EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
Agentic Webとは、検索・閲覧・クリック・入力・認証など従来人間が担ってきたあらゆる操作を、AIエージェントが自律的に実行することを前提に再構築されたWeb空間を指します。従来のWebは人間が操作主体でしたが、今後はAIが主体となる世界へと移行していくことが予測されます。
Webの歴史を振り返ると、大きな変化はおよそ15年周期で訪れました。1990年代後半からはPCを中心とした「PC Web」、2010年前後からはスマートフォンを軸とした「Mobile Web」が主流となりました。そして現在、生成AIや大規模言語モデル(LLM)の登場を背景に、AIエージェントがWeb上で主体的に行動する「Agentic Web時代」へと移行しつつあります(図1)。
こうした変化は突発的なものではなく、単なるUI(ユーザーインターフェース)の進化でもありません。誰がWebを使い、誰が操作し、誰が責任を持つのかという前提そのものが、人間中心のモデルから大きく変わろうとしています。
図1 Webの歴史の変遷
Agentic Webを理解するには、Webの構成要素を「インターフェース」、「ユーザー」、「エコノミー」の3つのレイヤー構造で捉え直すことが必要です(図2)。
図2 Agentic Webの構成要素
従来のWebは、人間の視覚と手の操作に最適化されたGUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)設計でした。しかし、AIエージェントは画面を認識する目も、ボタンを押す指も持たないため、人間向けに設計されたWeb自体が、AIエージェントにとって壁になります。この課題に対する初期的な解決策として、Anthropicの「Claude Computer Use」(2024年10月発表)、OpenAIの「Operator」(2025年1月発表)、Googleの「Project Mariner」(2025年5月発表)といったブラウザ自動化技術が開発されています。
AIエージェントが本格的にWeb経済の中心的プレーヤーとなるためには、人間向けUIを模倣するのではなく、AIエージェント向けに設計された新しいインターフェースが必要です。そこで登場するのが「Intent API」です。Intent API は、AIエージェントが「何をしたいのか」という意図を構造化データで明示的に伝え、直接Webとやりとりできる仕組みです。この概念を具現化する動きとして、Anthropicが提唱したMCP(Model Context Protocol)が注目されています。
従来、Webの利用者は「人間」であり、ログイン・認証・行動履歴・決済手段などの情報は、全て「本人の主体的操作」を前提としていました。しかし今後、人間ユーザーの行動を前提とするWeb経済圏は、AIエージェントが自律的に取引を完了できるものへと変化していくでしょう。
2026年に入って開設された、AIエージェントのみがREST API(JSON)を通じて投稿・コメント・投票できるSNS「Moltbook」が世界で注目を浴びています。Moltbookでは、AI同士が直接対話しており、人間は閲覧のみ可能です。Agentic Web時代の到来を象徴するサービスといえます。
Webの経済的基盤もまた、Agentic Webの進展とともに構造変化を迫られています。従来、Webサービスの経済圏は人間ユーザーの行動(課金・広告クリック・購入)を前提として設計されていました。しかし、AIエージェントが自律的に取引を完了させる経済圏が成立するためには、以下の3つが必要です。
① AIエージェントに「発見」されるためのインフラ
② AIエージェントの「信頼性」を評価するインフラ
③ AIエージェントが安全に取引するための「決済」インフラ
例えば、ECプラットフォームを提供するShopifyでは、AI(例 ChatGPT、Gemini、Copilot)からの商品検索や比較に対応するために、AIフレンドリーなデータ構造化とAPI基盤の整備を進めています。同社は、2025年1月以降「AIツールからのトラフィックが7倍、AI検索に帰属する購入が11倍に増加した」と発表しました。1 消費者の商品発見から購買に至るプロセスが、検索や比較中心から、対話型AIを起点としたあり方に構造的に変化していることを表しています。
こうしたエージェント経済で重要な役割を果たすのが、AIエージェントが商取引を行う際の安全性を担保する標準プロトコルです。ここでは、VISAとGoogleが新たな規格を提唱しています(表1)。
| 提供元 | VISA | ||
| 目的 | 入口の標準:エージェントの正当性を入口で確認 | 中間の標準:探索・条件合意の共通商談言語 | 出口の標準:取引意図と責任所在を出口で保証 |
| プロトコル | TAP(Trusted Agent Protocol) | UCP(Universal Commerce Protocol) | AP2(Agent Payments Protocol) |
| 役割 | デジタルの身分証(パスポート) | 商談の共通言語(探索・合意) | 委任状と財布 |
| 機能 | エージェントの「購入意図」と背後にいる「実在会員」を証明。悪質なボットを排除し、正当なエージェントだけを招き入れる。 | 商品探索~条件擦り合わせ(配送、在庫、価格条件、制約など)を、事業者とエージェント間で共通の語彙・手続きで交換。合意内容をAP2の決済フローへ橋渡し。 | ユーザーの委任条件とエージェントの最終承認を改ざん不可能な形で記録。「エージェントが勝手に注文した」というトラブルを防ぎ、事後的な責任追跡を可能にする。 |
出所:各社公表情報を参考にEY作成
また、従来の人が操作・判断することを前提とした認証・決済設計では、API主体の決済に適合しません。AIエージェントに必要な決済要件として、以下が挙げられます。
① プログラムから直接制御できること
② 委任条件・実行内容を形跡として残せること
③ 自動実行と事後監査を両立できること
AIエージェントはAPIを通じて外部サービスと接続し、委任された範囲で取引を実行します。そこで必要となる要件を満たすことができるのが、「デジタルネイティブ」な財布・通貨、つまり「デジタルマネー」です。
新たなデジタルマネーとして台頭し、ブロックチェーン技術を用いたステーブルコインは、API経由での支払いやマイクロペイメント、24時間365日の決済に対応できるため、エージェント経済圏における有力な決済手段になると見込まれています。高頻度・自動化された取引に適しており、AIエージェントとの親和性も高いと考えられています。
米国金融サービス企業、Galaxy Digital CEO Mike Novogratz氏は、Bloombergのインタビューに対して「AIエージェントこそが、ステーブルコインの最大のユーザーとなるであろう」と述べており、その可能性は十分にあるでしょう。2
こうした状況の中で、AIエージェントが人間を介在せず商取引を行うプラットフォームも登場しています。例えば、米国サンフランシスコを拠点とするスタートアップSkyfireは、AIエージェントの身元、信頼性、および権限を認証・管理する「KYA(Know Your Agent)」技術をベースに、ステーブルコイン(USDCなど)で即時決済する仕組みを提供しています。KYAは、従来型金融システムにおける本人確認手続き「KYC(Know Your Customer)」に代わる、AIエージェントの新たな身分証明です。KYAによって、AIエージェントの開発企業や信用スコアを確認し、不正なボットを排除することが可能です。
ある自動車部品メーカーでは、Skyfireを採用し、調達支払いプロセスの自動化パイロットを実施しています。人の資材担当者が事前に予算と調達条件を設定すると、資材調達エージェントがサプライヤーを比較、最適な発注先を選択し支払いまで完結する仕組みです。AIエージェントの身元、権限範囲、行動パターンを検証・記録、Agent Wallet機能がウォレット残高から支払いを指示し、許可された範囲で請求額が確定されます(図3)。
図3 資材調達エージェントのPoC事例
ただし、現時点では、AIエージェントが間違いを犯すことも想定し、完全自動化ではなく、人間が最終承認を行う「ヒューマン・イン・ザ・ループ」が現実的な運用です。AIエージェントの利便性とリスク管理を両立させることが、今後の重要なテーマとなります。
Agentic Webの到来は、1990年代のWeb黎明(れいめい)期と同様、技術の成熟、標準化、法制度整備を経て2030年頃に本格化する構造変化です。しかし、基幹システムの刷新には数年のリードタイムを要するため、企業は、「API基盤整理」、「デジタル信用蓄積」、「人間とAIエージェントの協働ルールの整備」をはじめとする準備を今から開始すべきです(図4)。
かつてのDXがそうであったように、本質的な変革には時間がかかります。現在は、Agentic Webという巨大な潮流の「最初の波」が見え始めたに過ぎません。しかし、波が来てから船を造り始めては手遅れです。2030年、AIエージェントが当たり前に経済を動かす世界で主導権を握ることができるのは、今から着実に準備を始める企業です。今こそ、次の時代への種をまくべき時なのです。
図4 エージェント経済圏に適応するためのロードマップ
2026年から数年間は、人間が操作するGUIと、エージェントがアクセスするAPIが併存する「Hybrid Web」の時代が続きます。次期システム更改の要件定義には、必ず「エージェント接続性」を盛り込み、レガシー資産のラッピング(API化)が必要です。エージェント経済圏では、従来の企業ブランドや広告は通用しないため、AIエージェントが意図レベルで機能を理解・選択できる「Intent API」の提供が不可欠です。
2030年のAgentic Webにおいて、企業の競争力を決めるのは「蓄積されたTrust Scores(信用スコア)」です。AIエージェントは、昨日今日できたばかりのデータよりも、数年間にわたって安定稼働し、正確な情報を提供し続けてきた実績(トラックレコード)を高く評価するアルゴリズムを持つ可能性が高いでしょう。そこで、AIエージェントに選ばれるための「デジタル信用の蓄積」が欠かせません。AX(Agent Experience)データの蓄積を開始すべきです。
技術的な準備以上に時間を要するのが、組織とルールの変革です。社内外のエージェントが自律的に業務を行う環境において、誰が責任を負い、どこまで権限を与えるかというルールメイクは、企業文化の変革を伴う難事業です。まず特定の部門やプロジェクトに限定して「エージェントに決裁権を持たせる」実証実験を開始すべきです。そこで発生するエラー、責任の所在、承認プロセスの不備を洗い出し、2030年に向けて自社に最適な「人間とAIエージェントの協働ルール」を整備していくことが重要です。
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Agentic Webとデジタルマネーは大きな変革をもたらし、両者が融合することで、より本質的な変化が生まれます。人間中心のインターネットから、AIエージェント中心の経済圏への移行が開始され、企業はその波にどう対応するか問われています。先手を打つためには、今がまさに準備すべき時なのです。
ニュースリリース
EYストラテジー・アンド・コンサルティング、企業変革に影響する主要テクノロジー 動向を提示
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社(東京都千代田区、代表取締役社長 近藤 聡)は、AIエージェント、デジタルマネー、フィジカルAI、量子コンピューターなど、企業活動の前提を大きく変えつつあるテクノロジーの潮流を整理し、今後の成長戦略および投資判断に向けた示唆をまとめたレポート 「Next in Tech 2026」 を公開しました。