EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
EY新日本有限責任監査法人 品質管理本部 監査監理部 公認会計士 皆川 裕史
主に日本基準及び米国基準に関する監査及びアドバイザリー業務のほか、品質管理本部 監査監理部においてはデータ分析ツールを含む監査ツールの導入業務に従事。2010年~12年に米国ロサンゼルス事務所駐在、13年に米国シカゴ事務所においてEYがグローバルに進めるEY Canvas開発プロジェクトに参画。当法人 パートナー。
EY新日本有限責任監査法人 品質管理本部 監査監理部 公認会計士 本山 禎晃
一般事業会社勤務を経て当法人に入社後は主に製造業、テクノロジー産業の会計監査に従事。2024年から、EYの世界共通の分析プラットフォームであるEY Helixに関するEY新日本の取組み全般を企画・推進するチームリーダーを担当。
要点
EY新日本有限責任監査法人(以下、EY新日本)は、グローバル監査の品質向上と監査業務プロセスの高度化・最適化を目的に、次世代アシュアランス・テクノロジー・プラットフォームの変革を進めています。その中核を担うのが、情報センサー2025年7月掲載記事(前編)で解説したEY Canvas及び、今回解説するEY Helixです。EY Helixは、EYが提供するグローバルな監査分析プラットフォームであり、監査業務におけるデータ取得・分析・可視化を支援するために設計されたツール群です。その中でも、General Ledger Analyzer (GL Analyzer)は、財務諸表の基盤となる仕訳データを網羅的かつ精緻に分析することで、監査の透明性と信頼性を高める重要なツールです。
本稿では、EY Helixによるデータ分析を核とした次世代監査の全体像、及びGL Analyzerの機能と利用事例を通じて、監査業務におけるデータ分析の深化と被監査会社への価値提供について解説します。
EY Helixは、EYが10億米ドルを投資する次世代のアシュアランス・テクノロジー・プラットフォームの中核技術として位置付けられており、データ取得と分析ツールにより構成されています。これらのツールは取り込んだデータに対して、より深く広い視点から分析を行えるようにするだけでなく、そこから得られる洞察の質や価値をも高めます。EY Helixで提供されている各種アナライザーは、リスク評価から実施までの監査の諸側面をサポートし、被監査会社の事業サイクル全体を網羅します。なお、EY Helixには会計仕訳だけでなく、補助元帳などの上流データを用いて分析を行うSubledger Analyzer(例:Trade Receivable Analyzer)も含まれており、特定の業務プロセスにおけるリスクの早期発見に寄与しています(<図1>参照)。
図1 EY Helix全体構成図
これらのツールを使用することにより、EYの監査チームは、被監査会社のビジネスをより深く理解し、監査手続の焦点を定める際の参考にすることができます。また、被監査会社のビジネスや、業務プロセスの改善を要する分野に関するインサイトを収集し、共有することも可能です。さらに、EY Helixの各種分析ツールには、さまざまな業種や監査分野を網羅する、全世界のデータアナリティクスが全て組み込まれています。
EY Helixには監査品質の向上に欠かせないツールとなっている差別化要素が3つ存在します。
Helixの導入は、被監査会社に対して以下のような価値を提供します。
EY Helixの中核機能であるGL Analyzerは、被監査会社の総勘定元帳データを対象に、仕訳単位での詳細な分析を可能にするツールであり、全世界のEYで年間8,500億行以上の仕訳を分析しています。次世代の安全なクラウドベースのデータ分析基盤として、EYはMicrosoftとのアライアンスを活用し、Azureクラウド上のPowerBIを用いてパフォーマンスを強化し、最先端の機能を導入しています。これにより、EYの監査チームは監査証拠の取得に活用するデータ量を大幅に拡大し、より深いインサイトを導き出すことが可能になります。また、分析機能を他の監査ツールや監査プロセスと連携・拡張することで、監査全体の品質と一貫性を高めています。
EY新日本においても上場会社の監査業務のうちの97%以上の業務においてGL Analyzerを利用しており、従来のサンプリングベースのみを主体とした監査手法に比べ、仕訳の全件分析を前提とすることで、リスクの網羅性と検出精度が飛躍的に向上しています(<画像1>参照)。
画像1 GL Analyzerの分析画面例
GL Analyzerは、以下のような特徴を備えています。
GL Analyzerを用いたリスク評価手続はEYの標準的な監査手続に組み込まれており、被監査会社の財務データに対する深い理解を支援します。また、動的でインタラクティブなビジュアルを活用し、以下のような分析を素早く行うことで、監査計画の精度向上に寄与するとともに、被監査会社に対して業務プロセスや財務数値に関するインサイトの提供を可能とします。
GL Analyzerによる分析の機能の1つとして、勘定科目の相関分析があります。GL Analyzerを使用すると、選択した最大6勘定科目間の相関を分析して被監査会社の複式簿記を効果的に再現することができます。この機能は全ての勘定科目に対して適用することが可能で、例えば、収益に関する相関分析は、収益・売掛金・現預金の間で発生した仕訳の関連性を分析し、収益認識の妥当性や異常取引の検出を目的とした監査手続として設計されています。これは高度化された監査手続の一環として実施され、特に現金回収が監査証拠の主要な根拠となる場合に有効です。
収益に関する相関分析では、以下の3つの勘定科目間の仕訳の流れを分析します。
|
第1勘定 |
第2勘定 |
第3勘定 |
|---|---|---|
|
売上高 |
売掛金 |
現預金 |
この3つの勘定間での仕訳の連動性を確認し、売上の発生から現金回収までの一連の流れが整合しているかを検証します。
① 仕訳の再実施
売上・売掛金・現預金に関する仕訳を再現し、仕訳パターンの分類を行います。
② 相関差異の検出
売上の発生額と売掛金の増加額、売掛金の減少額と現預金の増加額に差異がある場合、その差異の要因(消費税、値引き、売上原価との相殺〈代理人取引の純額処理〉、返金、買掛金との相殺など)を分析し、正当性を評価します。
③ 相関に従っていない仕訳の特定
通常の仕訳パターンに従っていない取引(例:売上に対して売掛金を経由せずに現金が直接入金されるなど)を抽出し、追加の監査手続が必要かを判断します。
④ キャッシュ・アンカー・テストとの連携
売掛金に相関して計上された現預金が売掛金を決済するために使用された第三者からの入金を表すものであるかをテストすることで、相関分析の証拠力を補強します。
画像2 GL Analyzerの相関分析の分析画面例
GL AnalyzerはEY Canvasと連携することで、監査業務の一元管理と効率化を実現しました。監査人はEY Canvas上でGL Analyzerの分析結果を直接参照し、リスク評価や監査調書の作成に活用できます。
画像3 EY CanvasとGL Analyzerの連携イメージ
この統合により、入手した全量データがEY Canvasにタイムリーに反映されることになり、監査手続の各段階で常に最新の財務数値を意識した対応が可能になります。これにより、EYの監査チームは被監査会社の財務状況に即した監査対応が可能となり、監査の精度・透明性が大きく向上します。
EYでは、今後EY Helix及びその関連ツールにおいて、さらなる開発、機能拡張を予定しています。例えば、EY Helixのクラウド基盤強化により、被監査会社から取得した全量データを活用し、さまざまなアプリケーションとの連携を通じて、より高度な監査対応が可能になる見込みです。将来的には生成AIなどの先進技術の活用なども視野に入れ、被監査会社の特性に応じた柔軟な分析が期待されます。
また、被監査会社との情報共有の在り方も進化しており、EY Canvasクライアントポータル上でのインタラクティブな分析ビューの提供や、仕訳・取引に対するコメント・確認依頼など、双方向のやり取りを可能にする仕組みの導入が検討されています。
EY新日本では、EY CanvasやEY Helixを中心とした次世代アシュアランス・テクノロジー・プラットフォームの変革を通じて、監査の品質と効率の両立を目指しています。GL Analyzerをはじめとする先進的なツールの活用により、監査プロセスの透明性と信頼性が飛躍的に向上し、被監査会社へのインサイト提供や意思決定支援にもつながっています。今後もEY新日本は、テクノロジーへの継続的な投資と革新を通じて、より良い社会の構築に貢献していきます。
コラム クライアントとの共創による新たな価値の実現
クライアントの現状と今後起こり得る変化を⾒据え、このコラムでは、EY新日本の付加価値提供の取組みやクライアントとの共創の事例をシリーズでご紹介します。
前編でご紹介したとおり、EYでは監査を企業の信頼性やガバナンス向上に資する重要なプロセスと捉え、「クライアントとの共創」を中核に据えた取組みを推進しています。今回は、その共創を支えるテクノロジーとデータ活用、そしてそこから生まれる新たな価値に焦点を当てます。
2025年4月、グローバルで10億米ドル超の投資が進むアシュアランス・テクノロジー・プラットフォームの継続開発について、EYとしても改めて発信しました。これは単なるシステム強化にとどまらず、クライアントとの接点を再設計し、より高度な監査体験を共に築いていくための基盤と位置付けられています。
本稿で紹介したEY Helix GL Analyzerの開発強化も、その取組みの一環です。より多角的で高度なデータ分析を通じて、取引の傾向やリスクを可視化し、その結果をインテリジェンスという付加価値に変換し、グローバル共通の監査先企業向けポータルを介してタイムリーに共有する新機能が、間もなくリリースされる予定です(「Ⅵ 今後の展開」を参照)。現在は、監査対応に従事するメンバーの利用にとどまるポータルを、将来的にはアシュアランスサービス全体のポータルに統合・拡大する構想があり、サービス利用者の拡大と付加価値を提供するポータルとして進化させていく予定です。
こうした仕組みにより、監査人と企業が共通の視点で課題を捉え、データドリブンな対話を深めることが可能になります。監査で得られる「気づき」は今、企業の意思決定を支えるインテリジェンスへと進化しつつあります。
EY新日本が目指す監査の姿やアシュアランス・テクノロジー・プラットフォームのコンセプトについては、以下の動画もぜひご覧ください。
井上 越子
EY新日本有限責任監査法人 クライアントサービス本部 デジタル戦略部 デジタルテクノロジーストラテジスト
企業活動のグローバル化に対応した監査対応の必要性がますます高まる中、高品質なグローバル監査を支えるテクノロジープラットフォームの変革が進められています。2回に分けて解説する後編では、EYの世界共通の分析プラットフォームであるEY Helix及びその中核となるGL Analyzerについて紹介します。
関連コンテンツのご紹介
グローバル監査に対応したテクノロジープラットフォームの変革(前編)
企業活動のグローバル化に対応した監査対応の必要性がますます高まる中、高品質なグローバル監査を支えるテクノロジープラットフォームの変革が進められています。2回に分けて解説する前編では、世界共通のオンライン監査プラットフォームであるEY Canvasに関する変革の取組みについて紹介します。
リアルタイムなデータ自動連携が会計監査とファイナンス部門にもたらす価値とは
本稿では、被監査会社のITシステム上にあるデータベースと監査法人との間でのリアルタイムなデータ自動連携について、その効果および留意事項も含めて紹介します。
リアルタイムなデータ連携が自動で行われるDX時代の内部統制とは
本稿では、ITシステムにおける内部統制について確認するとともに、デジタルトランスフォーメーション(DX)により複数のITシステム間で高度にデータの自動連携が進む過程における留意事項について考察します。
EYのプロフェッショナルが、国内外の会計、税務、アドバイザリーなど企業の経営や実務に役立つトピックを解説します。