市場創造にはなぜルール形成が必要なのか

市場創造にはなぜルール形成が必要なのか


国際標準化が進みながらも、地政学リスクが強まっている現在は、自社の競争力を発揮できるようにルール形成を活用した新たな市場創造が欠かせません。

どのようにすれば実現できるのか、メカニズムを明らかにするとともに、実践している企業の事例も交えながら、企業ができる要諦についてご説明します。



要点

  • 製品差別化が難しい現代では、日本企業は品質優位だけでは競争力を保ちにくくなっており、法律・制度・標準などのルールを自ら設計・提案することで市場の評価軸そのものを変え、市場創造をする必要性が高まっている。

  • ルール形成は単なる遵守対象ではなく、標準化等の設定を通じて供給面・需要面の両方から市場創造できる力を持っており、事業戦略に組み込むことで、企業の強みを「新たな価値基準」として顕在化させることが可能となる。

  • 国際標準や制度設計には、企業単独ではなく、政府、業界団体、他社、学術機関との連携が不可欠である。日本でも国策として国際標準戦略が推進されており、企業は事業戦略として長期的にルール形成へ関与することで市場創造につなげられる。


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第1章

なぜ今、市場創造のためにルール形成が必要なのか

― 製品差別化が難しい時代における新たな競争軸 ―


かつて日本企業は価格に比して高い品質・信頼性を持つと評価され、製造業を中心にグローバル市場で大きな存在感を発揮していました。その結果として、日本は世界第2位の経済大国の地位を占めていました。しかし、この30年間で経済環境は大きく変わり、ドル建てGDPで見ると2023年に日本はドイツに次ぐ第4位となり、IMFの推計では2026年にも日本はインドに抜かれ第5位に転じると見られています。この要因の一つに新興国企業の台頭があります。これらの企業は価格競争力やスピードを武器としていましたが、品質についても急速に向上しています。その結果、日本企業にとっては、せっかくいい製品を作っていてもその良さを理解させることが難しくなっていると言えます。
 

そのため、製品の良さなど企業が持つ競争優位性を市場に知らしめるための市場創造活動が工夫されてきています。中でも近年、従来の手法に加えて新たな市場創造の方策として注目されているのが「ルール形成」というアプローチです。

ルール形成を使った市場創造とは、法律、制度、標準規格などの「外部の力」を活用し、自社に有利な競争環境を創出する取り組みです。一般的に、企業にとってのルールとは、法令遵守や業界ルールへの適応のように、受動的に対応を迫られるものというイメージがありますが、ルール形成による市場創造とは、企業自らがルールの設計に関与し市場の枠組みそのものを変えていくという、事業戦略と密接に連動した、きわめて能動的な活動なのです。

例えば、ある企業が自社製品の特長を活かす新たな評価基準を業界に提案し、それが標準化されれば、その企業は「その基準に最も適した製品を持つ企業」として市場での認知を高めることができます。これは製品の差別化を行うことにとどまらず、「市場そのものの再設計」による競争優位の獲得といえます。

このような営みを企業単独で行うことができれば問題はありませんが、多くの場合においてルール形成は、取引先や競合企業、行政や業界団体、学術機関などとの連携によって実現されます。つまり、ルール形成とは他者の力も借りて自社の目標を実現するという市場創造のための共創の活動です。


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第2章

市場創造のためのルール形成の種類と働きかけ

― 国際標準から自主規制まで、企業が活用すべき枠組み ―


ルール形成とは具体的にどのような種類があるのでしょうか。実現したいルールの種類、それを実現するために働きかけるべき対象、活動の主体、の側面からルール形成のパターンを考察します。
 

1. 実現したいルールの種類

ルールの種類としては、政策レベルから業界自主ルールまで幅広く存在します。最も広範に影響力を及ぼすのは国際的な政府間のルールです。米国を中心に関税・通商交渉が活発化し制度の変化が頻繁に発生している昨今、企業から交渉を担う政府に対して要望を明確に訴えていく必要性が増しています。

影響力が強いルールの代表が法規制の制定や改正です。法律や政省令を制定・改正することでルール内容を明文化し、市場の枠組みを根本から変えることができます。

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また、予算に関するルールも重要です。補助金や投融資など資金的な優遇制度を実現することで、新技術や新市場の立ち上げが加速します。

標準化というルール形成も欠かせません。国際標準や国内標準の制定は、製品の相互運用性や安全性を担保し、業界全体の信頼性を高めると同時に、自社技術を市場のデフォルトにする強力な武器となります。
 

2. 働きかけるべき対象

市場創造を実現するためには、働きかけの対象と主体を戦略的に選ぶ必要があります。中央省庁や政治家へのアプローチは、法改正や予算編成を通じて制度を動かすために有効です。業界団体や標準化機関との連携は、複数企業の協働による発言力強化につながり、標準化などのルール形成の確実性を高めることに貢献します。さらに、アカデミアを巻き込み、学術的なエビデンスを提示することで、提案の客観性と説得力を高めることができます。そのほか、メディアや一般市民への情報発信を通じて社会規範を形成することも、広く捉えればルールを作る動きとも見なせます。
 

3. 活動の主体

主体の観点では、自社単独でこれらルール形成の働きかけを行うことは、成功すればその恩恵を独占できる反面、一企業の我田引水と見られルール形成に至らない可能性も高くなります。そこで、同業他社との共同戦線や異業種連携が、国際標準化や政策提言の場で有効な手段となります。

ルール形成は、実現したい目的に応じて、働きかける対象・手段・主体を適切に選択することではじめて成果につながります

ルール形成は、実現したい目的に応じて、働きかける対象・手段・主体を適切に選択することではじめて成果につながります

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第3章

ルール形成による市場創造効果をもたらす2つのパターン

― 共通言語化と価値顕在化による市場創造のメカニズム ―


ルール形成は、単なる規制整備や標準化の技術的プロセスではありません。企業がルール形成に関与することで、市場そのものを創出し、競争の土俵を自ら設計することが可能になります。ここでは、ルール形成が市場創造するメカニズムを考察します。それには、大きく分けて「供給面に作用するメカニズム」と「需要面に作用するメカニズム」の2つのパターンがあります。
 

1. 「供給面に作用するメカニズム」の代表例

供給面に作用して新たな市場創造ができる代表例は、標準化や規格化です。業界内で製品やサービスの仕様がバラバラであると、補完財の供給や相互運用性が乏しくなります。そこで、ルール形成によって共通の規格や基準を設けることで、補完財の供給が促進されます。

また、一定の品質基準を設けることで信頼性の低い製品が市場から排除され、業界全体の信頼性が向上するという効果もあります。つまり、ルール形成は業界全体の発展を促す役割を果たし、企業単体では実現しにくい市場環境の整備を可能にするのです。
 

2. 「需要面に作用するメカニズム」

次に需要面に作用して新たな市場創造ができるメカニズムは、企業の独自性や強みを「新たな価値基準」として市場に提示し「新しい特徴や性質を持った製品を求めるという需要」を生み出すという流れです。企業は自社の強みを活かした新たな評価軸を提示することで、消費者の価値観そのものを変え、新しい市場を創造することができます。すなわち、従来の評価軸では埋もれていた特長を、ルール形成によって顕在化させる戦略です。

サーキュラーエコノミーの分野を例にとると、欧州で進む「製品パスポート(Digital Product Passport)」の導入は、製品の素材やリサイクル可能性を明示することを義務化し、循環性を新たな評価軸として市場に定着させています。これにより、再生材を活用した製品や分解容易性を備えた設計が高評価を得るようになり、従来は価格競争で不利だった企業が「環境価値」を武器に新しい市場を獲得しています。

このように、ルール形成は単なる製品訴求を超えて、企業の存在意義や社会的貢献を市場に伝える手段となります。従来の評価軸では見過ごされていた製品や技術が、ルール形成によって新たな意味づけを得ることで、需要そのものが生まれるのです。


ルール形成による市場創出は、供給面・需要面のそれぞれに作用して実現しますが、いずれも自社の独自性や競争力があることで効果を発揮します

ルール形成による市場創出は、供給面・需要面のそれぞれに作用して実現しますが、いずれも自社の独自性や競争力があることで効果を発揮します

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第4章

国におけるルール形成事例と日本の現状

― EU指令と国際標準がけん引する新市場の枠組み ―


ルール形成が新たな市場創造につながりつつある他国の事例として、サーキュラーエコノミー(循環型経済)を取り上げます。この分野では、ルールが市場の枠組みそのものを決める重要な役割を果たしており、企業の競争戦略にも大きな影響を与えています。特に欧州連合(EU)は、サーキュラーエコノミーの推進において世界で最も積極的に取り組んでいるプレイヤーの一つです。

EUのサーキュラーエコノミーへの取り組みはEU政府による規制の整備と、ISOへの関与が特徴的です。EUは「使い捨て型」から「循環型」への転換を加速するため、ESPR(持続可能な製品エコデザイン規則)を制定しました。この規則の主力政策がデジタル製品パスポート(DPP)です。DPPは、製品の素材、再生材の含有率、CO₂排出量、修理履歴などをQRコードでひもづけ、ライフサイクル全体で情報を追跡できる仕組みです。2027年にはバッテリー分野で義務化予定であり、繊維や家電にも順次拡大予定です。このルール形成は「循環性を測れる市場」を作ることと、情報が標準化されることが目的で、DPPにより再生材を使う企業は調達で有利になり、投資判断も容易になります。EUはさらにCircular Economy Actを準備中で、二次原料の越境流通や公共調達による循環材需要創出を制度化しようとしています。

EUの制度を支えるのが国際標準です。ISOでは、循環経済を扱うTC 323が中心となり、2024年にISO 59004(用語・原則)、ISO 59010(ビジネスモデル移行ガイド)、ISO 59020(循環性の測定)を発行しました。これらは、各国の制度や企業の取り組みを「同じ物差し」で評価するための基盤となっています。例えばISO 59020は、製品や事業の循環度を定量化する指標を定義し、ESG投資や公共調達の判断基準として活用されています。

また、ISOの国際標準の原案を作成する会議体であるTC 323では、フランスの資源管理企業の出身者が議長を務めており、現場の知見を国際標準に反映させています。この企業は水・廃棄物分野の大手で、選別技術やデータ連携のソリューションを提供し、DPPやEPR(拡大生産者責任)の実装を支えています。この議長は出身企業で戦略・イノベーション担当役員も務めており、この企業が事業戦略の一環としてISOでのルール形成に深く関与していることが分かります。

なお、日本からの関与も進んでいますが、現状では学術界中心で、民間企業の参加はまだ十分とは言えません。近年は増加傾向にあるものの、制度設計の場に積極的に入り込む体制や人材は限定的です。今後、日本企業が国際標準化の場で存在感を高めるためには、民間からの参加を増やし、技術と事業戦略を結びつけた提案力を強化する必要があります。


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第5章

日本企業におけるルール形成事例

― 制御機器・衛生用品・発酵飲料・空調機器の事例 ―


他国と比べると、日本はルール形成による民間企業の市場創造が弱い一方で、日本企業でもルール形成によって自社の強みが活きる市場創造した事例は数多くあります。ここでは、制御機器、衛生用品、発酵飲料、空調機器の分野における事例を紹介します。


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第6章

国策としてのルール形成戦略の推進

― 国際標準の戦略的活用 ―


ルール形成は当然ながら企業だけが行うものではありません。日本政府は2025年に「新たな国際標準戦略」を公表し、国際標準の戦略的活用を官民一体となって推進しようとしています。その目的は、自国の技術やビジネスモデルを国際標準に反映させることで、社会課題解決と市場創造を達成しようというものです。このような政策が必要となる背景には、気候変動などの社会課題が深刻さを増しているというだけでなく、国際標準の在り方が各国の競争力や国際的影響力を左右すると認識しているためです。実際、米国、欧州、中国はそれぞれ国際標準への取り組みを国家戦略として推進しています。このような状況を踏まえ、日本産業の⾃律性や優位性、そして不可欠性を確保するという経済安全保障の観点からも、国際標準の活用が求められているのです。

日本政府による国際標準についての方針の策定は、2025年の戦略公表以前から行われています。2006年には「国際標準総合戦略」を公表し、イノベーションの促進や国際競争力強化のために国際標準化に注力することが宣言されています。当時の戦略で強調されていた「民間企業経営者の標準化に対する意識の底上げ」、「標準化人材の育成」、「アジア諸国との連携」などは、現代の「新たな国際標準戦略」においても同様に力点が置かれています。ですが、いくつかの相違点も見られます。

1点目は、「市場創造」という概念が導入されたことです。2006年の公表では市場獲得には標準化が重要という書き方がされていましたが、2025年の公表では社会課題解決と並び、市場創造が標準化の効果となる、ということが明記されています。先に述べたとおり、標準を定めることで、製品やサービスの評価軸が変わり、従来存在しなかった需要が顕在化し、新たな需要を創出することができます。

2点目は、経済安全保障の観点が取り入れられたことです。2006年時はWTOが発足してから約10年のタイミングであり、世界的にグローバルサプライチェーンへの信頼が高い状況でした。現在は地政学リスクや技術覇権争いが顕在化し、標準化を通じた競争力の確保・強化が安全保障政策とは切り離せない状況になっています。

最後に、政府が行うべき施策が非常に詳細になったことです。現在の戦略では、8つの戦略領域と17の重点領域が明記され、環境・エネルギー、モビリティ、バイオエコノミー、AIなど、国際競争が激しい分野での標準化を重点的に推進する方針が示されています。さらに、経済界・学術界・金融界への働きかけ等に関する具体的な施策が列挙されています。

国際標準への取り組みについては、かつては一定程度「国の威信」や「社会貢献」というニュアンスを含んでいました。これに対し、現在では明確に産業政策として産業や企業に実利をもたらすものと位置付けられたと言えるでしょう。


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第7章

企業がルール形成による市場創造に取り組む際の要諦

― 「独自性の明確化」がポイント ―


ルール形成は単なる制度対応ではなく、企業の競争戦略と直結する活動です。しかし、すべての企業にとって有効な手段とは限りません。ここでは、企業がルール形成による市場創造に取り組む際に押さえるべき要諦を整理します。

ルール形成は「自社の強みを制度に昇華させる活動」です。単なる規制対応ではなく、競争軸を再設計する戦略的な取り組みであることを理解し、計画的に進めることが求められます。



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サマリー 

品質や価格だけでは差別化が難しい現在、日本企業にとって「ルール形成」は新たな市場創造による競争軸となっている。ルール形成とは、法律・制度・国際標準などの設計に企業が積極的に関与し、自社の強みが評価されるように市場の枠組みを構築する戦略的な取り組みである。

標準化や評価基準の設定は、供給面・需要面の両方から市場創造し、競争軸そのものを再設計する力を持つ。日本政府は国際標準を産業政策・経済安全保障の中核に位置付けている。企業も自社の独自性と社会的意義を明確にしたうえで、事業戦略としてルール形成に取り組み、市場創造につなげることが重要である。



執筆者

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 ストラテジックインパクト ディレクター
鈴木顕英

※所属・役職は記事公開当時のものです。



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