EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EYはビジョナリー型アプローチを採用し、イノベーションの幅を広げる試みを実践。調査分析機関として支援する戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第3期で社会実装ビジョンを再定義し、研究とビジネスを結び付け、新たな可能性を切り拓きました。
こうした問題意識を背景に、国が主導する技術開発では、経済合理性だけではなく社会ニーズを掘り起こす重要性が高まっています。例えば、省庁連携型の研究開発スキームである「戦略的イノベーション創造プログラム(Cross-ministerial Strategic Innovation Promotion Program、以下SIP)」では、望ましい将来像やミッションを設定し、そこから逆算する「バックキャスト」の手法を採用しています。また、技術の成熟度レベル(XRL:X Readiness Level)を導入し、技術開発や事業開発だけでなく、制度(法・規制等)、社会受容性、人材育成といった幅広い視点から技術を評価し、研究開発に携わる関係者へ多面的な取り組みを促しています1 。(図表1)
1. SIP第3期における「スマートエネルギーマネジメントシステムの構築」課題、https://www.jst.go.jp/sip/sems/index.html(2025年3月10日アクセス)
しかし、実際には、「①公平性・透明性を確保するための定量的評価の重視」と「②単年度予算主義に伴う短期成果の重視」という2つの制約により、経済合理性にとどまらない多面的かつ長期的な視点の評価が難しい側面も存在します。
①について、国の予算を使ったプロジェクトは、公平性や透明性が厳しく求められるため、誰もが納得できる客観的で定量的な指標(特に費用対効果など)を重視せざるを得ません。
その結果、社会受容性や心理的価値など、定量化が難しい指標は軽視され、多面的評価が十分に機能しなくなっています。
②について、国の予算は原則的に単年度で使い切ることが求められるため、プロジェクトは短期的な成果を示すことが優先されます。そのため、長期的視野に立ち、潜在的な社会ニーズや社会変革の可能性を掘り起こすような、時間を要する評価や取り組みをじっくり進めることが難しくなっています。
これら2つの制約が相まって、多面的かつ長期的な視点に基づく評価は困難となり、結果として、イノベーションの幅が狭まってしまう状況が生じているのです。
EYは、このような経済合理性の呪縛から脱却し、多面的な価値軸からイノベーションを促進する方法論として、「ビジョナリー型アプローチ」に取り組んでいます。
このアプローチでは、従来の「機能・品質・価格」など経済的な価値だけを評価基準とするのではなく、「個人の潜在的なニーズ(技術への期待や心理的価値)」、「社会課題の解決(脱炭素化、地域活性化等)」、「文化的価値(生活様式や価値観の変化)」といった非経済的な価値も重視し、具体的な「ビジョン」や「コンセプトイメージ」として視覚化します。こうした具体的なイメージを関係者間で共有しながら合意形成を進めることで、従来の経済的価値の評価だけでは見過ごされていた価値を見いだすことができるため、イノベーションの幅を拡張する可能性を高めます(図表2)。
具体的には、EYが提言するビジョナリー型アプローチでは、将来像を「ビジョン」や「コンセプトイメージ」として具体的に描くことで、以下の2つの制度的制約を乗り越える道筋を示します。
ビジョンやコンセプトイメージを視覚的に描くことで、研究者だけでなく行政や企業、地域の関係者など、背景や専門性の異なる多様なステークホルダー間で、技術が実際に社会で使われた際の具体的な姿を共有しやすくなります。これにより、「この技術が社会に受け入れられる理由は何か」「どのような社会的課題を解決するのか」という点について、具体的かつ多面的な対話を進めることができます。その結果、従来の経済合理性だけでは伝わりにくかった潜在的ニーズや社会的インパクトを明確に共有でき、プロジェクトの目標や戦略が明確になります。
プロジェクトの初期段階で将来像(ビジョン)を明確に設定することにより、その実現に必要な具体的な技術要件や研究テーマ、優先順位を逆算(バックキャスト)で整理できます。これにより、長期的視点での取り組みを進めつつも、単年度の具体的な研究目標や成果物を明確に設定しやすくなります。実際にEYが支援するSIPにおける「スマートエネルギーマネジメントシステムの構築」プロジェクト1以下「SIPスマエネプロジェクト」)では、「将来の社会像」を軸にしたビジョン共有により、「次の年度に何を達成すべきか」が明確になり、研究開発の方向性を具体的に計画に落とし込むことができています。
このようなビジョナリー型アプローチによって研究開発を確実に進めていくために、SIPスマエネプロジェクトでは、以下のようにPDCAサイクルを回しています。ビジョンを起点として定期的に研究開発の進捗を確認し、社会環境の変化も踏まえながら、戦略や目標を随時修正し、出口戦略の精度を高めています。
本アプローチを採用する上で、次の3つの視点を明確にすることで、関係者の合意形成がスムーズになり、経済合理性中心では見落とされがちなイノベーションの創出が容易になります。
こうしたポイントを意識することで、「この技術がなぜ欲しいか」「どんな暮らしを実現するのか」といった核心に近づき、関係者間で深い議論が生まれ、プロジェクトを成功に導くことが可能となります。
エネルギーとモビリティを連携するスマートEMSのプロジェクトでは、技術的な仕組みや経済効果についての議論は十分に重ねてきましたが、「地域住民にどのようなメリットをもたらすのか」という点について、課題意識を持っていました。そのため、EYは、ビジョナリー型アプローチを採用し、「地域住民の暮らしや働き方がどのように変わるのか」「地域社会にどのような新たな価値をもたらすのか」という観点から、社会実装イメージの具体化を支援しました。
例えば、「地域の家庭やビルで発電した余剰電力をEVバスやEVタクシーなどの公共交通機関に供給することで、地域住民が日常生活を送りながらもカーボンニュートラルに自然と貢献できる仕組み」や、「公共施設と地域モビリティがエネルギー面で連携することで、地域のエネルギー効率や防災時のエネルギー供給安定性(レジリエンス)を向上させる」といった具体的な生活者視点のメリットをコンセプトイメージ図に落とし込んでいます。
これにより、研究者間の理解が進み、「公共交通機関のエネルギーマネジメントを担うPublic EMS」というコンセプトの導出につながりました(図表3)。
2. 国立研究開発法人科学技術振興機構「スマートエネルギーマネジメントシステムの構築(サブ課題A:エネルギーとモビリティ等)」, https://www.jst.go.jp/sip/sems/sub-a.html
熱エネルギーマネジメントシステムは、技術的に複雑であるがゆえに、ユーザー(特に地域住民)にとっての具体的なメリットやイメージがつかみにくいという課題を抱えています。そこでEYでは、「ビジョナリー型アプローチ」によって、「技術を導入した後に地域住民の暮らしや地域社会がどのように良くなるのか」という視点から、社会実装イメージの具体化を支援しました。
具体的には、地域のCO2排出量の削減だけではなく、「農山漁村地域で余剰となった再生可能エネルギーや熱をコールドチェーン(食品の冷蔵・冷凍輸送)に活用することで、農産物の鮮度向上と地産地消を促進し、地域経済や農家の収入向上につながること」や、「店舗やキャンパスなどで発生する排熱を地域内で再利用し、地域のエネルギー自給率を高めることで、災害時の安定性(レジリエンス)が向上すること」など、地域住民視点でのメリットをコンセプトイメージ図に落とし込んでいます。
実際、この社会実装イメージを作成したことで、研究者からは「社会実装後の具体的なイメージが関係者間で共有され、プロジェクトの目標や戦略が明確になった」「他プロジェクトとの違いや連携可能なポイントが整理できた」といった声が挙がっています。また、このイメージは学会等の研究発表の場でも活用されています(図表4)。
3. 国立研究開発法人科学技術振興機構「スマートエネルギーマネジメントシステムの構築(サブ課題C:エネルギー最適利用)」, https://www.jst.go.jp/sip/sems/sub-c.html
ビジョナリー型アプローチのさらなる利点は、プロジェクト内外の関係者の合意形成が進むことによって、中長期的な社会価値の創出につながる点です。一般的に、SIPのような大規模な研究開発スキームでは、研究者は技術面の細部に集中し、官庁側は政策的成果や社会実装の即効性を重視する傾向が強いため、短期視点と長期視点の間でギャップが生じるケースが少なくありません。しかし、関係者間で具体的なコンセプトイメージを事前に共有しておくことで、「どのような社会を目指すのか」「その技術が生み出す価値は何か」といった共通の出口戦略(ゴール)が明確になります。その結果、短期的な成果だけにとらわれるのではなく、長期的な価値を見据えた議論が進めやすくなります。
こうした取り組みを通じて、「ビジョンの共創→多面的な目標設定→より良い社会(Building a better working world)創りに向けたイノベーション促進」という好循環を生み出すことが可能になります。
さらに、このアプローチは、国の研究開発のみならず、社会課題を解決し新しい価値を提供しようとする企業のR&D活動にも広く適用可能です。たとえ社内にビジョン設計を担える人材(経営コンサルタントやデザイナーなど)が不足している場合でも、外部リソースを活用し、コンセプトイメージを具体化することで、研究開発の方向性や社会的インパクトが明確化されます。結果として、単に「開発したけれど売れない技術」を減らし、より良い社会の構築を支える本質的な価値創出を可能にし、R&Dへの投資効果の最大化に貢献できると考えます。
【共同執筆者】
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
リスク・コンサルティング シニアマネージャー
中山怜子
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ビジネス・コンサルティング マネージャー
菅沼 結城子
※所属・役職は記事公開当時のものです。
国の研究開発は短期的なコスト対メリットに偏りがち。EYはビジョナリー型アプローチを導入し、社会実装ビジョンを再定義することでイノベーションの幅を拡大。第3期SIPでは研究とビジネスを一体化し、新たな価値創出を可能にしました。
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