英国におけるVirgin Media Limitedの確定給付企業年金制度に関する裁判の判決の影響について

情報センサー2025年8月・9月 JBS

英国におけるVirgin Media Limitedの確定給付企業年金制度に関する裁判の判決の影響について


英国における確定給付企業年金制度について、日系企業の英国関係会社にも影響を及ぼし得る法解釈が裁判で明示されました。本稿では、当事案に関連した裁判の判決の内容及び英国において活動する日系企業において確認、対応すべき事項を紹介します。


本稿の執筆者

EY英国 公認会計士 根岸 拓未

EY新日本有限責任監査法人入社後、日本基準及び国際会計基準に基づく多国籍企業の監査を経験。
2024年よりEY英国監査部門(ロンドン事務所)で監査マネージャー及びJapan Business Service(JBS)の デスクとして、日系子会社の全般サポートに従事。



要点

  • 英国において、1997年から2016年に実施された確定給付企業年金制度の規則の修正は、アクチュアリーによる書面確認がない場合、無効となる可能性がある。
  • 日系企業の英国関係会社を含む英国企業は、法的専門家及びアクチュアリー等と連携し当該裁判の判決の影響を確認、評価する必要がある。
  • 英国政府は、過去の年金制度の変更に関して、アクチュアリーの確認を遡及(そきゅう)的に認める法律の導入を検討しているため企業はその動向を注視する必要がある。


Ⅰ はじめに

確定給付企業年金制度の規則の修正をめぐってVirgin Media Limited(以下、VM社)が起こした裁判の結果、英国において活動する日系企業に影響を及ぼし得る法解釈が明示されました。これにより、財務諸表における退職給付債務の再測定や適切な情報開示、また、将来的には法律に基づく是正措置が必要となる可能性があります。本稿では、当事案に関連した裁判の背景及びその影響、そして、英国において活動する企業に求められる確認と対応事項を解説します。

なお、本件に該当する確定給付企業年金制度の規則の修正は、1997年4月6日から2016年4月6日の間に実施されたものに限られます。


Ⅱ 裁判とその判決の概要

1. 裁判の背景※1

2022年、VM社は、過去に実施した確定給付企業年金プランの規則の修正について、その有効性を問う訴訟を起こしました。具体的には、同社が有する確定給付企業年金プランについて、1999年に実施した繰越年金の再評価率を引き下げる修正が、the Pension Schemes Act(以下、PSA)第37条及びthe Occupational Pension Schemes (Contracting-out) Regulations 1996(以下、規則)第42条に照らして無効となるのか否かを争うものでした。

当該年金プランは1991年に設計されたもので、1978年から2016年まで英国にて実施されていた確定給付企業年金制度に基づくものです。当該制度は、the State Earnings Related Pension Scheme(以下、SERPS)の支給対象から外れる代わりに、雇用主が従業員に対して年金を支払う形態をとっていました。当該制度では、1997年4月6日まで、それによって代替されたSERPSの年金額とほぼ同額の支給額を保証する「保証最低年金(GMP)」が提供されていましたが、1995年に行われたPSAの改正を受け、以後のGMPは終了しました。そして、1997年4月6日以降は、PSAの「第9条(2B)の権利」として知られる法定基準を満たす給付を受ける権利を提供していることをアクチュアリーによって評価及び認定された「スキーム」により、確定給付企業年金制度を運用する仕組みとなりました。

アクチュアリーから「第9条(2B)の権利」の提供に関する評価を得てはじめて運用が認められることとなった確定給付企業年金制度には、その修正に制限が加えられました。すなわち、PSA第37条によって、「所定の状況を除き」、また「修正が所定の説明のものでない限り」規則の修正はできないことが定められたのです。なお、規則の修正が認められる「所定の状況及び説明」の具体的な内容については、規則第42条が示しています。同条は、書面によるアクチュアリーへの規則の修正確認が実施され、またその修正が法定基準を満たすことをアクチュアリーによって確認されたものでない限り、「第9条(2B)の権利」に関連する修正は認められないとしています。

このように、1997年4月6日以降、「第9条(2B)の権利」に関連する確定給付企業年金制度の規則の修正に際して書面によるアクチュアリーへの確認プロセスを伴う必要があったことは、法律上明らかです。しかしながら、仮に書面確認を伴わない修正が実際に行われた場合に、PSA第37条によってその修正が「無効」とされるのかについては、これまで明確な法解釈が示されてきませんでした。

VM社が今回の訴訟において問題とした年金プランの規則の修正は、1999年、すなわち、「第9条(2B)の権利」に関連する修正に際してアクチュアリーへの書面確認が要求されていた時期に実施されました。しかし、当該修正に当たって、書面確認はなされなかったとされています。こうした背景を踏まえ、VM社は、当該修正の有効性と関連する影響を判断するため、2022年10月に訴訟を提起し、関連条文にかかる法解釈の明示を求めたのでした。なお、裁判は書面発行がなかったという前提の上で行われており、書面発行有無の事実判断にまでは踏み込んでいません。

※1 "Virgin Media Limited v NTL Pension Trustees II Limited & Ors"  (The high court of justice on 16 June 2023), Find Case Law - The National Archives, caselaw.nationalarchives.gov.uk/ewhc/ch/2023/1441?query=VIRGIN+MEDIA+LIMITED(2025年8月22日アクセス)
 

2. 裁判における主な論点と判決概要

本裁判においては、以下3つの論点が提示され、高等裁判所は以下の判決を下しました。

裁判における主な論点と判決概要

出所:"Virgin Media Limited v NTL Pension Trustees II Limited & Ors" (The high court of justice on 16 June 2023), Find Case Law - The National Archives, caselaw.nationalarchives.gov.uk/ewhc/ch/2023/1441?query=VIRGIN+MEDIA+LIMITED(2025年8月22日アクセス)のうち、29、55、76、80項を基に筆者作成

この結果、1997年から2016年までの間に行われた確定給付企業年金制度の規則の「第9条(2B)の権利」に関連する修正に際して、アクチュアリーへの書面による確認通知等のプロセスが実施されていなかった場合、たとえその修正が年金受給者に利益をもたらす内容であったとしても、修正後に生じた権利を含むすべての権利に関して、その修正は無効とされることが明らかとなりました。

原告側は、2番目の論点について控訴し、アクチュアリーの書面による確認が必要であったのは、当該年金制度の規則の修正が変更日における過去の勤務に起因する年金給付に影響を与える場合のみであったのか、それとも、その修正が将来の勤務によって得る年金給付に影響を与える場合にも必要であったのかについて再検討するよう求めました。2024年7月、控訴院は原告側のこの訴えを退け、「第9条(2B)の権利」には過去及び将来の権利が含まれることを再確認しました。


Ⅲ 今後の見通し

英国政府は、2025年6月、当該判決の結果を踏まえ、過去の給付変更が必要な基準を満たしていたことを示すアクチュアリーによる書面確認を、遡及的に取得する能力を付与する法律の導入を検討していることを公表しました※2。現時点では、その具体的な内容や必要なプロセス等については不明であり、引き続き動向を注視していく必要があります。

※2 “Retrospective actuarial confirmation of benefit changes” (The UK Government Department for Work and Pensions on 5 June 2025), GOV.UK, www.gov.uk/government/news/retrospective-actuarial-confirmation-of-benefit-changes(2025年8月22日アクセス)


Ⅳ 影響

現在、英国に関係会社を有しており、当該関係会社が確定給付企業年金プランを運用している場合、財務諸表における退職給付債務の会計処理及びその関連した開示は、不確実性にさらされており、2026年3月期の決算等において追加の対応が必要になる可能性があります。なぜなら、仮に、1997年4月6日から2016年4月6日までの間に確定給付企業年金プランの「第9条(2B)の権利」に関連する修正を実施しており、かつその修正が無効と判断される場合、退職給付債務の再測定及び修正措置が必要となる可能性があるからです。また、たとえその修正が有効であると評価されたとしても、財務諸表において、企業が有効性の確認のために実施した手続等の情報を適切に開示することが望まれます。

仮に、英国政府が表明している新たな法律が施行され、過去の給付変更が必要な基準を満たしていたことを示すアクチュアリーによる書面確認を遡及的に取得することが可能になった場合であっても、書面確認の取得等の追加的な措置、及び適切な開示等の実施が要求される可能性は依然として残ります。

企業とその取締役は、会社法と、採用した会計基準に準拠した財務諸表を作成する責任を負っています。英国政府の動向を様子見して対応を先延ばしにすることは望ましくありません。財務諸表の修正という結果をもたらす本論点の不確実性を払しょくし、法的な動向に即した対応を適切に実施するため、法的な専門家や担当のアクチュアリーへ相談し、まずは影響の有無の評価を実施することが重要です。


Ⅴ 英国に所在する日系企業が確認すべき事項

各企業においては、<図1>のフローチャートに従い、当事案に関する影響の有無を確認することが求められます。

図1 対応フローチャート

図1 対応フローチャート
出所:EY英国作成資料を基に筆者作成

Ⅵ おわりに

本稿では、1つの判決が企業の財務諸表や年金制度における不確実性を引き起こし、英国において活動する企業に影響を及ぼすこととなった事案と、取るべき対応について解説しました。コンプライアンスの遵守は企業活動を行う上で必須の事項です。各国における法規制が複雑化し、また本件のように大きな影響を伴う法解釈が新たに示されることもある中で、企業には、適時適切な対応の実施が求められています。その要求水準と難易度は、ビジネスを多角化させ、グローバル化を推進している企業であればなおさら高いものとなるでしょう。その手始めとして、関連する情報へのアンテナを常に立て、最新動向を収集していくことが重要となります。本稿が、英国で活動する日本企業にとっての情報収集、ひいては、そのコンプライアンス対応強化の一助となれば幸いです。


サマリー 

英国における確定給付企業年金制度について、日系企業の英国関係会社にも影響を及ぼし得る法解釈が裁判で明示されたため、当該影響の有無及びその対応事項についてコンプラインス遵守の観点から確認が必要になります。


関連コンテンツのご紹介

ジャパン・ビジネス・サービス (JBS)
- 日本企業のグローバル展開支援

EY Japan JBSは、日本の大手企業の海外進出を長年にわたりサポートしてきた豊富な実績を持つ専門家集団として、世界最大級のネットワークを通じた日本企業の海外進出支援サービスを提供しています。


JBSネットワーク

多くの日本企業が採用する海外事業運営モデルを踏まえ、世界を3エリアに区分し、各エリアにJBSリーダーを配置しています。


JBSインサイト

EYが発行している各国の財務会計や税務などの最新情報をまとめたニュースレターやレポートを掲載しています。


情報センサー

EYのプロフェッショナルが、国内外の会計、税務、アドバイザリーなど企業の経営や実務に役立つトピックを解説します。

EY Japan Assurance Hub

時代とともに進化する財務・経理に携わり、財務情報のみならず、サステナビリティ情報も統合し、企業の持続的成長のかじ取りに貢献するバリュークリエーターの皆さまにお届けする情報ページ 


この記事について