対応した監査対応の必要性がますます高まる中、高品質なグローバル監査を支えるテクノロジープラットフォームの変革が進められています。2回に分けて解説する後編では、EYの世界共通の分析プラットフォームであるEY Helix及びその中核となるGL Analyzerについて紹介します。
EYのプロフェッショナルが、国内外の会計、税務、アドバイザリーなど企業の経営や実務に役立つトピックを解説します。