インドネシア移転価格税制改正の概要及び日系企業に与える影響

情報センサー2025年1月 JBS

インドネシア移転価格税制改正の概要及び日系企業に与える影響


2023年12月29日付でインドネシアの移転価格税制が改正されました。改正の主な概要と改正により日系企業が求められる対応を解説します。


本稿の執筆者

EY税理士法人 国際税務・トランザクションサービス 移転価格アドバイザリー 中山 景介

2018年4月に当法人に入社。入社後は、製薬、商社、化学、食品、鉄鋼及び産業機器等、幅広い業種に対する移転価格アドバイザリー業務に従事。2024年3月よりEYジャカルタ事務所に赴任し、インドネシアの日系企業に対して移転価格を中心とした税務サービスを提供。



要点

  • インドネシアにおいて、移転価格税制が改正され、2023年12月29日付で公布された。
  • 「独立企業原則に係る規定」が改正され、移転価格の検証においてインドネシア独自の経済分析が求められる形となった。
  • 移転価格文書に関して、「事前分析」の概念が導入され、2024年度以降を対象とする移転価格文書では特定の関連者間取引に係る追加の事前分析が必須となった。


Ⅰ はじめに

インドネシア財務省は、関連者間取引に係る独立企業原則の適用に関する新規則PMK172を2023年12月29日に公布しました。PMK172には、独立企業原則の適用、移転価格文書化要件、事前確認及び相互協議に係る規定等が含まれます。インドネシアでは、従前より、日系企業を含む外資系企業を対象とした移転価格課税が発生していましたが、本税制改正により、今後はこれまで以上に積極的な移転価格課税が多発することが想定されます。日系企業の皆さまにおかれましては、移転価格課税リスクを最小化するために、PMK172の内容を理解いただき、PMK172にのっとった移転価格文書化対応等を行うことが求められます。本稿では、PMK172の概要及び改正内容のうち特に日系企業の皆さまにとって影響の大きい項目について解説します。

なお、文中の意見に係る部分は筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。


Ⅱ 移転価格税制改正の概要

インドネシア財務省は、新規則PMK172を2023年12月29日付で公布しました。PMK172の公布に伴い、以下の既存のインドネシア移転価格規則は無効となります。

  • 移転価格文書化に係る規則PMK213
  • 相互協議に係る規則PMK49
  • 事前相談に係る規則PMK22

PMK172は、上記既存の3規則の内容を統合するとともに、既存の規則には含まれていなかったインドネシア独自の移転価格に係る新規則も追加しています。PMK172により追加された新規則のうち、特に重要な項目は「独立企業原則に係る規定」の改正及び移転価格文書における「事前分析」の概念の導入となっており、これらの新規則はインドネシアにて事業を行う日系企業にも大きな影響を及ぼします。


1. 「独立企業原則に係る規定」の改正

PMK172により「独立企業原則に係る規定」の内容が改正されました。改正により、関連者との取引価格の妥当性を検証する経済分析について、インドネシア独自の分析が求められます。重要な改正点は「地理的基準の重視」と「単年度ベースでの分析の推奨」です。

(1) 地理的基準の重視

ベンチマーク分析により比較対象情報を選定する際に、今後は地理的比較可能性が重視されます。PMK172は、明示的に、同程度の比較可能性を有する複数の地域にまたがる比較対象情報が利用可能な場合、検証対象と同じ地域に属する比較対象情報のみ分析に用いるべきと定めています。本原則は、検証対象の所在地に関わらず適用されます。

例えば、これまではインドネシア子会社の利益率を検証する際に東南アジア諸国連合(ASEAN)地域に所在する類似第三者企業を選定し利益率を比較していましたが、今後は、選定した類似第三者企業に1社でもインドネシア所在の企業が含まれていた場合、基本的にはインドネシア所在企業のみを抜き出してインドネシア子会社の利益率と比較する形となります。

(2) 単年度ベースでの分析の推奨

PMK172は、利益水準指標を使用する分析を実施する場合、複数年度での分析が比較可能性を高める場合を除き、単年度での分析を実施すべきとしています。PMK172により、複数年度での分析を実施する場合、その分析に係る正当性の説明責任が納税者に課せられます。

例えば、これまではインドネシア子会社の単年度の利益率をベンチマーク分析にて選定した比較対象企業の3年加重平均の利益率と比較していましたが、今後は、基本的には比較対象企業の直近単年度の利益率と比較する形となります。


2. 「事前分析」の概念の導入

PMK172により「事前分析」の概念が導入されました。改正により、納税者は、役務提供取引や無形資産取引等の特定の関連者間取引について、移転価格文書(ローカルファイル)を準備する前に、「事前分析」として関連者間取引が独立企業原則に即している点を裏付ける証拠を収集し分析することが求められます。「事前分析」は2024年度以降を対象とする移転価格文書より対応が必須となります。「事前分析」が実施されていない関連者間取引については、独立企業原則に則していないとみなされ、税務調査官が更正を行うことが可能となります。

「事前分析」項目の例は、以下のとおりです。これまでは税務調査や裁判にて税務当局の要求に基づき必要に応じて証拠資料を収集し分析していたような細かな項目について、今後はあらかじめ全ての項目について納税者側で分析し、「事前分析」として移転価格文書準備前にまとめておく必要があります。

役務提供取引

無形資産取引

金融(ローン)取引

  • 実際に関連者間で取引が発生した証拠(契約書、請求書等)
  • 取引の必要性、経済的合理性及び対価性
  • 株主活動・重複活動・受動的関係による影響(付随的便益)ではない点
  • (オンコールサービスについて)第三者との間で契約なしに提供されるものではない点
  • 存在証拠(経済的及び法的)
  • 無形資産の種類、価値、法的所有者及び経済的所有者
  • 無形資産の使用に係る説明
  • 無形資産の開発・改良・維持・ 保護・活用に係る各関連者の貢献
  • 無形資産の使用による経済的便益の説明
  • ローンが実態に合致している点
  • 借り手がローンを必要としている点
  • ローンが収益を獲得・維持・回収するために使用される
  • ローンが少なくとも次の特徴を満たす
    • 貸し手が経済的・法的にローンを認識
    • ローンの満期日・元本返済義務が存在
    • 設定されたスケジュールどおりの返済が可能
    • 融資を受ける際に借り手は独立した債権者から融資を受けることが可能かつローン元本及び金利の返済が可能
    • 法令的に有効な契約に基づいている
    • 借り手が返済を怠った場合の法的効果が存在
    • 貸し手の債権回収請求する権利が存在
  • 借り手の経済的便益の証明

Ⅲ 日系企業に求められる対応

前述のとおり、日系企業の皆さまにおかれましては、移転価格文書において今後はPMK172にのっとった経済分析、事前分析及び移転価格文書の作成が求められます。PMK172にのっとった対応が行われていない場合は、税務調査にて納税者側で実施している移転価格分析が認められず、税務当局独自の判断で移転価格が更正され、課税を受けるリスクが極めて高くなります。

また、移転価格分析には取引相手先の関連者の協力も欠かせません。特に「事前分析」の対応に当たっては、インドネシア子会社側だけでは情報の収集や分析の実施が難しい部分も多く、取引相手先(日本本社やシンガポール・タイの地域統括会社)との協働が必須となります。このため、今後のインドネシア移転価格対応に当たっては、これまで以上に密にグループ会社間のコミュニケーションをとる形が推奨されます。


Ⅳ おわりに

インドネシア税務において、従前より移転価格は大きなリスクの存在する重要な対応領域ではありましたが、PMK172の公布により、移転価格対応の重要性がより一層高まっています。税務調査にて移転価格課税を受けた場合、インドネシア国内での税務紛争プロセス(異議申立、税務裁判、最高裁)又は取引相手国を含めた相互協議にて二重課税の排除を試みる形となりますが、どちらのプロセスも多大な時間と工数が発生します。初期段階である税務調査にて移転価格課税を受けるリスクを最小化するためにも、PMK172の内容を踏まえた移転価格分析及び移転価格文書の具備が重要となります。

PMK172に係る対応に当たっては、専門知識を有するアドバイザーのサポートや取引相手の国外関連者とのグローバルな連携が必須となります。EYはグローバルにネットワークを有し、世界各国にて移転価格サービスを提供していますので、お困りの際はいつでもご相談いただけますと幸いです。


サマリー 

インドネシア移転価格税制改正の概要ならびに改正内容のうち日系企業に特に大きな影響を与える「独立企業原則に係る規定」の改正及び移転価格文書に関する「事前分析」の概念の導入について解説します。


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