EMEIA(欧州、中東、インド、アフリカ)地域に投資する場合の投資先国選定の考え方

情報センサー2025年5月 JBS

EMEIA(欧州、中東、インド、アフリカ)地域に投資する場合の投資先国選定の考え方


企業がEMEIA地域に投資する場合の投資先国選定において、重要な考慮要素の1つである投資インセンティブの概要について解説します。


本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 ロンドン駐在員 公認会計士 寒河江 祐一郎

1999年に入社後、2010年から13年までEYニューヨーク事務所で監査業務に従事。14年よりパートナーとして多数の多国籍企業監査に従事。24年7月よりEY英国ロンドン事務所にEMEIAの日系企業担当として赴任。幅広いサービスで日系企業の事業展開を支援している。



要点

  • 投資先国の選定は海外投資の成否を左右しかねない極めて重要な経営意思決定である。
  • 各国の投資インセンティブの内容と利用可能性を適切に評価し、かつ、投資対象国の政府関係者と緊密に連携することがキーとなる。
  • それにより、投資先国を適切に選定でき、かつ、投資インセンティブの適用を早期に実現することができる。


Ⅰ はじめに

保護主義、地域主義が台頭する今日のグローバル経済環境において、投資先国の選定は投資の成否を左右しかねない極めて重要な経営意思決定となります。

本稿では、企業がEMEIA(欧州、中東、インド、アフリカ)地域に投資する場合の投資先国選定における重要な考慮要素の1つである投資インセンティブの概要について、後述するEYのGlobal Location Services and Incentives部門(EY GLSI)の知見を基に解説します。


Ⅱ EMEIA地域における投資先国選定

EMEIA地域は、経済の変動や地政学的な変化の潮流を乗り越え続けており、投資機会に対してもレジリエンスを保っています。企業は投資国選定に際して先を見越して戦略的に考え、慎重に実行していくことが推奨されます。アフリカの急成長市場、欧州の多様な地域特性、中東のテクノロジー主導の変革、インドの成長するグリーンおよびデジタルセクターなど、EMEIA地域はFDI(Foreign Direct Investment:海外直接投資)にとって豊かな環境を提供しています。この多様な環境で成功を収めようとする企業にとっては、経済指標、市場動向、各国政府が提供するインセンティブなどの複合的要素を理解することが重要です。成功する投資への道は、慎重な分析、政策目標との戦略的連携、その国・地域ならではの価値創造を提案することによって開かれます。


Ⅲ 投資先国選定における投資インセンティブの考慮

投資先国を適切に選定するためには、まず、投資が成功するために必要となる諸条件を明瞭に定義します。その上で、投資先候補となる各国の労働市場、インフラの質やアクセス、財政的および非財政的な投資インセンティブなどの関連する諸要素を評価します。それらの諸要素を適切に評価するためには、各候補国のステークホルダーと現地で双方向の対話を行うことが不可欠となります。特に、投資インセンティブの内容を正確に理解し、その利用可能性を評価する上で現地訪問は非常に重要です。

次の章では、投資先国選定において考慮すべき重要な要素の1つである投資インセンティブの概要について解説します。


Ⅳ 投資インセンティブの概要

世界中の政府は、電動モビリティや半導体製造などの重要な分野へのFDIを自国に呼び込むために多額の資金を拠出しています。それらのインセンティブプログラムは多種多様であり、さまざまな側面から経済成長を促すべく設計されています。

  • 資本支出インセンティブは、新しい事業の設立や既存の事業のアップグレードを促進します。
  • 雇用インセンティブは、直接または間接的な雇用をサポートし、雇用創出を促進します。
  • イノベーション・インセンティブは、研究開発(R&D)、製品開発、技術革新を推進します。
  • サステナビリティ・インセンティブは、再生可能エネルギーの生成、エネルギー効率、持続可能な開発への投資を奨励します。

1. EUにおける投資インセンティブ

① 地域特化型のインセンティブ(Regional Aid)

EUでは、発展途上地域の経済成長を促進するために地域特化型のインセンティブが提供されています。投資の規模が大きいほど、インセンティブの規模も大きくなることが多く、 大規模なインセンティブが提供される場合には、欧州委員会の事前承認が必要です。

② 研究開発(R&D)に対するインセンティブ(R&D incentives)

欧州諸国はさまざまな分野でR&Dインセンティブを提供していますが、企業はしばしばR&Dの定義を狭く解釈するため、受けられるインセンティブを見落とすことがあります。R&Dがインセンティブの対象になるかどうかを正しく判断するためには、技術や税務の知識が必要になります。

③ 一時的危機・移行枠組み(TCTF: Temporary Crisis and Transition Framework)

ウクライナ情勢に対応し、欧州グリーンディールの目標をさらにサポートするために、ネットゼロ排出経済のための製品生産をサポートします。再生可能エネルギー、EVバッテリー、エネルギー貯蔵、生産プロセスの脱炭素化などの分野に焦点を当てています。TCTFは2025年末まで利用可能で、現金助成金や税制上の優遇措置が含まれています。

④ イノベーションファンド(Innovation Fund)

従来の技術と比較して追加されるコストの大部分をカバーするためにグリーン投資に対しての現金助成です。申請は財務的および技術的な観点から評価され、すべてのEU地域に開放されています。

⑤ 欧州共通の利益に関する重要プロジェクト(IPCEI:Important Projects of Common European Interest)

欧州全体に利益をもたらす先進的な研究やイノベーションプロジェクトをサポートします。国境を越えた協力が不可欠であり、健康分野の近代化や水素エネルギー、その他の重要な分野についての議論が行われています。
 

2. EU域外における投資インセンティブ

EU域外では、インセンティブの状況は国によって異なり、一部の国はEUのガイドラインを採用したり影響を受けたりしています。非EU諸国には独自の規制がありますが、雇用創出や戦略的セクターまたは特別区域への投資に対するインセンティブなど、共通のパターンが見られます。

  • 支援要素:多くの場合、投資額、雇用創出、または両方の要素の組み合わせに焦点を当てています。戦略的に重要なセクターで事業を行う企業は、優遇措置を受けることがあります。
  • インセンティブの対象:EUのインセンティブの対象と類似しており、資本支出、雇用創出、イノベーション、サステナビリティに焦点が当てられています。
  • インセンティブの形態:現金助成のオプションを含む場合がありますが、主な支援形態は税の減免、土地割当の優遇措置、公共料金のサポート、または対象資産に対する輸入関税です。政府はまた、100%外資系企業の参加を許可すること、規制の柔軟化、迅速な許可手続きなど、投資に関連する非財政的サポートを提供することがあります。

Ⅴ 投資先国選定の好事例紹介

ある大手EVバッテリーメーカーA社がEYのサポートを受けながら投資先国選定をどのように行ったかを好事例として紹介します。このプロジェクトでは、広範なデータの管理と分析、さまざまな投資先国要因の理解、バイアスや長期的な戦略的結果を見落とすといった一般的な落とし穴を避けることが求められました。
 

1. 厳格な評価

A社は、EYのサポートを受けて世界中の複数の地域を対象に投資先候補国のグローバルスクリーニングを完了しました。この予備段階では、詳細評価のために3つのEU諸国と4つの非EU諸国が選定されました。A社が実施した厳格な評価には、非財務的側面も含まれており、7つの国に対して行われました。原産地規則、関税規則、許可のタイムラインなど、重要な影響要因は見落とされがちであり、慎重な検討がなされました。
 

2. 現地訪問とオープンダイアログの重要性

慎重な評価の結果、候補国は3つの国に絞り込まれました。そこから、A社はEYのサポートを受けて、関連する国の利害関係者と連携してプロジェクトのための複数の候補国を決め、より深い洞察を得るために現地訪問を実施しました。候補国を訪れることは、期待と現実が一致することを確保するために重要なプロセスになります。

現地訪問は、A社がそれぞれの政府関係者と将来的な投資に関するインセンティブについて事前協議を効率的に行うよい機会になりました。事前協議にあたっては、その国の経済成長計画を深く理解し、かつ、自社の投資が当該国の経済成長にどのように貢献するのかを説明できるようにしておくことが必要です。このような政府関係者との事前協議は投資の内容と経済的影響について双方の理解を擦り合わせるための貴重な時間であり、インセンティブを早期に確保するためにも重要です。現地訪問後、候補国は最終比較のために2つ(1つはEU、1つは非EU)に絞り込まれました。
 

3. インセンティブ申請プロセス

A社はこの段階で現地の規制やタイムラインに従った包括的なインセンティブ申請を準備しました。投資が候補国の経済にどのような好影響を及ぼすのかを明快に論証することが重要であり、結果として、政府からインセンティブのオファーを受け取る可能性が高まることになります。申請は最終決定や建設が始まる前に提出する必要があります。
 

4. 最終決定

最終決定は、以上のプロセスで識別されたさまざまな定性的および財務的要因、インセンティブの内容と利用可能性を踏まえた包括的な分析に基づいて行われるべきです。A社は、EYが各候補国に投資した場合の財務モデルの構築と、両候補国の比較評価分析を実施した上で、投資先国の最終決定を行いました。同社は各候補国の市場アクセス、将来のビジネス機会、サプライチェーンといった事業戦略的な要素とともに、投資インセンティブも重要な判断材料の1つとして取り扱いました。

図1 EYが考える投資先国選定プロセス

図1 EYが考える投資先国選定プロセス
EY GLSI作成

Ⅵ おわりに

各国政府の政策が企業活動の成否に与える影響が非常に大きくなりつつある今日のグローバル経済環境において、投資先国の選定は投資の成否を左右しかねない極めて重要な経営意思決定となります。本稿がEMEIA地域への投資をお考えの企業にとってご検討の一助になれば幸いです。


EYのGlobal Location Services and Incentives部門(EY GLSI)について

EY GLSIは、企業の最適な投資国選定をサポートするとともに、EMEIA地域における潜在的なインセンティブや助成金の確保をサポートしています。

欧州6カ国、12の言語、20人以上のプロフェッショナルからなるチームは、実績に裏打ちされており、本稿執筆時点で約400億ユーロの資本投資と30億ユーロのインセンティブ申請を含むプロジェクトを有しています。

150以上の国と地域に展開するEYのグローバルな組織の一部として、EY GLSIは国際的な経験と各地域に関する多様な情報を併せ持っており、国際的に拡大する多くの企業をサポートしています。




サマリー 

EMEIA地域に投資する場合の投資先国選定に際しては、各国の投資インセンティブの内容と利用可能性を適切に評価し、かつ、投資インセンティブの適用を早期に実現する必要があります。そのためには、投資先国の政治・経済状況について情報の収集と分析を入念に行った上で、政府関係者と現地で面談することにより、投資インセンティブの制度趣旨を正確に理解するとともに、企業による投資がいかに投資対象国の経済成長に資するかを政府関係者にも正しく理解してもらうことが必要でしょう。


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