IFRS S1号及びS2号の解説

情報センサー2025年2月 IFRS実務講座

IFRS S1号及びS2号の解説


2024年6月にEYが公表した「Applying IFRS:IFRS S1号及びIFRS S2号の解説 2024年6月」では、IFRS S1号「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」及びS2号「気候関連開示」について、実際の関連する開示例やEYの見解を含めて解説しています。本稿では、Applying IFRSで取り扱っている論点の一部を紹介します。


本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 品質管理本部 IFRSデスク 公認会計士 村上 貴之

2003年当法人に入社。USGAAPやIFRSを適用するグローバル企業の会計監査に従事。14年よりIFRSデスクに所属し、21年から2年間、EYロンドン事務所での駐在を経験。IFRS導入支援業務、研修業務、執筆活動などに従事している。



要点

  • サステナビリティ関連のリスク及び機会の識別における外部証拠と企業固有の証拠の検討
  • 重要性の判断における定量的な評価の方法
  • サステナビリティ関連財務開示の報告期間と財務諸表の報告期間との整合
  • 気候関連のリスク及び機会には自然及び社会的側面を有するものも含まれる
  • 気候関連シナリオ分析における複数シナリオの検討


Ⅰ はじめに

2023年6月26日、国際サステナビリティ基準審議会(以下、ISSB)は、最初のIFRSサステナビリティ開示基準(以下、ISSB基準)となるIFRS S1号「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」とIFRS S2号「気候関連開示」を公表しました。

2024年6月にEYが公表した更新版の「Applying IFRS:IFRS S1号及びIFRS S2号の解説 2024年6月」では、実務の参考となる開示例やEYの見解を含めて解説しています。

本稿では、Applying IFRSで取り扱っている論点とEYの見解の一部を以下で紹介します。Applying IFRSはEYのウェブサイトからご覧いただけますので、ぜひご利用ください。

  • サステナビリティ関連のリスク及び機会の識別
  • 重要性の判断における定量的な評価の実施
  • サステナビリティ関連財務開示における報告期間の財務諸表との整合
  • 気候関連のリスク及び機会の自然及び社会的側面
  • 気候関連シナリオ分析の作成

Ⅱ サステナビリティ関連のリスク及び機会の識別

IFRS S1号の目的は、一般目的財務報告書の主要な利用者が企業への資源の提供に関する意思決定を行うに当たり、有用な当該企業のサステナビリティ関連のリスク及び機会に関する情報を開示することにあります。そのため、企業の見通しに影響を与えることが合理的に見込まれるリスク及び機会を識別し、それらのリスク及び機会に関する重要性がある情報を識別することが必要となります。

これらのリスク及び機会を識別する際には、関連するすべての事実と状況を考慮する必要があり、外部証拠と企業固有の証拠、両方の情報源を検討することが重要となります。

EYの見解に基づき、このリスク及び機会の識別プロセスを例示すると、<図1>のようになります。

図1 サステナビリティ関連のリスク及び機会の識別のプロセス 

図1 サステナビリティ関連のリスク及び機会の識別のプロセス 

出所:Applying IFRS:IFRS S1号及びIFRS S2号の解説 2024年6月(2025年1月31日アクセス)


外部証拠の情報源は、企業が事業を営む産業及び法域によって異なる可能性がありますが、IFRS S1号は「ガイダンスの情報源」として追加のガイダンスを提供しています。そこでは、ISSB基準に加えて、SASB※1スタンダードにおける開示トピックや、CDSBフレームワーク適用ガイダンス※2などが例として挙げられています。

企業固有の証拠の情報源は、(1)意思決定や経営上の合意で使用されている業務記録の内容、(2)資本市場とバリューチェーンから課せられる期待と義務、(3)企業による特定のコミットメント、又は対外関係の変化などをレビューすることが考えられます。

※1 サステナビリティ会計基準審議会(Sustainability Accounting Standards Board)の略称

※2 「水関連開示のための CDSB フレーム ワーク適用ガイダンス」及び「生物多様性関連開示のための CDSB フレームワーク 適用ガイダンス」の総称


Ⅲ 重要性の判断における定量的な評価の実施

サステナビリティ関連のリスク及び機会に関する重要性がある情報を識別するには、判断が必要となります。重要性の判断においては、リスク又は機会について定量的要因と定性的要因の両方を考慮する必要がありますが、定量的な評価を実施する際に「現在の状態」で考えるのか、「将来見込まれる状態」で考えるのかの判断が必要になる場合があると考えられます。

現在の状態

将来見込まれる状態

リスク又は機会へのエクスポージャーが将来に見込まれるものの、現在の報告期間における企業の測定値(例:当期の純資産や純損益の実績値)に基づいて、重要性を評価します。

リスク又は機会へのエクスポージャーが見込まれる時点における企業の予測される測定値(例:将来の純資産や純損益の予測値)に基づいて、重要性を評価します。

現在の状態に基づいて判断するため、より観察可能で客観的な測定となり、適用しやすく、より有用となる可能性があります。

リスク又は機会にさらされる資産や事業が当期には存在しませんが、将来そのような資産や事業が存在すると見込まれる場合には、より適切となる可能性があります。


多くの場合、重要性の判断において現在の状態に基づいて評価されるものと考えられますが、仮に現在の状態で重要性があると判断される場合には、将来見込まれる状態に基づいて別の判断を行うことは適切ではないと考えられます。

いずれの方法で評価した場合でも、IFRS S1号は判断に関する情報についても開示を要求しており、「現在の状態」又は「将来見込まれる状態」のどちらに基づいて評価を行ったか、評価項目の状態とリスク及び機会との関連性に関する定性的情報などを開示する必要があると考えられます。


Ⅳ サステナビリティ関連財務開示における報告期間の財務諸表との整合

IFRS S1号では、サステナビリティ関連財務開示について、関連する財務諸表と同時に報告することが求められており、その対象期間も財務諸表と同じ報告期間を対象とする必要があります。ここで、連結グループ内の一部の企業の報告期間が異なる場合があり、留意が必要です。

連結グループ内の一部の企業の報告期間が異なるケースは、例えば日本の会計基準においても、決算日の差異が3カ月を超えない場合には、連結会社間の取引における重要な不一致について調整を行うことを条件に、決算期のズレが許容されています。このような例外規定が財務諸表において適用されている場合、サステナビリティ関連財務開示においても同様の例外を適用することが適切であると考えられます。IFRS S1号では、財務諸表とサステナビリティ関連財務情報とのつながりのある情報の提供が求められており、この概念的基礎とも整合するものと考えられます。

また、サステナビリティ関連財務開示では、バリューチェーンに与える影響を理解できるような情報の開示が求められており(例えば、「スコープ3」の温室効果ガス排出に関する情報)、バリューチェーンに含まれる一部の企業が採用している報告期間が、報告企業の報告期間とは異なる場合があります。IFRS S2号では、温室効果ガス排出量の測定においては、一定の条件を満たす限りにおいて、報告企業とは異なる報告期間の情報を使用して測定することを認めています。


Ⅴ 気候関連のリスク及び機会の自然及び社会的側面

IFRS S2号では、気候関連のリスク及び機会に関する情報を開示することが求められていますが、「気候関連」という用語の範囲を具体的には定義していません。気候変動の影響は広範囲に及び、相互に関連しているため、気候関連のリスク及び機会の全範囲を正確に定義することはできないためであるとISSBは説明していますが、これは場合によっては、自然又は社会的要因によるリスク及び機会が気候にも関連することがあることを意味しています。

IFRS S1号は、サステナビリティに関するリスク及び機会に関する情報を開示することを求めているため、気候に関連するのか自然又は社会的要因に関連するかどうかの分類は基本的には影響しませんが、IFRS S1号では適用初年度に限り「気候ファースト」の経過措置※3が設定されているため、これを適用する場合には影響を受ける可能性があります。

これに関連して、2023年12月にIFRS財団は「教育的資料:気候関連のリスク及び機会の自然及び社会的側面」※4を公表しており、自然及び社会的側面を有する気候関連のリスク及び機会について3つの例を用いて、気候関連のリスク及び機会として開示が必要となる場合があることを示しています。

IFRS S1号の「気候ファースト」の経過措置を選択適用した企業であっても、自然又は社会的側面を有するリスク及び機会が気候関連のリスク及び機会であると判断し、かつ企業の見通しに影響を与えることが合理的に見込まれると判断した場合には、これらのリスク及び機会に関する情報を開示する必要があります。

※3 気候関連のリスク及び機会に関する情報のみの開示で許容される規定

※4 Educational material: Nature and social aspects of climate-related risks and opportunities, IFRS, 2023


Ⅵ 気候関連シナリオ分析の作成

IFRS S2号では、気候関連のリスク及び機会に関する戦略についての情報開示の一環として、企業の戦略やビジネスモデルの気候レジリエンスを理解できるようにする情報の開示が求められています。気候レジリエンスは「気候関連の変化、進展又は不確実性に対して調整する企業の能力」と定義されており、企業による気候レジリエンスの評価に当たっては、気候関連のシナリオ分析を完了する必要があることを定めています。また、(1) 報告日時点における企業の気候レジリエンスの評価と(2) どのように、また、いつ、気候関連のシナリオ分析を実施したのかについて開示することを求めています。

トピック

説明

レジリエンス評価

もっともらしいが不確実性のある気候関連のさまざまな結果(すなわちシナリオ)を用いた企業のビジネスモデルや戦略に対する影響、及び企業の適応・対応能力に関する経営者の評価。

気候関連レジリエンスの評価に関する情報は、各報告日時点で開示しなければなりません。

シナリオ分析

レジリエンス評価に情報をもたらすために用いられる分析上の作業。

企業は、シナリオ分析の具体的な結果を開示する必要性はありませんが、代わりに、企業にはその結果の解釈を開示することが求められます。また、シナリオ分析は毎年行う必要はありません。

シナリオ分析には、定性的なシナリオの説明から高度な定量的モデリングに至るまで、さまざまな実務アプローチが含まれますが、企業の状況に見合ったものを使用するべきとされています。また、過大なコストや労力をかけることなく、報告日時点で企業が利用可能なすべての合理的かつ裏付け可能な情報を考慮することができるアプローチを使用することが求められます。

シナリオ分析におけるインプットや分析上の選択の組み合わせを決定する際には、企業の状況やビジネスの種類や性質、地理的要因、さらされている物理的リスクと移行リスクなどを考慮して、判断を用いる必要があります。IFRS S2号のレジリエンス評価におけるシナリオ分析は、少なくとも2つのシナリオを用いて分析する必要があると考えられます。また、気候関連のリスク及び機会を識別する目的において、企業は基本ケースによるシナリオを用いる場合もありますが、その場合においては基本ケースとは異なる少なくとも2つのシナリオを用いて気候レジリエンスを評価することが望ましいと考えられます。


Ⅶ おわりに

日本においてもサステナビリティ基準委員会(SSBJ)によってIFRS S1号及びS2号に相当するサステナビリティ開示基準が2025年3月中に最終化される見込みです。日本のサステナビリティ情報における制度開示の動向に引き続き注視する必要があるでしょう。



サマリー

2024年6月にEYが公表した「Applying IFRS:IFRS S1号及びIFRS S2号の解説 2024年6月」では、IFRS S1号及びS2号について、実際の関連する開示例やEYの見解を含めて解説しています。本稿では、Applying IFRSで取り扱っている論点の一部を紹介します。


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