EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
コンテンツのグローバル展開に付きまとう地政学的リスクや税務に関する規制をどのように管理し、クリアするかを論じます。各国の規制や関税、知的財産権の取り扱いなど、法的側面の重要性にも言及します。
要点
映像コンテンツ産業は、クリエイティブ性が重視され華やかに見える一方で、制作から流通までの各工程に多くのリスクを内包しています。特に近年、国際展開の加速やデジタルプラットフォームの普及に伴い、地政学的リスクと税務リスクは無視できない重要課題として浮上しています。例えば、政治的制裁の影響を受けた国や地域との関係、国際税務当局との摩擦、サプライチェーンの不透明さなどが、ブランドの毀損(きそん)や経済的損失に直結する可能性があります。本稿では具体的な事例を通じて、コンテンツ産業が直面する地政学的・税務的リスクとその実践的な対策を検討し、グローバル時代に「戦える体制」をつくるための要諦を探ります。
日本の映像産業では、制作工程の一部が海外に外注されることが常態化しています。特にアニメ制作では、低コストを求めて中国、韓国、東南アジア諸国に動画や仕上げ工程を委託することが多いです。最近ではVFX(視覚効果)の分野でも、インド、フィリピン、マレーシアなどのスタジオが積極的に活用されています。こうした外注構造にはコスト削減という利点がある一方、リスクの温床ともなり得ます。
具体例として、近年、国連制裁下にある北朝鮮が中国企業を介して間接的にアニメの下請けを行っていた事例が報告されました。このケースで日本の制作会社は、表向きには中国企業と契約していましたが、実際の作業の一部が北朝鮮内のアニメーターによって行われていました。結果的に、意図せず制裁違反に問われる可能性が生じ、国際問題に発展しかねなかったのです。仮に米国のSDNリスト(特別指定国民リスト)に抵触すれば、金融取引の制限や多国籍パートナーシップの崩壊、ブランド信用の失墜に直結するリスクがあります。
また、ウクライナ情勢をきっかけに、欧州とロシアの間で制裁強化が進み、制作や配信に関わる欧州企業の多くがロシア市場から撤退しました。これに伴い、欧州側でライセンス契約を締結していた映像作品が配信停止に追い込まれる事例が相次ぎました。制作現場はこうした国際情勢の変化に常に敏感である必要があり、無意識のうちにリスクを抱え込むことは許されないのです。
対策としては、第1に外注先のデューデリジェンス(取引先調査)の徹底が求められます。単に契約相手の企業情報を確認するだけでなく、その下請け・孫請けまでの流れを透明化し、トレーサビリティを確保する体制を整備する必要があります。また、リスクが高い地域との取引については、契約書に制裁回避や倫理基準順守の条項を盛り込むべきです。加えて、各国政府や国際機関が発表する最新の制裁リストや規制情報を常時モニタリングし、必要に応じて取引先の見直し・再交渉を柔軟に行う体制も不可欠です。
さらに、日本国内の法的整備も重要です。例えば、経済安全保障推進法は重要な情報や技術の流出を防ぐ枠組みを提供しており、コンテンツ産業においても該当するケースが出てきています。制作プロジェクト単位では、法務・コンプライアンス担当が関与し、プロジェクト開始前の段階からリスク評価を行う体制が理想とされています。
コンテンツビジネスは知的財産を基盤とするため、国際展開の際には税務当局との関係が複雑化します。特に移転価格税制(Transfer Pricing)は、グループ会社間でライセンス料や制作費を設定する場合、第三者間での条件と整合性が取れていなければ課税リスクを生みます。無形資産の評価は客観性を欠きやすく、税務調査の際に過少申告や過大経費計上と見なされるリスクが高いのです。
具体例として、日本の大手アニメ制作会社A社が、シンガポールに設立した関連会社B社に対して作品のライセンスを供与し、B社が東南アジア諸国で配信ビジネスを展開するケースがあります(下図右側)。このとき、A社とB社間のライセンス料が、同地域の市場価格よりも著しく低く設定されていた場合、税務当局から「過小評価による利益移転」として修正課税を受ける可能性があります。また、逆に過大な制作費がB社からA社に流れた場合、シンガポール側で過大経費と見なされ、結果的に損金算入が否認されるリスクも存在します。
移転価格税制とは、国をまたいだグループ企業間の取引における所得移転を取り締まるルール
こうしたリスクを回避するためには、理想的には以下のような多層的対策が必要です。
さらに、著作権使用料やストリーミング収益の分配に関しても、二重課税を避けるために租税条約の適用状況を確認し、必要に応じて外国税額控除の手続きを適切に行うことが重要です。特に欧州や米国の配信プラットフォームと契約を結ぶ場合、日本側の税務処理が不完全だと、後年になって多額の追徴課税を受けるリスクが生じます。せっかく海外からのコンテンツ収入があったのに、税法のリスクの回避がなくては次のコンテンツ投資への大切な原資をとられてしまうだけでなく、育てたコンテンツ・IPの毀損にもつながりかねません。今後ますます日本のコンテンツが海外に出てくことを考えると、上記のような包括的な対応が求められます。
地政学的・税務的リスクはいずれも国際環境や制度の変化に強く影響されます。例えばOECDのBEPS(税源浸食と利益移転)プロジェクトや、EUのデジタル課税構想、米国の制裁リスト更新など、外部環境の変化に対応するためには、単発的な対応では不十分です。
企業としては、恒常的なリスクマネジメント体制を整備することが不可欠です。具体的には、法務・財務・制作の各部門が横断的に連携し、リスクアセスメントを定期的に実施し、経営会議や取締役会に報告する体制を整える必要があります。また、経営層に対してもリスクマネジメントの重要性を啓発し、投資判断の際に「リスクコスト」を織り込む文化を醸成することが重要です。
ここで特に強調したいのは、クリエイティブ産業においては単に会社組織の信用や持続性を守るだけでなく、IP(知的財産)そのものの価値を守る意味があるということです。ファンに愛され、グローバルに評価されるIPは、ひとたび不祥事や倫理違反、制裁違反などの問題が表面化すれば、そのブランドイメージが一瞬で傷ついてしまいます。キャラクターや作品の評価、配信や商品化のチャンス、ファンコミュニティとの関係まで影響が及ぶのです。逆に言えば、リスク管理体制をしっかりと整えることは、作品やIPの長寿命化、グローバルなブランド構築、そしてクリエイティブな挑戦を続けるための「土台」をつくる大切な投資であると言えます。
加えて、国際ガバナンスの観点からは、透明性と説明責任を高める取り組みも求められます。具体的には、海外子会社の財務状況や取引内容の可視化、社内監査体制の強化、外部専門家による定期レビューの導入などが挙げられます。こうした取り組みは、単なるコンプライアンス対応にとどまらず、クリエイターやファン、パートナーから「信頼される企業・IP」であり続けるための基盤と捉えるべきです。
コンテンツ産業は、その創造性ゆえにしばしば「リスク」から遠い産業と見なされがちです。しかし、現実には地政学的リスク、税務リスク、規制リスク、為替リスクなど、グローバルに展開するからこそ直面する複雑な課題が数多く存在します。これらを「コスト」と見なして後回しにするのではなく、「投資」として積極的に取り組み、戦略的にマネジメントする視座が必要です。
特にクリエイティブ産業においては、会社の経営基盤を守ることだけでなく、IPやコンテンツそのものの価値を守ることが重要です。ファンや視聴者が期待するのは、単なる高品質な作品ではなく、信頼できる背景、社会的責任、そして持続可能なブランドです。もしリスクを軽視すれば、大事に育ててきたIPやコンテンツが一瞬で台無しになる可能性があります。逆に言えば、見えないリスクに備え、しっかりとした体制を整えることで、クリエイターや企業はもっと大胆に、もっと自由に挑戦し続けることができるのです。
法務・財務・制作という異なる専門性を融合させ、情報の可視化とスピーディーな意思決定を可能にする「戦える体制」を構築することは、これからのコンテンツビジネスの強靭(きょうじん)性を支える礎になります。日本のコンテンツ産業が今後、世界市場で持続的に成長し、愛され続けるIPを生み出し続けるためには、見えないリスクに正面から向き合う姿勢が不可欠です。
グローバル化が進む現代、コンテンツ産業も地政学リスクと無縁ではありません。取引先のデューデリジェンスによるトレーサビリティ確保や、移転価格税制による追徴課税リスク回避など課題は多く、自社のIPを守るためにも法務・税務の専門性を有した人材の確保が急務です。
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