EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
EY新日本有限責任監査法人 ロンドン駐在員 公認会計士 寒河江 祐一郎
1999年に入社後、2010年から2013年までEYニューヨーク事務所で監査業務に従事。2014年よりパートナーとして多数の多国籍企業監査に従事。2024年7月よりEY英国ロンドン事務所にEMEIAの日系企業担当として赴任。幅広いサービスで日系企業の事業展開を支援している。
要点
英国企業との取引がある、英国に子会社があるなど、日本企業であっても英国と何らかの接点を持っている場合に、その接点において企業または企業の顧客の利益を意図した不正が発生すると、企業は英国法における「不正防止不履行罪」に問われる可能性があります。ただし、不正発生時点において「合理的な不正防止手続」が講じられていたことが裁判所で認められれば、この罪には問われません。
本稿では、「不正防止不履行罪」及び「合理的な不正防止手続」の概要について、英国政府が2024年11月に発表した” Economic Crime and Corporate Transparency Act 2023: Guidance to organisations on the offence of failure to prevent fraud”に基づいて、解説します。
英国では、2023年10月に「経済犯罪及び企業の透明性に関する法律」(Economic Crime and Corporate Transparency Act 2023)が成立し、その中で「不正防止不履行罪」(Failure to prevent fraud offence)という新たな企業犯罪類型が創設されました。
企業の従業員、代理人、子会社を含む「関係者」(Associated person)とされる人物が、英国との接点において、企業または企業の顧客の利益を意図して不正を行い、かつ企業が「合理的な不正防止手続」を講じていなかった場合には、当該企業は「不正防止不履行罪」に問われることになります。「不正防止不履行罪」は、たとえ取締役や上級管理職が従業員等による不正を指示していなかったとしても、あるいは、不正の事実を知らなかったとしても成立します。
なお、有罪とされた場合の罰金は裁判所の判断により決定されます。罰金に上限は設けられていません。
「不正防止不履行罪」の創設により、取締役や上級管理職が従業員等による不正を見て見ぬふりをするケースが減少することが期待されています。また、より多くの企業が不正防止のための手続を導入または改善することを促し、企業文化の変革を通じて経済犯罪が減少していくことが期待されています。
「不正防止不履行罪」が成立する主要な要件は以下の通りです。
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対象企業 |
以下の3つの数値基準のうち企業グループ全体で2つ以上を満たす「大規模な組織」(Large Organization)が対象となります。
なお、上記の数値基準は企業の本社や子会社がどの国に所在するかに関係なく、企業グループ全体としての数値で判断されます。 上記の要件を満たす限り日本企業も対象になります。 |
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不正の実行者 |
「関係者」(Associated person)とされる以下の者が実行した不正が対象となります。
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英国との接点 (”UK Nexus”) |
「不正が英国内で実行されたこと」あるいは「不正による利得または損失が英国内で生じたこと」が要件となります。下記のいずれもが対象になり得ます。
※日本企業の子会社の従業員が日本企業の利益を意図して不正を実行した場合には、子会社ではなく、日本企業が罪に問われる可能性があります。逆に、日本企業の子会社の従業員が子会社の利益を意図して不正を実行した場合には、たとえ当該子会社自身が「大規模な組織」に該当しなくとも、当該子会社が罪に問われる可能性があります。 |
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不正の意図 |
不正が「企業」または「企業のクライアント」の利益を意図して実行されたということもこの犯罪成立の要件の1つを構成します。以下にご留意ください。
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不正の種類 |
以下を含みます。
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「合理的な不正防止手続」の欠如 |
上記に加え、不正発生時点で「合理的な不正防止手続」が講じられていなかったことをもって初めて「不正防止不履行罪」が成立します。詳しくは後述の「Ⅴ 『不正防止不履行罪』に対する防御」をご覧ください。 |
英国企業ではない日本企業が「不正防止不履行罪」に問われるケースがどのようなものなのか、以下の例でご確認ください。
英国政府の助成金制度は、特定の効率基準を満たす暖房機器を補助します。この例では、小規模な英国の製造業者が効率テストのためにその機器を認定された日本の検査企業に送ります。日本の検査企業は英国に施設を持っていません。機器が助成金の対象となるには、テストで効率が一定の閾値を超えることを示さなければならないことを知っているため、日本の検査企業の管理者はテストのデータを改ざんしました。この改ざんの結果、機器は助成金の対象となり、英国の製造業者が利益を得ました。この例では、日本の検査企業の管理者が日本の検査企業の「関係者」(Associated person)であり、虚偽の表明という不正を行っています。この効果が英国の組織に不正な利益をもたらすため、これは英国の国内法の下での経済犯罪に該当します。日本の検査企業は、英国の裁判所が不正を防止するための「合理的な不正防止手続」を講じていたと認めない限り、「不正防止不履行罪」に問われる可能性があります。
企業は、不正を防止するための合理的な手続を講じている場合、または、あらゆる状況において企業が不正防止手続を講じることが合理的でないことを裁判所に認めさせることができる場合には、「不正防止不履行罪」に問われません。企業が不正を防止するための合理的な手続を講じていたかどうかは、事実と状況を考慮して裁判所が判断します。裁判に持ち込まれた場合、不正が行われた時点で企業が不正を防止するための合理的な手続を講じていたことを立証する責任は企業側にあります。
限られた状況においては、特定のリスクに対応する措置を導入しないことが合理的とみなされる場合があります。しかし、リスク評価を実施しないことが合理的とみなされることはまれです。特定のリスクを防止するための手続を実施しないという決定を行った場合、その旨、及び、その決定を承認した人物の名前と役職を文書化する必要があります。
前述のとおり、企業は、「合理的な不正防止手続」を講じている場合には、「不正防止不履行罪」に問われません。
英国政府はこの「合理的な不正防止手続」を開発あるいは強化するためのガイダンスである “Economic Crime and Corporate Transparency Act 2023: Guidance to organisations on the offence of failure to prevent fraud”を2024年11月6日に発表しました。
このガイダンスでは、不正防止手続は、以下の6つの原則に基づいて設計されるべきとされています。
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原則 |
要旨 |
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トップレベルのコミットメント |
取締役会及び上級管理職は少なくとも以下の4つの役割を果たすことが求められます。
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リスク評価 |
企業にとっての「関係者」を識別し彼らがどのような状況下で不正を実行し得るのかについて、不正トライアングル(機会、動機、正当化)等を用いて整理し発生可能性と潜在的な影響を評価します。 |
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リスクに基づいた適切な防止手続 |
策定に当たっては、例えば以下を考慮します。
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デューデリジェンス |
各「関係者」について、スクリーニングツール、インターネット検索、取引履歴の確認、業務委託契約書のレビューなどを実施します。また、従業員等が強いプレッシャーやストレスにさらされていないかどうかについて監視することも効果的です。 |
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コミュニケーション |
研修等を通じて「関係者」に不正防止の取組みを認知させ、理解させることが必要です。また、非常に有効な不正防止策として、企業は適切な内部告発(Whistleblowing)の仕組みを持つべきです。 |
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モニタリングとレビュー |
「不正及び不正未遂の検出」「不正調査」「不正防止手続の有効性の監視」というモニタリングの3要素を適切に実施する必要があります。また、年次または半年ごとなど定期的にリスク評価を見直し、不正検出および防止手続を更新する必要があります。 |
裁判所が事案を審理する際には、企業がガイダンスにおける6つの原則を遵守しているかどうかが考慮されます。しかしながら、ガイダンス内の推奨手続から逸脱しても、企業が合理的な不正防止手続を講じていないことを自動的に意味するわけではありません。異なる防止手続も裁判所によって合理的とみなされる場合があります。同様に、このガイダンスはセーフハーバーを提供することを意図しているわけではありません。ガイダンスを厳守しても、企業が自身のビジネスの独自の事実から生じる特定のリスクに対処していない場合、必ずしも合理的な手続を講じていることにはなりません。
「大規模な組織」(Large Organization)とされるような日本企業の多くは一定レベルの不正防止手続を内部統制として既に導入しているはずです。しかしそのような日本企業であっても、英国との接点の中で不正が発生した場合には、「合理的な不正防止手続」を講じていたと裁判所に認められない限り、企業として英国法による「不正防止不履行罪」に問われる可能性があります。従って、既存の不正防止手続が英国政府のガイダンスにおける6つの原則に照らして十分なものかどうかについて改めて検討し、不足があれば追加を行っておくことが企業としてのコンプライアンスリスクの管理として重要となります。「不正防止不履行罪」は2025年9月1日より施行されますので、その前に「合理的な不正防止手続」の導入を完了しておくことが望ましいと言えます。
日本企業であっても、英国企業との取引がある、英国に子会社があるなど、英国と何らかの接点を持っている場合には、その接点において不正が発生すると、英国法に基づく刑事責任を問われる可能性があるため、法律の理解と対応が必要となります。
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