EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
EY新日本有限責任監査法人 ライフサイエンスセクター 公認会計士 柏岡 佳樹
当法人入社後、医薬品業等の会計監査に携わる。また、2014年よりIFRSデスクに所属し、IFRS導入支援業務、研修業務、執筆活動などに従事。22年から24年までIFRS財団アジア・オセアニアオフィスへ出向し、国際会計基準審議会(IASB)の会計基準開発に関与。
要点
国際会計基準審議会(IASB)は2024年4月、財務諸表の比較可能性と透明性を高めることを目的とした新基準であるIFRS第18号「財務諸表における表示及び開示」を公表しました。本基準は2027年1月1日以降開始する事業年度から適用されます。
本稿では、医薬品業に属する企業がIFRS第18号への対応を検討する上で論点となるトピックの中から、経営者が定義した業績指標及び損益計算書における営業費用の表示に焦点を当てて解説します。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。
IFRSを適用する医薬品業では、損益計算書に表示される営業利益や当期純利益などの業績指標に加え、「コア営業利益」「調整後営業利益」「EBITDA(Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization)」などといった、経営者が自社の業績をより適切に示すと考える指標を決算説明資料等で開示し、投資家とのコミュニケーションに活用しているケースが多く見られます。一方で、企業が独自に設定する業績指標の中には、計算方法や損益計算書に示された業績指標との関係が明確に説明されていないものがあり、情報の透明性に関して投資家から懸念が示されていました。
IFRS第18号では、収益及び費用の小計のうち以下の要件を満たすものをMPMと定義し、企業がMPMに該当する業績指標を使用している場合には財務諸表内で一定の注記を行うことを求めています。
この定義に照らすと、上述した「コア営業利益」などを投資家とのコミュニケーションに利用している場合、MPMに該当すると判断されるケースが多いものと考えられ、その場合には以下で説明する開示を行う必要があります。
MPMの定義を満たす指標を使用している場合、財務諸表において以下の内容を開示する必要があります。
<表1>では、IFRS第18号の設例を参考に、企業がMPMとしてコア営業利益を使用し、コア営業利益と最も直接的に比較可能な小計が営業利益である場合のMPMの調整表の一例を示しています。
表1 MPMの調整表の例
MPMの調整表の作成においては、例えば以下の点に留意する必要があります。
MPMの調整表で開示する調整項目の粒度を決定する際には、IFRS第18号の集約及び分解に関する要求事項を適用する必要があります。この結果、これまで財務諸表外で企業独自の業績指標と損益計算書に表示されている項目との調整に関する情報を提供している場合であっても、IFRS第18号の適用により、より細かいレベルでの情報の開示が必要となる可能性があります。
法人所得税への影響の算定に当たっては、財務諸表作成者である企業のコストを削減する観点から、関連する課税法域において取引に適用される法定税率を用いることが認められています。
ただし、グローバルに事業を展開する医薬品企業においては、調整項目がグループ内の複数の企業で発生する可能性があります。この場合にはそれぞれの調整項目に関連する課税法域の法定税率に関する情報が必要となりますが、このような情報を入手していない場合には、子会社に対して連結パッケージ等で追加の情報収集を行うことが必要となる可能性があります。
MPMに関する開示は年度の財務諸表だけではなく期中財務諸表においても要求されています。また、IFRS第18号の当初適用時においても比較情報の開示が求められています。そのため、適用初年度の前年度の中間期(または四半期)の情報についても開示できる体制の整備が必要となります。
医薬品業に属するIFRS適用企業では、外部から取得した仕掛中の研究開発や販売権などの製品に係る無形資産の重要性の高さから、これらの資産から生じる償却費や減損損失を損益計算書において販売費や一般管理費とは別に表示しているケースが見受けられます。
IFRS第18号では損益計算書に営業、投資、財務、法人所得税及び非継続事業の区分を設け、収益及び費用を各区分に分類することを求めています。このうち営業区分に分類された費用(営業費用)については、原材料費、従業員給付費用、減価償却費といった費用の性質(性質別表示)、または、売上原価、販売費、研究開発費といった企業内での費用の機能(機能別表示)のうち、費用に関する最も有用な体系化された要約を提供する方法で表示する必要があります。
この判断に当たっては、以下の点を検討する必要があります。
これらの検討の結果、例えば製品に係る無形資産の償却費以外の費用を機能別に表示する一方、製品に係る無形資産の償却費については機能別の表示科目に含めるのではなく、製品に係る無形資産の償却費として性質別の科目で別に表示することが、費用に関する有用な体系化された要約の提供につながると企業が判断することがあります。このような場合には、営業費用について性質別表示と機能別表示の混合表示を行うこととなります。
IFRS第18号では、混合表示を行う場合、どのような費用が損益計算書のどの科目に含まれているかを明確に識別できる方法で科目の名称を決定することが求められています。したがって、仮にソフトウェアなどの無形資産に係る償却費を一般管理費や研究開発費に含める一方、販売権などの製品に係る無形資産の償却費は性質別の科目として別掲する場合には、性質別に表示される無形資産の償却費の科目にはすべての無形資産の償却費が含まれてはいないことを理解できる科目名称を付す必要があります。
また、IFRS第18号では、営業費用の中に機能別で表示される科目がある場合には、営業区分の各科目に含まれる一定の性質別費用の金額の開示が求められています。この情報は単一の注記で開示する必要があり、機能別表示、性質別表示を問わず営業区分に表示されている各科目に関連する金額を記載する必要があります。このため、損益計算書本表で性質別で別掲している科目に関してもこの注記に含める必要があります。
<図1>では、損益計算書において混合表示を行っている場合の営業費用の開示に関する例を示しています。この例では、損益計算書の「一般管理費」「研究開発費」及び「製品に係る無形資産償却費」の中に償却費が含まれていると仮定しています。
図1 損益計算書と営業費用の開示の関係
IFRS第18号は損益計算書の構造を含む財務諸表全体に影響を与える会計基準であることから、適用に当たっては会計上の論点への対応に加え、実務対応として例えば以下の点についても検討が必要となる可能性があります。
IFRS第18号の当初適用時には比較情報を修正再表示する必要があるため、上記のうち特にシステム対応等で事後的な情報収集が困難な場合には比較年度の開始日(12月決算の場合は2026年1月1日、3月決算の場合は2026年4月1日)からIFRS第18号に対応した会計処理ができるように、移行に向けたスケジュールを設定する必要があります。
本稿では医薬品業に属する企業がIFRS第18号を適用する上で論点となる会計上のトピックに絞って解説しました。IFRS第18号の要求事項の詳細及びその他の実務上生じ得る論点については、Applying IFRS:IFRS第18号「財務諸表における表示及び開示」2025年7月更新版をご参照ください。
なお、IFRS第18号は発効前の会計基準であり、今後の実務の発展により新たな見解が示される可能性があることから、このような実務の発展についても注視していく必要があると考えられます。
本稿では、医薬品業に属する企業がIFRS第18号の適⽤を検討する上で論点となるトピックのうち、経営者が定義した業績指標及び損益計算書における営業費⽤の表⽰に ついて解説しました。
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