EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
2024年10月、英国のTFMR(※1)は、トランジションファイナンスに関する報告書を公表しました。英国の金融監督機構FCA(※2)はこの動きを歓迎するとともに、今後の政策立案や監督機能に報告書の結果を組み込んでいく方法を検討することを表明しました。
現在のグリーンファイナンス市場は年間1.3兆米ドル規模にまで成長しているものの、ネットゼロの実現には年間8.4兆米ドルの資金が必要で、そのためにはトランジションファイナンスの拡大が不可欠であると報告書は指摘しています。一方で、トランジションファイナンスの明確な定義や範囲、官民連携の在り方等が定かではないという課題があるため、今後これを策定するとともに、当報告書においてロンドンの金融街をグローバルなトランジションファイナンスのハブセンターとするための必要な推奨事項を取りまとめています。推奨事項は、今後3年程度をかけて実現することが目指されています。
こうした動きは、新たなグリーンウォッシュとして批判されることすらあったトランジションファイナンスについて、早くからその重要性が共通認識となっており、海外に働きかけてきた日本の官民の関係者には、歓迎すべきと考えられます。
トランジションファイナンスについては、日本では経済産業省を中心として、資金提供者となる民間の金融機関も含めて活発な議論がなされてきた経緯があります。一足飛びに脱炭素化を実現することが難しい産業界の現実がある一方で、EUタクソノミーが、持続可能な活動やプロジェクトに資金を供給するため、何がサステナブルな活動であるかの明確な定義を作成したことで、グリーンか否かの二元論の考え方が欧州で進展しました。一部では、そうした流れに対抗するためにも、トランジションファイナンスの重要性を主張する動きが高まっておりました。
その後、2023年の欧州委員会の勧告(※3)において、トランジションへの資金提供の重要性が強調され、グリーンとトランジションはどちらもEUにおいてもサステナブルファイナンスを構成する資金提供手段であることが示されました。同じく2023年には国際資本市場協会(ICMA)が「クライメート・トランジションファイナンス・ハンドブック」と題した、トランジション資金の調達を目指す発行体向けのガイダンスを公表するなど、海外でもトランジションファイナンスを後押しする機運が出てきました。
そうした流れもあった中で、今般、英国TFMRによるレポートが発行されました。
なお、今回のレポートにおいて、トランジションファイナンスの類型が示されましたが、先述のICMAのハンドブックでは資金使途を特定しない債券については、サステナビリティ・リンク・ボンド原則に整合していることが前提とされたのに対して、当レポートの分類システムでは、このような限定はなされず、トランジションファイナンスをより広い概念として捉えています。また、TFMRが金融機関のために策定したトランジションファイナンスのガイドラインで注目すべき点として、「信頼性」の要件については、これを担保するために必要な基準は、1.5℃整合のパスウェイに限らず、パリ協定やNDCを参照するべきとしました。このように、地域性の考慮や柔軟性への配慮が見受けられます。
既存の技術で脱炭素化を実現することが困難な業種が存在する中で、金融機関がトランジション方針で1.5℃整合のパスウェイに対して過度に固執しては、ガイドラインを作っても絵にかいた餅になりかねません。
すでに一部の先進的な金融機関においては、各社のトランジションファイナンスのスコープを特定した上で、ファイナンスのプロセスや管理方法を定めた方針を策定しています。今後は、今回のレポートで示されたフレームワークの柔軟性も考慮し、より多くの金融機関がトランジションファイナンス方針を策定することが期待されます。そうした方針に基づいた資金提供を実行し、トランジションの効果を年次レポート等で可視化することにより、ブラウンへの”business as usual”の資金提供とは一線を画す形で、移行の支援に対して、高い説明責任を果たすことが可能となると考えられます。
トランジションに関連したテーマで、同じ2024年10月に、もう一つ興味深いレポートがGFANZから出ています。GFANZは、COP26で発足したネットゼロに向けた金融機関のイニシアチブの連合体で、国内外の多くの銀行、保険、アセットマネジメント会社などがメンバーとなっています。発足以来、トランジションファイナンスやネットゼロ移行計画のイニシアチブ言等、数々のレポートを発信しています。
今回GFANZが発行したレポートは、実社会の脱炭素化を支援するための、トランジション型インデックスの開発に向けたガイダンスであり、アセットオーナー、アセットマネージャーにとって示唆のある内容となっています。
当レポートの特徴は、既存のネットゼロを目指すインデックスは、化石燃料セクターなどを一律除外するため、実社会の脱炭素化への効果が乏しいことに正面から向き合っている点にあります。また、その代表例である、EUのサステナブルファイナンス行動計画において提言され、開発されるに至った気候ベンチマーク(EU CTBとEU PAB ※4)は、厳しい投資制約による投資ユニバースの制限もあり、運用資産残高は数兆円規模にとどまっていると指摘しています。
当レポートでは、実社会のトランジションを実現するためには、排出量の多いセクターに投資をした上で、適切にエンゲージメントし、社会全体の排出量を削減していく必要があるという考えに立脚し、そのためには新しいインデックスを開発する必要があると述べています。具体的には、トランジションの可能性がある企業に投資し、必要な資金を提供しながら影響力を行使しながら削減を後押しする“Transition-potential”インデックスや、トランジションへの意欲が高い企業に投資し、エンゲージメントを図りながら削減を進める“Transition-engaged”インデックスというアイデアを打ち出しています。
どちらのインデックスも、対象となる資産クラスは上場株と社債で、インデックスに組み入れられるためには、事業会社は移行計画を策定開示し、それに沿って進捗を示し、その取り組みがデータプロバイダーに適切に認知されることが重要と考えられます。
サステナブルファイナンスの黎明(れいめい)期において、脱炭素化の実現のために分かりやすくひもづくグリーンに対する資金提供を強化しようとする試みが、勢いが余って一足飛びにグリーンに移行できない企業、セクターを取り残してしまう動きとなりました。昨今、これが修正されようとしています。今後、トランジションファイナンスが、サステナブルファイナンスの一部として正当に認知されるようになった好機を捉え、トランジションファイナンスがメインストリームとなって、実社会のトランジションが加速するか、注目されます。
※1:Transition Finance Market Reviewの略
※2:英国金融行為規制機構(Financial Conduct Authority)
※3:COMMISSION RECOMMENDATION (EU) 2023/1425 of 27 June 2023 on facilitating finance for the transition to a sustainable economy
※4:EU Climate Transition BenchmarksとEU Paris-aligned Benchmarksの略。GHG排出量が年平均で最低7パーセント以上削減されることなどがインデックス組み入れへの最低条件
トランジションファイナンスは、新たなグリーンウォッシュとして批判されることすらあったものの、欧州でもサステナブルファイナンスの一部として認知されつつあります。企業のネットゼロ宣言、移行計画の策定・開示が進展し、データ収集も段階的に進む中、幅広く金融市場でメインストリームとなり、実社会のトランジションが加速するか注目されます。