2. ジョブ型雇用において退職給付制度が満たすべき要件
ジョブ型雇用の特徴4つ
前述の通り、ジョブ型雇用の基本コンセプトは特定のポジションにおける職務内容を明確に定義し、そこに人材を採用・配置する仕組みです。ジョブ型雇用での退職給付制度のあるべき姿を考える上では、メンバーシップ型雇用との対比においていくつかカギとなる特徴があります。
(ア)
| 人ではなくジョブに値段をつける同一労働同一賃金: 職務を定義し、それに値段をつける仕組みになるので、前述の例で言うと、人事の10年選手でも新卒でも、同じ総務の仕事であれば同じ報酬となります。
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(イ)
| 雇用の流動性が高い: 職務内容が明確であり、賃金も含めて企業間の比較が容易なため、流動性の高い労働市場との親和性が高くなります。
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(ウ)
| 自律的なキャリア形成: メンバーシップ型と違い、企業主導での異動配置は行われないため、従業員個人が自身のキャリアプランを用意してスキル開発を行う必要があります。
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(エ)
| 多様性とフレキシビリティ: 新卒一括採用ではなく中途も採用するということ以外にも、職務要件を満たすのであれば多様な人材を採用し、かつ職務要件に対する評価が容易になるため、個人の価値観やライフスタイルに応じたフレキシブルな働き方が可能となります。
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ジョブ型雇用に適した退職給付制度と運営方法
こういったジョブ型雇用の特徴に照らして、退職給付制度が果たすべき役割と要件を考えてみましょう。
(ア)同一労働同一賃金
まず、ジョブに値段をつけるという点ですが、これが求めるのは退職給付制度の「換金性」であると言えます。例えば年俸500万円で退職金制度がある企業と、年俸550万円で退職金制度のない企業があったとします。他の処遇条件が同一だとすると、採用候補者はおそらくその退職金制度に給与の10%の価値があるかどうか値踏みすると想定されますが、採用する側はその退職金制度の価値をはっきりと明示できるでしょうか?
人事の採用担当者自身もその価値を明確に理解していないケースは少なくありませんが、そのような制度運営はジョブ型の雇用観ではふさわしくないと考えます。実際、前述の通り最終給与比例型の終身年金は非常に価値のある制度だったのですが、その価値を従業員が理解するのは大変な困難であり、手間とコストがかかる割に伝わらないなら止めてしまおう、となったケースも少なくないと想像します。もっとも、メンバーシップ型雇用下においては「安心・安定」がEVPですので、「悪いようにはしないだろう」という信頼の醸成につながっていたのであれば、企業年金の価値が正しく伝わる必要性はないと言えばないのですが。
ジョブ型雇用では、職務内容と同様に退職給付制度の条件と価値も明確化する必要があります。またその価値を金銭換算し、人事担当者が採用候補者や従業員に明確に伝えられてこそ、ジョブ型雇用に即した企業年金の運営ができていると言えるのではないでしょうか。
(イ)雇用の流動性
次に雇用の流動性ですが、まず一つ目に転職が一般的な環境下では確定拠出年金制度のようなポータビリティは非常に重要となります。確定拠出年金制度のポータビリティとは退職時に給付を受けず、転職先もしくは個人型確定拠出年金へと残高を移換することを指します。確定拠出年金制度は設立当時から「国民の高齢期における所得の確保に係る自主的な努力を支援し、もって公的年金の給付と相まって国民の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とする。(確定拠出年金法第1条)」と、老齢期の生活保障の術とすることが定義付けられ、それがために60歳までの中途引き出しが認められていません。そのため、転職ごとに残高が細切れにならないように給付を持ち運べるポータビリティは非常に重要な要素と考えられます。
二つ目の論点は自己都合減額の適用の是非です。最終給与比例型の退職給付制度では、勤続年数に応じて自己都合と会社都合の係数が分かれており、一見して減額とは分かりにくい仕組みになっています。他方、ポイント制などでは自己都合の場合の減額率が明示的に設定されているケースがほとんどでしょう。言うまでもなく、この仕組みは長期勤続を奨励する目的で、中途退職に対する一種のディスインセンティブとして機能しますが、果たしてジョブ型雇用の世界観の中でフィットするかどうか。筆者はあまり相性が良くないと考えています。なぜなら、給与の後払い的な位置付けと同一労働同一賃金の原則から言うと、同一労働に対して退職時の事由によって報酬に差が生じるということは不自然だからです。勤続による年功的な報奨という意味合いで言えば自己都合減額も妥当かもしれませんが、そもそもこの考え方はジョブ型雇用のコンセプトにはなじまないと言えるでしょう。
このような観点から、ジョブ型雇用においては自己都合減額を適用しないことが望ましいのではないでしょうか。
ちなみにこの論点に際しては、直近の国の方針も意識する必要があります。メディア等で報じられた通り、2025年3月5日の参議院予算委員会の審議において、退職所得控除の計算式が長期勤続の優遇になっており雇用の流動性を阻むとの観点から、退職所得税制の見直しが必要との石破総理の意向が示されました。これについては過去にも政府の税制調査会等でたびたび取り上げられているテーマなので驚きはないものの、この延長線上には雇用の流動性を阻む要因としての自己都合退職時の減額措置があることを認識しておく必要があるでしょう。
(ウ)自律的なキャリア形成(エ)フレキシビリティ
次に自律的なキャリア形成に関する論点を整理します。
メンバーシップ型雇用における人事権の行使には、年功序列や終身雇用などの身分保障がセットで提供されることは既に述べましたが、このような関係における企業の役割とは「保護者」のような位置付けと言えるでしょう。一方、ジョブ型雇用においては従業員が主体的に自身のキャリアを自律して講じる形のため、同様に老後の生活保障においてもそれを考える主体は個人であり、企業はそれをサポートする「ファシリテーター」の役割であると整理できます。その観点からは個人のリスク指向に応じて運用を決めることのできる、確定拠出年金制度のような仕組みが望ましいと言えます。
また、最後のフレキシビリティともかぶりますが、自身のキャリアを自分で決めるということは、いつリタイアするかも自分で選ぶということに他なりません。確定拠出年金なりNISAなりで貯蓄に励み、早くリタイアする人生設計もあれば、金融資産に回す代わりにスキル開発に投資し、長く働けるキャリアを築くといった選択肢も当然あってしかるべきです。
ジョブ型雇用と相性が良い退職給付制度は「確定拠出年金」
そのような選択に対応できるような柔軟性を持つ退職給付制度と言えば、選択型確定拠出年金制度と言えるでしょう。この制度では、退職手当のような形で基本給から一定額(例:5万5千円)を切り出して掛け金として企業が拠出しますが、従業員はその全部もしくは一部を前払いの給与として受け取ることも選択できます。全て前払いを選択すれば可処分所得は影響を受けませんし、従業員が前払いで受け取らず拠出のままとする金額を決められることで、結果的に任意かつ柔軟な従業員拠出を実現していると言えます。
よく確定拠出年金制度は自己責任と言われることがありますが、一般的な企業型確定拠出年金では、運用資金を給与とは別に企業が準備するため、あくまで運用が自己責任なだけです。一方で、選択型確定拠出年金は拠出するもしないも自分次第のため、より自己責任色の強い制度と言えます。
このように自己責任を前面に打ち出す場合、制度内容は極力シンプルである必要があります。現状多くの、特に確定給付型の企業年金制度は、「安心・安定」と内部公平性の確保を最優先に設計されているため非常に複雑になっており、場合によっては人事の担当者ですら正確に内容を把握していないこともまれではありません。従業員が自分で判断を下す前提であれば、全ての従業員が理解できるような制度にすべきであって、単純明快な制度設計は不可欠です。