フィジカルAI時代、日本企業が競争優位を築くには ── 半導体が左右する次の10年

フィジカルAI時代、日本企業が競争優位を築くには ── 半導体が左右する次の10年


生成AIの普及を背景に、AIはデジタル空間から工場や物流など現実世界へと活用領域を広げています。本記事では、フィジカルAIの競争力を左右する半導体の進化と、日本企業が技術力や現場データを事業価値につなげるための条件を、セミナーでの議論から読み解きます。



要点

  • 生成AIの次に、AIは工場・物流・モビリティなど現実世界へと活用領域を広げ、現場作業の在り方やコスト構造を変えるフィジカルAIの時代が到来しつつある。
  • フィジカルAIでは、従来のAI半導体に求められた計算性能だけでなく、低遅延、省電力、信頼性、安全性など、現場で安定して動き続けるための総合的な性能が問われる。
  • 普及のカギは、明確な経済合理性と、人、AI、ロボットが協働する業務設計にある。日本企業は製造データや暗黙知、安全性を競争優位に転換できる。


オープニング フィジカルAIと半導体が変える、次世代の産業競争

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 代表取締役の吉川 聡は、AIと半導体を軸に産業構造が大きく変化する中、生成AIに続き、現実世界を動かす「フィジカルAI」の時代が到来しつつあると指摘しました。

地政学リスクやサプライチェーンの再編など不確実性が高まる一方、日本には製造技術やロボティクス、精密機械、素材・部材など、フィジカルAI時代に生かせる強みがあります。吉川は、こうした強みを競争優位につなげるには、AIの活用を前提としてビジネスモデルやサプライチェーンを再設計し、経営そのものを変革していく必要があると強調しました。


第1部 生成AIの次に来る「フィジカルAI」とは――競争力を左右する半導体

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 テクノロジー/メディア・エンターテインメント/テレコムセクター

第1部では、EYの武市と岡部が、書籍『半導体が決めるフィジカルAI―次の10年の勝ち筋を読む』をもとに、フィジカルAIと半導体が産業構造に与える影響を解説しました。


「半導体×フィジカルAI」から読み解く、次の10年の産業構造

武市はまず、『半導体が決めるフィジカルAI』の全体像と、執筆の背景にある問題意識を紹介しました。フィジカルAIや半導体をテーマとした専門書は数多くありますが、本書の特徴は「半導体×フィジカルAI」という視点から、今後の産業構造の変化を捉えている点にあります。

現在、半導体市場はAIデータセンター向けの需要に牽引され、拡大を続けています。一方で、生成AIブームの先には、半導体を取り巻く産業構造そのものが新たな局面を迎えると考えられます。

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そこで本書では、半導体の基礎知識からグローバルサプライチェーン、調達戦略、地政学までを整理したうえで、フィジカルAIがもたらす技術的・事業的インパクトについて解説しています。さらに、半導体とAIが融合する時代に、日本企業がどのように競争優位を築くべきかを、今後10年という長期的な視点から考察しています。

その背景にあるのが、「10年後も企業の競争優位を生み出すのは生成AIなのか」という問いです。2023年のChatGPTの登場を契機に生成AIは急速に普及し、多くの企業が業務への活用を進めています。しかし、企業価値の多くは依然として、工場、物流、自動車をはじめとする現実世界で生み出されています。

「生成AIが主に知的労働を変革する技術であるのに対し、フィジカルAIは物理世界を変える技術です」(武市)

武市は、次の10年の競争は、現実世界を動かすAIを舞台に展開され、その勝敗を左右するのが半導体であるとの見方を示しました。


「答えるAI」から「現実世界で動くAI」へ

「生成AIの次」とは、生成AIがフィジカルAIに置き換わることではありません。生成AIを含むAI技術が、センサー、半導体、ロボティクスと結びつくことで、その適用領域がデジタル空間から現実世界へと広がっていくことを意味します。

続いて岡部が、フィジカルAIの具体的な姿を解説しました。生成AIは、文章や画像、コードの作成、情報整理、資料作成など、これまで人が時間をかけて行っていた知的作業を大幅に効率化しました。ただし、その多くはデジタル空間、つまり情報を扱う領域で価値を生み出しています。

これに対し、フィジカルAIは現実世界で行動する点に大きな特徴があります。代表的な活用領域として、自動運転、産業・物流ロボット、医療・介護、スマートファクトリーなどが挙げられます。例えば自動運転では、周囲の状況を認識して経路や速度を判断したうえで、車両を制御します。スマートファクトリーでは、予知保全や外観検査、工程最適化などへの活用が期待されています。

フィジカルAIの本質は「見る・判断する・動かす・補正する」という一連の閉ループをリアルタイムで回し、現実世界のタスクを安全に遂行する実行主体になることです。

「フィジカルAIの競争力を左右するのは、AIモデルの賢さだけではありません。低遅延や省電力、信頼性、安全性などを含め、AIを現場で継続的に動かせる仕組み全体が重要となります」(岡部)


なぜ半導体がフィジカルAIの勝敗を決めるのか

では、なぜフィジカルAIの競争において半導体がカギを握るのでしょうか。実際の現場では、センサーから得た情報をもとにAIが推論し、アクチュエーターやモーターを制御し、その結果を再び観測する必要があります。ロボットや自動車、工場設備などでは、わずかな遅延や誤作動が事故や品質問題につながる可能性があります。このような現実世界特有の制約を満たすうえで、半導体の性能が大きな役割を果たします。

従来のAI半導体競争では、TOPSやFLOPS、先端プロセス、HBM帯域など、「どれだけ速く、大量に計算できるか」が主要な評価軸でした。しかし、フィジカルAIでは競争軸が変わります。低遅延、低消費電力、信頼性・安全性、システム統合性の重要度が増し、ピーク性能の高さだけではなく、「現場で止まることなく、安全に動き続けられるか」が問われるようになります。

さらに、半導体の役割もAIの「計算」だけにとどまりません。エッジAI向けSoCやAIアクセラレータ、メモリ、センサー半導体、パワー半導体に加え、機能安全やセキュリティなど、複数の半導体を一つのシステムとして統合することが求められます。

「フィジカルAI時代には、半導体単体の性能ではなく、半導体、センサー、ソフトウェア、データ、製品、運用を一体で設計し、現場で安全かつ継続的に価値を生み出せるかが競争力を左右します」(武市)

この変化は、企業のビジネスモデルにも及びます。AIの価値は、クラウド上でのモデル性能だけではなく、稼働率の向上、品質改善、省人化など、現場でどのような成果を生み出したかによって評価されるようになります。半導体も単なる「部品」ではなく、フィジカルAIを活用した事業そのものを成立させるための戦略的な要素となります。

最後に武市は、「もし10年後に、自社の工場・製品・サプライチェーンにAIが完全に組み込まれているとしたら、御社の競争力を決めるものは何でしょうか」と問いかけました。ソフトウェアか、データか、AIモデルか──さまざまな答えが考えられます。そのうえで、本書が示す答えは「半導体」であると締めくくりました。


第2部 フィジカルAI時代、日本企業の競争力をどう築くか

第2部では、日本企業がフィジカルAI時代に競争優位を築くための条件について、半導体、AI、コンサルティングなど各分野の専門家によるパネルディスカッションが行われました。

登壇者:
SEMI Japan代表 浜島 雅彦 氏
株式会社Preferred Networks AIプロダクツ&ソリューションズ事業本部 ビジネス開発部 部長 関 享太 氏
EY新日本有限責任監査法人 デジタル戦略部 パートナー 加藤 信彦
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 テクノロジーコンサルティング ソリューションセールスリーダー パートナー 梶浦 英亮
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 テクノロジー/メディア・エンターテインメント/テレコムセクター 半導体サブセクターリーダー ディレクター 武市 吉央

モデレーター:
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 テクノロジー/メディア・エンターテインメント/テレコムセクター インテリジェンス ユニット ディレクター 岡部 裕之

SEMI Japan代表 浜島 雅彦 氏
SEMI Japan代表 浜島 雅彦 氏
株式会社Preferred Networks AIプロダクツ&ソリューションズ事業本部 ビジネス開発部 部長 関享太 氏
株式会社Preferred Networks AIプロダクツ&ソリューションズ事業本部 ビジネス開発部 部長 関 享太 氏

フィジカルAIが生み出す新たな半導体需要

岡部:まず、EYのフィジカルAIへの取り組みについて、梶浦さんから紹介していただけますか。

梶浦:フィジカルAIは、まだ先の話と感じる方もいるかもしれません。しかしEYでは、グローバルにフィジカルAIラボを設置し、実際の機械や機器、システムを使い、クライアント企業やベンダー企業とともにPoCやプロトタイプの開発に取り組んでいます。そこから、新たなビジネスの創出につなげることを目指しています。

岡部:半導体の観点から見たとき、フィジカルAI時代には何が変わるのでしょうか。

武市:生成AIでは、GPUやHBMなど、「どれだけ速く大量に計算できるか」が主要な評価軸でした。しかしフィジカルAIでは、低遅延や安全性、信頼性など、現場での運用を成立させるための条件が重要になります。そのため、半導体には、速く計算するだけでなく、必要なタイミングで確実に反応し、安全に制御できる性能が求められます。

岡部:浜島さん、半導体業界全体から見て、フィジカルAIはどのような産業機会を生み出すのでしょうか。

浜島氏:これまで半導体は、情報を扱うインフォメーションテクノロジーを支えてきました。これからは、その技術が現実世界に出てくる大きな転換点になると考えています。例えば半導体製造の現場では、重量物の取り扱いや危険を伴う作業など、人間にとっては負担の大きい業務があります。そうした領域に、ロボットやフィジカルAIを活用するニーズが高まるでしょう。

ただし、重要なのは経済合理性です。「人にはできないからAIに任せる」というだけでは、普及に時間がかかります。導入によって圧倒的な経済合理性を実現できるかどうかが、本格的な普及を左右すると考えています。

岡部:関さん、AIモデルやロボティクスの観点から見て、半導体にはどのような性能が求められるのでしょうか。

関氏:AIの学習用と推論用では、半導体に求められる性能が異なります。特にフィジカルAIでは、実際の現場でAIを動かす推論用半導体が欠かせません。メモリの容量やデータ転送速度が大きな課題となる一方、エッジで動かすAIは必ずしも巨大なモデルが必要なわけではありません。自動運転などでは、用途に合わせて最適化されたAIと、それを効率的に動かすハードウェアを組み合わせることが不可欠です。

武市:フィジカルAI時代には、データ、AI、半導体、製品をつなぎ合わせ、全体として価値を生み出せる企業が競争力を持つでしょう。


日本発のフィジカルAI基盤モデルと普及に向けた条件

関氏:日本では、国産のマルチモーダル基盤モデル、すなわちフィジカルAIの基盤モデルを開発する取り組みとして「FRONTia」事業が進められています。この事業では、Noetra株式会社がマルチモーダル基盤モデルの開発を担い、産業技術総合研究所と連携して研究開発を推進しています。米国や中国がAI開発で先行する中、日本が第三極として基盤モデルの開発力を持つことが課題です。企業が保有するデータや技術を結集し、日本ならではのフィジカルAI基盤を構築していくことが求められます。

岡部:複数のベンダーのロボットが同じ現場に混在する場合、何が必要でしょうか。

関氏:不特定多数の人やロボットが、まったく共通ルールのない状態で動く環境を制御するのは、現時点では難しいでしょう。工場や一定の管理下にある物流倉庫では、人やロボットが所定のルールに基づいて行動しています。フィジカルAIが周囲の環境を正しく理解するためにも、そこで共有されているルールを明文化し、AIに認識させることがポイントになります。


技術導入にとどまらない――AIと共生する現場をどう設計するか

岡部:企業がフィジカルAIを導入する際の経営課題や実装上のポイントについて教えてください。

梶浦:大きく4つあると考えています。一つ目は、フィジカルAIを経営目標や事業目標の中でどう位置づけるかです。人手不足への対応なのか、品質の向上なのか、新しいサービスの創出なのか。何のために導入するのかを明確にすることは欠かせません。

二つ目は、業務改革です。人間の仕事をそのままロボットに置き換えるだけでは、十分な効果は得られません。人とロボットがどのように役割分担するのか、異常が発生したときに人がどのように支援するのかなど、フィジカルAIと共生する現場そのものを設計することが求められます。

三つ目は、データです。工場では、IoT機器やセンサー、画像など、従来の基幹システムで扱ってきたものとは異なるデータが大量に発生します。これらを既存のデータと組み合わせ、どのようなデータモデルやデータガバナンスを構築するかが重要です。

そして四つ目が、ガバナンスとセキュリティです。フィジカルAIは、人や設備に直接影響を及ぼす可能性があります。そのため、技術面だけではなく、経営目標、業務プロセス、KPI、内部統制、責任分担までを含め、全体を設計することが求められます。


安全性と信頼性を強みに、日本企業の競争優位を築く

岡部:加藤さん、ガバナンスや安全性の観点からは、どのような対応が必要でしょうか。

加藤:フィジカルAIが現実世界で自律的に動くようになるほど、安全性や責任の所在が重要なテーマになります。適切なAIガバナンスを構築し、責任ある形で運用することが欠かせません。フィジカルAIを責任ある形で社会実装するための方向性として、EYでは次の4点を重視しています。

  1. データを自律化の原動力として位置づける
  2. シミュレーションとデジタルツインを運用モデルに組み込む
  3. 責任あるフィジカルAIを実現するためのガードレールを整備する
  4. 個別のデバイス戦略ではなく、エコシステムを構築する

AIを安全かつ責任ある形で運用するためのガイドラインやISO/IEC 42001など国際規格も、整備が進みつつあります。日本企業が強みとしてきた安全性や信頼性を生かしてAIガバナンスを構築するとともに、第三者による評価やISO認証の取得などを通じて、その信頼性を世界に発信していくことが、競争力の源泉になるのではないでしょうか。

浜島氏:事故や誤作動を前提に、安全性を担保する標準化の仕組みを日本が主導することは、重要なポイントだと思います。

関氏:AIの性能向上にはデータが欠かせません。特に日本の製造業には、長年のものづくりを通じて蓄積された高品質なデータや現場に根付く「暗黙知」があります。このようなデータや知見をフィジカルAIの学習や制御に生かしていくことが求められます。しかし、そうした「暗黙知」は各企業にとって重要な資産でもあり、すべてのデータを容易に共有できるわけではありません。企業が保有する生の現場データを一律に集約するのではなく、開発したモデルを実際の現場で活用し、利用ニーズやフィードバックを開発に反映していくアプローチが重視されています。

フィジカルAIをめぐる競争は、最も高性能なAIモデルやロボットを導入した企業が自動的に勝つ競争ではありません。自社が解決すべき経営課題を定め、現場データと暗黙知を形式知化し、半導体、AI、ソフトウェア、設備、人の役割を一体で設計できるかが問われます。

日本企業には、製造現場で蓄積してきた高品質なデータ、安全性・信頼性への知見、素材・部材、精密機械、ロボティクスなどの強みがあります。重要なのは、それらを個別の技術的優位にとどめず、顧客価値や事業モデルに転換することです。フィジカルAIへの対応は、単なる技術導入ではなく、次の10年の競争力を構想する経営アジェンダとして捉える必要があります。

安全性と信頼性を強みに、日本企業の競争優位を築く
左より、 EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 岡部 裕之、EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 武市 吉央、SEMI Japan 浜島 雅彦 氏、株式会社Preferred Networks 関 享太 氏、EY新日本有限責任監査法人 加藤 信彦、EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 梶浦 英亮



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サマリー 

フィジカルAIは、AIの価値をデジタル空間から工場や物流などの現実世界へと広げ、産業構造を変革する可能性を秘めています。日本企業の強みである優れた製造技術、高品質なデータ、現場の暗黙知を生かすことで、競争優位を築ける時代が到来するでしょう。


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