EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
ここでは、成功事例を通じ、どのようにして日本のコンテンツがグローバルに受け入れられているかを考察します。特にアニメや映画、ドラマなどの成功事例を分析し、課題や成功要因を掘り下げます。
要点
少子高齢化と人口減少により国内消費の大きな成長が見込めない中で、日本の映像コンテンツ産業はグローバル市場への進出が急務となっています。日本発のアニメやマンガ、ゲームなどは既に一定のブランド価値を持つ上、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)以降、英語圏において字幕付きで海外のコンテンツを視聴する習慣が一層広まったこともあり、海外の配信・放送会社からの日本コンテンツへの需要は増加しています。しかし、そのポテンシャルを持続可能なビジネスへと転換できている事例は限定的です。グローバル配信プラットフォームの台頭により、地理的・言語的障壁は著しく低下しており、日本のコンテンツが世界中の視聴者と直接つながるチャンスはこれまで以上に広がっています。こうした環境下で、日本のコンテンツ産業がいかに戦略的に海外展開を図るかが問われています。
直近で日本のコンテンツが世界で成功を収めた事例として、アニメ作品『ドラゴンボール』『ONE PIECE』『鬼滅の刃』などが挙げられます。コロナ明けと重なり、世界を席巻した『鬼滅の刃』の映画は記憶に新しいところです。『ONE PIECE』はNetflixによるオリジナルの実写化制作だけでなく、英国の大手BBCもアニメ1,000話を一気に買い付けるなど、過去に制作された映像販売も成功しています。『ドラゴンボール』は映像の枠を超え、サウジアラビアでの一大テーマパーク建設まで発表されました(注1)。
これらから言えるのは、日本コンテンツは映像視聴にとどまらず、翻訳出版、ゲーム化、商品化、イベント展開、テーマパーク展開といった多角的なビジネスモデルへと発展しているという点です。アニメ以外でもバラエティ番組である『SASUKE』や『はじめてのおつかい』などがNetflixや現地の放送局を通じて現地版としてローカライズ制作され、配信・放映されています。これらはまさに日本発コンテンツのフォーマット販売の成功事例と言えるでしょう。『SASUKE』は英国や米国にて本物さながらの室内テーマパークとしても展開しており、現地の人気スポットとなっています。これらの共通点は、ローカル性を担保しながらも、日本独特のオリジナリティや世界観を保っている点です。それが世界の消費者に受け入れられていることの表れだと考えられます。
「海外市場」と一言で表すことが多いですが、実際は地域ごとの文化的背景、視聴習慣、プラットフォームや放送流通の事情は全く異なります。
例えば、北米市場は一大エンタメ産業市場であり、圧倒的に大きな市場です。しかし逆にハリウッドを代表する一流の制作スタジオが、映像流通に関してはNetflixなど大手の配信会社と競争しており、ここでの成功は非常に難しいと言えます。つまり、ハイリスク・ハイリターンのマーケットと位置付けられます。
アジア市場では日本との共通の文化資産や情緒、また日本の国としてのブランドがあるため、共同制作やキャスト共有など、相互理解を前提とした協業やビジネスが機能しやすいブルーオーシャンの地域と位置付けできそうです。一方で、1人当たりがエンタメに費やす金額は大きくありません。国・言語ごとにコンテンツ翻訳や規制等に対応するコストもかかります。このため、収益へのインパクトは北米市場に比べると著しく小さいです。
欧州ではアート性やクリエイティブの個性が評価されるため、日本のアニメはフランスやスペインをはじめとする国で人気を博しています。しかし、アジア同様、言語や文化対応の問題からビジネス的な効率は決して高くありません。一方でアジアと異なるのは、スペイン語やポルトガル語圏で成功すると南米への展開が容易になり、またメキシコ人が多い米国への波及効果もあるという点です。このため、判断が難しいと言えます。
したがって、各地域の言語や文化、また日本コンテンツに対する食指などに応じて、事前に市場規模だけでなく、適切な投資額、参入方法や税務なども地域ごとに把握する必要があります。それらを総合的に考慮し、どの地域に・どの順番で・どれくらいの時間、金銭的リソースをかけて参入するか、どのくらいのビジネス規模や利益を見込むかなどを十分に練る必要があります。つまり、事前にしっかりとした海外展開戦略を構築することが必要不可欠です。
かつてはテレビや映画館が主な流通チャネルでしたが、今ではNetflix、Disney+、Amazon Prime Video、YouTubeなど多様なデジタルプラットフォームが視聴者の選択肢となっています。ここで特筆すべきは、同じコンテンツでもプラットフォームによって視聴のされ方やパフォーマンスが異なることです。例えば、Amazon Prime Videoでは視聴が好調でもHuluでは視聴が振るわないことがあります。そのため、どのプラットフォームで流すか、またはどのプラットフォームの順番で流すかが非常に重要になっています。
またSNSを活用したファンダム形成は、日本のコンテンツにとって大きな武器となり得ます。テレビ離れが進む若年層に向けて、TikTokやInstagramを通じた拡散、YouTubeでの関連コンテンツ展開などは、視聴者とのエンゲージメントをより一層高め、口コミ的拡大を生む要因となります。また海外で成功した日本コンテンツを見ると、イベントや物販など、オンラインとオフラインを連動させたマーケティングもヒットに大きな役割を果たしていると言えそうです。
日本コンテンツの海外展開にはいくつかの課題があります。
まずIP管理に関しては、海外を含めた二次利用を前提とした契約になっていないことや、著作権侵害への対応が遅れていることが課題です。例えばTVerを視聴中に「権利の関係でお見せできません」といった黒画面とテロップ、いわゆるフタかぶせが起きますが、これは事前に著作権の処理ができていないためです。マルチ展開・海外展開を視野に、事前に権利処理を行うことが求められます。また権利関係の分散・断片化も課題です。例えば、日本のアニメは製作委員会方式で制作されているものがほとんどであり、委員会メンバーによって保有する権利が分かれています。このため、協業する海外の配信・放送会社からすると「誰に何の許諾を取ればよいか」が分かりづらいのです。
文化的誤読や表現の差異による炎上リスクもあります。特にアニメにおいては、児童の性的描写や歴史認識に関わる内容など、厳しく規制されるケースが少なくありません。こうしたセンシティブな問題に対応するためにも、企画段階から国際的な視点を取り入れた制作方針が求められます。
翻訳・ローカライズの質が作品の評価に直結するにもかかわらず、その重要性が十分に理解されていないことも問題です。コンテンツの海外向けフォーマット販売時にはパッケージ制作が重要になります。パッケージは①コンテンツの歴史や視聴実績などのデータ、②番組企画書、③番組の内容が分かるトレーラー映像で構成されるのですが、問題は③のトレーラーです。多くの場合、日本で制作・使用していたものに字幕を付けてそのまま使いますが、海外のテイストとは必ずしも合いません。例えば日本のドラマでは主演の役者を押し出すことが多いですが、海外では日本の役者を強調しても理解されないため、番組の面白さが全面的に伝わる映像に差し替えなければなりません。これには新たな権利の許諾や制作コストが膨大にかかるため、後手に回ることが多いです。
これらの課題を事前に解決し、少しでも解像度を高めることで、日本のコンテンツ流通を拡大させ、さらにグローバル市場でのプレゼンスを高めるチャンスが今訪れています。この大きな波はいつまでも続く保証はなく、早急な対策が求められています。
海外展開の機会最大化のため、事前にできることは?
今後は、単に「海外にコンテンツを販売する」のではなく、制作初期の段階でグローバル市場を視野に入れたコンテンツ制作設計が鍵となります。ここで誤解してはいけないのは、「グローバルに向けたコンテンツ制作をする」のではなく、あくまで「今後の海外展開を意識した制作設計であり、やれることを事前にやっておくこと」です。なぜなら、ローカルで通用しなかったコンテンツがグローバルで通用する可能性は低いからです。
とはいえ、具体的にどのように海外展開を意識して制作するかが重要です。まずは、海外の市場・文化・契約慣習を理解するエグゼクティブプロデューサーの獲得・教育が急務です。国によって異なる映像制作のプロセスを理解していないと、グローバル市場に対応することはできません。例えば制作時の予実管理方法は差が大きく、制作終了まで収支が分からない場合が多い日本と異なり、欧米では週次で管理が徹底されています。
加えて、国際法務や会計・税務に精通した人材の育成も急務です。コンテンツは昨今、IPとして成長しています。そのコンテンツのIPが侵害されることは大問題です。海外ではコンテンツに詳しい弁護士が関与し、そのコンテンツが真にIPとなり得るかを制作前に精査しています。制作に明るい会計士も関わり、今後のビジネス見通しを考慮して制作予算を決めています。さらに、移転価格税制を考慮した税務のスペシャリストが協業し、海外展開での利益最大化・リスク軽減を徹底しています。こうした状況を踏まえると、日本は海外にコンテンツ販売するために解決すべき課題を数多く抱えていると言えます。
喫緊の対策としては、従来のやり方を根本から見直し、①世界と対等に渡り合うための新たな海外戦略の立案と実行、②グローバルを意識した制作とそのプロセスの改善、③IPの権利確保やリスク軽減を目指した法務、会計、税務への精通とスペシャリストとの協業、そして人材の養成が必要です。海外展開は、今あるコンテンツを単に販売するのではなく、少なくない投資と時間・労力、そして従来のやり方を大きく変革する覚悟が必要です。その覚悟があってこそ、大きなリターンを生む源泉になります。
注1: ドラゴンボールオフィシャルサイト「世界初となる『ドラゴンボール』テーマパーク建設へ!」、dragon-ball-official.com/news/01_2533.html(2025年6月18日アクセス)
国内市場が縮小する中、日本のコンテンツ産業は海外展開による成長なしでは生き残れません。そのためには地域ごとの特性を踏まえた展開戦略のもと、海外展開を見据えた制作プロセスの改善、IP権利確保やリスク軽減のための法務・会計・税務のスペシャリストの確保が不可欠です。
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