ルール形成は当然ながら企業だけが行うものではありません。日本政府は2025年に「新たな国際標準戦略」を公表し、国際標準の戦略的活用を官民一体となって推進しようとしています。その目的は、自国の技術やビジネスモデルを国際標準に反映させることで、社会課題解決と市場創造を達成しようというものです。このような政策が必要となる背景には、気候変動などの社会課題が深刻さを増しているというだけでなく、国際標準の在り方が各国の競争力や国際的影響力を左右すると認識しているためです。実際、米国、欧州、中国はそれぞれ国際標準への取り組みを国家戦略として推進しています。このような状況を踏まえ、日本産業の⾃律性や優位性、そして不可欠性を確保するという経済安全保障の観点からも、国際標準の活用が求められているのです。
日本政府による国際標準についての方針の策定は、2025年の戦略公表以前から行われています。2006年には「国際標準総合戦略」を公表し、イノベーションの促進や国際競争力強化のために国際標準化に注力することが宣言されています。当時の戦略で強調されていた「民間企業経営者の標準化に対する意識の底上げ」、「標準化人材の育成」、「アジア諸国との連携」などは、現代の「新たな国際標準戦略」においても同様に力点が置かれています。ですが、いくつかの相違点も見られます。
1点目は、「市場創造」という概念が導入されたことです。2006年の公表では市場獲得には標準化が重要という書き方がされていましたが、2025年の公表では社会課題解決と並び、市場創造が標準化の効果となる、ということが明記されています。先に述べたとおり、標準を定めることで、製品やサービスの評価軸が変わり、従来存在しなかった需要が顕在化し、新たな需要を創出することができます。
2点目は、経済安全保障の観点が取り入れられたことです。2006年時はWTOが発足してから約10年のタイミングであり、世界的にグローバルサプライチェーンへの信頼が高い状況でした。現在は地政学リスクや技術覇権争いが顕在化し、標準化を通じた競争力の確保・強化が安全保障政策とは切り離せない状況になっています。
最後に、政府が行うべき施策が非常に詳細になったことです。現在の戦略では、8つの戦略領域と17の重点領域が明記され、環境・エネルギー、モビリティ、バイオエコノミー、AIなど、国際競争が激しい分野での標準化を重点的に推進する方針が示されています。さらに、経済界・学術界・金融界への働きかけ等に関する具体的な施策が列挙されています。
国際標準への取り組みについては、かつては一定程度「国の威信」や「社会貢献」というニュアンスを含んでいました。これに対し、現在では明確に産業政策として産業や企業に実利をもたらすものと位置付けられたと言えるでしょう。