中国事業再編の留意点

情報センサー2025年7月 JBS

中国事業再編の留意点


中国における事業再編に関する、異なる手法ごとの留意点を比較検討するとともに、異なるステークホルダーへの対応方法を解説します。


本稿の執筆者

EY中国 公認会計士 高橋 臣一

EY新日本有限責任監査法人に入社後、2006年にEY中国上海オフィスへ異動、上海に常駐しつつ、北京を含め中国の主要都市をカバー。日系企業に対して会計監査、ビジネスリスクマネジメント、内部統制監査、財務デューデリジェンス、M&Aサポート等、幅広いサービスを提供している。パートナー。



要点

  • 近年日系企業の事業撤退は増加傾向にある。
  • 持分譲渡と清算の手法に行われるケースが多いが、それぞれメリット、デメリットがある。
  • 地元政府や従業員との関係に十分考慮して進めていくことが成功の鍵である。


Ⅰ はじめに

昨今、中国における日系企業を取り巻く事業環境は厳しいものになってきています。現地中国企業の技術/経営革新により、品質、価格の両面で競争力のある製品が供給され、日系企業の競争優位性が失われつつあります。

そのため、多くの日系企業が現地子会社の事業再編の実施/計画を余儀なくされています。<図1>の通り、過去10年間で上場企業が有価証券報告書で開示しているだけでも300社超の企業再編が行われてきました。

図1 中国での異なる事業再編手法ごとの企業数の推移

図1 中国での異なる事業再編手法ごとの企業数の推移
出所:株式会社インターネットディスクロージャー「開示Net」検索結果よりEY作成

Ⅱ 持分譲渡と資産譲渡の比較

企業再編の手法としては、主に持分譲渡と清算の2つの手法に大別されます。各手法の特徴としてしては、<表1>の通りです。
 

表1 持分譲渡と資産譲渡(清算)各手法の特徴

持分譲渡

清算(資産譲渡)

形態

自社の持分を第三者に譲渡することにより、中国子会社を売却する。事業は譲受企業がそのまま引き継ぐ場合や、事業形態を変更してそのまま経営活動が継続する

生産、販売活動を停止し経営活動を終了する。従業員に対して経済補償金を支払い解雇し、土地、建物等の資産を売却し、残余財産を日本の本社に返還する

優位点

  • 取引に係る税金コストは清算に比べ低い
  • 雇用の継続を確保する場合、従業員の解雇等に関するコスト負担や各種法的手続きに関する時間を節約できる
  • 地元政府の協力を得ながら、清算のスケジュールや手法について計画的に進めていくことが可能

劣位点

  • 売却手続きに際しては、詳細な財務、税務、法務、労務に関する調査が実施され、数カ月に及ぶことになる
  • 従業員の整理や経済補償金の支払いに際して従業員との個別面談や交渉が必要になる
  • 企業の清算に際しては、税務調査が実施され、その際に過去の税務上の問題点が顕在化した場合、追徴納税が発生する可能性がある

持分譲渡の場合は、買い手が見つかれば持分譲渡契約書を交わすことにより、比較的短期間で完了することが可能です。また、清算の場合と異なり、個別資産の売却ではないので、取引税である、増値税や土地増値税といった税金費用を節約することができます。

一方、清算の場合は事業清算の期間が複数年の長期間に及ぶ場合があり、その過程である税務登記抹消の際に税務当局から過去の税金納付状況に対するコンプライアンスの監査が入り多額の追徴課税を要求されるケースも見受けられます。

総合的に見ると、持分譲渡の方が清算に比べて優位点は多いことになります。一方、買い手探しは昨今の中国の景気後退局面では容易ではないのも事実であり、両手法ハイブリッドで対応していくのが、現実的な対応であると考えられます。


Ⅲ 地元政府への対応

持分譲渡、清算いずれの撤退手法による場合であっても、進出先地方の地元政府への対応は非常に重要になります。企業が進出する際や日常のオペレーションの際にも地元政府は進出先企業の運営を支援してきました。例えば、企業が進出する際の土地探しや政府補助金の交付、人材探しやインフラの整備等企業がグリーンフィールドから立ち上げる際に多大なサポートを実施している場合が多いです。進出する際には、地元政府との間で投資協議書等を締結している場合があります。その中の条項には、企業が撤退する場合の条件等が記載されていることもあり、その条件を巡って地元政府との交渉が必要になるケースもあります。

また、持分譲渡の際でも買い手となる企業が、進出先の政府が歓迎する業種でなければスムーズに売却交渉が進まないこともあります。基本的には持分の売買は、買い手と売り手の合意があれば完了しますが、この取引に地元政府が干渉してくるケースが実際には多く見られます。地元政府としては、買い手企業の地域GDPへの貢献度がどの程度見込めるかという部分を評価することになります。


Ⅳ 従業員への対応

企業撤退時の最大の課題は、今まで雇用してきた従業員との雇用契約を終了することにあります。法的には、労働法、労働契約法の中で従業員の解雇の手続きが規定されているため、それにのっとって進めていくことになります。その際に留意が必要となるのが、経済補償金の金額です。

経済補償金とは、従業員を会社都合で解雇する場合に従業員に支払う必要のある金銭的補償であり、労働契約法第46条に企業の支払い義務が明記されています。その中には、支払金額の算出方法の規定もあり、基本的な考え方は、1カ月の平均賃金に勤務年数を乗じて算出されます。

しかし、多くの日系企業は法律の定める金額に上乗せして経済補償金を支払うケースが多いようです。10年間の勤務期間があれば、法律上は10カ月分の賃金を経済補償金として支払う義務が生じます。実際には、ほとんどのケースでこの月数に数カ月分を上乗せして支給しています。

企業としては、これまでの従業員の貢献に対して感謝の意を表す意味合いがあります。一方、解雇の際に暴動等が発生しないよう、スムーズな閉鎖を確保するための必要なコストとして適切な金額を、地元政府と確認しながら決定しているという要素もあり、金額決定には細心の注意が必要になるでしょう。


Ⅴ おわりに

事業再編においては、法律的理解から従業員への配慮や地元政府との良好な関係性構築といった、ハード面だけでなくソフト面についてまで、十分に配慮して進めていく必要があります。経済的合理性を追求するあまり、予期しない事態が発生し企業ブランドを傷つける事態になれば、その損害は計り知れません。

事前に地元政府や従業員等のステークホルダーの意向を確認しながら進めていくことが、円滑な事業再編に向けた大切なポイントになってきます。


サマリー 

中国において事業撤退を、企業ブランドを損なうことなく円滑に実施するためには、多くのステークホルダーとの十分かつ誠実な対応を心掛ける必要があります。持分譲渡と清算(資産譲渡)の手法選択の比較においても、経済的な側面だけではなく、多様な方面へのケアが必要になります。


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