グローバル監査に対応したテクノロジープラットフォームの変革(後編)

情報センサー2025年8月・9月 デジタル&イノベーション

グローバル監査に対応したテクノロジープラットフォームの変革(後編)


企業活動のグローバル化に対応した監査対応の必要性がますます高まる中、高品質なグローバル監査を支えるテクノロジープラットフォームの変革が進められています。2回に分けて解説する後編では、EYの世界共通の分析プラットフォームであるEY Helix及びその中核となるGL Analyzerについて紹介します。


本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 品質管理本部 監査監理部 公認会計士 皆川 裕史

主に日本基準及び米国基準に関する監査及びアドバイザリー業務のほか、品質管理本部 監査監理部においてはデータ分析ツールを含む監査ツールの導入業務に従事。2010年~12年に米国ロサンゼルス事務所駐在、13年に米国シカゴ事務所においてEYがグローバルに進めるEY Canvas開発プロジェクトに参画。当法人 パートナー。

EY新日本有限責任監査法人 品質管理本部 監査監理部 公認会計士 本山 禎晃

一般事業会社勤務を経て当法人に入社後は主に製造業、テクノロジー産業の会計監査に従事。2024年から、EYの世界共通の分析プラットフォームであるEY Helixに関するEY新日本の取組み全般を企画・推進するチームリーダーを担当。



要点

  • EY Helixは高品質なグローバル監査を支えるEYの世界共通の監査分析プラットフォームであり、監査人と被監査会社との間でデータドリブンな対話を可能にする。
  • GL Analyzerは仕訳データを網羅的に分析し、リスク評価を支援するとともに、被監査会社へのインサイト提供を通じて監査の付加価値を高める。
  • GL AnalyzerとEY Canvasとの統合により監査プロセスの効率と品質が向上し、被監査会社との共創を支える基盤としても機能する。


Ⅰ はじめに

EY新日本有限責任監査法人(以下、EY新日本)は、グローバル監査の品質向上と監査業務プロセスの高度化・最適化を目的に、次世代アシュアランス・テクノロジー・プラットフォームの変革を進めています。その中核を担うのが、情報センサー2025年7月掲載記事(前編)で解説したEY Canvas及び、今回解説するEY Helixです。EY Helixは、EYが提供するグローバルな監査分析プラットフォームであり、監査業務におけるデータ取得・分析・可視化を支援するために設計されたツール群です。その中でも、General Ledger Analyzer (GL Analyzer)は、財務諸表の基盤となる仕訳データを網羅的かつ精緻に分析することで、監査の透明性と信頼性を高める重要なツールです。

本稿では、EY Helixによるデータ分析を核とした次世代監査の全体像、及びGL Analyzerの機能と利用事例を通じて、監査業務におけるデータ分析の深化と被監査会社への価値提供について解説します。


Ⅱ EY Helixの概要

EY Helixは、EYが10億米ドルを投資する次世代のアシュアランス・テクノロジー・プラットフォームの中核技術として位置付けられており、データ取得と分析ツールにより構成されています。これらのツールは取り込んだデータに対して、より深く広い視点から分析を行えるようにするだけでなく、そこから得られる洞察の質や価値をも高めます。EY Helixで提供されている各種アナライザーは、リスク評価から実施までの監査の諸側面をサポートし、被監査会社の事業サイクル全体を網羅します。なお、EY Helixには会計仕訳だけでなく、補助元帳などの上流データを用いて分析を行うSubledger Analyzer(例:Trade Receivable Analyzer)も含まれており、特定の業務プロセスにおけるリスクの早期発見に寄与しています(<図1>参照)。

図1 EY Helix全体構成図

図1 EY Helix全体構成図
EY作成

これらのツールを使用することにより、EYの監査チームは、被監査会社のビジネスをより深く理解し、監査手続の焦点を定める際の参考にすることができます。また、被監査会社のビジネスや、業務プロセスの改善を要する分野に関するインサイトを収集し、共有することも可能です。さらに、EY Helixの各種分析ツールには、さまざまな業種や監査分野を網羅する、全世界のデータアナリティクスが全て組み込まれています。

EY Helixには監査品質の向上に欠かせないツールとなっている差別化要素が3つ存在します。

  • どのようなサイズのデータでもほぼ処理できる。
  • 全世界のEYの監査チームが利用できる。
  • 提供されている監査プログラムが、データ分析による監査手法としてEYの標準的な監査手続に組み込まれている。

Helixの導入は、被監査会社に対して以下のような価値を提供します。

  • 被監査会社の財務データの中に内在する隠れたパターンや傾向を可視化することで、通常とは異なる取引や異常値の識別が容易になり、財務報告における不備やリスクの検出精度が向上。これにより、財務報告の正確性と透明性が担保され、信頼性の向上につながる。
  • より大きな監査関連データの母集団を大局的に分析することによって見えてくる事業活動の全容を通し、本当に重要なリスクの識別を可能とする。
  • ビジネスプロセスと統制における傾向と異常点を可視化することで、EYの監査チームは重点的に調査すべき領域を特定できるとともに、監査の過程で被監査会社に提供される適切なフィードバックとインサイトは、被監査会社の業務改善や内部統制強化に役立つ。
  • EYの監査チームはグローバルに統合されたEYのデータ捕捉・抽出ツールを活用することで、財務データの収集・整理・分析を効率化し、監査手続を迅速に進めることができる。これにより、被監査会社は監査に必要な情報提供の負担を軽減でき、業務全体の効率向上につながる。

Ⅲ GL Analyzerによる監査の高度化と実践的活用

EY Helixの中核機能であるGL Analyzerは、被監査会社の総勘定元帳データを対象に、仕訳単位での詳細な分析を可能にするツールであり、全世界のEYで年間8,500億行以上の仕訳を分析しています。次世代の安全なクラウドベースのデータ分析基盤として、EYはMicrosoftとのアライアンスを活用し、Azureクラウド上のPowerBIを用いてパフォーマンスを強化し、最先端の機能を導入しています。これにより、EYの監査チームは監査証拠の取得に活用するデータ量を大幅に拡大し、より深いインサイトを導き出すことが可能になります。また、分析機能を他の監査ツールや監査プロセスと連携・拡張することで、監査全体の品質と一貫性を高めています。

EY新日本においても上場会社の監査業務のうちの97%以上の業務においてGL Analyzerを利用しており、従来のサンプリングベースのみを主体とした監査手法に比べ、仕訳の全件分析を前提とすることで、リスクの網羅性と検出精度が飛躍的に向上しています(<画像1>参照)。

画像1 GL Analyzerの分析画面例

画像1 GL Analyzerの分析画面例
出所:内部資料「Helix_GLA_One pager」 、EY Digital Assurance Launchpad(2025年7月24日アクセス)

GL Analyzerは、以下のような特徴を備えています。

  • ユーザー・エクスペリエンスの向上:直感的で合理化された最先端のガイド付きワークフローを採用し、ユーザーが容易に使用できる。動的でインタラクティブなビジュアルにより迅速な分析が可能であり、 Microsoft PowerBIの採用により、さらなる柔軟性とカスタマイズ性を実現。加えて、企業ごとの財務構造や業務特性に応じた視点での分析にも対応しており、画一的なアプローチにとどまらない設計である。
  • ポイントを絞ったリスク評価⼿続をサポート:全ての仕訳データを分析することで、変動や通例でないパターンを識別し、ポイントを絞ったリスク評価手続をサポート。ガイド付きのアプローチでデータを調査する方法をさらに増やし、企業及びその会計処理の方法をよりよく理解できるようにする。
  • インサイトの提供による価値の創出:GL Analyzerの分析は、カスタマイズ可能であり、被監査会社に対しポイントを絞ったデータ分析結果等を伝えることができる。GL Analyzerを使用することで、被監査会社との静的なプレゼンテーションから動的なデータ・ディスカッションに移行するインサイトを共有する新しい方法の提案が可能に。

Ⅳ GL Analyzerによる分析事例

GL Analyzerを用いたリスク評価手続はEYの標準的な監査手続に組み込まれており、被監査会社の財務データに対する深い理解を支援します。また、動的でインタラクティブなビジュアルを活用し、以下のような分析を素早く行うことで、監査計画の精度向上に寄与するとともに、被監査会社に対して業務プロセスや財務数値に関するインサイトの提供を可能とします。
 

1. 分析の事例

  • 発生部門(ソース)別分析:主要なソースの理解を確認した上で、新規ソースかどうか、計上部門に照らして妥当かという視点でリスクを評価する。
  • 起票者別分析:主要な起票者の理解を確認した上で、新規起票者かどうか、所属部門に照らして妥当かという視点でリスクを評価する。
  • 計上日別分析:仕訳が入力される日を理解する。想定されない日(例えば週末)に発生した取引を調査することで、通例でない取引を識別し、また計上タイミングに関するリスクを評価する。
  • 日付ラグ分析:仕訳の入力日と計上日との間にどれだけの期間が空いているかを確認する。ラグが大きく生じている重要な取引がある場合、財務諸表作成の終盤に記録された可能性や、計上のタイミングに関するリスクがあるかどうかを検討する。
  • 仕訳フィンガープリント:内容やパターンが類似した仕訳を自動的に識別してグループ化するEY独自の新しい技術。仕訳フィンガープリントを分析することで、企業の業務プロセスの流れを把握しやすくなり、通常とは異なる仕訳や、特定のユーザーによって起票された例外的な取引の識別が容易になる。
     

2. GL Analyzerを用いた収益に関する相関分析の概要

(1) 相関分析の目的と位置付け

GL Analyzerによる分析の機能の1つとして、勘定科目の相関分析があります。GL Analyzerを使用すると、選択した最大6勘定科目間の相関を分析して被監査会社の複式簿記を効果的に再現することができます。この機能は全ての勘定科目に対して適用することが可能で、例えば、収益に関する相関分析は、収益・売掛金・現預金の間で発生した仕訳の関連性を分析し、収益認識の妥当性や異常取引の検出を目的とした監査手続として設計されています。これは高度化された監査手続の一環として実施され、特に現金回収が監査証拠の主要な根拠となる場合に有効です。

(2) 分析の基本構造:3勘定相関分析

収益に関する相関分析では、以下の3つの勘定科目間の仕訳の流れを分析します。

第1勘定

第2勘定

第3勘定

売上高

売掛金

現預金

この3つの勘定間での仕訳の連動性を確認し、売上の発生から現金回収までの一連の流れが整合しているかを検証します。

(3) 実施手順とポイント

① 仕訳の再実施
売上・売掛金・現預金に関する仕訳を再現し、仕訳パターンの分類を行います。

② 相関差異の検出
売上の発生額と売掛金の増加額、売掛金の減少額と現預金の増加額に差異がある場合、その差異の要因(消費税、値引き、売上原価との相殺〈代理人取引の純額処理〉、返金、買掛金との相殺など)を分析し、正当性を評価します。

③ 相関に従っていない仕訳の特定
通常の仕訳パターンに従っていない取引(例:売上に対して売掛金を経由せずに現金が直接入金されるなど)を抽出し、追加の監査手続が必要かを判断します。

④ キャッシュ・アンカー・テストとの連携
売掛金に相関して計上された現預金が売掛金を決済するために使用された第三者からの入金を表すものであるかをテストすることで、相関分析の証拠力を補強します。

画像2 GL Analyzerの相関分析の分析画面例

画像2 GL Analyzerの相関分析の分析画面例
出所:内部資料「GL Analyzer」(2025年7月24日アクセス)

Ⅴ GL AnalyzerとEY Canvasの統合による監査プロセスの変革

GL AnalyzerはEY Canvasと連携することで、監査業務の一元管理と効率化を実現しました。監査人はEY Canvas上でGL Analyzerの分析結果を直接参照し、リスク評価や監査調書の作成に活用できます。

画像3 EY CanvasとGL Analyzerの連携イメージ

画像3 EY CanvasとGL Analyzerの連携イメージ
出所:内部資料「EY Canvas」「GL Analyzer」(2025年7月24日アクセス)を基にEY作成

この統合により、入手した全量データがEY Canvasにタイムリーに反映されることになり、監査手続の各段階で常に最新の財務数値を意識した対応が可能になります。これにより、EYの監査チームは被監査会社の財務状況に即した監査対応が可能となり、監査の精度・透明性が大きく向上します。


Ⅵ 今後の展開

EYでは、今後EY Helix及びその関連ツールにおいて、さらなる開発、機能拡張を予定しています。例えば、EY Helixのクラウド基盤強化により、被監査会社から取得した全量データを活用し、さまざまなアプリケーションとの連携を通じて、より高度な監査対応が可能になる見込みです。将来的には生成AIなどの先進技術の活用なども視野に入れ、被監査会社の特性に応じた柔軟な分析が期待されます。

また、被監査会社との情報共有の在り方も進化しており、EY Canvasクライアントポータル上でのインタラクティブな分析ビューの提供や、仕訳・取引に対するコメント・確認依頼など、双方向のやり取りを可能にする仕組みの導入が検討されています。


Ⅶ おわりに

EY新日本では、EY CanvasやEY Helixを中心とした次世代アシュアランス・テクノロジー・プラットフォームの変革を通じて、監査の品質と効率の両立を目指しています。GL Analyzerをはじめとする先進的なツールの活用により、監査プロセスの透明性と信頼性が飛躍的に向上し、被監査会社へのインサイト提供や意思決定支援にもつながっています。今後もEY新日本は、テクノロジーへの継続的な投資と革新を通じて、より良い社会の構築に貢献していきます。



コラム クライアントとの共創による新たな価値の実現

クライアントの現状と今後起こり得る変化を⾒据え、このコラムでは、EY新日本の付加価値提供の取組みやクライアントとの共創の事例をシリーズでご紹介します。


ポータルを通じた監査先企業へのインテリジェンスの共有 ─テクノロジーで進化する監査体験と共創のかたち

前編でご紹介したとおり、EYでは監査を企業の信頼性やガバナンス向上に資する重要なプロセスと捉え、「クライアントとの共創」を中核に据えた取組みを推進しています。今回は、その共創を支えるテクノロジーとデータ活用、そしてそこから生まれる新たな価値に焦点を当てます。

2025年4月、グローバルで10億米ドル超の投資が進むアシュアランス・テクノロジー・プラットフォームの継続開発について、EYとしても改めて発信しました。これは単なるシステム強化にとどまらず、クライアントとの接点を再設計し、より高度な監査体験を共に築いていくための基盤と位置付けられています。

本稿で紹介したEY Helix GL Analyzerの開発強化も、その取組みの一環です。より多角的で高度なデータ分析を通じて、取引の傾向やリスクを可視化し、その結果をインテリジェンスという付加価値に変換し、グローバル共通の監査先企業向けポータルを介してタイムリーに共有する新機能が、間もなくリリースされる予定です(「Ⅵ 今後の展開」を参照)。現在は、監査対応に従事するメンバーの利用にとどまるポータルを、将来的にはアシュアランスサービス全体のポータルに統合・拡大する構想があり、サービス利用者の拡大と付加価値を提供するポータルとして進化させていく予定です。

こうした仕組みにより、監査人と企業が共通の視点で課題を捉え、データドリブンな対話を深めることが可能になります。監査で得られる「気づき」は今、企業の意思決定を支えるインテリジェンスへと進化しつつあります。

EY新日本が目指す監査の姿やアシュアランス・テクノロジー・プラットフォームのコンセプトについては、以下の動画もぜひご覧ください。

EY新日本の目指す Assurance 4.0



井上 越子
EY新日本有限責任監査法人 クライアントサービス本部 デジタル戦略部 デジタルテクノロジーストラテジスト



サマリー

企業活動のグローバル化に対応した監査対応の必要性がますます高まる中、高品質なグローバル監査を支えるテクノロジープラットフォームの変革が進められています。2回に分けて解説する後編では、EYの世界共通の分析プラットフォームであるEY Helix及びその中核となるGL Analyzerについて紹介します。


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