第3章:再現性あるヒットを生むためにー日本の映像コンテンツ産業のための戦略的ポートフォリオ設計 (3/4)

第3章

再現性あるヒットを生むために

日本の映像コンテンツ産業のための戦略的ポートフォリオ設計 (3/4)


日本の映像コンテンツの海外進出に必要な戦略を4章構成で分析します。
第3章は「コンテンツのポートフォリオ戦略」。

日本のコンテンツ業界が持つ多様なジャンルやテーマに対し、どのようにバランスの取れたポートフォリオを構築し、リスクを分散しながら市場をターゲットにするかを解説します。


要点

  • コンテンツ産業は本質的に不確実性が高く、ヒット率を高めるよりも「何本打席に立つか」の設計が合理的。確率統計論により、目標利益から逆算した打席数や投資上限を可視化できる。
  • 成功確率が低い前提のもとでは、多様なジャンル・ターゲット・制作形式・IP形態を組み合わせた分散型のポートフォリオ戦略がリスクヘッジとして有効。
  • IPは単発ヒットではなく長期的に育成・展開する事業資産と捉え、初期からメディアミックスやフランチャイズ化を前提とした戦略を設計することが不可欠。


序論:不確実性の時代に求められる戦略的ポートフォリオ

映像、出版、音楽、ゲームといったコンテンツ産業は、デジタル化とグローバル化の進展により大きな構造変化の最中にあります。特に映像分野では、配信プラットフォームの台頭により、「作品単位の競争」から「IP単位の事業戦略」へのシフトが進み、メディアミックスや複数IPを前提とした展開が重視されるようになっています。

この環境下で重要なのは、ヒットの偶然性に頼らない「再現性ある収益構造」の確立です。クリエイティブには本質的に不確実性があるため、ヒット率(打率)を高めるよりも、「どれだけ多くの打席に立てるか」が戦略の要になります。多様な作品をバランスよく展開するポートフォリオ思考が、今後の成長に不可欠だと言えるでしょう。

本章では、打席数と利益目標の関係、多様なジャンルや開発手法の組み合わせ、メディアミックスによる長期展開の可能性を整理し、持続可能で収益性の高いビジネスモデルを描くための視点を提案します。
 

第1節:クリエイティブ領域の本質 ー 打率よりも打席数

映像や物語を軸とするクリエイティブ領域では、製造業のような「規模の経済」が成立しにくく、同じチームによる制作であっても結果が大きく分かれるのが現実です。これは、ヒットの再現が難しいという、クリエイティブ産業特有の構造によるものです。

この不確実性に対しては、1本ごとの完成度向上に注力するよりも、打席数を増やすことで成功の確率を高める方が現実的です。実際、ハリウッドの大手スタジオや日本の大手出版社・放送局は、多数のタイトルを同時に展開し、その中からヒットを生み出す仕組みをとっています。1作の成功が、他の投資を回収するポートフォリオ型の運営です。

したがって重要なのは、「打席に立ち続ける仕組み」をどう構築するかです。そのためには、制作判断の基盤となる体制づくりや、予算配分のルール、失敗を許容できる意思決定の枠組みが求められます。

とはいえ「打率を上げることは不可能か」と考える経営者もいるでしょう。そこで参考として、日本のマンガ・アニメ業界の構造を次に見てみます。

  • 流通しているマンガ雑誌:200~250誌
  • 雑誌1冊当たりの掲載作品数:15~20タイトル
  • 総流通作品数:おおよそ5,000タイトル(上記の積)
  • アニメ化される作品数:年間200~300タイトル
  • テレビで放送される作品数:100~150タイトル
  • 年間のヒット作品数:2~3本

日本のマンガ・アニメ業界における大ヒットは5,000作品中せいぜい2~3本と、きわめて打率が低い

日本のマンガ・アニメ業界における大ヒットは5,000作品中せいぜい2~3本と、きわめて打率が低い

もちろん、5,000作品すべてが毎年刷新されるわけではなく、上記は単純な積算に過ぎませんが、アニメ化された作品群の中でも、実際にヒットに至るものは数%にとどまるという現実があります。近年でいえば『鬼滅の刃』のような成功作や、『ポケットモンスター』(ポケモン)のように数十年にわたって支持される作品は、10年に1度クラスとも言われる希少な存在です。

第2節:数値に基づく打席設計 ー 利益目標からの逆算思考アプローチ

打席数重視の戦略を具体的に実行するには、「利益目標から逆算して必要な打席数を割り出す」という数値管理が不可欠です。

例えば、アニメ作品が年間200タイトル放送され、ある程度大きなヒットと見なせるのが3本程度(ヒット率1.5%)だと仮定します。この確率のもと、10年に1度は少なくとも1本、そのようなヒットを生み出したいと考える場合、年間で何本の作品に関与すればよいのでしょうか。

詳細な計算方法は省略しますが、「少なくとも1回成功する確率」を90%以上に設定した場合、確率統計上、年間15〜16本に関与すれば目標を達成できるとされます。成功確率を85%に下げれば、12〜13本で足りる計算です。肌感覚とは随分違う感じがしますが、統計学的に考えれば「負け続けるのは逆に難しい」ということになります。

このモデルを用いて、1タイトルあたりに投資できる上限額を試算してみましょう。

前提条件

  • 成功確率(p):1.5%(0.015)
  • 成功時の5年間の累計営業利益:200億円
  • 割引率:5%(年率)
  • 失敗時の営業利益:0円(製作委員会方式や放送による広告収入がある前提などにより平均的な収支はトントンと仮定)

この条件でNPV(現在価値)を算出すると、およそ173.18億円となります。成功確率1.5%を乗じることで、期待NPVは約2.6億円となり、これが1作品当たりに投資可能な最大金額となります。

利益目標からの逆算思考アプローチ

利益目標からの逆算思考アプローチ

なお、成功確率をシーズン2などの安定的な案件に対して5%と仮定すると、投資可能額は約8.66億円まで増加します。上記はあくまでコンセプトを理解する目的としてビジネス自体を単純化し、実際回収率を5年としていますが、実際は5年平均ではなく当然リリースした1-2年目の収益が高いことを考慮する必要があります。よってモデル作成時はもう少し精度を上げるため個別のコンテンツビジネスの特性、自社の戦略や狙いを考慮する必要があります。

 

第3節:多様性こそがリスクヘッジ ー 開発ポートフォリオの最適化

不確実性の高い領域においては、「分散」が最も合理的なリスクヘッジです。これは金融の世界でも、研究開発投資でも同様です。コンテンツにおいてもまた、多様な作品ラインアップを持つことが、結果として企業の安定的な成長に寄与します。

では、どういった軸での多様性を確保すべきか。コンテンツビジネスの特性を考慮すると以下の4点が主要な観点となります。

  1. ジャンルの多様性(ドラマ、アニメ、バラエティ、ドキュメンタリーなど)
  2.  対象年齢層の多様性(子ども向け、ヤングアダルト、ファミリー層など)
  3.  制作スタイルの多様性(劇場用長編、テレビシリーズ、ショートアニメなど)
  4.  知財の性質の多様性(オリジナル、原作つき、アニメ、既存IPのスピンオフなど)

例えば、異世界転生系アニメが一時的に流行していても、それに注力しすぎるのはリスクが高い戦略です。嗜好(しこう)やプラットフォームのアルゴリズムは変わりやすく、特定ジャンルに依存するのは危険です。

むしろ、商業的に安定したジャンルと実験的ジャンルを組み合わせて収益のブレを抑える方が現実的です。また、若手には小規模作品で経験を積ませ、熟練チームには大型案件を任せるといった人材の配置も、多様性を生かす戦略の一部です。
 

第4節:知財ライフサイクルの設計 ー フランチャイズ化とメディアミックス展開

作品単体での収益には限界があります。特に映像作品では、製作費の高騰や定額制配信モデルの普及により、映像だけで高い利益を上げるのはますます難しくなっています。そのため、初期段階から「どのようにメディアミックス展開できるか」「どうフランチャイズ化できるか」を想定し、知財(IP)を設計する必要があります。

例えば『ポケモン』はアニメという流通コンテンツを持ちつつ、主な収益源はゲームとマーチャンダイジングです。同様に、アニメや映画といった映像流通に依存せず、キャラクターライセンスと商品展開によってグローバルな収益基盤を築いてきたIPも存在します。つまり、本質的な収益源は「映像そのもの」ではなく、「映像が喚起する知財価値」にあるのです。

この視点に立てば、IP開発における3つのステージを明確に意識することが不可欠です。

  1.  種まきフェーズ
    原作やキャラクターの開発、小規模メディア(TVアニメ、Web連載など)での露出を通じ、知財の世界観やファン基盤を形成

  2. 拡張フェーズ
    一定のファン層が確立された段階で、劇場作品、ゲーム化、玩具展開、イベントなどへと派生展開を行い、マネタイズ手段を多様化。この段階になると、メディア・コンテンツ産業以外の業種、例えば大手不動産による箱ものなどとも協業

  3. 収穫フェーズ
    グローバル展開や長期シリーズ化、他社へのライセンス供与などによって収益を最大化。いわゆる「定番」のコンテンツとなり長期的にキャッシュを生み出すIPとして定着

このように、IPを「1作品で終わるヒット商品」ではなく、「持続的に展開可能な事業資産」として育てることが、現代のコンテンツビジネスにおける重要な前提です。つまり、創造し、育て、刈り取る長い道のりがあり、経営的には短期的アプローチではなく長期的な目線が必要です。

近年、配信プラットフォームの進化により、コンテンツの成否は初速で判断され、続編やスピンオフの可否も迅速に決まるようになりました。はやらなければすぐに打ち切られ、仮にヒットしても映像単体では高い収益を得にくい時代です。だからこそ、初期段階からライセンス展開や二次創出を見据えたIP設計が不可欠です。

とはいえ、成功の見込みが不確かな段階で大規模展開を前提とした投資を行うのはリスクも大きく、どこまで張るかは重要な経営判断となります。仮に映像がヒットしても、フランチャイズ化の設計がなければ収益は一過性で終わり、資産とはなりません。映像はあくまでIP展開の導線であり、収益の本丸はメディアミックスにあります。

しかし現在、特にアニメでは1クール(12〜13話)制作が一般的で、ヒットしても続編までに1〜2年空き、勢いを逃してしまうケースが見られます。すべての作品に求めるものではないにせよ、2クール(26話)までの制作に初期からコミットするなど、新たな投資戦略の導入も検討すべき時期に来ているのではないでしょうか。
 

第5節:結論 ー 作品単位から事業単位への転換

コンテンツ産業の成功は偶然性が高く、少数の作品に経営を委ねるのは極めてリスクが大きいです。だからこそ、打率に頼らず打席数を確保し、失敗を許容できる構造を持つポートフォリオ設計が求められます。その実行には、作品単位でなく「事業単位」での意思決定が不可欠です。例えば、数年単位でフランチャイズ化を見据えて知財を育成し、海外展開や他業種との連携も視野に入れた中長期戦略が必要です。

経営上の本質的な問いは「どの作品が当たるか」ではなく、「当たるまでに何本必要か」「当たったとき最大限回収できる設計になっているか」です。

日本のコンテンツ産業が真に国際競争力を持つためには、作品単位の成功に一喜一憂するのではなく、戦略的なポートフォリオによって、持続可能な成長基盤を冷静に築くことが重要です。

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EY Japan Consulting TMTチーム

サマリー

コンテンツ産業はヒットの再現が難しい領域だからこそ、勝つには「打席数×確率」の設計が要です。二項分布やNPV理論など、確率統計を活用したポートフォリオ設計により、勘に頼らずヒットを引き寄せる仕組みを考える必要があります。


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