EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
日本政府におけるAI利活用は、生成AIを含む実証や制度整備の進展を背景に、個別ユースケースの検証から、行政実務の中で持続的に価値を発揮する実装段階へと移行しつつあります。もっとも、公共セクターにおけるAI導入の成否は、技術の先進性のみによって決まるものではなく、説明責任、公平性、安全性を確保しながら、既存業務や制度運用に無理なく組み込めるかに大きく左右されます。本レポートは、各国政府の先進事例を通じて、ユースケース選定、ガバナンス、データ基盤、人材・組織能力、効果測定と学習共有を一体で捉える重要性を示しており、日本の行政機関が次の実装課題を展望する上での示唆が含まれていると考えます。
横山 武史
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 公共・社会インフラセクター ディレクター
AI構想を実社会での価値に変えることが、政府のリーダーにとって最重要課題に急浮上してきました。議論の的はもはやAIが持つ可能性ではありません。パイロットプロジェクトの成功を経て、市民にとって有意義な結果を出す上で生じる複雑な問題を全て把握し、それに備えることが焦点となっているのです。一方、構想を具体的な成果に変える道筋は困難を伴います。EYの知見では、AIの概念実証(PoC)のうち、本格導入に移行するのは20%~25%です。
今回の調査で、AI導入の拡大を繰り返し頓挫させている根本的な阻害要因が明らかになりました。それが、「技術力・業務処理能力を大幅に超える導入上の課題」、「コストの過小評価と資金調達ギャップ」、「レガシーシステムやユーザーの抵抗、コンプライアンス要件など統合に伴う複雑な問題」の3つです。こうした導入ギャップで、有望なパイロットプロジェクトの多くがパブリックバリューを創出できない理由と、規律ある体系的アプローチの必要性を示しています。
前回のレポート「パブリックセクターでデータ分析とAIを活用して、パブリックバリューを高めるには」では、政府のAI導入の取り組みを成功させる上で不可欠な5つの基盤を明らかにしました。それが、「強固なデータインフラとテクノロジーインフラ」、「体系的な人材育成」、「適応力のある組織文化」、「包括的かつ倫理的なガバナンス」、「連携エコシステム管理」です。
この5つの基盤を構築した組織であっても、アイデアを全社的なAIトランスフォーメーションへと昇華させるにあたり、「AI導入を拡大させて、持続的にパブリックバリューをもたらす上で生じる複雑な問題をどのように把握し、それに備えるか」という極めて重要な問いに直面しています。
14カ国492名の政府のリーダーを対象とした今回の調査で浮き彫りとなったのが、この課題です。60%以上が最大の阻害要因として「プライバシーとセキュリティ面の懸念」を挙げ、そのほかにも「戦略のすり合わせの欠如」、「データインフラの未整備」、「倫理面の懸念」などが構造的障壁として挙げられています。
これまでのようなテクノロジーの導入手法では、AI導入に十分に対応できないことが明らかになっています。従来のITシステムとは異なり、AIシステムには反復型開発と継続的な学び、適応型ガバナンスが求められます。これは、技術導入の枠をはるかに超えた、組織全体のチェンジマネジメント体制と規制コンプライアンス体制、倫理的監視体制を構築しなければなりません。だからこそ、体系的な導入アプローチが不可欠なのです。そのため、持続的な価値の提供を確保しながら、AI独自の特徴に対応した手法が組織には必要となります。
世界各国の政府組織で先駆的なAIシステムの導入を、サポート経験を基にEYが考案したロードマップは5つのステップで構成されており、AI導入のフレームワークを提供することで、このニーズに対応します。これは、不明確なコストの見積もりや価値提案の定義、運用面の準備不足、パイロットプロジェクトの設計上の不備、組織内の抵抗、パイロットプロジェクトからの学習不足など、AI導入の拡大にあたっての主な失敗要因に対処することを目的としたフレームワークです。各ステップに取り組むことで、持続可能なAI変革に向けて導入を体系的に進めていくことができます。
ステップ1
AI変革を成功させるにはまず、「テクノロジーファースト」のアプローチから、成果重視のマインドセットに転換する必要があります。AI導入を順調に進めている組織が力を入れるのは、業務課題と市民サービスの改善点の洗い出しです。特定のAIアプリケーションの評価は、これを洗い出した後に行います。
それに伴い、政府がAI投資にどのようにアプローチするかが根本的に変わります。先見性のあるリーダーは当然、「どこにAIを活用できるか」ではなく、「自分たちはどのような戦略的成果を目指しているのか。その目標の達成にAIをどのように役立てられるのか」と自問するはずです。こうしたアプローチは、AI導入の取り組みを明確なビジネスニーズに対応させ、数値化できるその取り組みの成功指標の設定にも寄与します。
最も効果的なのは、トップダウン型の戦略的整合と、ボトムアップ型の現場の知見を組み合わせた戦略です。現場の視点を取り込みながら、重点政策に沿ってAIユースケースを策定する組織が、貴重な機会の強力なパイプラインを構築しています。このトップダウン型アプローチの好例が、メリーランド州です。AIユースケースを知事が掲げる10の優先事項に照らして評価し、幅広い政策目標に沿ったものにしています。ある高官が述べていたように、「人工知能プロジェクトの実施で最も重要なのは、目的志向型を貫くことです。(中略)AIはあくまでツールであり、目的に沿って活用する必要があります」
一方、児童相談記録をデジタル化してボトムアップ型のアプローチの有効性を実証したのは日本のデジタル庁です。相談員が外出先で相談内容を音声で記録できるようにすることで、バーンアウトの軽減とチームベースのケア体制の強化で効果を上げています。それにより、現場の差し迫ったニーズに対応すると同時に、検索可能な構造化データを作成し、より高度な分析の基盤を築くことができました。デジタル庁の元統括官である村上敬亮氏は次のように述べています。「ボトムアップ型の実情を把握しないままトップダウン型アプローチだけを押し付けても、現場では機能しません」
先駆的な政府組織は、優先順位の厳格な判断基準を定め、実現可能性、コスト、リスク、影響を評価した上で投資判断をしています。また、概念実証(PoC)について現実的な期待値を設定しているため、本格導入に移行する割合こそ低いものの、貴重な知見を得る機会となります。
ステップ2
導入拡大の成功の鍵を握るのは、徹底した準備です。45%が「デジタル・データシステムの未整備」をAI導入の阻害要因に挙げており、インフラの整備状況が極めて重要であることは明らかです。
組織は、大規模な投資を行う前に、テクノロジーインフラ、データガバナンス、規制コンプライアンス、倫理フレームワークが、運用規模のAIソリューションを支えられることを確認しなければなりません。技術力と、セキュリティ・ガバナンス面のニーズのバランスを取ったアーキテクチャ戦略を用いたプロジェクトが最も大きな成功を収めています。
個々の機関でデータを処理する分散型モデルでこのアプローチを体現するのが、エストニアのプラットフォーム「Bürokratt」です。各機関が自らのデータを引き続き管理・制御するため、不必要なデータ共有を制限し、大規模なデータ侵害のリスクを軽減できます。セキュアな相互運用性とエストニアの国家認証サービスにより、認証済みのユーザーしかサービスにアクセスできないようになっています。プライバシー保護も、EU一般データ保護規則(GDPR)への準拠とオープンソースの透明性により、さらに強化されました。
エストニアでは、市民に十分な説明を行った上でデータ使用の同意を得るとともに、市民が自分のデータの使用状況や、どの事業者にデータ共有を許可しているかを確認できるようにしています。およそ45万人の市民がデータトラッカーからデータアクセス状況を定期的にチェックしています。同意内容はポータルからいつでも閲覧・追跡・撤回することができるため、各機関は、収集した目的以外でデータを使用しない義務を負います。
組織の42%がAI導入の阻害要因に「倫理面の懸念」を挙げていることから、倫理ガバナンスフレームワークも重視する必要があります。最も効果的なのは、規律あるリスク評価を後から検討するのではなく、開発プロセスに組み込むアプローチです。このように、先を見越したアプローチの有効性は、カナダ政府が義務付けるアルゴリズム影響評価(AIA)プロセスが実証しています。カナダ政府最高データ責任者のStephen Burt氏は、次のように説明しています。「この指令の土台にあるのは、アルゴリズムの透明性、データバイアスへの対応、救済手段の確保という原則です。(中略)決定に納得できない場合、どのように対処すればいいのか。それが、AIAツールを構築した理由です」
ステップ3
次のステップは、アイデアを行動に移すことです。現実世界やシミュレーション環境でソリューションを試し、何が有効かを学び、その価値を検証するには、試験的な導入が不可欠です。そして、より広範な導入へと進むのは、最も有望なパイロットプロジェクトだけです。
実効性のあるパイロットプロジェクトのための適切な条件を整えることが欠かせません。先駆的な政府は、運用環境を再現した管理された環境を構築しています。具体的には、実際の政策上の制約のもとでAIソリューションを試験できるよう一時的な柔軟性を提供する規制サンドボックスや、匿名化されたデータセットを用いて実際のサービス提供をシミュレーションするライブデータテストベッドなどが活用されています。現場業務のデジタルツインとしてサービスワークフローのシミュレーション環境を構築し、稼働中のシステムに影響を与えることなく、AIツールが現実世界のシナリオでどのように機能するかを観察している機関もあります。こうした環境により、監視とコンプライアンスを確保しつつ、市民の信頼を維持しながら安全に実験的試みを行うことが可能になります。
最も大きな成果を上げているパイロットプロジェクトは、自動化ではなく、人間とAIの協働に重点を置き、人間の専門知識に取って代わるのではなく、これを最大限活用するワークフローを設計しています。設計プロセスに現場の関係者が関与することも、AIパイロットプロジェクトを現行のワークフローに確実に組み込むことができ、また反復型開発も促進されます。
パイロットプロジェクトを成功させるには、導入拡大による経済効果の現実的な評価が不可欠です。先駆的な組織は、長期的なコストと導入拡大のニーズをあらかじめ見据え、それをビジネスケースに反映させて、ライフサイクル全体のコストを試算し、必要な資金を確保しています。一方、いくつかの試算から、試験的導入から本格導入へと規模を拡大する際、組織がAIプロジェクトのコストを実際より5倍から10倍過小評価していることが多いことが示唆されています。コストの見積もりでは、いくつかの経費区分を考慮する必要があります。
適切なリソース配分を確実に行い、予期せぬコストの発生を避けるには、こうした要素全てを把握することが不可欠です。
最後に、優れた成果を上げている機関は、最新技術ではなく、目に見える成果に焦点を当てたパイロットプロジェクト評価基準を定めています。この規律の好例が「時間効率」、「費⽤対効果」、「イノベーションの可能性」、「明確な成果」の4つの基準に照らして、あらゆるパイロットプロジェクトを評価するエストニアの手法です。エストニア政府最高データ責任者のOtt Velsberg氏は次のように強調しています。「優れたAIのアイデアがあるだけではだめなのです。私たちは数字を重視しています」
ステップ4
AI導入を拡大するためには、テクノロジーインフラと組織変革の総合的な管理が必要です。組織は持続的な導入に必要な文化的適応を図りながら、AI導入を支えることができるオペレーティングモデルを確立しなければなりません。効果的なのは、技術的な専門知識の一元化と各分野における知識の蓄積のバランスを図るアプローチです。これにより、技術的に堅牢であり、かつ実務に即したソリューションを確実に構築することができます。
組織の31%が導入の阻害要因に「雇用への影響の懸念」を挙げており、従業員のエンゲージメントは非常に重要です。そうした懸念や不安への対処では、AIの支援的役割を明確に伝え、かつ、職員を積極的にシステム設計に巻き込む戦略が最も大きな成功を収めています。これは、持続可能なAI導入には単に研修を行うだけでなく、ワークフォースパートナーシップも必要だとの認識に立った、人間中心のアプローチです。
組織の38%が最大の阻害要因に「人材不足」を挙げていますが、先見性のあるリーダーは、長期的な人材パイプラインを構築しています。オーストラリア・デジタルトランスフォーメーション庁は、人材の能力評価と重点的な育成プログラムで、このアプローチの有効性を実証しています。Strategy, Planning and Performance DivisionでGeneral Managerを務めるLucy Poole氏は次のように説明しています。「現在、人材能力と人材プランニングの観点から、『Australian Public Service (APS) Data, Digital, and Cyber Workforce Plan 2025-30』で示された取り組みの実現を進めています。目標は、3つの分野全てで主要課題を特定し、知識とリテラシー、実用的な技術スキルの強化に着手することです。これは、APS(オーストラリア公共サービス)の人材が現在および将来のニーズにも対応できるようにする上で欠かせません」
調達変革は、AIを従来の「請負モデル」に押し込めるのではなく、AIが持つ反復的な性質を生かして持続的な導入拡大を支えます。この変革により、既成のテクノロジー企業と、革新的なスタートアップ企業の双方を含む幅広いエコシステムへのアクセスが可能になり、各専門分野の深い知識と最先端のケイパビリティを集結させることができるのです。退役大佐であり、また「タスクフォース・リマ」の元司令官でもあり、現在、国防総省長官室最高デジタル・人工知能室(Chief Digital and Artificial Intelligence Office)で上級軍事顧問(Senior Military Advisor)を務めるManuel Xavier Lugo氏は、次のような見方を示しています。「もはや参入障壁はありません。特定の課題に対処している小規模な企業であっても参入できます」成功には、調達に関する内部の専門知識を養い、AIソリューションを効果的に評価するとともに、ベンダーとの従来の関係を一歩先に進めた協働的パートナーシップを醸成する必要があります。
ステップ5
体系的な測定と知識の共有により、個々の導入を組織の能力へと昇華させることができます。こうした取り組みが、政府全体における組織的知見の蓄積と導入拡大能力の構築につながります。
先駆的な政府は、総合的な業績指標を設定し、ステークホルダーからフィードバックを収集する仕組みを確立して、コスト指標だけでなく、AIが持つ業務全体の価値を把握しています。
最も先進的なアプローチでは、価値の測定を、導入後の独立したステップと位置付けるのではなく、継続的なプログラム管理に組み込んでいます。このアプローチをすでに採用しているのがオーストラリア内務省です。各チームは事前にプログラムの成果と指標、評価基準を定め、リアルタイムのポートフォリオ分析を通じて、AI導入による期待された影響と予期しない影響の双方をモニタリングしています。Pia Andrews氏によると、こうした仕組みにより、同省は評価チェックポイントを待つことなく、リアルタイムなデータに基づいて軌道修正できるようになりました。
AI導入の進捗状況と影響をリーダーと職員、市民に定期的に報告することで、透明性と説明責任を高めるとともに、ステークホルダーの信頼を強化することができます。
知識の共有は実践コミュニティを通じて、組織としての能力を構築しながら、重複を避けつつ、組織全体への導入を加速させることができるのです。こうした協働的アプローチが多大な価値を創造します。メリーランド州のある高官は次のように説明します。「私たちは実践コミュニティを立ち上げました。これは基本的に、AIを活用している関係者が参加する共同ワーキンググループを形成するものです。『直面している課題は何か』、『同じことを繰り返さずに済む方法はないか』といったことを全員で話し合っています」
政府のリーダーたちは、学びを共有の取り組みとし、目標達成をたたえ、失敗を詳しく分析し、プロセスを公開しています。AIパイロットプロジェクトを出発点として変革を進めているのです。
AI導入を進めることは大きな影響を伴います。これまで紹介してきた阻害要因を克服すべく果断に行動するリーダーは、効率化や職員体験の向上から、市民エンゲージメントと戦略的サービスプランニング、財務の最適化、組織の強靭化まで、さまざまな面で変革力を発揮することができます。一方、対応を先送りするリーダーは、コストの上昇、生産性向上の機会逸失、市民の期待に応えられない状況に直面しかねません。
政府のリーダーが行動を起こすタイムリミットは迫っており、AI導入を拡大させる取り組みに伴う複雑な問題を克服して、持続的なパブリックバリューの提供を実現させることが、かつてないほど急務となっています。5つのステップで構成されるフレームワークは、AI戦略から、試験的な導入を経て本格導入に移行し、明確な成果を生み出す体系的な道筋を示す指針です。
AI戦略から、明確な成果に移行するには、技術・組織・ガバナンス面全体で体系的に導入を進めていく必要があります。導入拡大のコストから人材面の懸念への対応や規制コンプライアンスまで、さまざまな難しい課題がある今、このロードマップは、進むべき明確な道を政府のリーダーに示します。AI能力が加速し、市民の期待が高まる中、行動を起こすタイムリミットは迫っています。そのため、体系的な導入は好機であると同時に、喫緊の課題でもあるのです。
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