EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
執筆協力者
EY Japan Exceptional Client Service Leader EY新日本有限責任監査法人 気候変動・サステナビリティ・サービス(CCaSS)事業部 プリンシパル
尾山 耕一
EY Japan株式会社 Clients&Industries サステナビリティ クライアントエグゼクティブディレクター
齋田 温子
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 EY-Parthenon ストラテジー・アンド・エグゼキューション ストラテジー パートナー
宮﨑 大
要点
前回の記事(第一稿のリンク挿入)では、社会インフラ企業が長年にわたり地域価値を高め、社会的インパクトを生み出してきたにもかかわらず、その成果が市場で十分に評価されていない現状を整理しました。背景には、企業が創出した社会的価値と、それが将来の財務価値へとつながるメカニズムを十分に言語化できておらず、短期利益を重視する市場との間にギャップが生じています。こうした構造的なズレを解消する鍵として、われわれが提案したのが「インパクト経営」です。社会的価値を企業価値へと結びつけ、その論理を投資家と共有するアプローチとなります。
しかし、理念として理解されても、実際に組織へ定着させるには大きな壁があります。そこで本稿では、前回の記事で定義したインパクト経営の三要素─「Impact Commitment」「Impact Creation」「Impact Communication」、それぞれについて、なぜ実践が難しいのか、その構造的な理由を3つの観点からひもといていきます。
インパクトが企業価値に反映されるまでには必ず時間差が生じ、この“タイムラグ”こそがインパクト経営の最大の難所です。インパクト経営とは、非財務価値が時間をかけて長期財務価値へと転化していく前提に立つ「長期利益への投資」です。長期価値は一般に不確実と受け止められがちではありますが、企業の戦略と実行によって、その実現可能性は高めていくことが可能です。したがって、短期利益と長期利益を単純なトレードオフとして捉えるべきではなく、インパクト創出への投資は企業の持続的成長に資する合理的な経営判断だと言えます。
非財務価値は時間を経て長期財務価値として顕在化する性質を持つため、短期利益との単純なトレードオフでは捉えられず、むしろ企業が持続的成長の軸を再定義する上で、インパクト創出への投資は戦略的合理性を備えた選択となる
尾山 耕一
EY Japan Exceptional Client Service Leader EY新日本有限責任監査法人 気候変動・サステナビリティ・サービス(CCaSS)事業部 プリンシパル
インパクト経営は短期的な収益性を犠牲にする取り組みではなく、企業が長期の成長軸をどう築くのかという戦略的意思そのものです。
長期利益につながる取り組みは、往々にして不確実性が高く、経営資源を投下するには失敗時の批判を受ける覚悟が求められるため、経営者にとって大きなハードルとなります。核心は、短期利益への市場圧力が強い中でも、長期投資の蓋然(がいぜん)性を自らの言葉で語り切れるかという、経営層の覚悟の問題です。
インパクト投資への転換においては、短期と長期の利益にどう優先順位を置くか、短期と長期のどちらに資源・資金分配するかという経営思想としての「スタンス」が問われる
宮﨑 大
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 EY-Parthenon ストラテジー・アンド・エグゼキューション ストラテジー パートナー
海外では、世界最大級のEC企業の倉庫投資が象徴的な例であり、短期利益を圧迫しながらも「長期成長を信じるステークホルダーを育てる」という明確な思想のもとで実行されました。企業として長期利益を重視する姿勢を経営層が明確に打ち出し、市場が納得しうるコミットメントを示すことこそ、真に求められています。
利益配分を議論するにあたっては、まず短期利益の最低ラインを確保することが前提となります。その上で、どれだけのリソースを長期利益に向けた投資へ振り向けるのか、その投資がパーパスとどう結びつくのか、さらにどの程度の社会的価値がどの時間軸で創出されるのかを、経営として明確に説明する必要があります。
これは単なる個別の投資判断ではなく、「利益のアロケーションをどう考えるか」という経営思想そのものの表出である
齋田 温子
EY Japan株式会社 Clients&Industries サステナビリティ クライアントエグゼクティブディレクター
長期価値への投資は、単なる予算配分の問題ではなく、企業がどの未来を選び取るのかという経営の姿勢そのものを問う営みとも言えます。
事業部は、経営層が掲げたインパクトの方向性を事業実行の文脈に合わせて再設計し、戦略・KPI・ロードマップへと具体化する中核的な役割を担います。しかし、抽象度の高いパーパスは既存の短期KPIと整合しにくく、それが実装の大きな障壁となっているのが実情です。
インパクト経営が全社アジェンダ化されない理由のひとつは、短期KPIとインパクト創出の時間軸・目的がかみ合わず、ミッションとして社員にとって「自分ごと化」できていない点にある。インパクトが企業価値へと還元されるパスの中で発生する社会への影響にKPIを設けて、短期・長期のKPIを橋渡しするようにマネジメントをすることが重要である
尾山 耕一
EY Japan Exceptional Client Service Leader EY新日本有限責任監査法人 気候変動・サステナビリティ・サービス(CCaSS)事業部 プリンシパル
事業部がインパクト経営の要となるには、抽象的な理念を実務の言語へ翻訳し、短期指標との接続まで設計しきる力が不可欠です。
パーパス経営と同様に、インパクト経営においても、社員の行動が変わるほどに「どのようなインパクトを、なぜ創出すべきなのか」を組織に深く浸透させることが欠かせません。理念だけを掲げても、現場が腹落ちしなければ実行には結びつかないのです。
優れたコンセプトがあっても、それに対して「どれだけ資金を投入する意義があるのか」を経営層が現場に説明できなければ、組織は動かない
尾山 耕一
EY Japan Exceptional Client Service Leader EY新日本有限責任監査法人 気候変動・サステナビリティ・サービス(CCaSS)事業部 プリンシパル
しかし、理念の共有だけでは行動は変わりません。現場が日々の判断に迷わず動けるよう、インパクトを「行動基準」として使えるレベルまで具体化し、成果が見えるフィードバックの仕組みを整える必要があります。こうした基盤が整って初めて、インパクトは単なるスローガンではなく、組織全体の共通言語として機能し始めます。
サステナビリティ経営の浸透が投資家目線であるか疑問を投げかけることの一つには、資本市場のパフォーマンスを見ると短期の利益のほうが中長期の取り組みよりも市場での企業価値を高めるには効果が大きいことも挙げられます。
ROEとPBRの関係をTOPIX構成銘柄で集計すると、ROEが6%超~8%以下の時にPBRはx1.0倍前後となり、ここからROEが8%超~10%以下のレンジに上がるときにPBRは20%程度上昇します。これに対して、ESGのスコアの効果は諸説ありますが、例えば株主資本コストが6.0%のときにESGのハイスコアとロースコアとの間で株主資本コストが0.4%程度の差が生じると仮定すると、ESGのスコアを平均からハイスコアまで上げて生じる資本コストの低下は0.2%程度であり、ESG平均値のPBRが1.0倍を起点にしてROEが変わらなかった場合のPBRの上昇は3.4%にとどまることになります。
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市場が短期志向に傾きやすい背景には、長期的な成長リスクを許容できる投資家が減少しているという指摘があります。実際、「長期志向だけでは投資は成立しない」という声や、TOPIXの期待値が低く大きなリスクを取れないため、不確実性の低い短期投資に偏りがちだという意見が挙がっています。また、長期戦略を志向する企業と、地震などのホラーイベントを懸念して短期リターンを重視する投資家との間には、明確な時間軸のギャップが存在します。このように市場構造そのものが短期利益を評価しやすい環境である以上、インパクト経営が自動的に評価されるとは考えにくく、企業側が能動的に価値を伝えていくことが不可欠です。
しかし、市場全体が短期志向に傾く一方で、個々の投資家の中には長期価値を見極めようとする視点も確かに存在します。ある投資家は次のように語っています。
事業ポートフォリオの重要領域については、経営陣の本気度と明確な戦略を確認したい。それが伝わらなければ、資産売却などの抜本的な見直しを求めることもある。 われわれが求めているのは即時の成果ではなく、企業価値をどう高めようとしているのか、その将来像だ
この発言が示すように、いわゆる“モノ言う投資家”が必ずしも短期利益だけを追求しているわけではなく、企業の戦略性とそれを裏づける意思を重視していることが分かります。ゆえに、長期保有を志向する企業ほど、投資家とのコミュニケーションが一層重要な経営課題となります。
本稿では、インパクト経営がなぜ実践において難しいのかを、インパクト経営の3要素――Impact Commitment/Impact Creation/Impact Communicationに沿って整理してきました。これらは互いに独立した論点ではなく、インパクト経営を進める上で企業が直面する構造的課題として連動しています。
インパクト経営は成果が見えるまでに時間を要し、将来価値の読みづらさを伴います。そのため、長期価値への投資をどこまで覚悟を持って進めるのかという経営トップの姿勢が問われます。ここが揺らぐと、組織全体の方向性が定まりません。
インパクト創出を現場の事業戦略・KPI・日々の行動へ落とし込み、組織のミッションとして根付かせることは容易ではありません。抽象的なパーパスを、実務レベルの意思決定に使える「行動基準」へ翻訳する仕組みが不可欠となります。
インパクト経営は、市場が自動的に評価してくれるものではありません。短期利益を重視しがちな市場構造の中で、企業側が長期価値を能動的に伝え続ける姿勢が求められます。価値創出のロジックを可視化し、投資家の理解を獲得することが不可欠です。
インパクト経営の課題構造
次回記事では、今回分析したインパクト経営の実現に向けたボトルネックを踏まえ、市場からの短期圧力に悩まされている日本の社会インフラ企業が、どのようにして「最初の一歩」を踏み出せばよいのかを提示します。
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社会価値が企業価値に結びつかないのは、経営層が長期価値へのコミットを示しきれず、事業部門がインパクトを戦略・KPIへ実装しきれず、コーポレートが長期価値のロジックを市場に伝えきれないという三層構造があるためです。