関税がIFRS会計基準に与える影響と実務対応のポイント

情報センサー2025年10月 IFRS実務講座

関税がIFRS会計基準に与える影響と実務対応のポイント


2025年6月にEYが公表した「IFRS Developments:関税のIFRS会計基準への影響」では、米国やその他の国によって課せられた関税を含む現在の貿易政策が会計及び税務報告に与える影響をEYの見解を含めて解説しています。本稿では、IFRS Developmentsで取り扱っている主な論点を紹介します。


本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 品質管理本部 IFRSデスク所属 公認会計士 児島 悠太

2008年に当法人に入社。食品製造業や石油業の会計監査と内部統制監査に従事。2024年よりIFRSデスクに所属し、IFRS導入支援業務、研修業務、執筆活動等を実施している。



要点

  • 企業は、現在の貿易政策や関税が会計及び財務報告に与える影響を考慮する必要がある。
  • 関税リスクに関する潜在的なリスク要因、又はその他の要因が開示に値するかどうかを判断する必要がある。
  • 企業は貿易政策の変化が与える潜在的な影響について注視する必要がある。


Ⅰ はじめに

近年、米国をはじめとする各国の貿易政策の変化により、関税の導入や変更が企業活動に大きな影響を与えています。関税は輸入品に課される税金であり、企業の原価構造や財務報告に直接的な影響を及ぼします。

本稿では、IFRS会計基準に基づく会計処理において関税が影響を与える主要な領域と、それぞれの実務上の留意点について解説します。


Ⅱ 関税の基本的な会計処理

関税は、通常、資産の取得原価の一部として処理されます。例えば、棚卸資産や有形固定資産の取得時に発生する関税は、原価に含めて認識されます。したがって、関税は費用として即時に損益計算書に計上されるのではなく、資産の評価に影響を与える形で財務諸表に反映されます。


Ⅲ IFRSにおける主要な影響領域

下表は、関税が影響を与えるIFRS会計基準の主要な会計領域とその影響内容をまとめたものです。

IFRS会計基準

主な影響内容

IAS第36号「資産の減損」
IAS第2号「棚卸資産」
IAS第12号「法人所得税」
IAS第28号「関連会社及び共同支配企業に対する投資」

輸入品のコスト上昇に伴う将来キャッシュ・フローの悪化の影響(非金融資産の減損、棚卸資産の評価、繰延税金資産の回収可能性、持分法投資の減損)

IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」

関税による既存顧客との取引価格の変更についての収益認識方法への影響

IFRS第9号「金融商品」

融資先の返済能力悪化による融資に関する期待信用損失(ECL)の測定への影響

IFRS第2号「株式に基づく報酬」

株式報酬の契約条件の変更に関する影響

IAS第37号「引当金、偶発負債及び偶発資産」

関税を支払う義務、金額が不明確な場合及び不利な契約が生じる場合の影響

IAS第10号「後発事象」

財務諸表の修正の要否及び開示についての影響

IAS第1号「財務諸表の表示」

将来の仮定、見積りの不確実性に関する開示及び継続企業の評価への影響

次章の「Ⅳ 実務上の留意点」において、具体的な会計処理及び開示内容について解説します。
 

Ⅳ 実務上の留意点

1. 将来の財務情報への影響

各国による関税の導入や変更は、企業の将来のキャッシュ・フロー予測や割引率に影響を与える可能性があります。将来のキャッシュ・フローや割引率は公正価値測定や減損テスト、繰延税金資産の回収可能性評価など、複数の会計領域にまたがって使用されるため、予測の一貫性が重要です。

2. 資産の減損(IAS第36号、IAS第2号、IAS第12号)

関税は輸入品のコストを増加させるため、企業がコストの上昇を顧客に転嫁できない場合、関税の影響を受ける資金生成単位(グループ)に存在する非流動資産(例:有形固定資産、のれん)の回収可能価額が帳簿価額を下回る可能性があります。その場合、IAS第36号に基づいて減損テストを行わなければなりません(IAS36.9,10)。関税によって生じる不確実性が高いほど、企業は、予測に用いた仮定の詳細な開示、それらを基礎とした(できれば外部の)証拠、及び主要な仮定の開示や感応度分析の提供がより重要になります。また、現在の経済状況が、他の資産(例:棚卸資産〈IAS第2号〉、持分法による投資〈IAS第28号「関連会社及び共同支配企業に対する投資」〉、繰延税金資産〈IAS第12号〉)の回収可能性に影響を与えるかどうかを検討しなければなりません。

3. 収益認識(IFRS第15号)

企業は、各関税の目的及び関税を支払う義務を生じさせる要因を理解する必要があります。輸出企業が、関税部分について本人当事者として負担するか、代理人として回収するのかのいずれかによって、関税部分を含めた総額で収益認識するのか、関税部分は含めず純額で収益認識するのかが異なるため、関税の負担に関する貿易条件を含めた取引の実態を判断しなければなりません(IFRS15.B34)。

また、企業は、関税による既存の顧客との契約に生じた取引価格の変更が変動対価として対価の金額を見積る必要があるのか(IFRS15.50)、もしくは契約変更として会計処理される必要があるかを検討しなければなりません(IFRS15.18-21)。既存の契約に、関税の上昇コストを自動的に顧客に転嫁できる法的に強制可能な条項が含まれている場合、取引価格の変更は変動対価の見積りの変更として会計処理され、一般的には契約開始時の配分方法と同じ方法により履行義務に配分されます。関税による取引価格の変更が顧客との追加の交渉及び合意を必要とする場合、IFRS第15号の契約変更の要求事項が適用されます。すなわち、事実と状況に基づいた検討の結果、契約変更は、独立した契約、既存の契約の終了と新たな契約の締結、又は既存の契約の一部のいずれかとして会計処理されます。

関税は、収益認識のために履行義務の充足状況を測定する際に、インプット法である原価比例法(すなわち発生したコストと総予想コストの比較)を適用する場合、一定期間にわたり充足される履行義務の進捗度の測定に影響を与える可能性があります(IFRS15.B18-B19)。

4. 金融商品(IFRS第9号)

関税によるコスト上昇や不確実性が借手の返済能力に影響を与え、信用リスクの増加につながる場合には、貸手側では、IFRS第9号に基づく期待信用損失(ECL)の測定に影響します(IFRS9.5.5.3-5)。仮に、貸付金に係る信用リスクが著しく増大していると判断される場合には、当該貸付金に係る損失評価引当金を全期間の予想信用損失に等しい金額で測定しなければなりません。

また、関税の不確実性は、市場での独立第三者間取引での価格に影響を与え、結果として金融商品の公正価値測定にも影響を与える可能性があります。

5. 株式報酬(IFRS第2号)

関税が経済環境に与える不確実性を受けて、例えば、株式報酬の権利確定条件と実績がかけ離れ、達成が難しくなる場合に、企業が従業員へのインセンティブ維持のために株式報酬の条件変更を行う可能性があります。株式報酬の条件変更により公正価値、権利確定条件、又は報酬の分類(持分決済型又は現金決済型)の変更が行われる場合には、条件変更の会計処理を適用する必要があります(IFRS2.B42-B44C)。

株式報酬の条件を変更する場合、最低限、あたかも条件を変更しなかったかのように(すなわち当初の権利確定条件の達成を条件とし、当初の付与日における公正価値を、当初の権利確定期間に配分する)、当初の株式報酬のコストを認識しなければなりません。さらに、例えば、ストックオプションの行使価格を下げる条件変更により付与された資本性金融商品の価値が増加するような場合においては、条件変更日時点で測定される公正価値の増加部分は、条件変更日から条件変更後のストックオプションの権利確定日までの期間にわたって認識されます。また、仮に持分決済型の株式報酬の取り消しとして判断される場合には、権利確定期間の残りの期間にわたって受け取るサービスに対して認識すべき金額を直ちに認識する必要があります。ただし、新たな資本性金融商品を権利確定期間中に付与し、その付与日時点で取り消した又は清算した金融商品の代替とみなす場合には、企業は、当初の付与の条件変更と同じ方法で代替株式の付与を会計処理します。

6. 引当金及び偶発負債、賦課金(IAS第37号、IFRIC第21号)

関税の支払義務が明確な場合はIFRIC第21号「賦課金」に従って関税に係る負債が認識及び測定されます(FRIC21.2)。関税を支払う義務の有無や金額が不明確な場合は、企業は、IAS第37号に基づき、引当金又は偶発負債として認識、測定及び開示する必要があります。

また、関税の導入が契約上の損失をもたらす場合、企業はその契約が不利であるかどうかを検討する必要があります(IAS37.66-69)。不利な契約は、基準上、契約による義務を履行するための不可避的なコストが、当該契約により受け取ると見込まれる経済的便益を上回る契約と定義されています。契約による不可避なコストは、契約履行のコストと契約不履行により発生する補償又は違約金のいずれか低い方です。IAS第37号では、不利な契約に基づく現在の義務を引当金として認識及び測定することを求めています。

なお、契約履行のコストは、基準上、直接労務費、材料費などの契約の履行の増分コスト及び契約の履行に使用される有形固定資産項目の減価償却費の配分などの契約履行に直接関連するコストの配分として定義されています。

7. 棚卸資産(IAS第2号)

関税により購入原価が増加し、さらにその原価上昇分を顧客に転嫁できず、結果として棚卸資産の原価が正味実現可能価額(NRV)を下回る場合には、棚卸資産の評価減が必要です(IAS2.9)。翌期にNRVが回復した場合は減額の戻し入れが認められますが、原価を超える利益の認識はできません(IAS2.33)。

8. 後発事象(IAS第10号)

報告期間末時点には存在していない状況(すなわちその後に発生した事象)に関する証拠を提供する後発事象は、財務諸表に認識されません(IAS10.3(b))。報告期間末日より後に課される又は修正される関税は、修正を要しない後発事象です。ただし、修正を要しない後発事象は、重要性がある場合には、開示しないと、一般目的財務諸表の主要な利用者が当該財務諸表に基づいて行う意思決定に影響を与えると合理的に予想されるため、財務諸表において開示を行う必要があります。そのような開示には、当該事象の内容と財務上の影響の見積り、又はそのような見積りが不可能である旨の記述が含まれます(IAS10.21)。

9. 財務諸表の開示(IAS第1号)

関税を含む経済状況の変化について、IAS第1号に定められている以下の事項も財務報告に当たり考慮する必要があります。

IAS第1号は、報告期間の末日時点における、将来に関する仮定及び見積りの不確実性の主要な発生要因のうち、翌事業年度中の資産及び負債の帳簿価額に重要な修正をもたらすリスクに関する情報を開示することを求めています(IAS1.125)。また企業は、見積りの判断とは別に、経営者が会計方針を適用する過程で行った判断のうち、財務諸表に認識された金額に最も重要な影響を与えているものを開示する必要があります(IAS1.122)。さらに経営者は、継続企業の前提が適切であるかどうかを含む、企業が継続企業として存続できる能力を評価し、年次及び期中報告期間の両方に関連する開示を行う必要があり、その評価について、関税を含む現在の経済環境を考慮する必要があります(IAS1.25)。


Ⅴ おわりに

上述のとおり、関税の導入や変更は、さまざまなIFRS会計基準の適用に影響を与えます。各国の貿易政策は常に変化していることから、企業は事業及び財務報告に関連する関税の影響について、潜在的な影響も含めて継続的に評価することが重要です。また企業は、関税リスクに関する潜在的なリスク要因、又はその他の要因が開示に値するかどうかを判断する必要があるでしょう。


サマリー

2025年6月にEYが公表した「IFRS Developments:関税のIFRS会計基準への影響」では、米国やその他の国によって課せられた関税を含む現在の貿易政策が会計及び税務報告に与える影響をEYの見解を含めて解説しています。


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