日系企業によるグローバル・ミニマム課税(BEPS 2.0 Pillar 2)対応に関するロードマップ(後編)

情報センサー2025年11月 Tax update

日系企業によるグローバル・ミニマム課税(BEPS 2.0 Pillar 2)対応に関するロードマップ(後編)

2024年4月1日からグローバル・ミニマム課税(BEPS  2.0 Pillar 2)の適用が開始されています。本制度の概要を解説した前編に続き、本稿では、日系企業による対応に関するロードマップを概括します。

本稿の執筆者

EY税理士法人 グローバルコンプライアンスアンドレポーティング部 税理士 西岡 道広

新卒でEY税理士法人に入社後、2011年から2013年は総合商社国際税務部門にて勤務、2015年から2016年はEYマレーシアのクアラルンプール事務所に赴任。日系多国籍企業に対するBEPS2.0申告を含む税務業務のオペレーション構築支援に数多く従事している。


要点

  • 2024年4月1日からグローバル・ミニマム課税(BEPS 2.0 Pillar 2)の適用が開始。
  • 多くの日系企業にとって、適用初年度となる2025年3月期に係る申告・納付期限である2026年9月末までに、ロードマップを定めておくことがポイントに。

Ⅰ 適用初年度のIIR/QDMTT申告に向けて

前編で紹介した通り、3月決算の日系企業を例に取ると、適用初年度である2025年3月期において、原則として対応が必要となる日本または海外のルールは以下の通りです。

  • 日本法令により日本親会社に対して適用される所得合算ルール(IIR: Income Inclusion Rule)
  • 海外子会社の所在地国法令により海外子会社に対して適用される国内ミニマム課税(QDMTT: Qualified Domestic Minimum Top-up Tax)

(注)2025年3月期については、軽課税所得ルール(UTPR: Undertaxed Profits Rule)が適用される国はありません。

日本法令により日本親会社に対して適用されるIIRに係る2025年3月期の申告・納付期限は、2026年9月末であり、国別トップアップ税額の申告(「各対象会計年度の国際最低課税額に対する法人税」の確定申告書別表20)に加えて通称GIR(GloBE Information Return)の提出が必要です。海外子会社の所在地国法令により海外子会社に対して適用されるQDMTTに係る2025年3月期の申告・納付期限は、当該所在地国法令により定められており、2026年9月末より早い期限が規定されている所在地国法令もありますので留意が必要です。

Ⅱ IIR/QDMTT申告対応ロードマップ

多くの日系企業の適用初年度である2025年3月期に係る申告・納付期限2026年9月末までのロードマップを事前に定めておくことが、本税制に係る申告対応のポイントです。<図1>に一般的な3月決算の適用初年度のロードマップの例示を示しています。

図1 IIR/QDMTT申告ロードマップ(例)

<図1>IIR/QDMTT申告ロードマップ(例)
* TCSH : 移行期CbCRセーフハーバー
出所:EY作成

1. CbCR情報収集の早期化

前編の通り、本税制導入後の一定期間において移行期間国別報告事項(CbCR: Country-by-Country Reporting)セーフ―ハーバーが設けられており、本セーフハーバーの充足可否により実務負担に大きな影響を与えます。従前、多くの日系企業は、CbCRの提出期限(2025年3月期であれば2026年3月末)直前に海外子会社から情報収集・CbCR作成を行っていました。IIR/QDMTT申告に関する1次スクリーニングに当たる移行期間CbCRセーフハーバーを早期に判定するためにも、CbCR情報収集を従前より早期に行い、IIR/QDMTT申告に関する追加対応に備えることが重要です。実際に多くの日系企業が、例示の通り2025年11月末には移行期間CbCRセーフハーバーの判定を完了させるロードマップとしています。なお、移行期間CbCRセーフハーバーの判定には、既存のCbCR情報に加えて、人件費に関する情報等の追加的な情報が必要となるため、本セーフハーバーに関する情報収集項目を事前に特定することも必要となります。
 

2. QDMTT対応

前編の「第V章 IIRとQDMTTの関連性」に明示した通り、日本の親会社において、子会社の所在地各国においてQDMTTが導入されているかどうかを確認し、それぞれ異なる対応を行っていく必要があります。ここでのポイントは、日本親会社と子会社との相応の情報連携が必要である点に加えて、QDMTTの各国の法制化は各国に委ねられることから、施行時期もバラバラであるという点です。また、QDMTT申告に加えて、各国のQDMTT法令に基づいて事前の届出等の一定の手続が必要となるQDMTT法令も存在し、その提出期限・手続フォーマット・方法(電子申告等)も各国に委ねられています。これらの観点から、前述した「1.CbCR情報収集の早期化」の通り、移行期間CbCRセーフハーバー対応を早期に完了させるとともに、各国のQDMTT法令や手続等を事前に把握することが重要となります。各国のQDMTT法令や手続等の事前把握を日本親会社の責任のもと行うか、海外子会社や統括会社の責任のもと行うかも実務上大きなポイントです。各社の人的リソース、税務ナレッジ等に基づき適切に役割分担を定義する必要があります。役割分担の定義付けは連結グループ全体で必要な観点ですので、日本親会社主導のもと行うことが効率的であり、海外子会社任せでは結果的に対応が漏れるケースが散見されます。また、通称GIRにもQDMTT申告に係る情報が必要であり、連結グループ全体での対応の必要性に鑑みてロードマップを策定することが必要です(<図2>参照)。

図2 IIR/QDMTTプロセスフロー(例)

<図2>IIR/QDMTTプロセスフロー(例)
*1 Point1: QDMTT導入国は年々増加。
*2 Point2: QDMTT導入国には、TCSHの結果を共有する必要がある。
*3 Point3: QDMTT情報収集は、IIR情報収集をベースに行う事も可能。
*4 Point4: QDMTTの税額計算結果は、IIR税額計算、GIR作成に必要となる。
(QDMTT SH要件を充足する国は、当該国のIIRはゼロとみなされ、IIR税額計算にQDMTT税額結果は不要)
出所:各種資料を基にEY作成

3. 決算対応

IIR/QDMTT申告に先行して、連結財務諸表及び個別財務諸表へのトップアップ税額の見込額に関する税金引当の必要性を検討する必要があります。一定の場合には、財務諸表への開示が必要となるケースもあり、監査人との事前協議が必要となるケースが散見されます。連結財務諸表、個別財務諸表、どちらの影響であるかを正しく理解した上で監査人と協議することが必要です。例えば納税義務者の特定には、IIRによる納付かまたはQDMTTによる納付かを特定する必要があります。さらに、外部株主が存在する等一定の場合には、最終親会社ではなく被部分保有親会社等(POPE:Partially-Owned Parent Entity)が納税義務者となるケースもあります。監査人との協議をスムーズにするためにも、ロードマップを策定し、そのロードマップや社内の対応プロセスを監査人に適切に説明し、トップアップ税額の見込みの妥当性を説明できることが重要となります。また、決算引当とIIR/QDMTT申告は目的が異なることから、情報収集や計算の粒度は当然異なります。申告とは全く異なる方法により決算引当プロセスを構築する日系企業も数多く存在します。決算対応も申告同様、今後毎年対応が必要となる点も重要です。各社のトップアップ税額の見込額の絶対値や今後のビジネスの展開等を考慮して、適切な決算引当プロセスを構築する必要があります。
 

4. 海外子会社の業務負荷

IIR/QDMTT申告双方とも、海外子会社単体ではなく連結全体の観点から対応が必要な業務と言えます。海外子会社においては、従前よりCbCRやタックスヘイブン対策税制(通称J-CFC税制)に関する情報収集プロセスや現地での税務申告や税務調査に係る情報収集に協力しており、これらに加えてIIR/QDMTT申告に関する情報収集プロセスに協力することは一定の業務負荷が追加されることになります。既存の情報収集プロセスを考慮してスケジューリングすること、連結全体の観点からのIIR/QDMTT申告に関する情報収集の必要性を海外子会社に呼びかけることが必要となり、海外子会社への税務ガバナンスの強化がより一層必要となります。多くの日系企業が、IIR/QDMTT申告を契機に、海外子会社説明会等を通じて、IIR/QDMTT申告に関する情報収集の必要性や税務ガバナンスの強化の必要性を説明し、日本親会社・海外子会社が協力して対応する体制を構築中です。特に後述の通り、CbCR情報収集においてGIRに必要な情報を収集し手戻りないプロセスを構築すること及び移行期間CbCRセーフハーバー判定の早期化・正確性向上は、正確なIIR/QDMTT申告対応に加えて海外子会社の業務負荷の観点からも重要なテーマと言えます。

III テクノロジーの活用

1. テクノロジーの必要性

「第II章 IIR/QDMTT申告対応ロードマップ」の例示の通り、1次スクリーニングとして移行期間CbCRセーフハーバーに関する情報収集・判定を行い、当該結果に基づき、IIR申告に関する情報収集・計算・別表作成、QDMTT申告に関する情報収集・計算・別表作成を各々進める必要があります。また、GIRは(一般的に)日本親会社による作成・提出が必要となります。これら一連の対応を手戻りなくスムーズに進めるためには、IIR/QDMTT申告の最終成果物である別表データに加えて、GIRに必要な情報を、各プロセスにおいて網羅的に収集する必要があります。GIRは30ページ以上にも及ぶ膨大な情報量となります。一定の海外子会社においては、移行期間CbCRセーフハーバーを充足する場合には、本セーフハーバーに関する情報収集においてGIRに必要な情報を併せて収集することが手戻りのない業務プロセスであり、非常に効率的な対応となります。QDMTT申告に必要な情報もGIRに必要な情報ですので、QDMTT申告に関する情報収集とIIR申告に関する情報収集を一元管理できることが理想的な業務プロセスとなります。前編で紹介した通り、QDMTT申告は各国のQDMTT法令に基づくものであり、情報は必ずしもIIR申告と同一ではありません。情報が異なるからこそ情報連携・一元管理の重要度が増しているとも言えます。これらの観点から、移行期間CbCRセーフハーバーに関する情報収集から本プロセスの最終成果物であるGIRの提出データの作成まで一気通貫した標準プロセスを構築する必要があります。一気通貫の標準プロセスを導入することにより、正確性・効率性が増すとともに、テクノロジーを活用した一元管理の要素を取り入れることで、必要なデータが年々蓄積され、本申告プロセスをスムーズに行うことができます。同時に、データを活用した分析等に活用することもでき、税務業務の高度化につながります(<図3>参照)。

図3 IIR/QDMTT申告に係るシステム活用(例)

<図3>IIR/QDMTT申告に係るシステム活用(例)
出所:各種資料を基にEY作成

2. 最適なテクノロジーの選択

テクノロジーの活用と言っても、一律に全く同じテクノロジーを導入するということではなく、各日系企業の特性に応じたテクノロジーを導入することが業務の正確性・効率性の向上につながります。例えば、海外子会社の数、複雑性(例:特殊な事業体の有無、資本関係の複雑性等)、既存税務プロセスにおけるテクノロジーの活用度合い(例:CbCRに関する情報収集等)などを考慮して、テクノロジーの導入を検討すべきでしょう。本申告対応のためのテクノロジーには、一般的に情報収集ツールと計算ツール(別表データ作成含む)が存在します。また、CbCRの作成には従前より連結会計システム等にひも付く情報収集機能を活用している例も存在します。一気通貫のプロセスを目指すに当たっては、既存システムのカバー範囲を理解し、本申告対応のためのテクノロジーを組み合わせる等の柔軟な選択が求められます。プラットフォームを導入する業務規模なのか、マクロを駆使したエクセル等で対応できる業務規模なのかも見極める必要があります。ポイントとしては、本申告対応は今後も毎年対応する必要がありますので、柔軟性・拡張性があるテクノロジーを選択することがよいとも言えるでしょう。

IV 税務業務の高度化に向けて

上述の通り、IIR/QDMTT申告対応を契機に税務ガバナンスの強化の必要性が高まっています。連結レベルで正確・効率的な対応が必要な税制であること、そしてQDMTTのように現地での申告対応が必要なケースもあること、国単位で取りまとめながらの対応が必要であることなどから、税務ガバナンス強化の取組みを実際に進めている日系企業も少なくはありません。さらに、IR/QDMTT申告対応は今後毎年必要であることから、本申告対応を契機に税務部門の変革を志す日系企業が数多く存在します。変革の一例を<図4>で示しています。税務業務の高度化に向けて、日本親会社・海外子会社が連携すること、業務の標準化やDX化を推進することが、正確・効率的なIIR/QDMTT申告の近道と言えます。

図4 日系多国籍企業の税務業務体制の強化に向けて

<図4>日系多国籍企業の税務業務体制の強化に向けて
出所:各種資料を基にEY作成

V 総括

前編では本税制の概要を、後編では本税制に対する具体的な対応について解説しました。本税制は100年に1度の大改正と呼ばれています。本税制を契機に税務、そして税務部の認知度を高める良い機会と捉えている税務責任者は少なくありません。この機会をチャンスと捉え、適用初年度、そして2年目、3年目を見据えてロードマップを描き、連結グループ全体で対応していく体制構築が重要となります。移行期間CbCRセーフハーバーも3年間の経過措置となり、4年目以後はまた新たな改正や新たな対応が求められる可能性もあります。変革に柔軟に対応できるよう体制構築することが、税務部の存在価値向上につながります。


サマリー 

後編となる本稿では、前編の制度概要を踏まえ、日系企業の具体的な対応方法について解説しました。


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