IFRS適用企業における決算留意事項 2025年3月期

情報センサー2025年3月 IFRS実務講座

IFRS適用企業における決算留意事項 2025年3月期


IFRSに準拠して財務諸表を作成している企業は、新たに公表された基準書等を確認して、その影響を調査し、会計処理及び表示・開示を検討する必要があります。本稿では、2025年3月期から適用される基準書等の内容を紹介するとともに、最近の社会・経済状況に鑑みた財務諸表への影響について解説します。


本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 金融事業部/品質管理本部 IFRSデスク 公認会計士 山岸 正典

保険会社の監査に従事しながら、金融機関のIFRS導入支援、日本基準の新リース基準対応、資本規制対応等のアドバイザリー業務に従事。その他、IFRSに関するセミナー講師、書籍の執筆活動等にも従事している。



要点

  • 2025年3月期から原則適用となる新基準書(基準改訂)は、「特約条項付の非流動負債」「サプライヤー・ファイナンス契約」「セール・アンド・リースバックにおけるリース負債」の3つ。
  • これらの基準改訂に関連する取引がある場合は、決算前にその影響を慎重に検討し、必要な会計処理や開示を行うための準備が必要。
  • 気候関連事項への関心の高まりや金利の上昇、インフレーションなど、直近の数年間で社会・経済環境が激しく変化しているため、その変化を踏まえた適切な会計上の対応に漏れがないかの再確認も重要。


Ⅰ はじめに

IFRSに準拠して財務諸表を作成している企業は、新たに公表された基準書やガイダンスを確認して、その影響を調査し、会計処理及び表示・開示を検討する必要があります。本稿では、2025年3月期から適用される基準書等の内容を紹介するとともに、最近の社会・経済状況に鑑みて財務諸表への影響について解説します。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。


Ⅱ 2025年3月期に新たに適用される基準書

2025年3月期より、原則適用となる会計基準は<表1>のとおりです。
 

表1 2025年3月期に適用される新基準書の一覧

No.

基準書名

発効日

後述の参照先

1

特約条項付の非流動負債(IAS第1号「財務諸表の表示」の改訂)

2024年1月1日

1.

2

サプライヤー・ファイナンス契約(IAS第7号「キャッシュ・フロー計算書」及びIFRS第7号「金融商品:開示」の改訂)

2024年1月1日

2.

3

セール・アンド・リースバックにおけるリース負債(IFRS第16号「リース」の改訂)

2024年1月1日

3.


1. 特約条項付の非流動負債(IAS第1号「財務諸表の表示」の改訂)

本改訂は借入金などの負債に関する財政状態計算書上の流動/非流動の分類に影響します。貸手が企業のコベナンツ条項への準拠の判定を期末日後に実施する場合の借手における負債の流動/非流動の分類の判断が難しく、その影響が大きいという意見があったことが本改訂の背景にあります。この特約条項付の非流動負債の分類については、当初2020年1月にIAS第1号が改訂されましたが、利害関係者から改訂内容に対する懸念が寄せられ、2022年10月に再度IAS第1号が改訂されました。

本改訂の主なポイントは2つあります。1つ目のポイントは、負債の非流動への分類のためには「負債の決済を報告期間後少なくとも12カ月間にわたり延期する権利」が報告期間の末日時点で存在する必要があることが明確になった点です(IAS1.72A)。例えば、報告期間の末日から6カ月後を判定日とする一定のコベナンツ条項(運転資本比率等)が設定されている場合、報告期間の末日時点でコベナンツ条項に該当する財政状態であったとしても、他の要件を満たせば当該借入金は非流動負債に分類されます。言い換えると、将来を判定日とするコベナンツ条項は、財政状態計算書上の流動/非流動の分類に影響しないことになります。

2つ目のポイントは、非流動負債に分類したとしても、報告期間後12カ月以内に特約条項によって返済が必要となる可能性がある場合に、当該負債が12カ月以内に返済すべきものとなる可能性があるというリスクを財務諸表利用者が評価できるように、以下を含んだ情報を開示することが要求されるようになったことです(IAS1.76ZA)。

  • 特約条項に関する情報(特約条項の内容や遵守が求められる基準日など)及び関連する負債の帳簿価額
  • 特約条項の遵守が困難になる可能性があることを示唆する事実及び状況

負債の流動/非流動の分類は流動比率等の各種指標にも影響します。本改訂が既存の借入契約や今後計画されている借入契約に及ぼす影響を慎重に検討する必要があると思われます。
 

2. サプライヤー・ファイナンス契約(IAS第7号「キャッシュ・フロー計算書」及びIFRS第7号「金融商品:開示」の改訂)

本改訂により、サプライヤー・ファイナンス契約に関して新たな開示が要求されるようになります。サプライヤー・ファイナンス契約の特徴としては<図1>が挙げられており、この2つの特徴を有する契約が新たな開示要求の適用対象になります。サプライヤー・ファイナンス契約はサプライチェーン・ファイナンスやリバース・ファクタリングなどと呼ばれることがありますが、その名称に関係なく、<図1>の特徴を有する契約が開示の対象になる点に留意が必要です。

図1 サプライヤー・ファイナンス契約の特徴

図1 サプライヤー・ファイナンス契約の特徴
出所:IAS第7号44G項を基にEY作成

このサプライヤー・ファイナンス契約を利用している企業と利用していない企業では、キャッシュ・フローや流動性リスクが異なるにもかかわらず、財務諸表利用者が正しく理解するには情報が不足しているという意見が寄せられたことが本改訂の背景にあります。この課題を解決するために、改訂後のIAS第7号では、サプライヤー・ファイナンス契約に関して以下の開示目的と開示要求が追加されました(IAS7.44F,44H,BC29)。

(1) 開示目的

(a) 財務諸表利用者が、サプライヤー・ファイナンス契約が企業の負債及びキャッシュ・フローにどのように影響を与えるのかを評価することができるような情報を提供する

(b) 財務諸表利用者が、サプライヤー・ファイナンス契約が流動性リスクに対する企業のエクスポージャーに与える影響及び当該契約が利用可能でなくなった場合に企業がどのように影響を受ける可能性があるかを理解することができるような情報を提供する

(2) 開示内容

(a) サプライヤー・ファイナンス契約の契約条件

(b) 報告期間の期首及び期末現在での以下の事項

(i) サプライヤー・ファイナンス契約の一部である金融負債の帳簿価額、及び企業の財政状態計算書に表示されている関連する科目

(ii) 上記(i)に基づいて開示する金融負債のうち、仕入先がファイナンス提供者からすでに支払いを受けている金融負債の帳簿価額及び関連する科目

(iii) 上記(i)に基づいて開示する金融負債とサプライヤー・ファイナンス契約の一部ではない同等の営業債務の両方の支払期日の範囲(例えば、請求日の30日から40日後)。

(c) 上記(b)(i)に基づいて開示する金融負債の帳簿価額の非資金変動の種類及び影響。非資金変動の例には、企業結合の影響、為替差額、又は現金もしくは現金同等物の使用を必要としないその他の取引(IAS7.43参照)が含まれる。
 

3. セール・アンド・リースバックにおけるリース負債(IFRS第16号「リース」の改訂)

本改訂により、セール・アンド・リースバック取引から生じたリース負債の事後測定に関する新しい規定が追加されました。リースバック取引のリース料が指数やレートに基づかない変動リース料である場合、本改訂により会計処理が変更になる可能性がある点に留意が必要です。

セール・アンド・リースバック取引におけるリース負債について、改訂前は事後測定に関する明確な定めはなく、特に指数又はレートに基づかない変動リース料のケースでは、事後測定時に売手である借手が保持した使用権に係る利得又は損失が即時に認識され得ることが懸念されていました。そこで、リース負債の事後測定に当たり、売手である借手が保持する使用権に係る利得又は損失を認識しない方法で変動リースに係るリース料を算定することが明記されました(IFRS16.102A)。

リース料の具体的な算定方法は定められませんでしたが、本改訂で新たに追加された設例において、変動リースに係るリース料の算定に関する2つのアプローチが例示されています(IFRS16.設例25)。

  • アプローチ1:リース開始日におけるそれぞれの期間の見込みリース料
  • アプローチ2:リース期間にわたり全期間同額となるリース料

アプローチ2を適用したセール・アンド・リースバック取引の会計処理の例は<図2>のとおりです。

図2 セール・アンド・リースバック取引の会計処理例

図2 セール・アンド・リースバック取引の会計処理例
出所:IFRS第16号 設例25を基にEY作成

なお、本改訂はIFRS第16号の適用開始日以降に行われたセール・アンド・リースバック取引に遡及(そきゅう)的に適用する必要がある点に留意が必要です。IFRS第16号の適用以降に、指数又はレートに応じて決まるものでない変動リース料を含むセール・アンド・リースバック取引を行っている場合には、本改訂の影響を特に慎重に検討することが必要だと考えられます。


Ⅲ 経済・社会環境の変化が財務諸表に及ぼす影響

1. 気候関連事項

社会が気候変動に与える影響を減らすための取組みは、かつてないほど大きなものになっています。また同時に、企業が明確なコミットメントを報告することに対する利害関係者からの期待も前例のないほど高まっており、これは予見可能な将来にわたって続くと考えられます。

IFRSには気候関連事項に関する単一の明確な基準が存在しないものの、気候リスク及びその他の気候関連事項は、さまざまな分野の会計処理に影響を及ぼす可能性があります。

気候関連事項に関する会計上の留意点及び開示例については、「Applying IFRS:気候変動の会計処理(2024年5月版)」にて、詳細を解説していますので、ご一読ください。
 

2. その他の考慮事項

直近の数年間で経済環境が大きく変化しており、当該変化が財務諸表に及ぼす影響を確認することも重要です。以下で①金利上昇と②インフレ及びパイパー・インフレーションに関して考慮すべき事項を例示します。

① 金利上昇

金利上昇は引当金や退職給付、リースなど広範な会計事象に影響を及ぼし得ますが、特に固定資産の減損テストへの影響には留意が必要です。すなわち、金利の上昇に伴い減損テストで使用する割引率が上がると、将来キャッシュ・フローの割引現在価値である使用価値の低下につながります。特に、将来キャッシュ・フローにターミナルバリュー(永続価値)が含まれる場合、割引率が上がると算定額が大幅に下がる可能性があります。このため、金利上昇による減損テストへの影響についても十分留意する必要があります。

また、金利上昇に伴う割引率の上昇により、金融商品の公正価値測定にも影響が生じることが想定されます。

② インフレ及びハイパー・インフレーション

インフレ率の大幅な上昇によりハイパー・インフレーションに該当する場合には、IAS第29号「超インフレ経済下における財務報告」の適用を検討する必要があります。ハイパー・インフレーションに該当する可能性がある国に子会社等がある場合は、IAS第29号の適用とその影響を慎重に検討する必要があります。

また、特定の資産及び負債の測定について、インフレによって将来の予想コストが上昇した場合、これらのコストが関連している引当金(資産除去債務など)の金額が増加する可能性があります。

加えて、インフレにより将来の予想コストが上昇する一方で、増加するコストを顧客に転嫁できず収益性が悪化する場合は、当該事業に係る減損リスクが高まることになります。

さらに、金利やインフレの影響を強く受けるような業種では、売掛金の予想信用損失の増加により引当金が増加することが想定されます。


Ⅳ おわりに

本稿で紹介した基準改訂に関連する取引がある場合には、その影響を慎重に検討し、必要な会計処理や開示を行うための準備が必要になります。また、直近の数年間で社会・経済環境が激しく変化しているため、その変化を踏まえた適切な対応に漏れがないかを再確認することも重要だと思われます。




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サマリー

IFRSに準拠して財務諸表を作成している企業は、新たに公表された基準書等を確認して、その影響を調査し、会計処理及び表示・開示を検討する必要があります。本稿では、2025年3月期から適用される基準書等の内容を紹介するとともに、最近の社会・経済状況に鑑みた財務諸表への影響について解説します。



関連コンテンツのご紹介

Applying IFRS:つながる財務報告:気候変動の会計処理(2024年5月)

本冊子(2024年5月アップデート版)では、実際の開示例を示しながら、気候関連事項が財務諸表に及ぼす影響、及び、財務諸表作成過程において留意すべき事項について解説しています。


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